徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第七十三話 最終回前編 嫉妬)

2006-01-19 23:43:05 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 雅人はいまや修の代理としても十分に周りの信頼を得るまでに成長していた。
既に真貴との間には子どもがふたりいて、まあまあご機嫌な家庭を築いている。
 相変わらず遊びも盛んだが不思議なことに雅人の遊びには必ず利がついて回る。
時には鈴の時のように失敗もやらかすが転んでもただでは起きない。

 真貴はそういう雅人の天性の力を認めていて好きなように泳がせてくれる。
但し手綱はしっかりと握っていて許容範囲内を超えると痛い鞭が飛んでくる。
うちはかかあ天下だからね…と透たちにはそうこぼしながらも幸せそうである。

 雅人は本家の当主後継のひとりとして母屋で生活しているが、透と隆平の一家は林の中に新築された屋敷に住んでいる。

 透は黒田の仕事を引き継ぐため黒田の許で働いている。
暇そうに見えても黒田は実際にはいくつもの会社を経営している実業家で、その規模は結構大きい。

 修は我が子のように育ててきた透を敢えて手元には置こうとせず、一旦は実の父親である黒田の許に返そうとした。
 しかし、黒田は今さら修から透を奪うようなことをする気はなく、このまま修の息子でいる方が透にとっても幸せだろうと考えた。
 
 ふたりの父親がお互い我が子のためを思って遠慮しあっている…そんな状況を見るにつけて、自分は間違いなく修や黒田に愛されて育ったんだということを改めて実感した。
 どの道、透が宗主である以上は黒田とは暮らせないから、黒田の仕事を引き継ぐことで黒田の息子として…紫峰本家に身を置き、修の傍で暮らすことで修の息子として生きようと透は自らの将来を決めたのだった。

 

 隆平もその向かいに家を建てたが、こちらは学究生活が長かったためにまだまだ新婚さん状態である。
透一家は毎日あてられっ放しというわけだ。

 隆平は藤宮の大学で教鞭をとっているが、時には鬼面川流の総務を務め、瀾と組んで事務方の要のひとりとなっている。
 鬼面川本家の祭祀伝授者としてはまあまあそれなりの能力を発揮するが、舞の才能がいまいちなので舞の伝授者にはむかない。
 むしろ鬼面川とは赤の他人…城崎家の瀾の方が優れた資質を持ち、鬼面川流立ち上げ早々に伝授者になっている。
 ただ惜しむらくは鬼面川一族以外の者の舞には御大親の霊験がなく、そのことだけは瀾がいかに修行をつもうともどうしようもなかった。
 


 稽古を終えた若手が帰ってしまった後の稽古場に史朗は力が抜けたようにへたり込んでいた。
 いまさっきまできびきびと舞の指導をしていた自分が嘘のようだ。
情けない…と史朗は思った。

 修史を後継者に決めたのは自分自身ではないか…。
それなのに…。
 稽古場の姿見に映る今の自分…稽古で鍛え上げたその姿はいまでも決して老けてはいない…老けてはいないが若くはない…。
修史のあの初々しい舞い姿は…もはや自分の中にはない…。

 修史の舞いが修の眼に留まりその力を認められたのは嬉しい…修史を選んだ者として…嬉しいが…哀しい…その眼はもはや修史に向けられている…。

 愚かだ…若手に嫉妬するなんて…おまえは師匠ではないか…。
鬼面川の祭主たる者がなんというぶざまな姿をさらすのだ…。

 いい年をして…みっともない…醜い…。
胸の中に渦巻くものを誰にも打ち明けられず、ただひとりもがき苦しみ、浅ましい心を捨てきれない自らを責め苛む。

 『叔父さま! 雅人叔父さま! 早く来て! お父さまが…! 』 

 母屋の方で和貴と久史の叫ぶような声がして…史朗は我に返った。
階段を駆け下りるけたたましい音…雅人が慌ててとんでいくのが眼に見えるようだった。


 居間のテーブルに無造作に置かれた雑誌の脇で修が腹を押さえて蹲っていた。
このところほとんど発作がなくて出番がなかった雅人は少しばかり安心していたのだが、治っていたわけではなかったようだ。
青い顔をした修の背中をそっと擦り始めた。

 「修さん…気持ち悪いだけ…? 呼吸は大丈夫…? 」

修は無言で頷いた。

 「誰だ? こんな雑誌居間に持ち込んだのは…? 
表紙だけでもお父さまのご気分を害するとあれほど言ったはずだよ。
 そうでなくても小さい子も居るんだから気をつけないと…。
部屋に片付けておきなさい。 」

雅人は和貴と久史を睨みながら片方の手で雑誌を渡した。
 
 「ごめんなさい…。 大丈夫…お父さま?
さっき友だちから借りて…メールしてるうちに置き忘れちゃったんだ。 」

 久史が頭を掻き掻き謝った。
おまえかよ…と修と雅人は同時に思った。

 「まあ…親にも隠れず堂々と…ってのも悪くはないが…。
その手の本はできれば自分の部屋で見てくれ…。 」

修はできるだけ子どもたちに心配をかけまいと努めて穏やかに笑って見せた。

子どもたちが雑誌を片付けに部屋へ行ってしまうと雅人が怒ったように言った。

 「発作…本当は何度も起きてたんだね。 僕に隠してたんでしょう…? 」

背中を擦る雅人の手に力がこもった。

 「いいんだよ…もう…。 生涯このままでいようと決めたんだ…。 」

 修は力なく笑った。
雅人は訝しげに修を見た。

 「昔…史朗がね…修に実の子が授かるなら自分は子を持てなくていい…と願を懸けてくれて…さ。
 そんなの不公平だろ…? 僕だけ幸せになるなんてさ…。
史朗には両親も兄弟もいないんだぜ…僕もそうだけど…ずっと血の繋がった家族を…子どもを欲しがっていたんだから…。
 だから…彰久さんに願を懸けて貰ったんだ…。
僕はこのまま…この病に苦しんでも構わないから…史朗に子どもを…と…。 」

 雅人は言葉を失った。
鬼面川の願掛けのご利益が本当にあるものかどうかは知らないが…ふたりとも自己犠牲が過ぎる…。

 「馬鹿だと思うかい…? 僕は…それでも幸せだから…。
だって桜花(はな)はいい娘だろ…桜花を授かった幸運に比べれば…こんな病気なんでもないじゃないか…? 」

可愛い桜花…史朗の娘…僕の娘…。

雅人はそっと背後から修の肩を抱きしめた。 

 「父さん…僕らの大切な父さん…。 お願いだから…ひとりで我慢しないで…。
症状を和らげるくらい…許してもらえるでしょう? 
もう…治らないなら…少しでも楽にさせてあげたいよ…。 」

そうだな…修は頷きながら笑みを浮かべた。

 「有難う…雅人…次からはまた…おまえを呼ぶよ…。 」



 おばさん…嫌な呼称だわ…。
昼間、通りすがりに落し物を拾ってあげた学生から丁寧に礼を言われたにも関わらず、それを思い出すたびに笙子は胸にちくりときていた。

 会社では社長としか呼ばれないけれど…社員たちだって陰ではあのおばさんなんて呼んでいるのね…きっと…。
 
 「ねえ…史朗ちゃん…齢はとりたくないわねぇ。 」

 …って最中に何考えてんだか…と史朗は溜息をついた。
言われてみれば…そう…笙子さんも少しきてるかなぁ…。
 齢の割には体形もいいし…見た目も綺麗だし…若いし…。
でもやっぱり昔ほどじゃないなぁ…。 

 「男はいいわよね…。多少崩れたって目立たないんだから…。 」

 …んなこと考えてる体勢じゃないと思うけど…。
いいんだけどね…いつものことだから…。
でも…僕だって気にしてますよ…崩れちゃいませんけど…。
どう頑張ったって…絶対…若くはなれないんだから…。 

 そう…もう二度とあの頃の僕には戻れない…修さんに初めて受け入れて貰えたことを無邪気に喜んでいた自分には…。

 「黙ってないで…自分から聞いたら…いいじゃない…? 
もう愛してないの…あの子の方がいいの…って…うふふ。
 史朗ちゃんは元来気骨のある男っぽい人なのに…修の前では私よりもずっと女性的だわね…。
そのギャップが可愛いんだけど…。 」

 また人の心を勝手に読んで…そんな恥ずかしいこと…言えるか…。
雅人くんじゃあるまいし…僕がそんなことを口にしたら冗談では済まなくなる…。

 それに…そんな単純な問題じゃない…。
修さんと僕の間にはとんでもなく複雑な感情が…そもそもあなたがその原因なんだから…。
少しは真面目に…。

 史朗の心を読んだのか笙子はやっと対戦モードに戻る…。
初めての夜以来変わらない…笙子との冗談みたいな夜の営み…。 




次回後編へ












 


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