徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六十六話 関わるな…!)

2006-01-06 17:33:26 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 樋野の長の唇からぜいぜいと激しい呼吸音が漏れ聞こえるようになった頃、あたりは異様な静けさに見舞われた。
 邦正の疲労は頂点に達しているのに修の方は襟ひとつ乱した様子もなく、邦正の攻撃を敢えてかわそうともしない。
 最初のうちは攻撃されたら軽く攻撃し返すくらいのことはしていたが、それも面倒くさいといった面持ちで時折他事に視線を向けたりもしている。

 そんな状況が樋野の族人から族人へと伝わり、すべての眼が今、邦正と修の方に向けられていた。
 
 樋野の長である邦正の力を知らぬ者がないだけに、この眼を疑うような光景に誰もが言葉を失った。
 邦正が修に目掛けて放っているその力はビルのひとつやふたつ粉々に吹っ飛ばすくらいの威力がある。
その証拠に修に命中しなかった時には煽りを食って車も岩も木っ端微塵。
それなのに修は欠伸を噛み殺すほどに退屈している。
 
 翔矢を別にすれば、樋野最強の破壊力を持つ長の力を以ってしても毛ほども通じない相手に、もはや戦う気力も失せた樋野の衆を尻目に史朗や学生軍団が集まってきた。
その後に城崎衆も続いた。

 「命まで取る気はないみたいだね…。 」

 透がぽつりと呟いた。
そうだね…と雅人が頷いた。

 「さっきの気配ではその気だったんだろうけど…考え直したみたい…。 」

会話の意味がよく飲み込めず久遠はふたりの顔を覗き込んだ。  
 
 「どういうこと…? 」

ふたりは顔を見合わせた。

 「さっき…宗主はあの爺さんに対して紫峰の最悪の奥義を使おうとしたんだ。
でも馬鹿馬鹿しくなったみたい…で。 」

伯父にはそれほどの価値もないと判断されたわけか…久遠は唸った。

 「長としては命を取られるよりも残酷な結果を招くよ…。 生き地獄だね。 」

史朗が溜息混じりにそう呟いた。

 「それが罰なんだ…翔矢という人間を愚弄した男に対する…。 」

悟がそう言うと雅人は違うというように首を振った。

 「罰だなんて考えてないよ…宗主はただ翔矢に代わって最高の仕返しを楽しんでいるだけ…殺すのをやめて遊んでるんだ。 」

 久遠は思わずごくっと唾を飲んだ。修の残虐性とはこのことなのか…。
まるで猫が捕まえてきた獲物を生殺しにして遊ぶような…。

 息も絶え絶えになりながら邦正の攻撃は続いている。
すでに取り巻き連中でさえ邦正とは距離を置いているというのに…。



 やがて精も根も尽き果てた邦正はその場にどっと崩れ落ちた。
まさに自滅としか言いようがない。
すでに初老の邦正にはこの結末は相当に堪えたことだろう。  
 自分の誇る力がまるで相手に通用せず戦いにもならぬくらい無視され続けた。
能力者にとってこれ以上の屈辱はない。
 
 これから先の邦正を待っているものは同族の哀れむような視線と隠居への道、もう樋野の誰も邦正にはついては来ない。
 戦ってぼろ負けしたというのならまだ救いもあるが長たるものがまったく相手にされないのではお話にもならない。
邦正の修に対する攻撃はすべて恥の上塗りに終わってしまった。



 ゆっくりと修は城崎と久遠の方へ近づいた。
修の奇跡のような力を目の当りにして城崎はただ茫然としていた。

 翔矢の手を修が引いた。
城崎の腕の中から翔矢が立ち上がると修はその前に跪いて翔矢に微笑みかけた。

 「翔矢…おまえは樋野の長の後継だ。 ここに集まっている者たちにもう戦いは終わったんだと伝えなさい…。 」

翔矢は素直に頷いた。集まっている樋野勢に向かって翔矢は宣言した。

 「もう…戦わなくていい…。 みんな家に帰って怪我の手当てを…。 」

 翔矢がそう言うと樋野衆は翔矢に軽く頭を下げて戻っていった。
修はチラッと周りに残っていた取り巻き連中を見た。

 「翔矢…あの人たちはどうするんだい? 
おまえは随分あの人たちにはひどい目に遭わされたろ? 」

 翔矢もチラッと周りを見た。取り巻き連中は内心びくびくしていた。
翔矢が修を嗾けたりしたら大変なことになる。

 「あの人たち…そうしろって伯父さまに言われたんだもの。
悪いのはあの人たちじゃない…。
 今度は誰が樋野の長になるか分からないけど…あの人たちにはずっと長を護って貰わないと…そうでしょ? 」

翔矢はそう修に訊ねた。修は頷いてまた微笑んだ。

 「あなたたちも帰りなさい…ついでに伯母さまに声を掛けて…伯父さまを連れに来てって伝えて…。 」

取り巻き連中は深々と頭を下げると急いでその場を立ち去った。

 「翔矢…いい子だ。 」

 修母さん…翔矢は修の首に手を回して抱きついた。 
修はその背中を優しく叩いた。

 だからなんで修母さんなの…? 久遠が首を傾げた。
透が笑って答えた。

 「翔矢さんの心を読んでわざと言わせてるんだよ…。 
悪さした子どものお尻をぶつのはたいていお母さんでしょ…。
 翔矢さんは修さんのことをお母さんみたいだと思ったんだ。
僕もよくぶたれたけど…痛いよぉ…。 」

 あ…なるほど…お尻ね…。父さんは…拳骨ばかりだったな…。
久遠は城崎の方を振り返った。

 「ねえ…翔矢…そろそろ…おとなの翔矢に戻ってもいいんじゃないか…? 
ちょっと気持ちが落ち着いたようだから…。 」

 修が翔矢の耳元でそっと囁いた。
翔矢がニヤッと笑った。

 「う~ん…もう少し甘えさせてくれたっていいじゃない?
赤ちゃんだって言ったのは修母さんでしょ…。 」

ふっ…と修も笑った。

 「また今度ね…おまえが興奮してこどもになっちゃった時に…。 
伯母さまもご登場のようだし…さ。 」

 修は本家の屋敷の方から樋野の長老衆や家人をを従えて出てきた上品な婦人に眼を向けた。
 婦人は倒れている邦正を見ても動じることもなく家人に言いつけて屋敷の中へ運ぶように命じた後、自分を見つめている修と城崎に向かって丁寧にお辞儀をした。
 
 「御目文字かない光栄に存じ申し上げます。 邦正の家内でございます。 
樋野衆が大変ご迷惑をおかけしたようで…誠に申しわけないことでございます。
宗主…どうぞ中へお入り下さいまし…。 城崎の長も他のお連れさまも…。 」

 久遠の伯母は先に立って丁重に修を屋敷へと案内した。
大家の奥方らしくその背中はきりっとはしているが、どこか寂しげに見えた。



 樋野の座敷からはあの庭が見えた。殺されかけた幼い瀾を伯父の手から奪い取り、久遠が必死で庇った場所である。

 樋野の重鎮たちとは初対面の修に城崎がひとりひとりを紹介した。 
紫峰の若い宗主に対して樋野の長老衆は礼儀を欠かぬようによくよく心して臨んだ。
察するに彼等も紫峰家について何らかの知識を持っているものと思われた。

 紫峰、城崎、樋野の間で…藤宮、鬼面川も居るには居るが…一頻り挨拶が交わされると、長夫人は畳に手をついて城崎に対し丁重に詫びの言葉を述べた。

 「翔矢のことはすべて長の独断で行われたことで、私以外は翔矢の本当の素性を知る者はありませんでした。
 私の妹の息子として紹介され、表向きは養子として扱われ、ここに居る長老衆も翔矢が閉じ込められたままだとは知らずにいたのです。

 勉強や運動はさせましたが、外部の人との直接の接触を許さず、翔矢は奥の部屋で孤独に育ちました。 
 学校には行かせましたがいつも監視をつけ、先生以外とは余計な話はさせず、身体が弱いからと行事には参加させませんでした。
 翔矢がひどくこどもっぽい考え方や行動をするのは外からの刺激がほとんどなかったせいでしょう。 」

 長夫人は申し訳なさそうに翔矢の方を見た。
翔矢は静かに微笑んだ。

 「義姉さん…邦正さんはそれほど城崎家を…私を憎んでおいでだったのかね?
翔矢を独り立ちできないような状態に追い込んでしまうほどに…。
惨い仕打ちをしなさったものだ…翔矢は血を分けた甥ではないかね…。 」

 城崎はやり切れぬように訊ねた。
大切な息子を攫われた上に、その子の一生に関わるほどのとんでもない育て方をされて城崎は何処に怒りをぶつけたらよいのか分からずにいた。

 「失いたくなかったのだ…と思います。 
仲の良かった妹の陽菜さんの遺していった子どもたちだもの…久遠のことも翔矢のこともあの人にとっては可愛くて仕方がなかったんだと…。
手放したくない想いがこんな馬鹿なことを仕出かす結果に…。 」

 伯母は少し涙ぐんでいるようだった。
邦正に対しては言いたいことが山ほどあったが、この夫人を責めたところで虚しいだけで城崎はすべての言葉を飲み込んでしまうより他なかった。

 「長老衆にお訊ねしますが…翔矢は城崎の家に返して頂けるのでしょうね? 」

 修は黙したままの重鎮たちに返答を促した。
邦正の父方の従兄で最長老の位にあるという忠正が一礼をして答えた。

 「無論…と申し上げたきところですが…本家には他に跡取りがおらず…今となってはどうしても翔矢が必要なのです。 」

 それはおかしい…と修は言った。

 「ならば…夫人の妹の子であると紹介された時にどうしてすんなり後継者と認めたのですか?
 血筋からいけば忠正さんのこどもの方がずっと本家に近いわけでしょう?
その方が本家の後を継いでも構わないはずじゃありませんか。
翔矢が陽菜さんのこどもだと本当は皆さんご存知だったのでは…? 」

 長老衆が一斉に唸った。

 「翔矢は今のままでは長としては務まりません。 
それをご承知の上で翔矢に…とおっしゃるならあなた方も邦正さんと同罪。
これから先も翔矢をここに閉じ込めて傀儡にしてしまおうというのでしょう? 」

 同罪と言われた時、長老衆の背筋を冷たいものが走った。
長老衆に向ける一言ごとに修の指摘は厳しいものとなり、彼等を見透かすようなその眼は鋭さと冷たさを増す。

 樋野の古い言い伝えと古書に残る紫峰。
関わってはならない…。 
関わってしまった時には礼を尽くさねばならない…。
決して戦いの道を選んではならない…。
何よりも…紫峰宗主を敵にまわしてはならない…。 

なぜなら…それは…滅びへの道…。




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