御託専科

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「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ

2006-12-28 17:16:10 | 書評
なんなんだろうなあ、この本は。気の効いた警句、深遠な思考、とても微妙なそしてありうべき心理の描写、軽くよぎる思いの的確な把握。そんなことを誉めるのかなあ、人々は。まあそうした誉め言葉は当てはまらないわけではない。エセー的なものと思えばまあまあだ。だけど、小説としては失敗作だと思うなあ。
エセー的な部分にしても気に食わぬところはいくらもある。存在の軽さが耐えられない。永久回帰でないから。繰り返されず歴史にも記憶にも残らないから。っていってるらしいけど、そもそも存在は軽い重いの論議の対象なのかなあ。軽さに耐えられないって正確にはどう言うことよ。哲学的論考ならそんなことを多少は厳格に取り扱うべきだろうな。それを逃れているのは小説という形をとってるから。他にもそれなりの問題提起や思考の描写がちりばめられているけど、率直にいって半端。デカルト的・キリスト教的背景からの(動物に対する)人間の優位性について疑問を投げかけ論議するところがあるけど、これって正直言って噴飯物だよね。東洋思想を知らなくても心身論的にも脳科学的にももう通過しちゃったところじゃないかな、一般常識として。動物と人間の境なんて薄いものってことは。
思いとか感じ方の記述や描写はそれなりに鋭いと思うけど、それで終り。断片的にちりばめられているだけでそれぞれが単発的効果しかもっていない。書き散らかしの週刊誌のエッセイならとも書く小説なんだからねえ。有機的に構築して欲しいもんだね。

主要なテーマのひとつに反俗悪(キッチュ)論があり後半で論じられているけど、この本自体がキッチュのように見えてきた。知識人の知識顕示満載のできそこないの小説だね、これは。ありがたがる人はありがたがればいいんだろう。

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