徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第七十二話 その後…)

2006-01-16 23:40:53 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 稽古場に射しこむまだ浅き春の陽だまりにひとり座して、ほころび始めた庭の梅の古木を愛でながら、史朗ははるか過去に思いを馳せていた。

 母屋に寄り添うように新築されたこの稽古場のある屋敷は、修が史朗のために建ててくれたものだ。
 いまや鬼面川流祭祀舞の宗家として世間に知られるようになった史朗だが、少し前まで相変わらず紫峰の修練場で教室を開いていた。

 それほどの規模ではないが彰久や小峰衆も稽古場を持ち教室を開いているのに、
宗家たるものがヤドカリでは格好がつかないだろうと言う者があって、仕方なくあちらこちらの物件をあたってはみた。
 しかし紫峰の家から離れて他所へ移る気にはどうしてもなれなかった。
鬼母川流はここで産声をあげたんだから…宗家だけは…ここに根を張り続けていきたいのだけれど…いけないことなのだろうか…?とひとり悩んだ。

 史朗の気持ちを察した修がまたまた先走って専門家を呼び、母屋のすぐ近くに稽古場つきの屋敷を建てさせた。
 新しい家くらいは自分でどうにかするつもりだった史朗は、いつもながらの修の度を超えたお節介に困惑し天を仰いだ。
 それでもマンションの時のことを思い出して溜息半分苦笑いしながら修の厚意を有り難く受け取ることにした。
そんな経緯があってこうして紫峰の敷地内に木田の表札を出させてもらっている。
 


 あれから何年になるのだろう…。
楽な道ではなかったが紫峰の家族やその一族、彰久を始めとする鬼面川の一族に藤宮家…そして城崎家にも助けられてようようここまできた。
 鬼母川流の立ち上げに修とともに心から協力してくださったお祖父さま…一左は今は御大親の御許におられる…。 

 「お父さま…宗主が戻られました。 」

 出入り口の扉の向こうから桜花(はな)の声がした。
美しい娘に成長した桜花はいま14才…史朗のひとり娘…授かるはずのなかった実の娘だ。
 笙子は三人立て続けに子どもを産んだが、長男の和貴(かずき)、次男の久史(ひさし)は修の子で、たったひとり生まれた女の子が史朗の娘だった。
 修のために諦めたはずの我が子だったが鬼母川の御大親は慈悲深く史朗にこの上ない贈り物を下されたのだった。
 
 但し御大親は桜花を宗家の後継者にすることを望まれなかったようで、そのことが今、史朗にとって頭の痛い問題となっていた。

 周りに大勢男の子が居る中の初めての女の子だったこともあって修は桜花を我が子以上に可愛がっており、いつか史朗の後を継いでくれるようにと願っていた。

 確かに桜花には才能があり最高レベルの伝授者ではあるけれど、史朗は桜花よりも彰久の長男修史(ひさふみ)の天性の才能を高く買っていた。
 また、次男の彰史(てるふみ)も相当な力を持っており、このふたりを差し置いて桜花に後を継がせることなど到底考えられなかったし納得できなかった。
 
 鬼母川流は史朗と彰久が主になって立ち上げたには違いないが、後ろ楯になってくれた修と史朗が生み出した子どものような存在でもあり、修が居なければ影も形もなかったものであるだけに修の意思に逆らうようで心苦しかった。

 扉が開かれると、修と彰久、彰久の息子たちが連れ立って稽古場へ入ってきた。
その後から桜花が姿を現した。

 「史朗…鬼母川の子どもたちの舞を見せてくれるそうだね。 」

 何も知らされていない修が楽しげに言った。
史朗は微笑んで頷いてから、修史、彰史、桜花に舞を披露する用意をさせた。

 先ずはひとりずつ『実り』など比較的短いものを舞い、それぞれの成長した姿を修に見せた。
それぞれにいい出来だ…と修は思った。

 史朗が無言で指示を出すと、修の前に三人が並び同じものを同時に舞い始めた。
修の好きな『夜桜』を始め、『夕立』、『雪嵐』と難しいものが次々に舞われた。
 修は気軽な気持ちで可愛い桜花の舞を中心に見ていたのだが、次第に三人の中のひとりの舞に釘付けになった。

 修史の舞…まだ未熟ではあるが…それは確かに史朗の舞を受け継ぐもの。
こうして舞い比べると格段に差が見えてくる。
修は鋭い視線を向けて修史の一挙一動を観察した。

 すべての舞が終わると史朗は三人を労いながら稽古場の外に出した。
稽古場には修と史朗、彰久だけが残った。

 「史朗…いい後継者が出来たな…。 」

 史朗の思惑を見透かしているかのように修はそう言いながら笑みを浮かべた。
史朗は無言で嬉しそうに頷いた。

 「今はまだ荒削りだが…近い将来きっと輝く。 僕は新しい宝石を見つけた。」

 修は磨き甲斐のある宝物の出現に心底わくわくしているようだった。
それを聞いて史朗はほっとしたように彰久の方に顔を向けた。

 「彰久さんはどう思われます? 」

史朗に問われて彰久はいつものように落ち着いた表情でふたりを交互に見た。

 「桜花の舞は…どうやら僕に似たようですね。
伝授した者としては…それはそれで誇らしくもあるが…。
 宗家の舞を引き継ぐべき者としては…公平に見まして修史の舞が史朗くんに最も近いかと…。 」

 彰久は何の衒いもなく我が子を推挙した。
史朗は従兄彰久を祭主の鑑として尊敬し実の兄のように慕ってきたが、彰久もまた史朗の舞をこの上ないものと評価し畏敬の念を抱いていた。
 それゆえ史朗の舞自体を受け継げる者でなければ、たとえ史朗の実子桜花であっても宗家の後継者として認めるわけにはいかなかった。

 「では…宗家の後継は現段階では修史ということで…。 」

 史朗が晴れやかな顔をして宣言した。修も彰久も異存はないと答えた。
お祖父さま…お蔭さまで鬼母川流にもとうとう二代目が誕生しますよ…史朗は一左の御霊にそう報告して手を合わせた。



 後継者と言えば問題ありの城崎翔矢は…いま受験塾でトップクラスのカリスマ数学講師として活躍していた。
 翔矢は紫峰家に預けられている間に、修の家族や屋敷に出入りする様々なタイプの人たちから刺激を受け、おおいに鍛えられて学んだ後、悪さをする危険性がなくなってから城崎の家に戻ってきた。

 しばらくは城崎や久遠の手伝いなどをしていたが、もともと頭脳の方はすこぶる優秀であるにも拘らず、城崎家の人々からどうしても幼い子ども扱いされてしまうことに閉口した。
 いい加減うんざりした翔矢は齢相応に扱ってもらえるように何か自分に出来ることはないかとあれこれ思案した。

 そんな折、瀾が一般教養の科目である数学に手を焼いているのを傍で見ていた翔矢が事も無げに問題を解いて、数学の苦手な瀾にも分かりやすく解説した。
 驚いた瀾が修に報告したのがきっかけで藤宮学園高等部受験塾の講師採用試験を受けることになったのだった。

 監視付きでの通学とはいえ、もともと理数に秀でた大学を優秀な成績で卒業したわけだから数学に強いのは当たり前で、その特異な性格や行動も学者肌や変わり者の多い藤宮学園の職員気風にもぴったりとはまったらしく、採用されたその時点で定年退職したベテラン講師のクラスをすんなり引き継いだ。

 塾生たちからは翔矢ちゃんと呼ばれながらも同年代のような気安さで分かりやすく解説してくれる先生として受け入れられた。

 ただ…講師同士の付き合いとなると子どもっぽい翔矢にはどうしてもついていけないところが出てくるため、修は唐島に白羽の矢を立てて翔矢の面倒を見させることにした。
 唐島は高等部の方の教師だが週に何度か受験塾でも国語を担当しており、翔矢と講師仲間との顔繋ぎや補佐には持って来いだった。

 勿論…雅人は激怒した。
後遺症の原因となった唐島を修が知人として受け入れているのを見ると、歯がゆさと情けなさで泣き出したいくらいだった。
修は…あいつには貸しがあるから…となんでもないことのように笑った。

 あの翔矢がまともな仕事に就いて、しかも立派に成績を残しているという情報は樋野家を驚愕させた。
 翔矢が社会に適応できるようになるとは樋野の誰も考えていなかったからだ。
後継者問題が再燃するかと思われたが事態は意外なところで決着を見た。

 久遠が樋野の忠正の娘を嫁に貰ったのだ。
あの事件の後、忠正の長女咲が婚家先から出戻ってきたのだが、久遠とは高校の時の同級生でお互いに結構気が合っていた。

 樋野からは時々縁談話が来ていたので、どうせなら気が置けない咲を嫁に貰いたいと久遠が忠正に掛け合った。

 忠正はこれを好機と見て取った。
本家の血を引く久遠が夫で後ろ盾なら咲を長に推してもいい。
 そうすればわざわざ城崎家の子久遠や翔矢を連れてくる必要は無く、久遠と咲の間に生まれるであろう子どもの誰かを樋野の長の後継にすればいいことだ。
樋野としても万々歳…。

 言わば樋野と城崎の利害が一致したわけで、久遠は目出度く咲と一緒になった。
咲は樋野の長だから取り敢えずは別居結婚ということになるが…修と笙子の場合もそうだし…独り身が長かった久遠は慣れもあってお互いに行ったり来たりの生活にそれほど不自由を感じなかった。
 
  

 修の内妻にも雅人の子の母親にもなれなかったが、鈴はいま紫峰家にとって欠くべからざる地位を獲得していた。
本家取締り役のはるの後を引き継いだのである。

 笙子と修の長男和貴のベビーシッターになった鈴は、笙子の都合で時々和貴を本家に連れてきて世話をすることがあったが、その姿に西野が惚れた。

 心優しい西野の誠意ある申し出を鈴は嬉しく思った。
紫峰の人々も西野の伯母はるも心から賛成してくれたので、少し迷いながらも再び嫁ぐ決心をしたのだった。
 鈴の家格は西野よりずっと上ではあるが、二度目の結婚ということでもあり、雅人の手が付いていることは周知の事実で、鈴の家族は何ら文句を言わなかったし、かえって鈴の落ち着く先が決まったことを喜んでさえいた。

 
 
 翔矢の面倒を看るようになってからも頼子は相変わらず修には熱を上げていた。
雅人の記憶ではとうとう根負けした修と1~2度そんなことがあったような気がするが、お互いに執着するような関係にはならなかった。
 翔矢のこれからを心配する城崎の願いを聞き入れて頼子は翔矢と所帯を持ち、頼りない翔矢をしっかりと支えている。

 何もかもが夢のように過ぎていったが、この10何年かの間には本当にいろいろなことがあった。
 あの事件以降も修さんときたら性懲りもなくいろいろなことに首を突っ込むものだから…命の縮む思いを何度したことか…。
その度に史朗さんも大変な思いをしてきたんだから…。

 だけど…史朗さんにとって一番つらいのは今かも知れないな…。
大きく溜息をついて雅人は、修たちと一緒に稽古場から出てきた史朗を見つめながらそう思った…。

 




次回 最後の夢 最終回へ










最新の画像もっと見る

コメントを投稿