ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

暮れも正月も

2020年12月29日 | 立ち止まって考えること

                                

 年末のこの時期で一番記憶に残っているのは、父が暮れの31日に臨終の宣告を受けたこと。

 まだ還暦過ぎであったし、健康だった。12月26日の朝に倒れ、救急車で運ばれた。50年以上も昔のことなので、医療は今のようではなかった。CTもMRIもない時代、お医者様は一通り診察しておられたけれど、手の施しようがなさそうだった。

 後頭部のどこか――小脳か延髄のあたりがダメージを受けているらしいとのことで、点滴と尿の導管がつけられた。病気などに縁がない家だったので、家族は、ただ目をみはるばかりだった。

 父の兄弟や母の親族も一応見舞に来て、帰った。「なんで●●雄さんが・・」と、だれもが驚くばかり。叔父だけが「兄さん。なんで・・こんなことになって・・」と体に取りすがって半泣きで叫んだ。叔父は隣県に住んでいたし、母から父の兄弟仲はあまり良くないと聞いていたので衝撃だった。

 「大学病院の先生をご存じでしたら、転院してください」と言われた。すぐ近くに県立の医大病院(当時)があった。しかし、暮れの押し詰まった時期で、いざとなったら、知り合いも、伝手もない。父ひとりに依存していたのだから、父が倒れたら母などおろおろするばかり。それでも、「あと三日くらいでしょう」と言われたのに、大みそかを迎えた。

 

  🕯

 

 31日になって明らかに呼吸が荒くなり、血圧が下がって来た。なぜか、その時(数分か、数十分か)、私だけが父の枕元にいた。半開きの目は充血していた。私は、やっと、呼びかけることができた。

「おとうさん!」(おとうちゃん!かもしれない)と、何回か。すると、父のまぶたが上がった。充血した目から霧が晴れるように赤いもやのようなものが消失していき、瞳が現れた。父は私を見た。「まさこか」と言った。倒れて以来初めての言葉だった。

 その時、母と兄と弟妹達、家族が戻って来た。「意識が戻ったわ。今、まさこかって、はっきりと」

 でも、振り返ると、父は、ベッドの上で荒い呼吸を続けていた。目は元のまま、昏睡状態の人だった。

 

 お医者様が一度だけ心臓のあたりに注射をして、消えかけた心拍がいくらか持ち直した。30分ほどして、それも終わりだった。「ご臨終です」と、先生は言われた。午後11時59分だった。きっかりと大晦日の最後の最後だった。

 

 🕯 🕯

 

 暮れになると、翌年の夢やいろんな思い出や、新たな希望にちょっと胸が弾むのですが、でも、この瞬間にも、病床にある人がおり、別れがあり、涙や叫びがあるのだということは、その時まで、本当には知らなかったように思う。すぐに家のバンに乗せて遺体を家に運び帰った。

 近所の方々がすでに待機していて、お寺さんも時を置かず見えて、「枕経」をあげてくださった。 続いて、近所の女性たちが長い長い「ご詠歌」。誰が、布団を敷き、だれが枕元に線香台を用意したいたのかわからない。元旦の朝は、人の出入りが多くて、あちこち開け放っているので寒かった記憶だけが残っている。

 たくさんのお悔やみを聞いた。何と答えたのか、まったく覚えていない。

 

 正月二日が葬儀だった。

 私は、一応成人した娘として、遺族らしくしていたかもしれないが、実感がなかった。父がいなくなったことが信じられなかった。

 

         

 

 

 

 


2020年、はじめての、ZOOM、U-tube、チャット

2020年12月26日 | 歴史

 2020年もあとわずかになりました。皆さまにとってはどのような年だったでしょうか。多少とも、コロナという新しい感染症に脅かされたと思われない方はいないのではないでしょうか。

 さとうも、影響を受けなかったとは、到底言えません。3月以降は「引きこもりがち」でした。大きな理由は、自分がクラスターのもとにならないようにと思っていたからです。

 毎週のように集っていた教会も、集会の密を避けるため、ZOOM礼拝をはじめました。祈祷会(祈りと学びと交わりの会です)は、全部ZOOMで行われました。

 個人的なつながりは、電話やメール、ラインにとって代わりました。

 我が家で二週に一度行っていたささやかな祈りと学びの会も、全部キャンセルにしました。余るほどの時間ができたのですが、その割に聖書通読エッセイは、はかどりませんでした。本来の目的である、小説づくりはさらにおぼつかないありさまでした。

 代わりに増えたのが、街の散策です。ただ、バスに乗って、駅前の商店街に行きます。自分では、毎回目的を決めて買い物をし、歩くコースをも、変えてみて、変化をつけているつもりでしたが、きっと、ただ、徘徊しているだけのローバに見えたかもしれないですね。

 夏ごろには、短い期間に三度も転倒してしまいました。まだ、「大丈夫ですか」と尋ねられると、「恥かしい」自分がいました。若い時は、「あたし足が弱いみたい。わりとよくつまずくのよね」と、言い訳をして済んだのですが・・・。

 

  🌸 🌸

 新しい体験はたくさんありました。なんと言っても、ZOOM体験です。いろんな方がZOOMをはじめられたので、初めてZOOMを通してお話ができた方々とのひと時は、良い刺激ですね。

 時間がたっぷりあったので、U-tube動画をあれこれとめぐりました。

 実に、多くの方がU-tubeで発信しているのを見て、世界は「こんな風になっていたんだ」と浦島花子さん(やっぱり古い!!)気分でした。活字文化で育った身としては、悔しいけれど、音声と映像のU-tubeがもつ発信力には「勝てない」と思わされました。

 とくに、音楽がふんだんに聞けるぜいたくさも発見でした。なんと言ってもLPレコードでで育った世代ですから。世界の一流音楽から、演奏会でお金を払ってみるような演奏家から、初心者の練習風景まで楽しめるのは、驚きでした。

 おそるおそるU-tube生配信に潜り込みました。チャット機能で、ファンがどんどん発信者と交信し、またファン同士が交流しているのは驚くべき光景でした。そのスピードには到底ついて行けそうもないのですが、スパチャという「投げ銭」システムがあってファンが寄付できるのです。路傍での投げ銭よりよほど洗練されているというか、安全確実な方法だと思わされました。

 力があって、でも仕事がない音楽家の方などに、ファンがこのような形で「援助」できるシステムが、時代とともに生まれていたことに感謝ですね。

 

   🌸  🌸

 ネットの世界――サイバー空間については、昭和2期生まれのさとうにとっては、いまだ「あつものに手を伸ばすべき?」気分です。でも、仕方がないのです。

 だって、スマホもPCも追放できないではありませんか。

 でも、新しいプレゼントもたくさんあります。

 昨夜はシンガポールにある「日本語教会のクリスマス礼拝」に参加させていただきました。チャットにも参加しましたよ。

 

下のURLをクリックしてください

牧師招聘 | シンガポール日本語キリスト教会 (sjcf.org.sg)

【X'mas】今さら聞けないクリスマスの真実!|実はキリストの誕生日ではない|X’の意味|サンタの由来 - YouTube

 

 

 


救い主が来られた!!

2020年12月25日 | クリスマス

                                                                                                            

 さて。その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。(ルカの福音書2章8節)

 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光がまわりを照らしたので、彼らは非常に恐れた。(9節)

 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私はこの民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。(10節)。

 今日ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ、主キリストです。(11節)   

               

 聖霊によって懐妊したマリアの胎の子は、月満ちて生まれました。

 さて、降誕劇を作るときの、いくつかの山場のうち、二つがここにあります。

 イエス・キリストの誕生が、ベツレヘムの宿屋の馬小屋だったと、聖書は記します。なぜ、ガリラヤのナザレの人が、ベツレヘムに出かけていたのでしょう。その時期に、ユダヤの民はみな自分たち故郷に帰って住民登録をするようにと、ローマ皇帝の勅令が出たからです。当時、ユダヤはローマの植民地でしたから、これは守らないわけにはいきません。ヨセフとマリアはユダ族のダビデの家系だったので、故郷はベツレヘムでした。

 

 臨月の女性でも旅をしなければならなかったのなら、病人はどうだったのでしょう。お年寄りはどうだったのでしょう。皇帝の命令が届かない孤児や乞食や逃亡奴隷はどうだったのでしょう。

 想像を巡らせることはできますが、いずれにしても、住民の大移動があって、そのために宿屋がどこも満員だったということです。

 いくら二千年前でも、出産は一大事です。産気づいた妻を抱えて、夫ヨセフが焦ったのは間違いないでしょう。この若い夫婦と生まれたばかりの赤ちゃんのために、誰かが手を貸したと想像するのは、無理のない設定かなと思います。宿屋のおかみさんや同宿の旅人が、タオル一枚でも水いっぱいでも差し出す場面を思います。

 全世界のすべてを持っておられる神様が、ぜいたくな王子様としてではなく、人に助けてもらわなければならない弱い赤子として、お生まれになったのは示唆的ですね。

                                      

  数年前の劇風景です。今年はコロナの影響で降誕劇は中止になりました。

 

 すると突然、御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。(同13節)

 「いと高き所で、栄光が神にあるように。

 地の上で平和が

 みこころにかなう人々にあるように。」(14節)

 御使いたちが彼らから離れて天に帰った時、羊飼いたちは話し合った。あ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けてこよう。」(15節)

 そして、急いで行って、ヨセフとマリアと、飼い葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。(16節)

 

 もう一つのトピックは、野にいた羊飼いたちに、御使いが、救い主の誕生をお告げになったことです。  

 羊飼いたちは、住民登録をしたのでしょうか。羊飼いの仕事は、昼夜休みなしです。そのようなハンディのある者に、何か特例はあったのでしょうか。今の選挙の期日前投票のようなことがあったのでしょうか。役人が住民登録の移動出張所として、羊飼いたちの野に出向いていたでしょうか。

 彼らには、登録するような故郷があったかどうか。いわば、社会の底辺に押し込まれた人たちでした。

 羊飼いは、安息日を守ることもできません。ユダヤ会堂で、民の集会に参加していたかどうかもあやしいものです。結婚して、家族や子供を持つことができたのでしょうか。羊は彼らの財産だったでしょうか。ただ、食事にありつくためだけに、羊飼いの仕事の下請けをしていたのだとの説もあります。

 

 社会の最下層の羊飼いたちに、御使いが、最初にお告げをされたというのは、今の私たちが思う以上の、画期的な出来事ではなかったでしょうか。

 驚くのは、羊飼いたちが、お告げを「待ちに待った喜び」として受け止めたことですね。すぐに救い主に会いに行くのです。

  

 ここでも、物語は膨らみました。彼らこそ、救い主を待望していたことが、無理なく描くことができるのです。

 世の中から見捨てられているような羊飼いたちも、神様だけは、彼らを捨てないということを、「知っていた」はずです。

 

 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話の通りだったので、神をあがめ、讃美しながら帰っていった。(同20節)

 

                                                                 

 

 

  クリスマスソング集です。とても長いので、適当にお楽しみください。                   

3 Hours of Christmas Music | Traditional Instrumental Christmas Songs Playlist | Piano & Orchestra

 

 

 

 

 

 


「どうしてそのようなことになりえましょう」受胎告知

2020年12月24日 | クリスマス

 生誕劇(降誕劇)を書くとき、いつも、心が固まってしまうことばがありました、「どうしてそのようなことになりえましょう」

 マリアが、懐妊を告げに来た御使いに言うのです。とても有名な箇所、感動の瞬間です。このセリフがなくては、お告げの場面は形になりません。

 なかなかタイピングできないので、手元にある聖書をいろいろ広げてみます。(と言っても、さほど多くもっているわけではありませんが。)

 

新改訳聖書1978年9月発行版

そこでマリアは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」(ルカの福音書1-34)

 

新改訳聖書2017年版  

マリアは御使いに言った。「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに。」(ルカの福音書1-34)

 

新共同訳聖書、(1987、1988,1997)

マリアは天使に言った。「どうしてそのようなことがあり得ましょう。私は男の人を知りませんのに。」(ルカの福音書1-34)

 

口語訳聖書(新約;1954、旧約;1955年発行)

「どうして、そんな事があり得ましょう。わたしにはまだ夫がありませんのに」(ルカの福音書1-34)

 

リビングバイブル(1982年初版、新版1993∼2008年)

「どうして子供が出来ましょう。まだ結婚もしておりませんのに」(ルカの福音書1-34)

 

Holy Bible

And Mary said to the angel, ”How can this be, since I am a virgin?”

(Luke chapter1.34)

 

Good News Bible

Mary said to the angel, “I am a virgin. How then, can this be?”

 

 マリヤの、御使いガブリエルへの反応はきわめて「正常」です。彼女にとって、全く身に覚えのないことだったのです。マリヤには、ヨセフという許婚がいましたが、ユダヤ教の律法では、婚約期間中であっても、性的関係はご法度でした。マリヤもヨセフも神の前に正しくあろうとしていたに違いありません。まだ、10代後半だと推測されている処女に対して、み告げはあまりにも意外でした。ある意味、残酷だとさえ言えるでしょう。

 マリヤの反応は、きわめて正常でした。そのことが、私を固まらせていたのです。

 ルカの福音書では、マリヤへの受胎告知に先立って、同じ御使いガブリエルによって、バプテスマのヨハネの誕生が、父親ザカリヤに対して予告されています。ザカリヤは、ユダヤ教の祭司でした。年老いた妻エリザベツとザカリヤはすでに高齢で、子供を持つ望みのない夫婦でした。

 そんなザカリヤでも、とっさに聞き返しています。

 

「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年を取っています」(ルカの福音書1章18節)

 

 同じあり得ないと思える予告でも、ザカリヤの場合は喜びのはずでした。それでも、神の言葉を受け入れられなかったので、ザカリヤは、息子が生まれるまで口がきけなくされてしまうのです。

         🕯  

 

 「どうしてそのようなことがあり得るのか?」と言うのは、聖書を読むすべての人の反応なのです。

 聖書では、神は、「初めに天と地を創造した」方であり、すべてのすべてであると、「知っている」人たちでさえ、しばしば、問い返してしまうのです。

 マリヤは、じつに、全世界の人たちを代表して、この言葉を口にしただけだったのです。 しかし、御使いは言います。

 

 「神にとって不可能なことは何もありません。」

 マリヤは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように」 (ルカの福音書1章37節38節)

 

 この素直さが、救い主の母として語りつがれているマリアの、聖さであり、美しさであり、信仰の確かさだと理解できるまで、長い時間がかかったように思います。

 

  

 

 


誤記事掲載のお詫び

2020年12月23日 | クリスマス

 

 21時30分ころ記事を投稿したのですが、なぜか、違う記事でした。

 削除して原因を探っています。

 訪問していただいた方には、申し訳ありませんが、明日、本来の記事を投稿できればと思っています。

 これに懲りず、訪問していただけますようお願い申し上げます。

                           さとうまさこ