大坂なおみの純粋さは変わらない。コービーに喜び、ファンと触れ合い。(Number Web 2019/08/30)
今日も大坂なおみは試合前のウォームアップの間、テニスをするには少々邪魔そうにも見えるジャケットを着用していた。
気温は今週最高の28度まで上がっていたが、暑さ寒さは関係ない。自身のスポンサーであるナイキと、今や日本を代表するファッション・ブランドの1つとなった“sacai(サカイ)”のコラボレーション企画の顔として今大会に臨む大坂にとって、それを着てコートに立つこと自体が重要な仕事だ。
チャンピオンになって、女王になって、コートで着るものも特別な<オンリーワン>になった。「アスリートっていうのはそんなにドレスアップする機会が多いわけじゃないから、そういうチャンスのとき私はめちゃくちゃ頑張っちゃう」というほどオシャレ好きの大坂にとって最高のご褒美のはずだった。
そして、そのゴージャスな出で立ちにふさわしいテニスが、今日は確かに戻ってきたような気がする。
コービーたちが家族席に座るなんて。
全米オープン2回戦、世界ランク53位のマグダ・リネッテに対し、大坂の強気のショットが深く鋭く突き刺さる。少々振られても大坂の切り返しのほうが有効で、多くのラリーを支配した。第2セットの序盤こそ0-3とリードを許したが、終わってみれば6-2、6-4。1回戦に要した時間の半分に満たない1時間11分で片付けた。
「すごくいいプレーをしていると感じるときがあったし、うまくいかないときもすぐに修正することができた。いい方向に進んでいると思う」
第1セットの途中、突然ファミリーボックスに現れた人物たちも後押ししただろうか。NBAの伝説的スーパースターであるコービー・ブライアントと元NFLプレーヤーのコリン・キャパニック。ブライアントのほうは面識があり、大坂が<尊敬するアスリート>として名前を挙げるレジェンドだ。
「去年の自分を重ねてみたら、こんなことはありえない話。コービーやキャパニックが私の家族席に座るなんて。人生はほんとに誰と巡り会うかわからないわ」
騒然とした会場に気圧されずに。
試合後の記者会見では感慨深げに話したが、会場の騒然としたムードに気圧されることはなかったようだ。
「プレッシャーには感じなかった。ただ、この炎天下に長い間座らせておきたくはなかったから、3セット目にはいきたくないと思っていたの」などと振り返り、いわゆる“なおみ節”でも楽しませてくれた。
彼らは、この1年で大坂がさまざまな分野で出会った偉大な人々の中のごく一部なのだろう。
急スピードでセレブの仲間入りをし、人生が劇的に変わった21歳に、自惚れるな、舞い上がるな、初心を忘れるなといっても難しい話。過去に天才だの美少女だのと騒がれて終わった選手の顔は、テニスファンなら1人や2人すぐに思い浮かぶに違いない。
純粋さが分かるファンへの姿勢。
実際のところ大坂も、全豪オープン優勝後に世界1位になってからの半年あまり、自分に起こった変化を消化しきれずに苦しんでいた。
成功の大恩人であったはずのサーシャ・バインを解雇したときには、それこそ<自惚れ>という言葉もついてまわった。ウィンブルドンでの1回戦敗退後の記者会見打ち切り事件では批判も浴びた。
しかし、少なくとも彼女の純粋さと謙虚さは変わっていないと感じることが多々ある。ベタな例だが、まずはファンに対する姿勢だ。
練習のあとなど、大坂ほど長い時間をかけてサインをしたり撮影に応じたりする選手も珍しい。今大会でも、一般のファンが入れる制限エリアぎりぎりのところにひしめき合う人々の呼びかけに応えて、どんどんどんどん歩を進めていく。トッププレーヤー、特に女子のトップとしてはかなり稀な対応だろう。
以前、別の大会では、敗れた直後の帰り際だったにもかかわらず、向かう方角とは違うところで手を伸ばしている3、4人のファンのもとへわざわざ駆け寄って行った。陽はすっかり落ちて、周りに人もほとんどいなかったから、誰の目も意識せずにとった行動だったはずだ。
「子供たちにとって今の私は……」
「子供たちにとって、今の私は多分、昔私が憧れていた選手と同じ存在なんだなって感じることがある。だから大切にしたいと思う」と言っていた。
今日もファン対応についての質問をされて「子供の姿を見ると、私自身が“キッズ・デー”にここに来て、いい試合の一番前の席をとろうとがんばっていたことを思い出すわ」と話した。もちろんサインをせがむのは子供ばかりではないが、子供たちに対する視線は特にやさしい。
15歳ガウフとは家族ぐるみの関係。
さて、3回戦の相手は話題のコリー・ガウフと決まった。
まだ15歳……子供だ。しかし、フツーの子供ではない。ウィンブルドンで予選を勝ち上がって、芝の女王と呼ばれたビーナス・ウィリアムズを1回戦で倒すと、ベスト16まで勝ち進んだ末恐ろしい少女である。
大坂とガウフは3年前のマイアミで初めていっしょに練習し、以前から父親同士が知り合いだったこともあって、家族ぐるみで親しい関係を築いてきたという。
ガウフは言う。
「今の彼女はすごい。私も早くあのレベルに追いつきたい。それに本当に素敵な人なの。オンコートでもオフコートでもどう振る舞うかを若い世代に示してくれている」
うれしい褒め言葉が並んだが、チャレンジャーが発揮する底知れぬ強さを大坂は知っている。2回戦で取り戻した感覚を維持するだけでなく、もう一段レベルを上げなくては乗り越えられない一戦だ。