ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

AGOO(アゴー)②

2014年02月15日 | 日記


 G氏のお宅での昼食、歓談(クリスチャン用語でお交わり)は、3時ごろまで続いたでしょうか。
 奥様がその夜泊まるホテルへ案内して下さいました。

 ホテルと言っても、スペインのペンションといった感じ。簡単な作りのロッジです。十畳ほどの部屋にシングルベッドが一つとソファベッドがひとつ。つまり、女性二人のうちどちらかはソファベッドというわけです。

 部屋の写真を撮ったはずなのに残っていません。

 男性用と女性用で棟が別れているとのこと。まあ、建物は粗末だけれど、目の前には小学校の校庭ほどもある池があり、一面ハスの花が浮かんでいるのです。
青い空はきれいで、ブーゲンビリヤが咲き、同じ敷地内に25メートルプールも青々と水を張っています。
 これで。部屋が良ければ三ツ星ホテルにもなるでしょうに、とは、世知辛い日本人の考えでしょうか。


                


 一時間ほど休憩ののち、夕方から教会での礼拝会に出ました。
 教会の名前は、
 「グレイス クリスチャン アッセンブリー フェローシップ センター」
 屋根の下に、S先生歓迎のポスターが出ていました。


              


 若い信徒の人たちが、楽しそうに賛美(歌)の練習をしていました。
 写真を撮らせてもらおうとしていると、たちまち、まわりに集まってくれました。

 中央の白いブラウス姿の方が牧師です。日本でも女性の牧師が増えましたが、フィリピンでも珍しくないそうです。



                   







 



AGOO(アゴー)①

2014年02月15日 | 日記


 フィリピンでの二日目(1月27日)は、アゴーという町に滞在することになっていました。
 S牧師の宣教師時代以来の友人G氏が住んでおられるのです。

 G氏のお宅は海に面しています。もともとは、あたり一帯別荘地だったそうですが、いまはのどかな住宅街です。
 G氏のお宅では、昼食の準備がされていました。ほかに牧師や宣教師などが教会関係の方がおおぜい招待されていて、楽しいひとときでした。


                        


 
 アゴーは、ルソン島中部の西側パンガシアン州にあります。海に面した町で良港があり、戦国時代の終わりころには、日本人もたくさん住んでいたようです。

 戦国武将にしてクリスチャン大名だった高山右近は、豊臣秀吉のキリシタン禁制の中で棄教を迫られて拒否。領地を捨ててわずかな家来とともにマニラに移り住み、そこで死にました。
 アゴーは、その高山右近が、最初に上陸した地点とも言われています。


 >高山右近に関するサイト
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%8F%B3%E8%BF%91

 アゴーの地図を紹介して下さっているサイト http://www.minaminokai.com/nangokudayori/baguio/pangasinan_map.html


                       












 


 

 

 



  

快適ドライブ

2014年02月14日 | 日記


 朝9時を過ぎて、やっとマニラの渋滞を抜けたもよう。
 フィリピンのファーストフード店Jollibee(ジョリビー)で朝食を食べました。
 道路沿いには、マックや焼き肉、中華レストランがあって、店の構えも、中も、とても大きいのです。
 
 同行の方々に勧められてフライ(ド)のチキンみたいなものをいただきました。

 満腹になってから、一路、バギオへと思っていたのですが、寄り道がありました。 



             

 沿道には食品店が並んでいます。と言っても、大部分はトロピカルフルーツ、米類、木の実など。
 ロペス先生が大きなスイカを買いました。その時は、翌日、それが私たちの夕食のデザートになるとは思ってもいませんでした。


              

 マンゴーの木はいたるところにあって、実をつけていました。

 走っているのは高速道路でした。料金所に来てやっとそのことに気がつきました。


              


  料金所の上に、「高速道路、フィリピン・日本、協力プロジェクト(2008年)」と書かれています。





お詫びとお知らせ

 フィリピン宣教旅行について

 2月7日から11日までの記事を削除しました。

 私の不慣れから、写真掲載がうまくいかず、また記事の構成も決まらず、
 皆様に混乱した記事をお届けすることになってしまいました。
 そこで、5つの記事を削除させていただきました。
 これらの記事に代わる部分は、これから掲載したいと思います
 どうか、引き続きご訪問くださいますよう。
 私にとっては、とても感動的な体験だったのですが、
 なんとかその一端でもお伝えしたいと思っています。
 よろしくお願いします。

 疑問やご質問があれば、コメントしていただければ感謝です。

 写真はクリックしていただくと拡大します。

                         さとうまさこ
  








 

こんにちわ。フィリピン

2014年02月13日 | 歌う

 自慢できるほどたくさんの国に行ったわけではありませんが、初めての国に着いた時の気分は格別ですね。
 なんか、体中が目になって、周囲を見ています。体中が口のように騒いでいるのです。
 「見せろ。見せろ。走れ、走れ。」

 異国だから持ち物に警戒するように、人ごみに迷わないように、引率のS先生を見失わないようにといった心構えはたしかにあるのですが、自分の物見高い楽しさに比べれば、おびえなど物の数でもないような気分です。
 カートの重さも気にならず空港出口を出ると、現在の日本AGフィリピン宣教師吉原先生が手を振ってお出迎え。大きな4輪駆動ワゴン車に乗り込んで、混迷のマニラ幹線道路から、混雑の裏町を通ってホテルへ届けて下さいました。

 フィリピンに着いたらフィリピン料理を食べよう、何がいい?と言われていたのに、一時間半ののち部屋に着いたら、私も相棒のUさんも、「もういいです。休みたい!」

 空港到着は6時頃だったのに、ホテルの部屋に入るまでなぜか3時間以上もかかっていてぐったり。 
 もともと食欲には煩わされない(小食の)私は、パソコンをつないで、まず、ブログで到着報告。

 翌朝はマニラのラッシュアワーを避けて5時半出発ですとのことで、早々と休みました。1月26日夜のことです。

翌朝、暗がりを出発し、ラッシュを避けたはずが・・・。


                   

 
 朝、迎えに来た下さったのは、バギオ教会の牧師ロペス先生.
 

  
 

宣教

2014年02月12日 | 日記


 「宣教旅行」ってなんでしょう。
 「宣教地訪問旅行」? 
  でも、やっぱり「なんでしょう」でしょう。

 決して、旅行業者の広告には見つけられないカテゴリーです。
 クリスチャンを対象とした特別な旅行社による「聖地訪問旅行」というのはありますが、
 これは、もっぱらイスラエル旅行です。
 イスラエルは、旧約聖書と新約聖書の舞台です。そこで、ここを訪問しようというクリスチャンは多いのです。クリスチャンは世界で20億人とも30億人とも言われていますから、イスラエルは大変な観光地となります。さらに、イスラエルの首都エルサレムは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地です。
 

 
 さて、宣教です。
 宣教は、キリスト教の基本ともいえるほど、大切な使命です。


 「神の救いの訪れと完成」を「福音」と言いますが、これは英語では「good news」(よい知らせ――原語はギリシャ語)と訳されています。「よい知らせ」は、人に知らされなければなりません。つまり、宣べ伝えるのです。
 知らせることで、多くの苦しむ人々と希望を分かち合うことができるのです。


 宣教と言った言葉に抵抗を感じる方もいるかもしれません。
 キリスト教も、多くの間違いを犯してきたからです。権力とともにあった時代、宣教が軍隊に守られて行われた場所もありました。植民地支配の道具のように利用されたこともありました。十字軍や魔女裁判は、今でも繰り返しキリスト教非難の口実として挙げられます。

 しかし、このブログは、論争するためのものではありません。そのような疑問に答えてくれる牧師や専門家はたくさんおられます。ぜひ教会へお出で下さい。




  
                   


 さて、宣教です。

 宣教は、貴い働きですが、おおむね厳しい活動です。まだ、福音が届いていない地に行って、福音を宣べ伝えるのです。
 見知らぬ場所へ入っていくだけでも勇気がいります。見知らぬ人を迎える側は警戒します。
 どのような場所で暮らしている人にも、文化があります。何らの信仰もあります。プライドも確立された生活様式もあります。福音を宣べ伝えるのは、そのような場所に新しい秩序や価値観を持ち込む、また、それまでの何かを破壊すると思われる恐れもあります。

 


            



 宣教師は、最初、強い拒絶に会い、さらに危険にさえ遭遇します。実際、20世紀だけでも、殺されたり殉教した宣教師の数は数え上げられないほどです。

 宣教に成功したとしても、個人的な見返りが期待できるわけではありません。宣教師は未開地に新しい商品を売りこむセールスマンとはわけが違います。
 宣教の費用は、母国の信徒の献金などですが、十分に潤沢な資金を使える宣教師などめったにいません。

 それでは、何を目的に宣教するのでしょう。
 まさに、「よい知らせ」を告げるためです。それが、イエス・キリストのご命令だからです。
 神のお喜びになることをするのが、クリスチャンの歓びだからです。

 とはいえ、普通の人である私は、なかなか宣教などできません。
 神様のお喜びになることをしなければいけないと思いながら、実際には、神様を悲しませてばかりいるような人間だからです。

               
 

 
 そんなわけで、宣教地訪問旅行に参加したのです。


 さて、宣教地訪問です。