御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

「約束された場所で」ほか 村上春樹

2007-09-29 21:52:24 | 書評
オウム取材の「約束された場所で」を読んだ。
これはなかなかたいしたインタビュー集である。そして正直僕はオウムの人々に親近感を感じたといえる。村上は聴取が巧みである。それぞれの人がかたくなにならずできるだけ心を開き、うまくいえないが思いはある部分へのまどろっこしい言及まで引き出しているように思う。

ただ、インタビューのあとの河合隼雄との2つの対談は面白い部分もあれば常識的でもあり、また林郁夫の「オウムと私」をめぐる書評エッセイをベースとしたあとがきは些か常識的な大人すぎる印象は免れない。林郁夫も他の多くのまともなオウムの人々も、ある種整合的に物を考えそこから世の中の矛盾と悪をけしからぬと思い自らと世を変える思いを持ったのだと思うが、それに対して「現実というものは、もともとが混乱や矛盾を含んで成立しているものであるのだし、混乱や矛盾を排除してしまえば、それはもはや現実ではないのです。」というのでは、いかがなものか。思考とか理想とか正義の類をやすやすと否定するかに聞こえるこうした言い草は、「そりゃそーだけど」という品のない言い方で、多くの俗物から聞かされてきた。改めて氏に言われると些か調子が狂うが、彼はそれは承知で敢えて言っているわけで、そこには村上氏が割り切れていない、突破できていない要素を反映しているように思われた。

そのほか「風邪の歌を聞け」を読んだ。これはさすがに若書き。他短編集。ともあれ「約束・・」でとりあえず村上作品への憑き物は一旦落ちた気がする。彼に隠れた大きなイメージの体系があるとは思いにくくなった。むしろ氏はおそらく優れた散文詩人である。たとえば西脇順三郎の散文版なのだと思う。