御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

桐野夏生「メタボラ」

2011-08-21 23:34:17 | 書評
カバーにある「底辺に生きる若者たちの生態を克明に描き、なお清新な余韻を残す傑作ロードノベル」というのはなかなかよい要約だ。「グロテスク」の女性同士の陰湿な鞘当や中国奥地からの不法入国者の生態、「Out」の死体面などもすごかったが、そういうディテルの書き込みはここでもすばらしい。
主人公が記憶を失ったまま失踪する沖縄の森の中の様子、その闇で感じる主人公の恐怖、若者のカリスマの様子と実態、半導体工場の実態、ホストクラブの様子などなど、これらのディテールが一つ一つおもしろく、あとで拾い読みしてもまた楽しめる小説となっている。
全体としてはどうかなあ。若者の多様さと救われなさが印象的といえば印象的。またホストまでやっていしまっている女たらしの昭光(ジェイク)の底抜けの楽天と純情が印象に残ったかな。でも話は記憶喪失からの回復の話やその原因でもある主人公の経験した家族崩壊の話、墓石屋の話やホストクラブ、半導体工場、若者宿の話などが混在していて盛りだくさんだがやや焦点ボケだったような。「グロテスク」や「Out」の筋の通った感じは少々薄いね。ま、それはそれでこの小説の味ではある。
なお、カバーにある「非情な社会のヒエラルキー」に若者たちの安住の地が見つからない、云々というのは的外れだな。どういう意図かは知らないが、作者は主人公たちを多少うかつな人物として描いている。「そりゃひどい目に遭いたくなければ、あるいは落ちこぼれないようにするためには多少は用心してかからなきゃあね」と普通に言いたくなるような場面は結構あるぞ。

福冨健一「重光葵 連合軍に最も恐れられた男」

2011-08-21 12:32:21 | 書評
終戦記念日前後の読書として買った。この時代の外交に関しては岡崎久彦氏の「東郷・重光とその時代」という名著があったことをあとで思い出したが、この本はこの本で重光の剛毅な様子をよく知ることが出来てよい本だった。
まっとうな見解を持ち、それを実現させるべくぶれず正直に剛毅に物事を進める。小細工をしない。とても気持ちがよい仕事の進め方である。大東亜会議の実現など現時点でもっと見直しが入ってもよいような話だと思う。戦後の吉田軽武装ドクトリンからの修正をもくろんでいた点も含め、あれこれ現在を照らす視座を提供する。

それにしても正直言ってうらやましいと思ったね。重光はエリートであり、戦前も戦後も常に一定の活躍の場を与えられている。そこが傍流を走ったため猟官をしたり鳩山と裏切りの約束をした吉田とは大きく違う。小生の社会人生活は、剛毅に過ごせば常にぶつかるし、また多くの場合剛毅に過ごすために力を入れようとしてもなかなかフルスイングが出来ない砂地や泥地に悩まされた感がある。このあと書く「メタボラ」の若者なんかもはるかにひどいよね。フルスイングできる環境を整えるのも力量のうち、といわれればそれまでだが、少々思うところはある。