見てのとおりの人だが、歌はすばらしい。たいした演技者でもある。天才、ひばりが2流の歌手俳優と結婚するはずがない。石原裕次郎の歌や演技は、小林旭に比べれば格段に落ちる。乱暴にいえば、裕ちゃんは、都会のぼっちゃんのアイドルだったに対し、旭は低学歴の貧乏人の小倅の憧れだった。裕次郎ほど伝説に彩られなかったのは旭ファンの社会的地位(社会的な発言力と消費性向が低かった)によるに過ぎない。たぶん、2人のファン数は拮抗していたし、歌や演技が優れていた分、旭の方がより深く愛されていたに違いない。事実、裕次郎はすでに30代で終わっていたのに比べ、旭はいまでも現役だ。スターとしての才能と人格や教養はまったく関係しない。たしかに今も昔も小林旭の人物評は芳しくない。だが、かつて仙台一高新聞部部長にして、芸能界では珍しい人格者として知られる菅原文太と「仁義なき戦い」で共演したとき、小林旭がスクリーンに登場すると、主演の菅原文太がただの脇役になってしまった。人を魅了して止まないその歌と演技の才能に敬意を払い、チンピラ丸出しでも男としてのセクシャルな魅力に従った、ひばりの職業人としての眼力やありのままの女としての直感を信じる女らしさを好ましいと思う。ひばりはモンローのようにアーサー・ミラーには魅かれないのだ。ひばりは大衆信仰の巫女のようなもの、大統領やインテリなどはなから超えているのだから。モンローもいちばん愛したのはディマジオだったようだ。ひばり旭の離婚は、当時いわれたように、旭側に問題があったというより、ひばり家側にその原因があったことはすでに周知。小林旭は見てくれと素行が災いしてか、黙殺に近いほど過小評価されている。もっとも、旭はそんなことを気にしていないだろう。プレスリーがそうであったように、「いまでも歌える、演じることができる、これだけの客を呼べる」という自負だけで充分だと。
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