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ぶつぶつ地蔵

地蔵 呟く ひーの言葉を。ぶつぶつと…。

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私の三連休 10月9日

2011-10-12 13:02:31 | 呟き
三連休二日目。
ある意味、この日が一番ハードだった気がする。

この日の予定は、こける前から決まっていたフェルメール展であります。
場所は京都市立美術館。
この美術館へは、むかしむか~し、小さい頃に母と姉と一緒にミレーの「種をまく人」を見に来た事があり「種」を「豆」と間違えて読んで恥ずかしい思いをした事があります(笑)
そんな思いで深い美術館。もちろんその後もいろいろ見に来てはいますけれどね。

フェルメールはオランダの画家。「光の魔術師」と言われ、日本でも有名な画家さんです。生涯作品数が30点ほどでしたでしょうか、数が少ない事でも有名ですね。
大学の時の絵画の先生が非常にフェルメールを崇拝しており、「僕は彼の光にあこがれて、オランダに作品を見に行ったんだ」とおっしゃってました。その時にフェルメールの存在を知ったんですね。(美術史を専攻している割に、画家をあんまり知らない無知な生徒でした。)

その後、大阪市立美術館でのフェルメール展に行った記憶があります。
あれも長蛇の列に並び見たんですが・・・

今回も例に漏れず(笑)
10時ごろに会場に着くと、すでに館外・館内待ちを合わせて80分待ちでございました(爆)
ま、急いでいる訳ではありませんので、友達としゃべくりながら待ったわけです。

フェルメールの絵を細部まで見られるのは、一番最初の館内入場待ちに設置されているパネルです(笑)
ここでしっかり見ておくのも手ですね(爆)

500円のガイドを借りてさっそく中へ。
道上さんと竹内アナウンサーの案内でそれぞれの作品をじっくりみる。
しかしすごい人だな^^;特に入口付近の作品には人が群がっている。

友達は一点づつ近くで見る派。多少並んでものんびり待てる人です。
オイラは気になったのだけ近くで見る派。近寄ったり離れたり並んだり・・・せっかちなので館内をうろうろ致します。
友達と一緒に見るのもあれば別々だったり。

フェルメールの作品は3点。
こちらがメインの展覧会ですので、この三点のみは並んで最前列でじっくり拝見いたしました。
フェルメールって感じの作品でしたね~(どんな説明や^^;)
手紙を読む青衣の女は思ったより光が弱い。とゆーか、人物にスポットが当たってないんですね。手紙が一番のハイライトでしたから。
後の二点は人物にスポットが当たってますね。読んでいるのと書いているのとの違いなんでしょうけれど。
作品とは全然関係がないんですが、手紙を書く女(黄色い衣装の女性の絵)の作品説明にアーミン毛皮とゆーのがあり、アーミンってなんぞや?と友達と言ってたんです。議論の結果、王様の肖像画なんかでマントの縁取りをしている毛皮と同じだろうって事になったんですが。。。
今調べてみたら、おこじょの事なんですね。納得です。

フェルメールの作品は3点のみでしたが、この時代を彩った作品が一緒に展示されています。
フェルメールの時代の作品の特徴を知るのにとても参考になります。
光の使い方といった技法から、その時代の絵画の特徴など。

神話や聖書と言った題材を描くのではなく、生活をそのままに描いているというのが印象的。それまでの作品は、生活を描く場合でも、しきたりに沿った描き方をするのが主流だったと思います。生活をデフォルメせず、密着した形で描き出しているんですね。
絵の構成にはそういった制限がなくなっていますが、絵の中に書き込まれているモノにはいろいろ意味があるようで、しゃれこうべには死の絶対性とか再生とか・・そのモノ毎に込められたメッセージがあります。私はガイドを聞いてなるほど~って思いながら見たんですが、知らないとただの部屋の飾りの一部としてスルーしちゃうので、もったいないですね。
肖像画もいわゆる特権階級といった風ではない。これはきっと時代背景が映しこまれているからでしょう。スペインからの独立とともに貴族社会が崩壊。それに伴い、富裕層が称号を買い取る。こうして昔ながら貴族ではなく、商人上がりの貴族が増えた事なんかも絵画から解ります。
貴族の称号を買い取ることが成金趣味だとかそーゆー事ではなく、そーゆー時代を写し取ってるってことです。
展示内容は時代の変化とともに芽生えた、読み書きのコミュニケーションへと焦点が移ります。
そうした庶民の生活の中での、手紙と言うものの役割がクローズアップされ、手紙の書き方のHow to本が流行った事などに触れます。ラブレターの書き方まで例題で教えてくれる本なんて面白いですねぇ。
そしてそんな世の中の流行りを生活から切り取って描かれた絵。
それが最後の展示室のフェルメールの3点の作品へと繋がる構成でした。

フェルメールのネームバリューだけを見に来た人や、フェルメールだけを見たい人には最後までフェルメールの作品がないのでつまんないかもしれませんね。
しかも、最後の展示室は入場制限をしててるにも関わらず、フェルちゃんの作品まではかなりの渋滞ですし。
正倉院展の目玉御物の展示方式を採用すればいいのにね。(正倉院展では、近くでゆっくり止まらずに見る列と後ろからざっくり見る列とに分けているので、渋滞でも横入りで見る人がなく、しかも立ち止まらずに見るので、ゆっくりですが順序良く御物を見ることができるのでアール。)

個人的には、フェルメールとその時代背景、フェルメールと影響しあった画家の作品を見比べることができてとっても楽しかったです。

ちなみに友達とオイラとが気に入った作品は、レンブラントとかかわりのあった画家ヤン・リーフェンスのおじいちゃんの絵(机に向かう簿記係)。このじーちゃんの髭や頭髪にあたる柔らかな光の感じがものっそご良いのです。
あと、エドワード・コリエルのだまし絵。風俗画の中で唯一の作品です。こーゆー洒落っ気のある生活を昔の人はしていたのか。。。と微笑ましくなります。


こーしてフェルメール展を堪能し、外に出る。
で、何となくそのまま同館で開催中のワシントンナショナルギャラリー展も見ちゃいました。


こちらはさっきまでの作品と違って、印象派の作品群。
フェルメール展では知らない画家さんばっかりでしたが、こっちは知ってる画家さんがぐぐっと増えます(笑)

勝村さんのガイドでレッツゴー!なのだ。

入るなり衝撃だったのが、一番最初の作品。「ウナギをとる人々」
タイトルからして、ドジョウすくいのような泥臭いヌメヌメした絵を想像したんですが、、、なんとなんと、コローの作品の特徴の木漏れ日満載の爽やかな絵じゃありませんか(笑)鰻とってる人は、ほとんど風景に紛れ込んでますからね。やられました(笑)

他にも、マネ、モネ、ルノアール、ポール・セザンヌにトゥール・ロートレック。スーラにゴーギャンと続けば、大トリはゴッホしかありませんよねって感じ(爆)

奇しくも、印象派も光を描く画家たちではありませんか。
今までのサロンの常識を打ち破り、新たな手法を確立した人たち。
パレットで混ぜた色は透明感を失い、暗く沈んでいく。色の三原色の原理ですね。
光の三原色の原理を求めた彼らは、それまでのパレットで合成した色を筆跡を残さず塗るという原則を捨て、カンバス上で色を作り出し、肌色は肌色という概念を捨て、光と影に含まれる色の要素で描き出そうとした訳です。
光の魔術師とその時代の作品と、印象派とは似て異なる。。。みたいな。(いや、似てないんだけど)

京都美術館の学芸員の好みなのか、ラストの部屋でドカン!な展示がお好きなようで。
ワシントンギャラリー展もラストの展示物が、日本初公開のゴッホの肖像画でした。
最晩年の肖像画なんですってね。
肖像画より興味をひいたのが白いバラ。捩れたピュアグリーンの背景が個人的には不安なんですが、説明には病気からの復調に意欲的な生き生きとした作品なんだそうです。
もともとは赤いバラと緑の背景の対比を描いていたそうですが、赤は剥落して花弁の影にその元の色を残すのみ。この絵に赤が入るとどんなのだったのかしら?と想像できません。
ゴッホの絵は、先入観からかどうしても不安定に見えてしまいますね。

こちらも最後の展示室は入場制限こそしてませんが満員。
やはり正倉院展方式で見せればいいのになぁと、長い待ち時間に思うオイラなのでありました。(っつか、後ろから来て前に割り込むのはマナー違反でしょうよ。と思うんですが、いかがか?)

ちなみにこちらでは、ルノアールのバレエの少女のえが良かったな。
白いチュチュに交じる腕を、黒いブレスレットで浮だたせているのか印象的でした。


二つも展覧会を見るとさすがに脳みそも足もふらふらです。
お昼も食べてないし、お茶でもしますか・・・ってなってたんだけど。
気づけば平安神宮に詣でて、その足でお庭もまわっちゃったよ(爆)


自分ひとりだったら、600円だして入っていないだろう庭園。
桜をたくさん植えているので、春に来るのがベストだと思う。(ただし、人もアホほど増えると思われるが。)
花は萩の花くらいしか咲いてませんでしたが、人が少なくって外のお祭り騒ぎの喧騒も聞こえず、のんびりできました。


お庭にかかるこの橋は、泰平閣。通称、橋殿と呼ばれる建築物です。京都御所から御下賜したものなんだって。

京都在住の恩師曰く、「平安神宮は明治に作られた一種のパビリオンだ」と。
パビリオンでもなんでもかまわないんですが、お庭の中身は、秀吉時代につくられた三条大橋の橋脚だとか、御所からの賜り物だとか、新しくつくったというよりもらいものが多いようです。
日本最古のチン電も庭の片隅でひっそりとたたずんでおり、600円と高めの入園料ですが、のんびりするのには最適だなと思いました。


そんなこんなで気づけばもう4時半を回っています。
さすがに友達も足が棒のようだと。。。
帰路に着く前にお茶にしようと、喫茶店へ。

オイラはミントチョコレートカフェ。

友達はガトーショコラとカフェオレ。


一日を振り返り、しばしの休憩。
次は伏見のお稲荷さんに行きたいんだって。
さすがにお稲荷さんの階段は、足がもう少し回復してからじゃないと無理だなぁ。

そんな話をしながら、まつひろ商店のがまぐちをGETした友達。

ホクホクとした気分で帰宅した三連休の中日でございました。






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去ったものと思ってました。

2011-09-29 17:03:25 | 呟き
もう、とっくに過ぎ去ってしまっていたと思ってたんです。。。

ん?何がって??




結婚ラッシュ




最近は、出産ラッシュだって過ぎ去り気味だったのに、ここ数カ月オイラの回りでは、出産はするは妊娠は発覚するは入籍するはのおめでたラッシュなのであります。(会社関係なので友達って間柄ではないんですが。)


しかもお呼ばれこそは1組だけですが、9月・10月・11月と、お友達が続けて結婚するんですね~。
婚約のご報告もありました。


もう、もう、めでたいんだから、コンチクショウメ。


唯一出席する結婚式。
なぜかウチの母が舞い上がってます^^;
あぁ、無駄な期待をしないでぇ~~~(泣)!
と思いつつ(笑)




そんなこんなで、お祝いを選ぶのがものっそご楽しいオイラであります。(←何かを選んで、プレゼントを喜んでもらうのが大好き♪)




11月の結婚式への参加へ向けて、頑張ってリハビリ完了しなければ!!







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現在の技術

2011-09-28 10:55:51 | 呟き
リハビリのお話の前に思った事を少々。

現在のギプスは昔のように石膏で固めているのではなく、特殊なプラスチックを含ませた包帯を水にじゅうぶん漬けて反応させ固まらせます。水を含んだ包帯が発熱していたので最初は石膏だと思ってました。
発熱→固形化の原理は石膏と似てますが、石膏のように水分量に目くじらを立てる必要はなく(むしろしっかり水に漬けないといけないようでした)、お手軽さが違うようです。
(石膏は、一定以上の水を入れると固まらなくなります。しかも、保存中に湿気ると風邪をひいてしまい、ちゃんとした分量の水と混ぜても固まらなくなる習性があります。)
オイラの石膏体験は彫刻でのものなので、医療とは多少違うかもしれませんが、たぶん、石膏が固まるのより早く固まるんじゃないかな。

一度固まると、水にぬれても大丈夫。
ただしギプスの中に水が入ると蒸れるので、水には注意が必要とのこと。
このあたりは石膏で固めるのと同じですね。

プラスチックと聞くと軽そうに感じますが、意外とかなり重いです。
石膏よりはもしかすると軽いかもしれませんが、それでもやっぱり重いです。



ギプスが軽くなったらめっちゃ楽ですよね。
なのに何故軽くならないのか。


オイラが思いますに、現在の技術をもってすれば、ギプスってあんなに重くなく軽~いものが作れるんじゃないかと。
包帯に毛が生えた程度の重さでも、ちゃんと強度のある固定が出来る素材があるんじゃないかなぁと思うんです。


ココからはオイラの憶測ですが。
きっとね、軽いギプスだと自分が怪我していることを忘れちゃうからいけないんだと思うんです。
自分はこんなに大変な状態なんだと、常に思い起こさせるためにギプスは重いんじゃないでしょうか。

人間、忘れる動物です。
のど元過ぎれば・・・なんて言葉もあるくらい。

いつも通りの行動が無茶な時期に、現状を忘れて行動することを戒める。
病人と違って、怪我人は部位や状態によっては健常だと錯覚しますからね。
それを戒めるために、便利さや楽さだけを追求しないのではないかと思ったのであります。


ま、あくまでオイラの憶測ですが(笑)
でもオイラは重たいギプスを感じるとき、そう思っていたのであります。







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退院してから思った事

2011-09-22 11:56:33 | 呟き
ギプスを巻いて退院した翌日から仕事へ行ったオイラです。
さすがに朝晩のラッシュの電車になるのはなぁ。。と思い、大名出勤@タクシーを利用しました。
1週間ほどはタクシーだったかな。その後、帰路を電車にし、行きも電車へと移行していったのであります。
松葉杖を使っての歩みは牛歩並ですので、会社へ行くのも怪我をする前に出てた時間より1時間半ほど早く出勤してました。

怪我する前のオイラは、基本、出勤時の電車では立っていました。
なので、ヨロヨロのお年寄りや妊婦さんが乗ってきても戸口の手すりを譲る程度でした。(座ってるいるときに気付けばちゃんと譲ってましたよ。)

自分が怪我をして思った事は、、、みんな他人はどうでもいいんだなって事。
オイラに席を譲ってくれないのはもちろんですが(まぁ、疲れるけど立ってられない訳ではないので、いいっちゃーいいんですが。)、年寄りだろーと妊婦だろーと怪我人だろーと、ほとんどの人が平気で無視なんですね。
そりゃ、自分だって座ってたいんだろうけれど。。。座りたかったら始発駅で待てばいいんだろうけれど。。。
なんだかなぁという気分になりました。

エレベーターだって、使ってる人のほとんどが健常者ですからね。
不自由な方の多くは、健常者が過ぎ去るまで待ってます。オイラも待ちましたもの。

歩いているときでもキワキワを平気ですり抜けてったり横切ったりね。
怖いなぁって思いました。

中にはちゃんと席を譲ってくれようとしたり、エレベーターを待っててくれたりする方もいらっしゃいます。
そんな方に遭遇できた時には、すっごくほっこりした気持ちになります。

退院して気付いたのは、世の中世知辛いってこと。
自分の安全は自分で守らなきゃ、だれも人の事は見ていない。
これでもし何かあってんも、人のせいに出来んなってことでした。
待つってことも覚えましたね。
人が通り過ぎるのを待つ。次の順番を待つ。

元気だと気付かなかった事がいっぱいありました。


只今絶賛リハビリ中のオイラ。
次はリハビリの事を書こうかな~と思っちょります。





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怪我をしてから入院中に思った事

2011-09-09 09:52:51 | 呟き
怪我をして省みる。思う。いろんなこと。


一番最初に頭に浮かんだのが、一昨年亡くなった祖母のこと。
晩年は、家で転んで大腿骨を骨折し、約4年間介護の生活だった祖母。
以前にも書いたけと思うけれど、一番最初の骨折の時、一人暮らしだった祖母は発見されるまで約8時間、ずっと右腕の骨折と左大腿部の骨折との痛みと孤独に耐えて家のなかで転がっていたのである。
オイラの脱臼とは比べ物にならない痛みだったと思うし、なにより一人しかいないという心細さは死を思わせただろうと思います。
怖くって痛くって仕方がなかっただろうな。
最初に担ぎ込まれた病院に行ったとき、祖母は混乱し、孫である私を認識できない状態でした。
なので当時からそうだろうとは想像できましたが、今回、自分が救急車を待っている間に感じた痛みで、より身近にその心細さを感じることができました。
この何倍もの心細さと絶望を祖母は体感してたんだろうなって思うと、泣きそうになりました。
立派な息子が二人もいて、嫁に行った娘が二人いて。
本人も同居を望まなくって、まわりも元気だからと本人の気持ちに任せて。。。
オイラは何の力添えにもならないけれど、もっともっと、ばーちゃんに会いに行けばよかったなぁと思いました。


救急車を待っている間、せっかく抜けるという稀にみる体験をしたんだから現状を写メしようかなって思ったこと。
でもビビリーなオイラは、自分の曲がった足を凝視できず・・・写メを断念。
今更ながら、やっぱり写メしておけばよかったなーって思うのでありました。


入院中に感じたこと。
病院のベッド。
落下防止のために柵がありますよね。これって牢屋みたいでヤだなぁってずっと思ってたんです。
祖母が入院&自宅介護をしていた時、寝るとき(寝転んでいるときも)には必ずこの柵の部分を握っていた。
オイラはこの柵が嫌なんだろうなぁって思ってたんだけど、でもこれって、自分が使ってみて感覚が変わった。
何かを掴んでいると何となく安定する気がするんですね。
細くって冷たくって何の変哲もない柵なのに。
元気な時には何かを握っていなくっても平気なのに。
あのベッドの上では、あれを握ると不思議と安定する気がした。
祖母がしっかり握っていたのは、意固地なのではなく、きっとあれを握ることで「今」を握っていたんじゃないかと思えました。


入院していた6日間の間に一回だけ、夜中に家に帰りたいと騒いだおばあちゃんがいた。
混乱して攻撃的な言葉遣い。自分の旦那さんのことも解らなくなっている感じ。
ウチのばーちゃんも病院ではこんな感じ(いや、もっとひどかったのかもしれない)だったのかも。。。と、聞いた話を思い出してました。
看護師さんはほかの仕事もあるし他の患者さんが寝ていることもあって、おばあちゃんにちょっときつめに注意をし、途中は部屋からおばあちゃんを詰所付近に移動させている感じがした。すこし暴れているみたいだったので、あれがひどくなってたらおばあちゃんは拘束されていたのかもしれない。(聞こえてくるだけなので、実際の状況は解りませんが^^;)
自分のばーちゃんの時には出来なかったけれど、あのおばあちゃんの近くで手を握っててあげたいな、、、と思いました。(握ったらきっと嫌がるんだろうけれど。)


院内写メ禁止見たいなことを書いてありましたが、あまりにヒマだったので、今更ながら、包帯でぐるぐる巻きの自分の足を写メしてみたり(笑)
そーして、やっぱ抜けてるときに写せばよかった・・・と後悔してみたり(爆)


規則正しい生活と、やることなし子ちゃんだったのとで、食べると寝る。。。的な数日を過ごしましたが、途中で、こりゃいかん!と思い、鞄に入っていたダルタニャン物語の続きを読むことに。
ダルがロンドンで大活躍な部分を読みました。(ちょうどチャールズ2世のあたり)
で、本を読みながら、寝過ぎるって思考を奪う!!などと思ったのであります。
過ぎたるは及ばざるがごとし。。。なんでも塩梅が必要ね。


怪我から入院中はいろんなことが祖母の出来事と重なって、ばかなことも考えて楽しんだけれど、大半は自分がどれだけ祖母の傍らにいなかったかを痛感して、でも今更悔やんでも遅いんだなって思って、出来るときにいろんなことをやっておかねば。。。と思ったし、想像できることとその立場を理解することに大きな隔たりがあることも分かった。想像できないよりは想像できる方がいいけれど、理解するための努力が必要だな。
体験していることはすぐに理解できる。でも体験していないことは理解することは難しい。
オイラは今まで大きな怪我も病気もした事がなかったので、想像の範囲で相手を思っていた。今は、少し、想像から一歩進んで、相手の気持ちに近づけると思う。


お盆の間ばーちゃんを思い出して、ばーちゃんの思い出話を母といろいろした。
頑固な部分も多々あったばーちゃんなので、途中でどうしても意固地だったり頑固だったりした部分の話になる(笑)
散々、悪口を言って笑って過ぎてったお盆・・・
転んだ瞬間、ばーちゃんの逆襲?!!って思ったオイラと母でしたが、病院でゆっくり考えてみると、ばーちゃんが落ちてくオイラの首根っをガシっと引っ張って、靱帯断絶&骨折になるところを脱臼にとどめてくれたんじゃないかなって。
「さんざん悪口ゆっといて、ほんま目が離されへん孫やなぁ」ってばーちゃんが笑っている気がするオイラなのでありました。


さて、次回は退院してからのお話です。
まだまだ続くのだぁ~(うんざり・笑)






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そして入院生活が始まった

2011-09-06 15:45:03 | 呟き
足の固定が終わると、すぐに入院の手続きをいたしました。(母が)
こんな時、一人暮らしだったら本当に大変ですね。
オイラは母がいてくれたので、入院の手続きも、入院で必要なものも全部持ってきてもらえましたが、これが一人だと全部自分でやらないといけないわけでしょう。
いやはや、ありがたいなぁとつくづく思いました。

お昼ごはんからスタート(笑)
一人を除いて整形関係の患者さんばかりの5人部屋。
さっそくお箸のないオイラにおてもとを下さったおばちゃんがいらっしゃいました。有難うございます。
昼を食べた後、状況説明の電話を客先に入れる。(会社より先に電話したよ・笑)
その後、母が荷物を取りにいったん家に帰りました。

病院の食事って、基本薄味じゃないですか。
でもこちらの病院は、結構しっかり味が付いていた。
オイラは美味しいって思ったよ^^

夕方に詳細を伝えるべく再度会社に電話。
当分入院になりました。ってことと、持ってる仕事を振り分けるのと。。。
会社の方にも迷惑をかけました。

当初先生は金曜日には退院できるって言ってたんだけれど、火曜に事故って金曜に腫れが引いてるはずもなく。。。結局月曜日までの入院となりました。


オイラは内臓は元気だし、切って縫ってもないので右足首以外はともかく元気。
移動手段は車いすでしたが。

入院中でも、とにかく安静にして腫れが引くのを待つのみ。
足の下にクッションを置いて患部を上げ、氷嚢で冷やす。これ以外ありません。
うつらうつらしている間に母が戻ってきて、夕食。
5人の大部屋だけど、カーテンで仕切っているので中で何をしているのか解りません。周りのみんながご飯を食べている様子…オイラのところには来ません^^;
母が業を煮やしてもらいに行くと、どーやら伝達ミスかオイラの分がなかったみたい。少し待ってから冷めた晩御飯を母がもらって来てくれたのでした。
夕食もしっかり頂きごちそうさま。

痛み止めを飲んでいたおかげか、眠れないほどの痛みや腫れはなく、入院初日からしっかりぐっすり睡眠をとったのでありました。


病院の生活は規則正しい。
7時に起床なのでその少し前に起きる。
8時の朝食までの間に、トイレと洗面を済ませるオイラ。
8時に朝食。一回目の朝食は・・・まだ伝達が行っていなかったようで、オイラの分なかったのであります。
看護師さんたち、忙しいでしょうけれど・・・忘れられるとテンション下がるよね~^^;
よくよく観察してみると・・・同じものを二度同じ人に持ってきてたり、逆に点滴が終わったと呼んでいるのに忘れてたり、処方されてる薬を知らなかったり。。。一番多いのは、オイラを含めて、患部を冷やすための氷の代え忘れ。基本、患者が言わないと新しい氷は来ないんじゃないかと思うくらい持ってこないんだよね。
ご飯や氷くらいなら問題ないんだろうけれど(患者が言えばいいことだし)、でも看護師さんの仕事ってこんなに伝達不足で大丈夫なのかな~?と、素人ながらちょっと不安に思いました。
ちなみに、朝ごはんの後は忘れられることなく、ちゃんとご飯を持ってきてくれましたよ~^^


さて朝食後、10時ごろに検温と問診に看護師さんがきます。(回診の場合も同じくらいの時間)
それが終わると、11時45分くらいにお昼ごはん。
一般の面会時間の1時までは暇です。
ひたすら暇です。

オイラは朝ごはんのあと、検温・問診までの間にうつら~と仮眠。
昼ごはんの後も、くうくうとお昼寝。

特にお見舞いに来てもらうほどのこともないので、友達&仕事関係のお見舞いはありません。母と父が入れ替わり着替えやお菓子を持ってきてくれます。姉も一度お見舞いに来てくれました。
人がいれば話をしてますが、人がいないと・・・惰眠をむさぼっておりました。
まさしく、3食昼寝付きッス。


入院中、特にすることもなくやる気もなく、うつらうつらとしながら、「独房って、こーやって気力をそいでいくんだろうなぁ」などと思ったのでありました。



さて次回は入院中、無気力ながら考えたことをまとめてみようと思います。
そんな訳で・・・


つづく







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足首がくの字に曲がった日の話 その2

2011-09-05 15:14:44 | 呟き
さてさて、病院に到着したオイラ。
もちろん、救急に搬送されます。

出迎えてくれたのは、いかにも婦長さん!って感じのピリッとした看護師さんと飄々とした先生。
足を見るなり先生が「あ~。脱臼骨折の疑いやね」と言ってました。

男前隊員さんから先生・看護師さんに怪我をした時の状況が伝えられます。

改めて「脱臼骨折やと思う。まずはレントゲンとCTな」と先生が看護師さんに指示。
「痛いね~。可哀そうに」と眉根をしかめながら慰めてくれる看護師さんがレントゲン室へ連れて行ってくれました。

報告の終わった男前隊員さんとは残念ながらココでお別れ。(他の隊員さんたちは中までは来ず、たぶんオイラが使った救急車の中の整備をされていたのではないかと思います。)
お礼を言ってお別れしたのでありました。


ストレッチャーに乗せられて、ドラマのワンシーンのように天井が動いていく様を見ながらレントゲン室へ。
ストレッチャーからレントゲン台に移動するのも自力です(笑)
もちろん、レントゲンを写す足の向きを変えるのも、自力で横になるんですね。
そのたんびに、「いでででで」となる訳です。

レントゲンが終わったら、レントゲン台からストレッチャーへ移動しCTの部屋へ。(レントゲン室の向かいだった。)
で、またもやストレッチャーからCTの台へ。「いでででで」
CTだかMRIだか分りませんが、なんでも3Dでの撮影でございました。
レントゲンみたく自分で移動しなくっても、機械が360度回ってくれるのでこちらの撮影は楽チンでした。

再度ストレッチャーに乗り換えて、先ほどと逆に移動する天井を眺めながら、救急処置室へ戻ってきました。

レントゲンとCTの結果が出るまでに、ひとまず抜けた足首を戻しますと先生が。
この日は七分丈のパンツをはいていたオイラ。
汗とお肉でひっつきまくりのパンツを看護師さんが上手に脱がしてくれたので、ドラマで見るように、洋服をジャキジャキジャキ☆っと切ることもなく済みました。
「切って脱がすのが楽なんだけどね~。やっぱり出来る限り切らずにね~^^」と看護師さん。
いい人だぁ~♪

さて、準備万端整って、心の準備もそこそこに、おもむろに足を持った先生が「抜けたの戻すから痛いよ~」と言いながら、ガガガ・・ガッコン☆・・・・と抜けた足首を戻してくれました。

「うぎゃー」という間もなく、足首が元の位置へ。(まぁ、多少は「いで!いでで!!」とは言いましたが)

すると、あらま不思議!
それまでジンジン痛かった足首が、スッと楽になったのであります。

すごいなぁ。
先生の手って、神が宿っている。

サクサクっと足首を90度に固定して包帯を巻く。
足の下っ側だけ、石膏(今はプラスチックなんだって)で固定するの。

きちんと元の位置に戻ったか、再度レントゲン室へ。


レントゲン室から戻り、事故後のレントゲンと3Dと処置後のレントゲンを見ながら結果発表。


驚くべきことに、骨も靱帯も大きな損傷はなく、手術の必要はないとのこと!
スンバラなオイラな足!!
さすがにきれいに抜けていたので、多少の骨片はあるらしいんですが、その欠片が関節に入り込んでいないので問題ないとのこと。

普通こーゆー事故の場合、脱臼してその勢いで靱帯が切れ、地面に当たる衝撃で骨折するんだって。
よしんば骨折を免れても、靱帯を激しく損傷する(切れたりぶらぶらに伸びたり)ことが多いとか。
オイラのアンヨは、衝撃にも勢いにも負けることな、耐え抜いたのでありました!

どーやら、転んだあとのオイラの行動も良かったらしい。
駅員さんやお客さんにはご迷惑をかけたわけだけど、あの時、無理に動かず、地面に右足をつけなかったのが良かったんだろうって。地面に足をつけると、無理な姿勢になって骨が欠けたり靱帯が切れたりするんだって。
オイラ、自分の足の角度にビビって着地できなくって正解でした(爆)


先生、「珍しい症例だね。よかったね~。」って(笑)


ひとまずこの日は腫れるからって2~3日様子を見るために入院することに。
先生は3日もすれば固定して退院できるって言ったんです。




こーして、オイラの入院生活が始まったのであります。



まだ、続きます(笑)







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足首がくの字に曲がった日の話 その1

2011-08-30 15:49:13 | 呟き
今回の怪我で思った事の覚書です。
かなりワタクシ的な考えで思った事をつづると思いますので、気になる方のみお読みください。(っつか、スルーしてね~)



スターンスターンと若くもないのに一段飛ばしで地下鉄の階段を下りてる途中で、数段を踏み外し、たぶん足の側面で着地したんでしょうね。
起き上ったオイラの足の向きががっつりあさっての方向を向いてました。
「これは折れてる」ととっさに思ったオイラであります。

電車に乗ろうとしている人には、「大丈夫です。行ってください」といい、今いる電車には乗れない降りてきている方に「駅員さんを呼んでください」とお願いしました。
こーゆー時、若い人は動いてくれませんね。
電車に乗ろうとしてるのに「大丈夫?駅員さんを呼ぼうか?」と言ってくださった方も、私のお願いにサッと動いて下さったのも、おじいちゃんでした。
自分がこーゆー場面に遭遇した時、このおじいちゃんたちのようにサッと対応できるかしら。。。と反省した次第です。

ホームから上がってくる駅員さんと呼んで下さった駅員さんと、結局4~5人の駅員さんが来てくれました。
踊り場で立ち往生のオイラだったので、駅員さんが「上まで上がれます?」と声をかけてくれたのですが、足首から先がぐらぐらなので右足は着地できません。(っつか、怖くて着けない^^;)
「無理です」と即答し、2人の駅員さんに支えてもらって、左足だけでケンケンで階段を上がったのでした。
階段口に用意してくれていた車いすを見たときにはホッとしましたね。
「ご迷惑おかけいたしました~」のセリフを残し、通せんぼ状態だった階段を後にしたオイラ。
車いすで一路駅長室へと運んでもらう。

駅長室で車いすから長椅子へ移動。(もちろん自力で・笑)
このあたりでようやく痛みがジンジンとしてきました。

ともかく母を呼び、母が来るまでの間に会社へ出勤できそうにないと連絡を入れる。

ジンジンと痛い足。
逆くの字に曲がっちゃった足首を写メしようかな・・・とちらっと思ったんですが、自分の足を見るのが怖くて出来なかった。。。写メしておけばよかったなって、今思う。

そうこうしているうちに、ノーメイクの母到着。
折れてるかも。。。と伝え、駅員さんに救急車を呼んでもらう。

数分後、救急車到着。

3人一組で行動なんですね。
「私が隊長です」と自己紹介し、足首の状態を見てくれます。
その間も、どういう状況でこうなったのか、住所氏名年齢などを細かく聞かれます。(対応は、母と駅員さんがほとんどしてくれました。有難う!)
駅員さんが前もってメモしてくれてたおかげで、状況や住所などスムーズに伝えることができました。

最大の難関は、曲がった足から靴と靴下を脱がせてくれた時。
ものっそご痛かった!!!
そっとそっと壊れ物を扱うように脱がしてくれても、痛いものは痛い(笑)
「痛いよね~。ごめんね~」と脱がせてくれました。

再度車いすに乗せられ、地上へ移動。

駅員さんとはここでお別れ。
お礼を言って謝って、さよならしたんだと思う。(←記憶があやふや)

車いすで運んでもらうのも、点字タイルや小さな段でも響くんです。
「いでででで」と言うオイラに、「大丈夫ですか~」と声をかけつつ、段の衝撃が少ないようにタイヤを少し浮かせてくれる隊員さん。優しいッス。

エレベーターで地上に上がるとストレッチャーが用意されてました。
車いすからストレッチャーへ移動。(もちろん自力で)

ガタガタと振動しまくりなんですね。歩道って。
衝撃が足に響く響く。
車いすの人大変だなぁなんて、ぼんやり考えつつ救急車まで連れてってもらいました。

救急車に乗ったら、すぐに運ばれるんだと思ってたんですが・・・
ところがどっこい、ココからも時間がかかります。
走り出す前に、受け入れ先の病院を探すんですね。

第一に、以前厄介になったことのある病院があるかを聞かれました。
昔、父が鎖骨の骨折で入院したことあるけれどオイラは特にありませんので、そう答えると、オイラの足の状況に合う近い病院を検索→連絡。な、手順。

上記を聞いてくれている間に、右足の固定をしてくれます。
空気を入れてふくらまして固定する、なんだか便利なものでした。
空気が入り膨らんでくると、足を圧迫するので(それで固定されるんですが)ものっそご痛かった(苦笑)

ちなみに受け入れ病院は、1軒目は受け入れ拒否。
「OKランプついてるのに!」って隊員さんが怒ってました(笑)
2軒目は受け入れOKでした。

ようやく救急車で移動です。
道路の起伏も意外と傷に響くんですね。
移動中も、再度怪我をした時の状況を聞かれます。
この時の隊員さんがとっても男前だったので、何度同じことを聞かれても苦になりませんでした(←ばか)

一通り問診が終わってからちょっと空白時間があったので、男前隊員さんと話すべく(爆)足の状態を聞いてみた。

「もし、折れてたらどれくらいかかりますかね?っつか、やっぱりこれって折れてます?」

オイラの質問に、申し訳なさそうかつ可哀そうに・・・な笑顔を浮かべながら、「私は診断はできませんが、状況的に折れてる可能性が高いですね。もし折れていれば、3か月はかかるでしょうね。」と。

ガビーン。
3か月は長すぎるぅ。。。
あぁ。どうなっちゃうの、オイラのアンヨ。ヨヨヨヨヨ。。。


そんな気持ちで病院に到着したのでありました。



長くなってきたので、続きます。






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最近のもろもろ

2011-08-25 15:39:15 | 呟き
更新が滞っておりました。

お盆を挟み、いろいろ。

お盆前、7月8月上旬とそこそこ観劇etcをしておりました。
7月。。。「6月のビターオレンジ」「奈良大学講演会」「阪神×中日戦」「ビクタービクトリア」「秘密はうたう」
8月。。。「三銃士」「お盆の行事」
ってな具合です。

ご存知の方のほうが多いかもしれませんが、そんなアタクシ・・・お盆明け早々・・・出勤途中で駅の階段を踏み外し、右足首を脱臼いたしました!(笑)

人生初の、救急車体験です☆
3人ひと組で行動するんですね。
隊員の方は優しい方ばかりで、安心して身を委ねられました。
おひとり、めっちゃ若くてイケメン隊員がいたことは特筆しておかねばならないでしょう(爆)

本来なら、脱臼骨折靱帯損傷しているのが普通って状態だったらしいのですが、不幸中の幸いにして、脱臼のみで済んだという珍しい症例となりました。
多少の骨片があるものの、関節の間に入り込むこともなく。主要靱帯にも損傷が見られないため、ガガッコン☆と抜けた関節を戻してもらうだけで済み、手術の必要はありませんでした。
強靭な骨と靱帯に感謝です。

大きな靱帯には損傷はないもののガッツリ抜けていた訳なので、細かく靱帯は傷ついているとのこと。
抜け癖をつけない為に3週間ほど固定が必要で、只今ギプスで固定中です。

腫れがなかなかひかなかったので、6日も入院してました。
退院の日、3時前にワタワタと急ぎ足で回診に来た主治医がチャッチャッチャとギプスを巻き、ギプス乾燥後、数分の松葉杖での歩行訓練の後すぐに退院。
只今絶賛不便中ではありますが、毎日元気に仕事に行ってます。さすがに満員電車に乗るのははばかられるので、タクシーでの行き帰りの大名出勤ですが。(おかげで貧乏になるぞぉ^^;)

そろそろ電車に乗る(=長距離移動含む)練習をして、完全復帰を目指します。


入院のために手放した数枚のチケット。
快く行ってくれた友達。
毎日迷惑をかけている両親。(特に母)
心配してくれた皆様。

本当に有難うございます。
たくさんの人に支えてもらっているんだと実感してます。
頑張って可動範囲を広げ、これ以上チケットを手放さなくっていいように頑張る次第でございます。


今後とも、ふつつかでドンクサイおいらでありますが、オイラと知り合いになったのが運のツキと諦めて(笑)よろしくお願いいたします。






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あうぅ。。。

2011-08-05 19:00:00 | 呟き
書きかけの記事が2つほどあったりするんですが。。。もう、なんだか過去すぎでタイミングが・・・^^;

相変わらず、観劇三昧、残業三昧な毎日です。
一時期、残業まったくなし!って時期がありましたが、たぶん8月待つくらいまで忙しそう・・・

ひとまず、只今、三銃士に萌え中。
えぇ、ミュージカルの方ですよ。萌え萌えなのは。

小説の方は、ずーっとはまりっぱ。
まだ最後まで読めておらず、ブラジュロンヌあたりで右往左往ですが^^;

そんなわけで、土日は三銃士観てきます!
これで観おさめ。しっかり観るぞぉ~♪←しかし、役者にはまってないので(オイオイ、きっしぃは?)観るのが楽ちんさぁ^^

あ、一言・・・(プチネタばれ・・・かも)

芳雄君ダル、よいですぞ。かなり若くてかわいいダルです!!
きっしぃポルトス・・・通常きっしぃの方がポルトスっぽいと思うんですが!
なんで、あんなに小汚く、、、さらに詰め物するのか。。。納得いかない。
アラミス言うことなし!
アトスはこのミュージカル的にはOK♪
やっぱりローシュフォールはああなのね(がっくり)
リシュリューは解ってたけど大きな(笑)
ついでにミレディがいい人なのにも納得いかず。。。なの。
あと、あと、ラスト!
近衛隊を飛び級して銃士になるんだったら、ダルに隊服を着せてくれぇ!!!(懇願)

ま、ミュージカルとしてはハイクオリティで大大満足なんですけどね(笑)





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