必要があって「神戸っ子」のHPから古い記事を調べていた。
すると、別の記事の中に興味深いのが次々とあって、寄り道ばかり。
中にこんなのが。「神戸っ子」さん、記事拝借お許しを。写真の画質は落としてます。1968年8月号です。

右から、金坂郁美(のちの鳥巣郁美)、亜騎保、静文夫、板谷和雄、岡本甚一、米田透、津高和一、三浦照子、井田耕三、足立巻一。
今もご健在なのは三浦照子さんだけでしょうか。
「ある集い その足あと 天秤グループ」という記事の中の写真です。
この時「天秤」の同人は14人ということですが、そのうちの10人が集まってのもの。
《この日の集いは、米田透氏が三十数年の詩作を結晶させた詩集『色彩風琴』出版前祝いの会で、会場は西宮市高木西町の津高和一画伯邸。初夏の緑の芝生で輪になってしゃべりあい、スイカをぱくついて屈託がなかった。
東京勤務の秋原秀夫、広島在住の桑島玄二、入院中の田部信、出張中の宮崎修二朗の四氏を除いて、十人の同人が顔をそろえた。集いののち神戸労災病院入院中の田部信氏の病気見舞いに出かけた。》
10人中5人がタバコを手にしておられます。時代ですねえ。
このころの「神戸っ子」ですが、実に充実した情報誌になっています。
書き手に優れた文化人がたくさん登場しておられます。
井上靖・足立巻一・竹中郁の三人による対談は「きりん」の話など興味深いものでした。
見ているときりがありません。
『完本・コーヒーカップの耳』
すると、別の記事の中に興味深いのが次々とあって、寄り道ばかり。
中にこんなのが。「神戸っ子」さん、記事拝借お許しを。写真の画質は落としてます。1968年8月号です。

右から、金坂郁美(のちの鳥巣郁美)、亜騎保、静文夫、板谷和雄、岡本甚一、米田透、津高和一、三浦照子、井田耕三、足立巻一。
今もご健在なのは三浦照子さんだけでしょうか。
「ある集い その足あと 天秤グループ」という記事の中の写真です。
この時「天秤」の同人は14人ということですが、そのうちの10人が集まってのもの。
《この日の集いは、米田透氏が三十数年の詩作を結晶させた詩集『色彩風琴』出版前祝いの会で、会場は西宮市高木西町の津高和一画伯邸。初夏の緑の芝生で輪になってしゃべりあい、スイカをぱくついて屈託がなかった。
東京勤務の秋原秀夫、広島在住の桑島玄二、入院中の田部信、出張中の宮崎修二朗の四氏を除いて、十人の同人が顔をそろえた。集いののち神戸労災病院入院中の田部信氏の病気見舞いに出かけた。》
10人中5人がタバコを手にしておられます。時代ですねえ。
このころの「神戸っ子」ですが、実に充実した情報誌になっています。
書き手に優れた文化人がたくさん登場しておられます。
井上靖・足立巻一・竹中郁の三人による対談は「きりん」の話など興味深いものでした。
見ているときりがありません。
『完本・コーヒーカップの耳』