邦正の取り巻きの連中はどうやら樋野の中枢とも言うべき力の持ち主のようで、猟銃を捨てた途端に封印してきたその力を外に向けて解放し始めた。
圭介などよりもはるかに強力なサイキックパワーが彼等には存在する。
それ故に長きに亘って翔矢の力を抑えることができたのだろう。
翔矢の久遠にも匹敵する力は感情に左右されやすく不規則に変化する。
変則的な力は非常に制御し辛いが、彼等ほどの力があって、さらにチームを組んでいるとなれば突発的な変化にも対応できる。
おそらく翔矢が押し付けられた環境に耐えられなくなって何かことを起こすたびに彼らが力で抑え付け、翔矢の独立心の芽生えを阻んできたのだろう。
心までも拘束された翔矢は孤独から逃れる最後の希望を久遠に求め、他の誰を殺してでも久遠を手に入れたかったに違いない。
修のお蔭で少し身体が楽になった城崎は人見知りしておずおずと近付いてきた翔矢を温かくその腕に迎え入れ、伯父の許で惨い半生を歩んできた息子をしっかりと抱きしめてやった。
伯父たちからの攻撃を遮るために父親と翔矢の前に立った久遠の目に先に行ったはずの史朗と兼元を始めとする何人かの城崎衆が戦いながらこちらに向かって駆けて来るのが見えた。
「御大! ご無事ですか! 」
兼元が大声で叫んだ。
城崎は手を振ってその声に答えたが内心複雑だった。
兼元たちが来てしまった以上城崎は樋野に宣戦布告を行ったようなものだ。
城崎はできれば族間の争いを避けたかった。
城崎家と樋野家は時折城崎一族の傲慢から小さな諍いはあったものの昔から協調関係を維持してきた。
邦正は城崎にとって義理の兄でもあり身内でことを荒立てたくはなかったのだ。
そのためにただひとりでここまで出向いてきたというのに…。
「悠長なことを考えている場合ではないですよ。 城崎さん。
いい加減平和ボケから目を覚ましなさい。
邦正はあなたが思うほどあなたを身内だとは考えていない。 」
修はそう忠告した。城崎は翔矢の受けた仕打ちを思い素直に頷いた。
その様子をいかにも不思議そうに邦正は見ていた。
「ひとつ訊く…。 紫峰はなぜ城崎に肩入れするのか?
長い能力者の歴史の中で紫峰が他の一族のために動いたという話はめったにない。
それも姻戚関係にある藤宮のためという以外にはほとんど聞いたことがない。
或いは歴史には残らなかったろうが古き時代には鬼面川とも通じていたというからその折には何かあるのかもしらんが…。 」
邦正の話しぶりから樋野家は元主家であった城崎家よりもずっと古い家系だということが窺い知れた。
城崎も久遠も樋野が歴史の浅い城崎に屈した詳しい事情はよく知らなかったが、ここで聞く限り、少なくとも樋野は世が世ならば城崎家の上を行く相当な家柄であっただろうと推察された。
「それは…だ。 城崎瀾が僕の息子たちの友人だからさ。
あと…そうだな…僕の愛人の愛弟子でもあるか…。 ま…そんなもんだ。 」
取ってつけたような言い方に邦正は腹を立てて納得しなかった。
「ふざけるな! 紫峰家ともあろうものがそんなことで動くか!
また動いて良いものではない! 」
邦正の物凄い剣幕に修は苦笑した。かなり珍しいことではあるが、樋野には紫峰家に関する歴史的情報が遺されているらしい。
邦正は曲がりなりにも長としてそれを学んでいたと見える。
ならば…と修は宗主の顔を見せ始めた。
「樋野の家に紫峰家についてどのくらいの情報が遺されているのかは知らないが紫峰の在り方をあんたに問われる謂れはない。
たとえ気紛れにせよ宗主が動くと決めたからには動くのが紫峰のやり方だ。
まあ…気紛れでことを決めるなんて宗主は…実際のところ歴代で僕ひとりくらいなものだろうが…な。」
そう言って修はクスクス笑った。
邦正はぞっとした。
紫峰ほどの一族が黙って気紛れに従うほどの宗主とはいったいどれほどの力の持ち主なのか…?
「何がそうさせた? 何が気に入らない?
樋野家としては紫峰に攻撃を仕掛けた覚えはない。
今までのことはすべて翔矢の城崎に対するただの悪戯ではないか…。
いわば城崎の家庭内の問題だ。樋野自体とは何の関係もない。 」
邦正は城崎の事件への関与を強く否定した。
ただの悪戯…ね。 修の目が冷たい光を帯びた。
餓えて餓えて餓えきった心がたったひとつ手の届くところにある微かな温もりを求めた…それが悪戯…か。
「確かに…樋野一族自体には何の関係もないだろうよ…。
本家の長…樋野邦正以外には…。
だって…これはすべて…あんたの悪意から起きたことだから…。 」
修に名指しで決め付けられて、邦正は反論しようと口をもごもごさせたがまったく言葉にならなかった。
「分かるまいな…その傲慢な心には…。
誰からも顧みられることなく育った子どもの心の飢えがどんなものか…。
何が気に入らないって…?
全部だよ。 何もかもだ。
こどものままでいることを強要しておきながら、こどもを作れ…だ?
馬鹿言ってんじゃないぜ。
翔矢のしたことが悪戯だと言うなら、その責任を取るのはあんただよ。
翔矢はまだ赤ちゃんだから育ての親のあんたが責めを負うのは当たり前だろ。
ふたりも命を落としたんだ…あんたが翔矢に吹き込んだ悪意のせいで…。
純粋な翔矢はあんたの言うことを真に受けてしまった。 」
修にそこまで言われると邦正も再び激昂してきた。
紫峰の宗主が何ぼの者じゃ! 目に物見せてくれる。
宗主と長の間に異様な空気が漂いだしたことに久遠は戸惑った。
伯父の方はともかく修の様子が尋常ではない。
修は故意に伯父を怒らせているかのように思える。
口ではなかなかに厳しいことを言っているが、その目は異常なほど落ち着いた色を浮かべ相手の動きを静かに観察している。
邦正の取り巻き連中が動き始めた。久遠たちと修を取り囲むように迫って来る。
翔矢は日頃この取り巻き連中にはよほどひどい目に遭わされているのか、怯え震えて動けない。
城崎が幼い子どもを護るようにしっかりと抱きかかえていた。
瀾は久遠と並んで城崎と翔矢への攻撃を防ぐための壁となっていた。
初勝利を挙げてからそれほど時間が経っていないというのに、樋野の超ど級と対戦することになったわけで怖くないと言えば嘘だった。
「来るぞ! 」
久遠が瀾に声をかけた。取り巻きの輪が崩れるとすぐに男が迫ってきた。
男は瀾の方へ腕を伸ばしいきなり電撃のような力を放った。
翔矢を護るためには避けるわけにはいかない。
瀾は持てる力でそれを跳ね返した。
男の攻撃を合図に取り巻き連中は一斉に動き始めた。
それまで他の合戦場と比べれば比較的静かだった修と邦正の周辺も、もはや話し合う場ではなくなり、城崎、樋野、鬼母川、藤宮、紫峰入り乱れての大合戦場へと化した。
戦いながら久遠は修の様子を気にしていた。
伯父の攻撃は長年同じ樋野に暮らした久遠でさえも一度も目にしたことのない激しいものだったが、なぜか相手をしている修だけは静かなままだった。
攻撃も受けているし攻撃してもいる…それなのにまるで傍観者でもあるかのような静けさの中に居る。
久遠と対戦した時には少なくとも音を感じることができた。
ところが今の修には…そう表現していいならまるで無声映画のように音がない。
音だけではない…体温すらも感じられないくらい修から温もりが消えていく。
寒々とした空気がただ流れている…。
おかしなことは修にだけ起っているわけではなかった。
久遠がそれとなく見回すと、その気配を察したか透の顔色が変わった。
雅人も隆平も戦いの手を止めて修の方へ怯えた目を向けた。
史朗も落ち着かない様子で時折修に目を向ける。
藤宮のふたりでさえ何かを感じ取っているようだった。
いま誰かと戦ってさえいなければすぐにでも修を止めたいというような雰囲気が彼等にはあった。
何が起ろうとしているのか…?
家族をさえもこれほどに怯えさせるような…何が?
樋野の超ど級を相手にそれほどの者とは感じられない久遠でさえも、紫峰一族のその異変には不安を感じた。
何が始まろうとしているんだ…?
久遠はこれという訳もなく胸にざわつくものを覚えた。
次回へ
圭介などよりもはるかに強力なサイキックパワーが彼等には存在する。
それ故に長きに亘って翔矢の力を抑えることができたのだろう。
翔矢の久遠にも匹敵する力は感情に左右されやすく不規則に変化する。
変則的な力は非常に制御し辛いが、彼等ほどの力があって、さらにチームを組んでいるとなれば突発的な変化にも対応できる。
おそらく翔矢が押し付けられた環境に耐えられなくなって何かことを起こすたびに彼らが力で抑え付け、翔矢の独立心の芽生えを阻んできたのだろう。
心までも拘束された翔矢は孤独から逃れる最後の希望を久遠に求め、他の誰を殺してでも久遠を手に入れたかったに違いない。
修のお蔭で少し身体が楽になった城崎は人見知りしておずおずと近付いてきた翔矢を温かくその腕に迎え入れ、伯父の許で惨い半生を歩んできた息子をしっかりと抱きしめてやった。
伯父たちからの攻撃を遮るために父親と翔矢の前に立った久遠の目に先に行ったはずの史朗と兼元を始めとする何人かの城崎衆が戦いながらこちらに向かって駆けて来るのが見えた。
「御大! ご無事ですか! 」
兼元が大声で叫んだ。
城崎は手を振ってその声に答えたが内心複雑だった。
兼元たちが来てしまった以上城崎は樋野に宣戦布告を行ったようなものだ。
城崎はできれば族間の争いを避けたかった。
城崎家と樋野家は時折城崎一族の傲慢から小さな諍いはあったものの昔から協調関係を維持してきた。
邦正は城崎にとって義理の兄でもあり身内でことを荒立てたくはなかったのだ。
そのためにただひとりでここまで出向いてきたというのに…。
「悠長なことを考えている場合ではないですよ。 城崎さん。
いい加減平和ボケから目を覚ましなさい。
邦正はあなたが思うほどあなたを身内だとは考えていない。 」
修はそう忠告した。城崎は翔矢の受けた仕打ちを思い素直に頷いた。
その様子をいかにも不思議そうに邦正は見ていた。
「ひとつ訊く…。 紫峰はなぜ城崎に肩入れするのか?
長い能力者の歴史の中で紫峰が他の一族のために動いたという話はめったにない。
それも姻戚関係にある藤宮のためという以外にはほとんど聞いたことがない。
或いは歴史には残らなかったろうが古き時代には鬼面川とも通じていたというからその折には何かあるのかもしらんが…。 」
邦正の話しぶりから樋野家は元主家であった城崎家よりもずっと古い家系だということが窺い知れた。
城崎も久遠も樋野が歴史の浅い城崎に屈した詳しい事情はよく知らなかったが、ここで聞く限り、少なくとも樋野は世が世ならば城崎家の上を行く相当な家柄であっただろうと推察された。
「それは…だ。 城崎瀾が僕の息子たちの友人だからさ。
あと…そうだな…僕の愛人の愛弟子でもあるか…。 ま…そんなもんだ。 」
取ってつけたような言い方に邦正は腹を立てて納得しなかった。
「ふざけるな! 紫峰家ともあろうものがそんなことで動くか!
また動いて良いものではない! 」
邦正の物凄い剣幕に修は苦笑した。かなり珍しいことではあるが、樋野には紫峰家に関する歴史的情報が遺されているらしい。
邦正は曲がりなりにも長としてそれを学んでいたと見える。
ならば…と修は宗主の顔を見せ始めた。
「樋野の家に紫峰家についてどのくらいの情報が遺されているのかは知らないが紫峰の在り方をあんたに問われる謂れはない。
たとえ気紛れにせよ宗主が動くと決めたからには動くのが紫峰のやり方だ。
まあ…気紛れでことを決めるなんて宗主は…実際のところ歴代で僕ひとりくらいなものだろうが…な。」
そう言って修はクスクス笑った。
邦正はぞっとした。
紫峰ほどの一族が黙って気紛れに従うほどの宗主とはいったいどれほどの力の持ち主なのか…?
「何がそうさせた? 何が気に入らない?
樋野家としては紫峰に攻撃を仕掛けた覚えはない。
今までのことはすべて翔矢の城崎に対するただの悪戯ではないか…。
いわば城崎の家庭内の問題だ。樋野自体とは何の関係もない。 」
邦正は城崎の事件への関与を強く否定した。
ただの悪戯…ね。 修の目が冷たい光を帯びた。
餓えて餓えて餓えきった心がたったひとつ手の届くところにある微かな温もりを求めた…それが悪戯…か。
「確かに…樋野一族自体には何の関係もないだろうよ…。
本家の長…樋野邦正以外には…。
だって…これはすべて…あんたの悪意から起きたことだから…。 」
修に名指しで決め付けられて、邦正は反論しようと口をもごもごさせたがまったく言葉にならなかった。
「分かるまいな…その傲慢な心には…。
誰からも顧みられることなく育った子どもの心の飢えがどんなものか…。
何が気に入らないって…?
全部だよ。 何もかもだ。
こどものままでいることを強要しておきながら、こどもを作れ…だ?
馬鹿言ってんじゃないぜ。
翔矢のしたことが悪戯だと言うなら、その責任を取るのはあんただよ。
翔矢はまだ赤ちゃんだから育ての親のあんたが責めを負うのは当たり前だろ。
ふたりも命を落としたんだ…あんたが翔矢に吹き込んだ悪意のせいで…。
純粋な翔矢はあんたの言うことを真に受けてしまった。 」
修にそこまで言われると邦正も再び激昂してきた。
紫峰の宗主が何ぼの者じゃ! 目に物見せてくれる。
宗主と長の間に異様な空気が漂いだしたことに久遠は戸惑った。
伯父の方はともかく修の様子が尋常ではない。
修は故意に伯父を怒らせているかのように思える。
口ではなかなかに厳しいことを言っているが、その目は異常なほど落ち着いた色を浮かべ相手の動きを静かに観察している。
邦正の取り巻き連中が動き始めた。久遠たちと修を取り囲むように迫って来る。
翔矢は日頃この取り巻き連中にはよほどひどい目に遭わされているのか、怯え震えて動けない。
城崎が幼い子どもを護るようにしっかりと抱きかかえていた。
瀾は久遠と並んで城崎と翔矢への攻撃を防ぐための壁となっていた。
初勝利を挙げてからそれほど時間が経っていないというのに、樋野の超ど級と対戦することになったわけで怖くないと言えば嘘だった。
「来るぞ! 」
久遠が瀾に声をかけた。取り巻きの輪が崩れるとすぐに男が迫ってきた。
男は瀾の方へ腕を伸ばしいきなり電撃のような力を放った。
翔矢を護るためには避けるわけにはいかない。
瀾は持てる力でそれを跳ね返した。
男の攻撃を合図に取り巻き連中は一斉に動き始めた。
それまで他の合戦場と比べれば比較的静かだった修と邦正の周辺も、もはや話し合う場ではなくなり、城崎、樋野、鬼母川、藤宮、紫峰入り乱れての大合戦場へと化した。
戦いながら久遠は修の様子を気にしていた。
伯父の攻撃は長年同じ樋野に暮らした久遠でさえも一度も目にしたことのない激しいものだったが、なぜか相手をしている修だけは静かなままだった。
攻撃も受けているし攻撃してもいる…それなのにまるで傍観者でもあるかのような静けさの中に居る。
久遠と対戦した時には少なくとも音を感じることができた。
ところが今の修には…そう表現していいならまるで無声映画のように音がない。
音だけではない…体温すらも感じられないくらい修から温もりが消えていく。
寒々とした空気がただ流れている…。
おかしなことは修にだけ起っているわけではなかった。
久遠がそれとなく見回すと、その気配を察したか透の顔色が変わった。
雅人も隆平も戦いの手を止めて修の方へ怯えた目を向けた。
史朗も落ち着かない様子で時折修に目を向ける。
藤宮のふたりでさえ何かを感じ取っているようだった。
いま誰かと戦ってさえいなければすぐにでも修を止めたいというような雰囲気が彼等にはあった。
何が起ろうとしているのか…?
家族をさえもこれほどに怯えさせるような…何が?
樋野の超ど級を相手にそれほどの者とは感じられない久遠でさえも、紫峰一族のその異変には不安を感じた。
何が始まろうとしているんだ…?
久遠はこれという訳もなく胸にざわつくものを覚えた。
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