『神戸っ子』1月号をパラパラと見ていて、「あれっ」と手と目が止まった。
このカット絵。
この顔に見覚えが!
記事を読んでみると、やはり三浦照子さん。


わたしも親しくさせて頂いている、大変ユニークな女性です。
ここに書かれているように、西宮の大谷美術館の草創期の学芸員として、天衣無縫に活躍した人。その活躍ぶりは、その当時の西宮市教育長だった小林久盛先生からお聞きしたことがある。
また、足立巻一先生、宮崎修二朗先生とも「天秤」という同人誌ではご一緒だった人。
「天秤」の生き残りはもう多くはありません。
しかしこの人は今もお元気。バイタリティーにあふれたお人です。
ああ、そうだ。この人、生前の菅原洸人先生とも交流のあった人なのです。
いろんなところでわたしと繋がっているのだ。
今年頂いた年賀状には「お元気でいて下さいね」と書き添えて下さっていた。
このカット絵。

この顔に見覚えが!
記事を読んでみると、やはり三浦照子さん。


わたしも親しくさせて頂いている、大変ユニークな女性です。
ここに書かれているように、西宮の大谷美術館の草創期の学芸員として、天衣無縫に活躍した人。その活躍ぶりは、その当時の西宮市教育長だった小林久盛先生からお聞きしたことがある。
また、足立巻一先生、宮崎修二朗先生とも「天秤」という同人誌ではご一緒だった人。
「天秤」の生き残りはもう多くはありません。
しかしこの人は今もお元気。バイタリティーにあふれたお人です。
ああ、そうだ。この人、生前の菅原洸人先生とも交流のあった人なのです。
いろんなところでわたしと繋がっているのだ。
今年頂いた年賀状には「お元気でいて下さいね」と書き添えて下さっていた。
『半どん』165号(2015年12月号)だが、その中の地曳彦兵衛さんの「あとらんだむ<5>」の文章に注目です。
これは凄い文章かと。
二段階クリックで。



自身の拓本採取の経験からの文章だが、書き手の教養の広さと深さ。そして、精神の強さと優しさが感じられます。
「今では特に短詩形の碑などの中に、ヘドをつきそうになるのが間々あって、夜郎自大、陣笠的自称宗匠の、譬えれば選挙のビラ。自己顕示満々、無知で含羞のかけらもないこころざしの低さの碑であることよ。無論例外もあるにはあるが。」
これは彦兵衛さんの面目躍如といった表現。この時、彦さんの頭の中には、きっとあの人、俳人I・Mさんの顔が…。
まあ、この部分はご愛嬌で、本領発揮はこの後の文章。
興味のある方は是非読んでみて下さい。決して損はさせません。
そして終わりの方にこんな文が。
「執筆にあ~一ヶ月、辛かったという結論です。なぜかこれが絶筆かも?」と。
彦さん、もう読者もお察しの通り、実は我が宮崎修二朗翁のことです。
この正月2日に満94歳におなりです。
しかし、ただ今ちょっとご入院中。
まだまだお元気で頑張ってほしいものです。
これは凄い文章かと。




自身の拓本採取の経験からの文章だが、書き手の教養の広さと深さ。そして、精神の強さと優しさが感じられます。
「今では特に短詩形の碑などの中に、ヘドをつきそうになるのが間々あって、夜郎自大、陣笠的自称宗匠の、譬えれば選挙のビラ。自己顕示満々、無知で含羞のかけらもないこころざしの低さの碑であることよ。無論例外もあるにはあるが。」
これは彦兵衛さんの面目躍如といった表現。この時、彦さんの頭の中には、きっとあの人、俳人I・Mさんの顔が…。
まあ、この部分はご愛嬌で、本領発揮はこの後の文章。
興味のある方は是非読んでみて下さい。決して損はさせません。
そして終わりの方にこんな文が。
「執筆にあ~一ヶ月、辛かったという結論です。なぜかこれが絶筆かも?」と。
彦さん、もう読者もお察しの通り、実は我が宮崎修二朗翁のことです。
この正月2日に満94歳におなりです。
しかし、ただ今ちょっとご入院中。
まだまだお元気で頑張ってほしいものです。