ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

夏の終わり

2019年08月23日 | 日記


   訃報が続いた。
   教会の兄弟が8月20日に亡くなった。82歳。
   数年間、体調を壊していた。数か月来、寝たきり状態だった。
   
   ほかのお二人は、直接には存じ上げない方々だが、教会員の親族。
   いずれもまだ、60代。

   
   
   久しぶりに訪ねてきた友も痩せている。
   人のことは言えない。私も痩せてしまった。暑くて体調を崩してしまい、食欲がない。

   冷房を入れないではいられないけれども、冷房を入れるとまた、おかしくなる。

   定期健康診断を受けて、「食欲がなくて」といったものだから、
   「胃カメラをやりますか」ということになり、
   「10年ほど前にしましたが、苦しかったので」
   「鼻からだから、楽ですよ」


   結果は、特に何も見つからなかったということだった。
   ほっとしたような、物足りないような・・・。   
   何か、準備していたものが無駄になったような・・・。
   「そろそろ支度をしなければならない!」と、固く握っていたこぶしを解いたような。
   (おおげさな!! それでも信仰があるのん?)


           天の下では、何事にも定まった時期があり、
           すべての営みには時がある。
           生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
           植えるのに時があり、
           植えた物を引き抜くのに時がある。
           殺すのに時があり、いやすのに時がある。
           くずすのに時があり、建てるのに時がある。
           泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
           嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
                (旧約聖書・伝道者の書3章1節~4節)








   

急逝

2019年07月11日 | 日記


 教会の兄弟(クリスチャンは同じ信仰を持つ男性を兄弟、女性を姉妹と呼ぶ)が亡くなって、二週間がたった。

 朝、倒れて、救急車で運ばれたが、蘇生することはなかった。70歳になったばかりだった。

 心臓にステントを入れているということだったけれど、とても活動的で、疲れたように見えることはなかった。何でもよくできる人だった。ジーパン姿で金槌をふるいクリスマスの舞台を作っているときも、キッチンで大きな鍋にカレーを作っているときも、小粋なベスト姿でマジックを披露するときも、蝶ネクタイで結婚式の司会をするときも、明るい笑顔のその姿は、ダンディで、「絵になって」いた。

 もともと役者、演出家だった彼は、聖書劇のミニストリーに使命を燃やしていた。教会では、毎月最初の日曜日、聖書を題材にした短いスキットを上演していた。
 芝居について、パフォーマンスの世界全般から、具体的な舞台の演出、役者の演技の付け方まで、実によく知っていた。
 けっして、威張らず、誇らず、押し付けずの演出家だった。にわか脚本家のさとうに対しても、ときに「脚本家はどうお考えですか」などと、意見を問われるので、そのたびに、しどもどする私だった。
 十年を超えるその活動は、実を結び始めていた。素人劇が、見ごたえのある聖書の「世界」を浮かび上がらせるようになっていた。

 「いつか、本格的な舞台で、二時間枠くらいの劇を上演できればいいですね」というのは、無責任な私で、彼は決して大きな目標を夢見るような言動はしなかった。
 
    

 棺の中の彼は、ほほ笑んでいた。式全部が終わって、花を手向けるため彼の近くに歩み寄る人たちの前で、すっと目を開きそうだった。
 「ああ、終わった? なかなか良かったよ。ごくろうさん」と言いそうであった。

 でも、棺のふたは覆われ、彼は運ばれていった。

 泣いている人がたくさんいて、それをリアルだと認めないではいられなかった。
 次の日曜日の礼拝の日も、涙なみだだった。
 彼が支えていた彼のご家族6人はもちろん、彼に支えられていた教会が、号泣しているかのようだった。

 合掌!










体験・最新のMRI

2019年06月20日 | 日記


 山形・新潟地震のニュースに見入ってから眠ったせいか、珍しく夜中に目が覚めた。
 なんとなく起き上がったつもりが、転んでしまい、したたか後頭部を打った、と思ったのだけれど、眠くてすぐ寝入ってしまった。
 はたして、朝起きてみると後頭部にこぶが出来ていてちょっと痛い。しかし、こぶになる打撲は案外大丈夫と聞いたことがある。
 気分も悪くないし、教会に行かなければならない日だったので、出かけた。
 午後、住まいの近くに戻ってきて、かかりつけのクリニックで、事情を話して診てくださいとお願いすると、首から上は専門病院に行ってくださいと言われた。

 脳神経クリニックと名のついた病院に、今日改めて出かけた。新規開院してまだ新しいクリニック。HPには、最新の設備と機器が備えられたクリニックと紹介があった。

 問診票の書き込みを見て、お医者様は、「とにかく、一度MRIで見ましょうか。年齢も●●だし。「まあ、音がうるさいんですが、はっきりした方がいいでしょう」と。
 「音がうるさいですが、」と、MRIの技師(というのでしょうか)も気の毒そうに言う。
 「20年ほど前に一度、経験がありますから、だいじょうぶです」

 ★★

 おどろいたのです。うるさいと言っても、うるささが全然違うのです。
 かつては、ほんとにめちゃめちゃうるさかった記憶があるのですが、

 今日のは、ちょっと物語な世界なのです。
 ガガガガッ、ビビビーッの後に、ピアノ曲。
 また、ガガガガッ。
 今度は、コンコンコンコンと頭の左上で、軽やかにくぎを打つ音、
 頭の真上で、グワーンと電気ドリルの音、またコンコンコンコン、グワーン!! 
 ピアノ曲。金槌、電気ドリル。
 コンコンコン、グワーン。ピアノ曲、
 ガガガガッ、コンコンコン、電気ドリル。

 私の頭の中を、断面画像にしているのだ。頭の中を輪切りにしていると、
 だんだん納得させられていくのです。
 「まあ、手慣れたものね。よろしくね」とお願いする気分になっている。

 こんなもの考え出すなんて、きっとゲームやアニメで、仮想空間を見慣れた世代の人たちだね。
 なんとなく、こっちもアニメの中にいるような・・。
 悪くない! 悪くない!
 ピアノのメロディは何なのだろう。

 ガガガガッ、グワ~グワ~、ガガガガッ、コンコンコンコン、グワーン。


 やがてベッドが動いて、
 「お疲れ様でした」
 「あれ。もう終わっちゃった・・・」
 たしか、15分ほどって言わなかったっけ。

 ★★

 まあ、打撲は頭の中には何の痕跡も残していなかった。
 モニターの画像を見て、自分の脳のスライスや血管を見て、
 いまのところは、手術を必要とするようなものがなかった、らしいこと。
 でも、毛細血管が、ほら・・と、先生は、画像を示し、

 「一年後に、予約をしておいてください。また、検査しましょう」
  と、追跡の必要を念押し。
  つまるところ、無罪放免ではなかったのですが、
  一件落着でした。
 
 
 

  
  


 

タイ洞窟・救出完了

2018年07月14日 | 日記


 タイの洞くつで、十二人の少年とサッカーコーチ一人が閉じ込められたことは、世界的ニュースでした。

 さとうは、洞くつのことも、まして、洞窟に水がたまっていて、潜水の専門家がいることも知らない者でしたが、このニュースにはくぎづけになりました。

 なんといっても、これは、愛のミッションでした。

 小さな無名の命のために、このような無償の働きをするのも、人間ですね。






 フェイスブックの記事から、シェアし、さらにこのブログに紹介させていただきました。
 感謝!!!
 









葬儀に参列する

2018年06月08日 | 日記





 先日、ある方の葬儀に参列してきました。同じ教会の姉妹のお母様で、十年ほど前、受洗の時に教会においでになっただけの方でした。
 ご高齢の上、病気続きで、教会に来ることができなかったのです。


 悲しみの中にも、希望のひかりにおおわれた式でした。
 簡素な飾り付け、決して多くはない参列者。むしろ、ひっそりとした会場で、牧師のメッセージや故人を偲ばれるお知り合いの「お別れの言葉」が、ひとつひとつ美しい水玉のように現れて、消えていくのです。



 讃美歌と、聖書のみ言葉が、天にとどく柱のように、高みに上って行くのが見えました。

 亡くなった方のたましいが、けっして消えてしまったのではなく、今、神のみもとに召されようとしている・・・。そんな確信が、胸にこみあげてくるのです。


 しめやかであっても、暗くはないお別れのときでした。

 参列者は、棺の中を花で飾るときも、棺をお見送りするときも、火葬された骨を拾う時でさえ、心の内で、姉妹に語りかけるのです。

 「いつか、天国でお会いしましょう!」