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とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

ウォーレン・バフェットの発達障害的気質

2025-01-05 01:38:50 | 哲学・社会
スノーボール 改訂版中 アリス・シュローダー P107

 だが、バフェットと長時間いっしょにいると、つむじ風のようにほとばしるエネルギーに閉口することがあった。”飽くことを知らない”と人々はささやいた。バフェットの注意がそれると、うしろめたく思いつつほっとする。バフェットは相手が興味を持つと思われる切り抜きや資料を山ほど友人に送りつける。さりげない会話のようでも、じつはそうではない。どんなに漠然としていても、バフェットの話にはつねになにかの目的があり、相手を試していることもあった。一件納期そうな態度に見えるが、バフェットは内面の緊張で細かく振動している。


同前P128

バフェットは心の底から「どうか遊びに来てください、お待ちしています」というのだが、そのうちにそういう相手がやってくると、彼らがいることだけで満足したかのように、新聞を読みふけった。逆に延々と話しつづけて、相手がぐったりして帰ってしまうこともたまにあった。


哲学観点における労働美徳の否定

2024-12-10 23:22:31 | 哲学・社会


と言うことなのだが、これは一理ある。
今の日本では、「労働をすればするほど美徳」と言う観念が行き渡っており、夜中の0時を過ぎても仕事をしている、と言う姿も珍しくはなくなったが(尚翌朝は6時に起床)、これは異常である。

そもそもが昭和中期くらいまでは定時上がりが普通だった。
で、高度経済成長期はモーレツに働きまくってただろ? と言う意見もあろうが、それはやはり一部の会社のことなのであって、5時に上がるところを7時に上がらされたと言うことで猛烈に怒っている人もいた。

象徴的なのは、グロンサンと言う栄養ドリンク剤のCMで「5時から男の、グロンサン♪」と言うフレーズが示す通り、PM5時以降も残業をする時に元気づけるためにこういう栄養ドリンクを飲んでいた感じではある。
尚、今は仮に5時以降も仕事をする、と言うのが残業かというと、もうそういう意識が微塵も消えて、本当に当たり前すぎて臍で茶を沸かす感じにもなっている。

で、何がどうでいけないのかというと、私なりにまとめると、人間と言うのは自らの幸福を追求しようとするとなると、内発で自然に湧くやる気に従えば人間は幸福で、外部からの強制的な命令に従う時(更に言えばそれが尊敬できない人間に命令されたり、報酬が出なかったり、懲罰だったり、その働きが認められなかったり、理由が意味不明だったりした時)、とても嫌に感じるのだ。

そうした場合、原始共産制に近い生活形態が人間は幸せに感じる。
無論ピラミッドの中で自分がどの位置だ、と感ずるのもまた人間の幸せであるが、その場合、ピラミッドを構築せねばならない。この場合、上位から下位まで社会構成がある訳で、ピラミッドの下位に参加したいと思う人間がどれだけいるのか、それを考えなければいけない。




ランゲルハンス島

2024-09-22 00:34:43 | 哲学・社会

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すい臓に散在する小さな「謎の島」は
糖尿病の鍵を握っていた。

パウル・ランゲルハンス

大きな医学上の進歩は、一人の学者の力だけで成し遂げられるものではない。その典型といえるのが、糖尿病の原因解明だ。

一八六九年、二一歳のドイツの医学生、パウル・ランゲルハンスは、教授からすい臓の構造をくわしく調べるように指示を受けた。彼は顕微鏡を使った観察に非凡な才能を持っており、それを見込まれての研究テーマであった。

彼はたちまち九種類の細胞を発見する。消化液を分泌する何種類もの細胞…。その中に、消化液とかかわりのない、「島のような」細胞の塊があることに気づく。だが、いくら調べてもその役割は分からない。彼は「私には、これを解明する能力が欠けている」という悲痛な言葉を残し、四十歳の若さで病死した。

だが、彼の研究はその後、報われる。死の翌年、すい臓を失った犬が糖尿病を起こすことが偶然発見され、この細胞塊ににわかに注目が集まった。一八九三年には、フランスの解剖学者が、ここからホルモンが分泌されているのではないかと提唱し、発見者の名を残して「ランゲルハンス島」と命名した。

その後、ランゲルハンス島が分泌するホルモンが不足すると糖尿病を起こすことが突き止められ、その名は「島」を示すラテン語(insula) から「インスリン」と名付けられた。インスリンの注射により、糖尿病がはじめて治療されたのは、一九二二年のことであった。

立ちふさがる「謎の島」の解明。そして、糖尿病治療の進歩。その陰には、多くの研究者たちによる「知のリレー」があった。


ランゲルハンス島の発見から、インスリン治療が行われるまで
研究者たちによる半世紀を超えるリレー。
すい臓にある島状の細胞を発見

ランゲルハンスはベルリン大学で、名高い病理学者であるキューネの指導を受けていた。キューネは、すい臓の消化酵素が、どの部分の細胞から出ているのかを明らかにしたいと考え、これを学位論文の課題としてランゲルハンスに与えた。

1869年、彼は学位論文で、すい臓には9種類の細胞があることを明らかにした。しかしその中に、他とは独立した島のような細胞の塊が存在しており、その働きは見当が付かないと述べている。これが半世紀を超えるリレーの始まりとなる。

彼はまもなく肺結核にかかり、移住したモロッコ沖の島で、「私には、これを解明する能力が欠けている」という言葉を残し、 40歳の若さでこの世を去った。


インスリンを糖尿病治療に役立てるまでの過程

すい臓にある島のような細胞組織は研究者の関心を引き、その後は多くの研究者が登場する。そしてランゲルハンス島から分泌されるインスリン・ホルモンを投与することで、糖尿病を治療できる ことが次第に解明されていく。その主な過程を年代順にあらわすと、次のようになる。

1889年 ドイツでミンコフスキーが、すい臓をとったイヌが糖尿病の症状を示すことを発見。

1893年 フランスの組織解剖学者・ラゲスが島組織を確認し、「ランゲルハンス島」と名付ける。

1895年 アメリカのシェーファーが、糖尿病のイヌに正常なすい臓組織を移植することで症状が

軽減することを証明。

1902年 ロシアのソボリェフが、糖尿病患者ではランゲルハンス島が破壊されていることを発見。

1921年 バンティングとマクラウドが、すい臓の抽出物を投与すると糖尿病症状が

消失することを発見。その物質を「インスリン」と名付ける。

1922年 バンティングがインスリンによる糖尿病治療に成功。