2013年上期の直木賞の受賞作品です。
新就職氷河期の就活を通した青春小説という、まさに旬な題材を描いた作品です。
ツイッターを中心に、スカイプ、フェイスブック、ライン、スマホなど現代の風俗を巧みに取り入れていて、2011年という瞬間を見事に切り取っています。
これらの通信関連の世界は5年もたてば様変わりするので作品が古くなってしまうのですが、それらをふんだんに使っているのはむしろ潔いでしょう。
作者自身も、まさにこの作品の設定である2011年に就活をやっていたわけで、作品に描かれている世界は実体験(友人たちの体験も含めて)に基づいていると思われます。
たまたま私の下の息子は作者と同じ大学で同じ学年なので、登場人物たちの様子は息子の大学生活や友人の男女の大学生たちや彼らの就活とほぼ同じで(息子の場合は三年生の十二月ではなく九月から就活を始めていましたが)、非常にリアリティがありました。
デビュー作を読んだ時も感じましたが、作者の創作能力は実体験があると(デビュー作の場合はバレーボール部の様子など)、非常に力が発揮されるようです。
もちろん作者の場合は、題名通りの「(他者とは違う)何者」なわけで、そのネームバリューは就活には有利に働いたと思います。
登場人物たちのように留年(いろいろな理由で)もせずに四年で卒業していますし、就活に対してかっこ悪くもがくこともなかったでしょう。
でも、作者の周囲には登場人物たちのような友人も多くいたはずですから、それを冷徹にながめながら作品化した腕前はデビュー作よりも明らかに進歩しています。
バンド活動を大学時代のいい思い出として一転して要領よく就活に対応する男子、アンチ就活を装っているが陰で活動している男子、留学やインターン経験などを振りかざしながら懸命にもがいている女子、家の都合で転勤のある総合職をあきらめてエリア採用の内定先に決めようとしている女子、そしてそれらを観察しながらなかなか就活に打ち込めない主人公の男子と、すごくバランスよく配置して、就活を通して青春の終わりの姿を描いています。
いつの時代も就職活動は一種の通過儀礼(自分が「何者」にもなれないことを自覚させられる)なのですが、リーマンショック以来の新就職氷河期の就活は、それがインターネットなどを使ってシステム化されて、ますます非人間的になっているようです。
ただ、作者の描いた世界は、まだ恵まれている方のグループ(彼のデビュー作の言葉を借りるならばカースト制度の上の方)で、実際にはもっとひどい目にあっている学生たちの方が大勢でしょう。
作者の学校は私立とはいえ有名校ですし、男子たちはバンド活動や演劇活動に打ち込め、女子たちは留学経験もあります。
住んでいる部屋も、二人でシェアしているとはいえ、十分に広くて便利な場所にあるようです。
作品に出てくるのはいわゆる「リア充」な子たちばかりで、実際の就活生(特に地方在住)からは羨ましい存在に違いありません。
作者はこれから会社での体験を生かした小説を書いていくのでしょうが、会社を退職してしまった芥川賞作家の津村記久子に代わって、新しいワーキング小説の誕生を期待したいと思います。
ただ、津村と違って、作者はいわゆる有名企業に就職しているので、ここでも「カースト制度」の上の方の会社生活ばかりを書かないでもらいたいと思います。
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