タッシリ・ナジェール最終回/かってはライオンも食料だった。高原台地の下にも岩絵…。【日曜フォトの旅】
(晴れのち曇り、時々パリ)より
サハラの生き証人『タッシリ・ナッジェール』を、三週に渡ってご紹介して来た。
月の世界の様な荒涼かつ時の止まった台地を再び下って、麓一帯をご紹介して今週で最後としようと思う。
下界は砂漠が連なる。
後方に続く「タッシリ」台地の断崖
国立公園で自然博物館である「タッシリ」の麓の南端から東側に入り込む様に、タッシリの台地の東側にワジ(涸れ沢)の砂漠地帯がリビア南端の国境から、続いて下って来る。
『タドラールト渓谷』と呼ばれる。
渓谷と言っても、そこはサハラ。
谷川も早瀬もない。
リビア側の「アカクス台地」とアルジェリア側の「タッシリ・ナッジェール台地」の狭隘部の砂地である。
数年に一度の「大雨」が降ると、あっという間に水流が押し寄せて辺り一帯の地形を変え、やがて又太陽にじりじり焼かれてワジとなる。
タドラールト渓谷の出口で、砂の中に孤立しているシンボルの山
そこを北側へと四駆で入って行くと、奇岩の岩窟有り、大砂丘あり、そして岩絵もある。
この「タドラールト渓谷」の岩絵は、近年になって発見され始めている。
渓谷の南端辺りを入った所から南向き(ニジェール方向)の光景
最初の頃は、だだっ広く白っちゃけた礫漠の用な光景が続くのだが、その内眼を奪われる様な光景に変わって行く。
砂漠の砂が、とにかく美しい。
奇岩と砂漠
『亀岩』(または「ハリネズミ岩」)
この場所に、画期的な岩面画が見つかっている。
『ライオン狩り』
つまり、いにしえの先住民達が、狩りの獲物としてアンテロープ(羚羊)やその他の草食動物だけを追い回していた訳ではなく、なんと「ライオン」までが狩りの対象であった事が、確認される岩絵だったのだ。
サイトは、回廊状の「砂の渓谷」の縁取りの部分の岩だなにある。
「ライオン狩り」の岩絵の有る岩だな
四駆を降りて、二十メートルほど登った壁龕に、それは有った。
集団でライオンを狩って居る光景
全体の右端に、抵抗するライオン。
その前面には、倒されて死んでいる狩人が数人。
左上の方には、這々の体で逃げている集団の後ろ姿。
果敢に闘う狩人の投げる槍が、ライオンの周りに飛んでくる。
「ライオン狩り」部分
つまり、ご先祖達は、百十の王ライオンまで狩りの対象にしていた訳だ。
果たして、美味しいのだろうか…。
走りながら、時折止まるとその他にも岩絵がある。
やはり一番多いのは「牛」である。
家畜として飼育すれば、凶暴なライオンと命を賭して闘う危険を侵さずとも、タップリ食事にありつけると言う物だ。
サハラの岩絵の牛は殆ど「長角牛」である。
この「長角牛」は、現在でもアフリカ全土で広く飼われている。
長角牛の実物(カメルーンにて)
ここ「タッシリ」の彩色画に描かれたこの長角牛は、側面から描かれているが、角は正面から見た様に広がっている事が普通である。
ピカソの絵の様に。
ところが、このタドラールト辺りに見つかる牛の岩絵は、角も「プロフィール」に近い。
やはり、時代が少し遅いのか、棲んでいた人種が違ったのだろう。
あとは、やはり様々な動物達が描かれているが、タッシリの「上」と違って、彩色画だけではなく線刻画も半々に混じっている。
これも、時代が下って来ているからだろう。
初期ティファナグ文字
一般的に言って、彩色画の方が遥かにデッサンも優れ、表現力は秀でている。
線刻画は、かなり乱雑な物が多い様だ。
そして、とにかく「岩窟」が素晴らしい。
岩窟
内部
岩の壁の割れ目から水が侵入し、水流は徐々に割れ目を拡大し、広がり、水の流れを多く激しくなって行くと、更に壁面が抉れ削られて、回廊の様になって行く。
その回廊が更に広がり、壁面が浸食されて崩れ、岩のタケノコの様な光景に変わって行ったのだ。
そして、その崩れた岩が砕け、更に細かく風化し、遂には砂になる。
悠久の時の作業である。
濃い黄土色の砂漠
殆ど赤に近い砂漠
タッシリの拠点「ジャネット」の町から二泊目、一番リビアに近づいた辺りに大砂丘が有る。
『ティン・メルズーガ』大砂丘である。
ティン・メルズーガ大砂丘
徐々に近づいて行く
標高差は三百メートルは雄に有る大砂丘
この麓で野営する。
明朝は、砂丘に登る余裕が有れば是非「ご来光」を拝みたい。
朝日は写真の手持ちが無いが(起きられなかった…)、途中での幻想的な光の写真を一葉。
光と岩山との幻想的な姿
あとは、この驚異の世界の主人公達を、写真で紹介して行こう。
《岩絵に描かれた住人達》
キリン(線刻画)
キリン(彩色画)
アリクイ
犀
ゾウ
ウマ
サーモン
ナマズ
ライオンの足跡
ラクダの足跡
フルベ人
キリンと狩人
《現代の住人達》
移動中のトアレグ人のノマッド(遊牧民)
臨時に定住中のノマッドの小屋
旅人
先住民の残した調理器具
定住したトウアレグの盛装した男
主人は近くに見えないが、ノマッドの追うラクダの群れ
おそらく逃げ出して野生化したラクダ
放牧されている子ラクダは、逃げ出さない様に脚を縛られている
近年イナゴが大量発生し、中央アフリカから北へと草木を喰い尽くしながら北上して来た。
お陰で、アフリカ大陸の北半分の緑地の減少が、急激に勧められてしまった。
砂漠の中の貴重な植物の枝の中にもイナゴが
岩棚のひさしから、トカゲが覗いていた。
トカゲ
砂漠には欠かせないのが、フン転がし。
フン転がし
鳥の足跡
良く蛇の這った後も見られる。
雄大な砂の海の中にも、生命が生息している。
実に逞しく。
一見命を拒んでいる様に見える砂漠だが…。
こんな過酷に見える環境でも、生命は育まれ、太陽がそれを育てる。
中には、現代の都会人を怖がらせる様な奴も。
現地のトウアレグの人によれば<無害>だそうです…
陽は昇る。
都会にも、田舎にも、人の住む所にも人の住まない所にも。
そして、陽は沈む。
一日が終わる。
夕日が遠くの岩棚に最後の明かりを当てている
砂漠のまっただ中で「トウアレグ」の人々が作ってくれる夕食は、一日の最高の楽しみである。
手作りのクスクス
後は、朝までぐっすり眠るだけ。
筆者のテント
これで、『タッシリ・ナッジェール』の旅は終わりにします。
又どこかを旅する日まで、おやすみなさい。
月の世界の様な荒涼かつ時の止まった台地を再び下って、麓一帯をご紹介して今週で最後としようと思う。
下界は砂漠が連なる。
後方に続く「タッシリ」台地の断崖
国立公園で自然博物館である「タッシリ」の麓の南端から東側に入り込む様に、タッシリの台地の東側にワジ(涸れ沢)の砂漠地帯がリビア南端の国境から、続いて下って来る。
『タドラールト渓谷』と呼ばれる。
渓谷と言っても、そこはサハラ。
谷川も早瀬もない。
リビア側の「アカクス台地」とアルジェリア側の「タッシリ・ナッジェール台地」の狭隘部の砂地である。
数年に一度の「大雨」が降ると、あっという間に水流が押し寄せて辺り一帯の地形を変え、やがて又太陽にじりじり焼かれてワジとなる。
タドラールト渓谷の出口で、砂の中に孤立しているシンボルの山
そこを北側へと四駆で入って行くと、奇岩の岩窟有り、大砂丘あり、そして岩絵もある。
この「タドラールト渓谷」の岩絵は、近年になって発見され始めている。
渓谷の南端辺りを入った所から南向き(ニジェール方向)の光景
最初の頃は、だだっ広く白っちゃけた礫漠の用な光景が続くのだが、その内眼を奪われる様な光景に変わって行く。
砂漠の砂が、とにかく美しい。
奇岩と砂漠
『亀岩』(または「ハリネズミ岩」)
この場所に、画期的な岩面画が見つかっている。
『ライオン狩り』
つまり、いにしえの先住民達が、狩りの獲物としてアンテロープ(羚羊)やその他の草食動物だけを追い回していた訳ではなく、なんと「ライオン」までが狩りの対象であった事が、確認される岩絵だったのだ。
サイトは、回廊状の「砂の渓谷」の縁取りの部分の岩だなにある。
「ライオン狩り」の岩絵の有る岩だな
四駆を降りて、二十メートルほど登った壁龕に、それは有った。
集団でライオンを狩って居る光景
全体の右端に、抵抗するライオン。
その前面には、倒されて死んでいる狩人が数人。
左上の方には、這々の体で逃げている集団の後ろ姿。
果敢に闘う狩人の投げる槍が、ライオンの周りに飛んでくる。
「ライオン狩り」部分
つまり、ご先祖達は、百十の王ライオンまで狩りの対象にしていた訳だ。
果たして、美味しいのだろうか…。
走りながら、時折止まるとその他にも岩絵がある。
やはり一番多いのは「牛」である。
家畜として飼育すれば、凶暴なライオンと命を賭して闘う危険を侵さずとも、タップリ食事にありつけると言う物だ。
サハラの岩絵の牛は殆ど「長角牛」である。
この「長角牛」は、現在でもアフリカ全土で広く飼われている。
長角牛の実物(カメルーンにて)
ここ「タッシリ」の彩色画に描かれたこの長角牛は、側面から描かれているが、角は正面から見た様に広がっている事が普通である。
ピカソの絵の様に。
ところが、このタドラールト辺りに見つかる牛の岩絵は、角も「プロフィール」に近い。
やはり、時代が少し遅いのか、棲んでいた人種が違ったのだろう。
あとは、やはり様々な動物達が描かれているが、タッシリの「上」と違って、彩色画だけではなく線刻画も半々に混じっている。
これも、時代が下って来ているからだろう。
初期ティファナグ文字
一般的に言って、彩色画の方が遥かにデッサンも優れ、表現力は秀でている。
線刻画は、かなり乱雑な物が多い様だ。
そして、とにかく「岩窟」が素晴らしい。
岩窟
内部
岩の壁の割れ目から水が侵入し、水流は徐々に割れ目を拡大し、広がり、水の流れを多く激しくなって行くと、更に壁面が抉れ削られて、回廊の様になって行く。
その回廊が更に広がり、壁面が浸食されて崩れ、岩のタケノコの様な光景に変わって行ったのだ。
そして、その崩れた岩が砕け、更に細かく風化し、遂には砂になる。
悠久の時の作業である。
濃い黄土色の砂漠
殆ど赤に近い砂漠
タッシリの拠点「ジャネット」の町から二泊目、一番リビアに近づいた辺りに大砂丘が有る。
『ティン・メルズーガ』大砂丘である。
ティン・メルズーガ大砂丘
徐々に近づいて行く
標高差は三百メートルは雄に有る大砂丘
この麓で野営する。
明朝は、砂丘に登る余裕が有れば是非「ご来光」を拝みたい。
朝日は写真の手持ちが無いが(起きられなかった…)、途中での幻想的な光の写真を一葉。
光と岩山との幻想的な姿
あとは、この驚異の世界の主人公達を、写真で紹介して行こう。
《岩絵に描かれた住人達》
キリン(線刻画)
キリン(彩色画)
アリクイ
犀
ゾウ
ウマ
サーモン
ナマズ
ライオンの足跡
ラクダの足跡
フルベ人
キリンと狩人
《現代の住人達》
移動中のトアレグ人のノマッド(遊牧民)
臨時に定住中のノマッドの小屋
旅人
先住民の残した調理器具
定住したトウアレグの盛装した男
主人は近くに見えないが、ノマッドの追うラクダの群れ
おそらく逃げ出して野生化したラクダ
放牧されている子ラクダは、逃げ出さない様に脚を縛られている
近年イナゴが大量発生し、中央アフリカから北へと草木を喰い尽くしながら北上して来た。
お陰で、アフリカ大陸の北半分の緑地の減少が、急激に勧められてしまった。
砂漠の中の貴重な植物の枝の中にもイナゴが
岩棚のひさしから、トカゲが覗いていた。
トカゲ
砂漠には欠かせないのが、フン転がし。
フン転がし
鳥の足跡
良く蛇の這った後も見られる。
雄大な砂の海の中にも、生命が生息している。
実に逞しく。
一見命を拒んでいる様に見える砂漠だが…。
こんな過酷に見える環境でも、生命は育まれ、太陽がそれを育てる。
中には、現代の都会人を怖がらせる様な奴も。
現地のトウアレグの人によれば<無害>だそうです…
陽は昇る。
都会にも、田舎にも、人の住む所にも人の住まない所にも。
そして、陽は沈む。
一日が終わる。
夕日が遠くの岩棚に最後の明かりを当てている
砂漠のまっただ中で「トウアレグ」の人々が作ってくれる夕食は、一日の最高の楽しみである。
手作りのクスクス
後は、朝までぐっすり眠るだけ。
筆者のテント
これで、『タッシリ・ナッジェール』の旅は終わりにします。
又どこかを旅する日まで、おやすみなさい。
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