今日の新約聖書通読エッセイも有名な箇所なので、転載します。
新約聖書の戒めは、厳しすぎるとお感じになるでしょうか。
「『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。(マタイの福音書5章38節)
しかし、わたしはあなたがたに言います。悪いものに手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。(39節)
聖書やキリスト教を知らない人でも、聞いたことがあるはずの有名な言葉です。
「右の頬を打つ者には、左の頬も向けなさい」は、究極の道徳というより、クリスチャンを揶揄するために使われていることさえあります。
なぜでしょう。誰にもできないことだからです。
もちろん、どのような抵抗もできない状況だったり、相手が強くて一方的に殴られたりする場合は、このように見える場面もあるでしょう。しかし、ふつうは穏やかな気持ちで、(それが神の御心ならと思って)、左の頬を向けることなんかできません。
私なら、力がありませんから、殴り返すことはできないで、防御の姿勢を取るだけでしょう。けれども、心の中で間違いなく怒りと恨みを膨らませるでしょう。
旧約時代には、「目には目で、歯には歯で」と、等価報復が許されていました。(出エジプト記21章24節) これは、「手には手を、足には足。やけどにはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷」(同25節)と続くのですから、かなり恐ろしいですね。
今の文明国では、もちろん報復であっても「暴力」は犯罪です。ですから、損害に対しては警察に訴え、裁判にかけてもらって、補償を要求します。今日のような整った警察力や法制度がなかった時代には、私的報復(仇討)をしたのでしょう。しかし、報復はどうしても「やりすぎ」になるので、「目には目で」と、決めたのです。
イエスは、この報復が等価であっても、やってはいけないと戒めているのです。
「右の頬を殴られて、左をも向けなさい」!!
ああ!!と悲鳴が出そうです。ここでも、イエスは、これが神の基準だと示しておられるのですが。