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「燃えよ剣」(2020年日本映画)

2021年11月10日 | 映画の感想・批評
 天領、武州多摩の有力な百姓の家に生まれた土方歳三は義兄の佐藤彦五郎が設けた天然理心流道場の「バラガキ」だ。武州では暴れん坊をバラガキと呼んだらしい。手に触れるとケガをする茨の垣という意味だ。道場主は、近隣の同じ百姓出身の近藤勇である。天然理心流は江戸にも道場を構える。ふたりは旧来の仲であり、道場に通う江戸の浪人士族の子弟が二十歳になる沖田総司であった。
 土方は原作を読むと背が高かったとある。実物は写真で見る限り細おもての美男子だが、岡田準一は背丈も顔が濃いのもちょっと違う。近藤はいかつい王者の風格がある。そうして、司馬遼太郎は沖田を口元が可愛く、「ちょっと色小姓にしたいような美貌」と表現している。いわゆる愛されキャラだ。山田涼介が原作どおりの立ち居振る舞いで周囲のむくつけき男どもを和ませる沖田を好演した。
 映画の立て付けは、明治の初頭に北海道に渡って榎本武揚を支えた土方が幕府顧問のフランス軍士官に、その半生を語るという趣向である。
 大部の原作を150分とはいえコンパクトにまとめあげた。映画の大筋は公的な史実である。その一方に私的なエピソードとして語られるのが土方とお雪という女のロマンスだ。お雪は司馬の創造した登場人物である。長編小説では邪魔にならないエピソードも映画となると全体の流れのなかで、もたつきを感じてしまう。なにしろ、要所要所で激烈を極めて血しぶきの乱れ飛ぶ剣戟場面が用意されていて、岡田は身体能力に優れているから剣の裁きは板についている。剣戟の合間に交わされるふたりの秘めやかな交流は気晴らしともいえる。原田眞人は「日本のいちばん長い日」でも同じ手法を用いた。しかし、私にはどうもこの色恋は蛇足だったような気がしないでもない。
 倒幕を警戒する徳川政権は、孝明天皇をかつごうと京に集まった尊皇攘夷派を駆逐するため、会津の松平容保に命じて京の守護に当たらせる。至誠篤実の人であった容保は朝廷の信頼を得て孝明帝じきじきの手紙まで授かる。こうして、将軍家茂の入洛の道筋がつき、のちに新選組となる浪士組は将軍警護のために京に派遣され、その後は会津藩をアシストする役目を担う。
 当初、新選組結成の流れをつくった論客の清河八郎は、入洛した途端に尊皇攘夷を主張して佐幕派の近藤らとたもとを分かち、幕府方に討たれてしまう。  
 近藤とともに局長を務めた水戸浪士の芹沢鴨は酒乱癖があって乱暴狼藉の限りをつくす。やがて新選組のお荷物になり、あまりの無法者ぶりにほとほと手を焼いた近藤と土方は、芹沢粛清を決断する。日頃から芹沢にことのほか可愛がられていたのが亡弟に似ているという沖田である。身近に置いて離さないほどの可愛がりようである。土方から芹沢粛清の計画を明かされた沖田が「芹沢さんがかわいそうです」といっておきながら、「私に斬らせてください」と申し出るところは、この若者の芹沢に対する愛情があらわれていてなかなか意味深長だ。
 また、元来尊皇派の山南敬助は新選組総長という名誉職に祭り上げられて不満を募らせ、かねてからそりの合わなかった副長の土方と衝突した挙げ句、置き手紙を残して脱走を企てるのである。沖田は土方に山南追捕を命じられて、「取り逃すかも知れませんよ」と捨て台詞を吐く。結局、山南は発見され沖田の介錯で切腹するが、実は原作の設定では沖田を弟のように可愛がっているのは芹沢ではなく山南で、沖田もまたこの学才の人となりをひそかに敬愛していたという。だから山南も追っ手が可愛い沖田では抵抗する様子もなく、侠気を見せて素直に連れ戻されたらしい。切腹の場面で、山南が介錯のタイミングをじらして「まだまだ、まだまだ」と意地をはるのも、沖田の手前カッコイイところを見せたかったからであろう。刀を振り上げた沖田が見るに見かねて首をはねる場面は音だけで見せなかったのが、余韻を残してよい。
 こうした新選組内部の権力闘争は伊東甲子太郎一派粛清と続き、池田屋の変などの歴史的事件とともに、この映画の見せ場となっていて、政治の好きな人にはさぞおもしろかろうと思う。(健)

監督・脚本:原田眞人
原作:司馬遼太郎
撮影:柴主高秀
出演:岡田準一、柴咲コウ、鈴木亮平、山田涼介、伊藤英明、尾上右近、山田裕貴


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