河野外相は韓国大使に「無礼」
日韓関係が燃えさかっている。
7月1日に日本政府が発表した韓国向けの半導体素材3品目の輸出規制強化措置に、韓国が猛烈に反発。与野党が韓国大統領府と一緒に措置の撤回を求める一方、市民団体の一部は日本製品の不買運動を呼びかけている。
閣僚レベルでも、河野太郎外相が7月19日、南官杓駐日韓国大使との会談の際、徴用工訴訟を巡る韓国側の姿勢を「極めて無礼だ」と批判すると、直後の21日には、韓国大統領府の曺国民情首席秘書官が、自身のフェイスブックで、徴用工問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みとする日本政府の見解を「詭弁」とこきおろし、応酬が続いている。
相手に対する配慮や遠慮は一切無い、殴り合いのようなやり取りにどうして発展してしまったのか。トランプ大統領が、「仲介役」で動きだしたが、事態はさらに見えなくなった感すらある。
徴用工問題で妥協封じた文大統領
日本の政治家が「悪用」
これまでの経緯を検証すると、韓国では、昨年10月に元徴用工らへの損害賠償を日本企業に命じる大法院(最高裁)判決が出て以降、さまざまな解決策を模索する動きがあった。
李洛淵首相を中心にした各省庁横断の会議では、日本政府が求めている日韓請求権協定に基づく協議や仲裁に応じる案も含めてさまざまな案が浮上した。
だが、こうした妥協の動きを封じたのは、他ならぬ文在寅大統領だった。
日韓関係筋によれば、昨年末までには李首相のもとでの議論はほとんど収束していた。
ただ、今年1月に入って大統領府幹部が記者団に「なぜ徴用工の問題に韓国政府が関与しなければいけないのか」と発言したのをきっかけに、「文大統領は日本に譲歩する気がない」という観測が流れ、一気に模様眺めの空気が強まった。
それでも、日本が請求権協定に基づく外交協議を要請していた2月から3月にかけ、大統領府の鄭義溶国家安保室長が大統領府での会議の際、思い切って文大統領に対し、「韓日関係の改善に乗り出す必要があるのではないでしょうか」と助言したという。
だが、文氏は、弁護士出身で自身も徴用工訴訟を扱った経験があったからか、「司法の決定は尊重されるべきだ」と聞き入れなかった。そればかりではなく、「そもそも徴用工の問題は、日本の植民地支配から発生した問題だ」という考えを繰り返したという。
さらに、安倍晋三首相や河野太郎外相らが、徴用工訴訟を巡る韓国側の姿勢を批判していることを取り上げ、「日本の政治家が、徴用工訴訟の問題を悪用している」などと語気を強めたという。文氏の目には、安倍首相らの強硬な態度が、人気取りだと映ったらしい。
大統領から直接、拒否反応が出たため、鄭氏ら側近は、身動きが取れなくなったという。
6月には、盧武鉉政権時代から文氏の最側近だという評価を得ていた楊正哲・民主研究院長らが日韓関係の改善に動き、日韓外交協議を日本に打診するよう大統領府に勧めた。
だがこの時も、大統領府は、すでに日本側が水面下で受け入れられないとしていた「日韓の関係企業が資金を出し合って救済する案についての外交協議」とするよう指示するだけだったという。
予想された通り、日本はこの提案を受け入れなかった。
軍事政権支えた日本に反発
政策失敗の不満のガス抜き相手
文在寅政権を支える進歩(革新)勢力は元々、1970年代から80年代にかけ、当時の韓国軍事政権と対決した民主化勢力だ。
軍事政権を支えた米国、日本にはもともと良い感情を持っていない。むしろ、日米と対決した北朝鮮については「敵の敵」ということで親近感を持つ。それが文在寅政権の南北融和路線の根底にある。
面白いのは、文氏がトランプ大統領とはひたすら親密ぶりを演出し、安倍首相には厳しい態度に出ている点だ。
文在寅政権にとって、軍事政権を支援した米国は本来、相いれない相手だが、トランプ氏は文氏と同じく、北朝鮮との融和路線を取っている。
6月30日、板門店で金正恩氏と会う前の米韓共同記者会見で、文氏はトランプ氏を、朝鮮半島に平和を定着させた功労者だとして最大限に持ち上げた。
国内で反発もある対北融和路線を進めるうえで、トランプ大統領との連携は避けられないということだろう。ただ、文氏の政権運営は必ずしもうまくいっていない。
最低賃金の急速な引き上げや大企業に対する締め付けなどから、韓国経済は2%台前半の低成長が続く見通しで、韓国市民の不満はたまっている。
そこで、ガス抜きの相手として日本は都合が良いということのようだ。
経済失政に怒る韓国市民の矛先を、輸出管理の強化に踏み切った日本に向ければいいからだ。戦後74年になるとはいえ、韓国では36年にわたった日本統治の記憶を持つ人々はまだまだ多い。韓国の政界関係筋は「野党は文在寅の日本バッシングを歓迎しているわけではない。反対できないというのが正確な表現だろう」と語る。
一連の文在寅政権の行動は、「司法の尊重」「過去の清算」などというお化粧を施しているものの、ほとんどが政治的な計算からきているとみられてもしかたがない。
韓国の70歳代の公務員経験者は「文政権を支える勢力の中心は50~60歳代。あと20年我慢してくれたら、世代が変わってこんな醜態をさらすこともなくなると思うのだが」とため息をつく。
官邸主導で半導体輸出管理強化
政権に「経産省の点数稼ぎ」
一方で日本の動きも政治主導の側面が強すぎて、必要以上に韓国側の反発を買ってしまった。
今回の輸出管理の強化措置は元々、首相官邸が各省庁に対して、韓国をけん制する案を具申するよう指示した中で、経済産業省が提出した案だった。
政府関係者の1人によれば、経産省は韓国の輸出管理体制が不十分だとの考えを持っていた。日本から韓国への輸出品が第三国に流れることを懸念し、2016年から日韓協議の開催を求めていた。
これに対して韓国は協議に応じなかったうえ、日本企業3社が韓国に輸出した物品を巡り、第三国に流れた可能性があるとの疑惑も浮上していた。経産省はこうした事情を背景に、首相官邸に「こんな措置も可能です」と輸出規制強化措置を提案したという。
ところが、首相官邸はこの経産省案について外務省と協議することなく、発表に踏み切った。
政府関係者の1人は「最初から詳細に国民に説明すべきだった。あいまいに説明するから、まるで韓国が北朝鮮に不正輸出したと日本が難癖をつけているかのような印象を与えてしまった」と語る。
政府内には「経産省の点数稼ぎ」という冷ややかな目もある。
一方、外務省は経産省案の詳細を知らなかったため、この措置の発表によって予想される韓国側の対抗策や文在寅政権の動きについて首相官邸に助言ができなかった。同盟国である米国に事前に通報し、理解を得るという根回しもできなかったという。
7月末の時点で、一時的な現象かもしれないが、文政権は日本に強く対抗する姿勢を示したことで、支持率が微増した。
日本側の半導体関連素材の輸出管理強化の影響が今後、サムスンなどの韓国経済をけん引する企業に出てくると予想される中で、経済政策の失敗の責任を、日本に転嫁する動きがさらに露骨になることも考えられる。
両国とも政治の思惑主導
機能しない外交チャンネル
安倍政権も文在寅政権も、外務省の影響力が低下しているという点で共通している。
安倍政権の首相官邸では経産省や警察庁の力が強く、ロシアや中国、北朝鮮との外交でも、外務省の主張が通りにくい状況になっている。
文政権も外交省を重視していない。康京和外相は大統領府への影響力をほとんど持っていない。
現在、文政権では、外交安保分野で事実上の総責任者といわれる大統領府の金鉉宗・国家安保室第2次長が、外交省の課長クラスにまで直接、電話をかけて指示を飛ばしているという。
こうなってくると、もはや外交チャンネルで問題を解決することは不可能といっていいだろう。今回の問題を作り出した安倍首相と文大統領には、直接、政治主導で解決する責任がある。
米国の仲介で日韓双方が
負担を求められる可能性
こうした状況で、トランプ米大統領が7月19日、「日韓を仲裁する用意がある」と表明した。
その意を受けた形で、ホワイトハウスのボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が、22日に来日、河野外相らと会談、24日は韓国を訪れ、鄭国家安保室長らと会談した。
イランや北朝鮮情勢も話し合われたが、ボルトン氏と会った野党・自由韓国党の羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)院内代表は、日本の輸出規制は日韓米の協力関係の利益にならないと改めて訴えたという。
米国は、同盟国である韓国と日本の争いに中立的な姿勢を崩していない。今回の混乱の原因を作った文在寅氏に対して不快感を持つ一方、安倍政権の強硬姿勢にも良い感情を持っていないように見える。
何らかの仲裁案を考えているという声もあるが、日本外務省の関係者は「トランプが本気で日本や韓国のことを心配してくれるとは思えない」と語る。
トランプ氏はつい最近も、日米安保条約について「不公平な合意だ」と言い放ったばかり。韓国に対しても、在韓米軍駐留費の負担増を繰り返し、求めている。
このため、米国が仲裁する場合でも、せいぜい徴用工訴訟や輸出管理強化措置を巡る両国の動きを凍結させる程度に終わるとの見方が強い。
仮に凍結が成功しても、日韓双方の強い不信の原因を取り除けるわけではない。
逆に、日韓が反目している状況を利用して、米国が「取引外交」を展開、経済や安全保障の分野で日韓双方にさらなる負担を求めてくることも十分に予想できる。
日韓は今、米国に対してお互いの主張を理解してもらおうと説得することに躍起になっている。仮に米国が日韓に負担を求める事態が起きても、日韓が結束して米国に文句を言うという状況は考えにくいだろう。
韓国の外相経験者はこう語る。「文氏も安倍氏も、北海道の涼しい場所にでも行って頭を冷やし、問題をこれ以上悪化させないと両国民に約束すべきだ」。
(朝日新聞編集委員 牧野愛博)