徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第七十話 能力者の裁定人)

2006-01-12 23:53:45 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 久遠より少しだけ小柄で同じように細身の翔矢は修よりずっと年下に見える。
どちらかと言えば瀾に近く、似てはいるが久遠と並んでも双子には到底思えない。
 年下の修にこれだけべったりと甘えていてもそれほど違和感がないのはその見た目の幼さと陽菜によく似ているという女顔のせいなのだろう。

 「ねえ…気付いていたなら…どうして幼児だとか赤ちゃんだとか嘘言って…僕に合わせてくれたの…? 」

翔矢は甘ったるい声で訊いた。

 「嘘じゃないだろ…怒りが支配した時のおまえはまるっきり赤ん坊…甘える時は幼児そのもの…。
 だけどおまえの本当の感情年齢は…まあ…14~5ってところだな…。
その演技力で8歳くらいに見せてはいるけど…。 
 みんな誤解しているが…おまえは頭脳に問題があるわけじゃない…。
ただ行動や感情面が幼稚なだけさ…。 」

 当面の課題はその精神的未熟さからの脱却だな…と修は胸のうちで思った。
鼻先でふふんと笑いながらも翔矢の肩が少し震えているのが修の手に伝わった。

 「伯父さまには…優しい顔もあったんだ…。 僕が赤ん坊で居る限り…それほど酷いことはされなかった…。 
 ただ甘えていれば…勉強以外何もできない振りをしていれば…優しかった。
僕が自分で判断したり…行動したりすると怒り狂って…久遠を殺すぞって…。
久遠のこと言われると僕抵抗できないから…どんな暴力を受けても黙ってた。
 おかしなことに城崎家を不幸にすることなら何をしても子供の悪戯だと笑って見ていたけど…ね。」

 邦正には内緒で伯母の珠江ができる限りの手を尽くしてくれたお蔭で、完全な幼児化は免れたし、ある程度は大人の考えも持てるようにはなったが、そのことを表面上は隠しておかなければならなかった。

 「樋野の為でもあるんだよ…。 伯父さまは自分以外の誰かが長になる力を持っていると疑っただけで、無情にもその人を叩き潰そうとする。
長老衆のひとりが目をつけられて嘆いているのを耳にしたことがあるよ。
 本家に僕という存在がある限り他に後継者は出てこないから伯父さまの天下は続くだろうし、僕なら伯父さまの言うなりだと信じているから安心しているんだ。
安心していれば誰にも攻撃しないだろうからね…。 」

 翔矢は未熟なりに長として一族を護る方法を考えていたようだ。
もし翔矢が居なければ長と長老衆の間で同族同士の壮絶なバトルが繰り広げられていたかもしれない。
 我慢に我慢を重ねてきた翔矢だが…爛のマスコミへの登場をきっかけに耐えられなくなった。
 久遠が思い出してしまう…城崎に帰ってしまう…。
僕を置いていかないで…ひとりにしないで…もうひとりでは堪えきれない…。

 「…許してくれないね…きっと…久遠も…瀾も…。 」
 
犯した過ちの大きさを思い黙り込んでしまった翔矢の頬を涙が伝った。

 「時が経てば…久遠や瀾とも仲良く暮らせるようになるさ…。 」

宥め諭すような修の言葉を聞きながら翔矢はただ…無言で何度も頷いた。



 城崎衆のひとりに連れられて先に紫峰の屋敷まで逃れてきていた頼子と佳恵は心配と不安で一睡もできずにいた。
 西野の知らせで無事帰ってきたと聞くや、隊列を組むように何台も連なって戻ってきた車を出迎えるため表門のところまで大急ぎで駆けて行った。

 翔矢の姿を見るとさすがに引いたが時間の経過と共に慣れてしまった。
子どもっぽい翔矢の姿や仕草が彼女たちには何となく可愛く見えたらしい。
 頼子なんぞ相当痛い目に遭わされたはずなのにそんなこと微塵も感じられないほどの世話焼き振りだった。

 修の方を伺いながら…あっさり乗り換えられたかもね…と透が雅人に囁いた。
ま…翔矢の方が母性本能を刺激するんじゃない…と雅人が相槌を打った。
 これで修さんはプリンちゃんから解放されるわけ…?と隆平が訊いた。
プリンちゃんはいいけどさ…子猫が一匹増えちゃったわけよ…しかも♂のわけあり…雅人が肩を竦めた。

 なんか修さんの周りって男ばっかりだよね…晃が言った。
そうそう…あのお姉さまは結構修さんの好みのタイプだったんだぜ…でも結局残ったのは♂の子猫。
 宗主…女好きのわりには女運が悪いようですな…と悟が気の毒そうに言った。
良いんじゃないの…男には十分もててるからさぁ…瀾が冗談ぽく笑った。

 子どもたちがそんなこんな取るに足らない話をしている間に、修と一左、城崎、久遠の間で翔矢の今後のことが話し合われた。

 修が特に注意を促したのは、翔矢が他人を利用して人を殺めたのは事実で、これは絶対に許されない行為…弁解の余地は無いのだということを本人にしっかりと自覚させ、周りもその点については感情に流されないようにするということだった。

 細々とした取り決めの後、城崎は頼子と佳恵を連れて一先ず引き上げていった。
長期滞在をしていた爛は帰宅の準備のため、久遠は慣れない生活の始まる翔矢のために帰宅を一日延ばした。

 父親を見送って戻ってきた久遠は縁側のところでぼんやり東屋の方を眺めている史朗を見かけた。
 
 「腹の怪我は大丈夫か…? 」

久遠はそう声をかけた。

 「ああ…もう平気だ…。 」

史朗は腹を撫でて微笑んで見せた。

 「なあ…史朗…宗主はおまえだと分かっていてなぜ攻撃したんだ? 」

訊くか訊くまいか迷った挙句、久遠は理解できない修のあの攻撃について訊ねた。 
 「樹の御霊だからだよ…。 紫峰では樹に背くような行為は許されない。
透くんたちは樹に刃向ったあんたを庇ったから同罪と見なされたんだ。
 あのまま子どもたちを攻撃して怪我負わせたら修さん自身が苦しむだろう…?
それで僕が身代わりになっただけ…。 」

それでも十分苦しむと思うが…と久遠は思った。

 「修と樹は同じ人物なのに…攻撃を止めるわけにはいかなかったのか? 」

史朗は溜息をつきながら頷いた。

 「千年以上も前からの決まりごとなんだ。 
樹の御霊に背いたとみなされた者は身をもって潔白を証明しなさい…ってね。
代々宗主が樹の代理を務めているわけだけれど…修さんは本物だから厳しいよ。
 大丈夫…逃げようとしたり反撃したりしなければ、少し痛い思いはするけれど見殺しにはされないから…。 」

 史朗はまた久遠に向かって微笑んだ。
千年…そんな決まり取っ払っちゃえばいいだろうが…と久遠は呆れ顔で言った。

 「紫峰の立場がそうさせるんだよ。
信じないかも知れないけど…彰久さんと僕は修さんと同じで千年前の鬼母川の祭主の生まれ変わりだ…。
 当時の紫峰家のことも少しは覚えている…。
紫峰と藤宮は他の一族とはいつも距離を置いていた。

 それはその能力の特殊性からいって存在の独立性を保つためと言われているけど『生』の藤宮『滅』の紫峰は本当は能力者たちを裁定するために中立を図る必要があったんだ。
 おそらく朝廷が決めたことではなくて、能力者たちの間で自然発生的に『滅』の紫峰が裁定者になっていったということなのだろうけれど…。 」

 樋野が紫峰家を畏れた訳がそれで納得できた。
久遠たち300年程度の家柄では知り得ぬことだが、さらに古い家系では未だに樋野のように紫峰を裁定者と見做している一族が存在するに違いない。

 「それで…厳しすぎるほど厳しい決まりごとに縛られて生きているって訳か…。
何だかなぁ…って感じだよ。 」

 修ほどの男が旧態依然とした決まりごとに甘んじているとは…ね。
久遠は少し興醒めた。

 「理由はそれだけじゃない…。 何と言われようとそうせざるを得ないのさ。
紫峰の最悪の処刑奥義『滅』を封印しておくためにね…。
宗主は封印の鍵だから鍵を壊そうとする者に対しては容赦ないんだ。
『滅』は相伝とともに宗主の身体に受け継がれていく。
宗主の精神力だけが鍵となる。 それ自体が超原始的なんだから…。 」

 処刑って…久遠は慄然とした。
その気になれば修は…本当に人を殺せるってことか…?
史朗の時のように後から助けるなんてこともせずに…か?

 紫峰の名を聞いて樋野の長老衆が可笑しいほどうろたえていたその姿が、いまの久遠には笑えないものとなっていた…。





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