フランスに住む日本人女性くみと、日本に住んだ経験を持つフランス人男性のエマニュエルが、さまざまなテーマについて日本とフランスの相違点について語り合う本連載。前回はフランスのバカンス事情についてで盛り上がりましたが、国民がほぼ一斉に3週間もの休みを取って、社会は回るのでしょうか。そんな疑問にエマニュエルが答えます。
8月は観光地以外の店が一気に閉まる
エマニュエル:前回の記事(日本人とフランス人「休み方」はこんなにも違う) に対して、「医療分野の人たちも会社員みたいに長いバカンスって取れるの?」というコメントがあった。そこで、今回はその疑問を基に、7月から2カ月間、3~4割の人が一斉に休みを取ってしまうパリのような大都市が、バカンス中社会システムをどのように維持しているのかについて話してみよう。
社員の大半がいなくなったとき、会社をどうやって回していくのか、住民が減ると空き巣に入り放題にならないのか、医者がほとんどバカンスでいなくなったら病気になったときはどうするのか?などいろいろ疑問に思うことはあるよね。
でもこういったことは何もバカンスに限った話ではなくて、例えば自然災害で人口が突然減少したときにどうやって社会をより効率的に維持できるかということにもいえると思うんだ。
くみ:そうだね、必ずしもバカンス時期というだけでなく、大都市が普段と違う状況でも機能することを考えるのは、防災などの面からも必要かも。
エマニュエル:8月のパリの日常生活で一番変わるのは、観光地以外で開いているお店がとても少ないことだろう。ほとんどのパン屋(チェーン店を除く)は、8月上旬から中旬にかけては閉まっているので、毎日食べるバゲットを買い求めるのにも苦労するというわけだ。
エマニュエル:同様に肉屋、魚屋、チーズ屋も閉まっているので食料の調達は、大手チェーン店のスーパーに頼るしかなくなる。日本の人はスーパーが開いてるならそれでいいじゃないかと思うかもしれないけど、スーパーのバゲットとパン屋のバゲットの差は結構大きいんだよね。
夏の間に従業員がバカンスでいなくなるときは、単純に供給量を下げるわけだけど、客もバカンスに出かけていて需要が下がっているので、均衡は保たれてはいる。だから8月にパリで生活するのはなかなか難しくって、いわばバカンスに出かけないパリジャンには罰を与えるって感じかも。
スポーツクラブなんかも夏は営業時間が変わる。僕が行っているテニスクラブは普段23時に閉まるんだけど、8月中は19時に閉まる。バスや地下鉄など交通機関の頻度も夏の間は少なくなるしね。これに関しては、パリジャンだけでなく、観光客も不便を感じるだろうね。
緊急時には「署名の委託」を活用
くみ:メトロやバスなどの公共交通機関が少なくなるのは本当に大変。8月はバカンスシーズンでパリを離れるパリジャンも多いけど、世界中からパリにやってくる観光客はもっと多いから、暑いうえに公共交通機関が混雑することはよくある。レストランが8月休みのところが多いのも困るかな。日本から来客があっても、名だたるお店はほぼ閉まってると言っても過言ではないから、8月のお店選びには本当に苦労する……。
エマニュエル:それじゃあ企業や行政機関は8月の間どうやって機能し続けるのか。とくにフランス以外の国にも展開するような企業ならばバカンス中といえど処理しなければいけない仕事はあるし、行政機関ならば、「公共サービスの継続」という1月1日から12月31日まで一年中国民が利用できるようにしなければならないものがある。
この解決法も、さっきのお店の場合と同じく、供給を減らすというもの。この場合だと、営業時間や開館時間を短縮したり、顧客への返答を遅らすといったようなことかな。それでも、何か緊急に処理しなければいけない仕事がバカンス中に起きた場合はいったいどうするかというと、「署名の委託」と呼ばれるシステムがフランスの社会では主に取られている。
担当者が不在の場合は引き継ぎの担当者の順序をあらかじめ決めておき、その順序に従って仕事を引き継ぎ、重要な決定や署名を行う。Aが不在の場合Bに引き継ぎ、Bが不在の場合はCが引き継ぐというふうに。誰がどの時期にバカンスを取るかはわかっているので、自分が引き継ぐであろう仕事はある程度前もって準備しておける。
エマニュエル:このシステムは夏のバカンス中でしか適用されているのを見たことがない。多分、これ自体は珍しくないし、世界中どこでも使われていると思うんだけれど、フランスの場合はバカンスが3週間と長いために、これが会社での出世につながるいい機会にもなるんだ。
例えば、入社したての若い社員がバカンス中の上司たちの不在中に彼らの仕事を引き継ぐことで十分に自分の裁量を発揮させることができたとすれば、会社内での評価も上がり、出世につながるいい機会になる。バカンス中の人手不足の解決方法として、若手社員を信頼して仕事を任せるということだ。
バカンス中にインターン生を多くとる企業や行政機関も多い。インターンの採用はフランスでは非常に盛んに行われていて、7、8月に、大量に募集されるのを利用して企業での経験を積もうと考える学生はたくさんいる。
警察と軍隊は自由にバカンスを取れない
くみ:8月はほぼ何も動かないよね。でも、だからこそできることもたくさんある。例えば夏前に新しい仕事に就いたら、しばらくは焦らずゆっくり時間をかけて仕事を覚えることもできる。バカンスの時期をずらして、8月はパリにとどまってバカンス中の同僚の仕事も引き受けていたとしても、全体の仕事量はそんなに多くならないから、仕事が終わった後でも日の長いパリの夏を満喫できるよね。
エマニュエル:じゃぁ、バカンス中の治安はどうだろうか。警察も夏のバカンスを取るのか、そして住民がいなくなった町での空き巣対策はどうするのかについて話そう。
警察と軍隊はフランスでは唯一自由に夏のバカンスを取ることが許可されていない職業なんだ。休暇の申請は上層部が厳重に管理し、休暇の許可は状況によって判断されることになる。数年前、要人の警護を担当する警察官たちが1000時間もの未消化の休暇があると不服を申し立てたことが話題になったことがある。
バカンス中の住民が少なくなる住宅街は、警察が車で定期的に見回りを行っている。あらかじめ警察に夏のどれくらいの期間不在にするかを伝えておくと、その住居を重点的に見回りしてくれるサービスも行っている。そのほかにも隣人や友人や家族に不在中の家に花の水やりや郵便物の処理などを頼んで空き巣の対策を取っている人も多くいる。
くみ:バカンス期間中の空き巣はよく聞く。パリに暮らす日本人でも夏休みで不在中に入られたというのを何度か聞いたことがある。近所の人や親しい友人、親戚に植物の水やりやペットの世話を頼むというのも聞いたことあるけど、パリに数年だけ赴任で来ていたり、しかも単身でとくに仕事以外でそこまで親しい友人を作るのが難しかったりしたら、家を空けるときに誰かに頼むのは難しそうだね。
でも、あらかじめ言っておけば警察が重点的に見回りをしてくれるというのはあまり意識していなかった。それは心強いよね。
インターンや外国から医者を呼ぶことも
エマニュエル:では、医療はどうかと言うと、8月は病気には絶対にならないほうがいいというくらい、医者は少ないね。とくに眼科や耳鼻科なんかの専門医なんかはとくに顕著かも。
病院の勤務医以外の独立した医者は警察とは正反対で、好きなときに好きなだけバカンスを取るから、大抵の医者は8月は不在になるんだ。病院勤務の医者も8月にバカンスを取ることは珍しくないし、この期間中は一時的に開いていない病棟なんかもあるし、地方だと緊急病棟ですら閉まっている期間があったりする。
パリなどの大都市では大きな病院が閉まることはないけれど、いったいどうやって病院を維持しているかというと、さっきの企業がインターンをバカンス中に雇うのと同じように、医学部の学生や研修医のインターンは夏のバカンス中によく行われている。とはいえ、複雑な手術を学生にやらせるわけにはいかないので、医者がどうしても足りない場合は、外部の独立医や外国の医者などを一時的に雇うなどしている。
くみ:通常時もフランスの医療システムは少し独特で、すべてを総合的に診てくれるかかりつけ医にまず相談して、必要に応じて専門医を紹介してもらうよね。慣れていないと、何か問題があって医者にすぐにかかりたい緊急時でも、まずかかりつけ医を誰かに紹介してもらって、そこから専門医を紹介してもらって……という手続きがあるよね。
夏の間はインターンや研修医が担当するというのは、患者にとっては少し怖い気もするけど、どうなんだろう? エマニュエルは夏の間に緊急で医者にかかったことある?
エマニュエル:緊急時でもかかりつけ医を通さずに直接専門医に診てもらうことはできるんだけど、保険の払い戻しができたりできなかったりする問題があるね。今のところ僕は運よく夏に緊急病棟の世話にはなったことはないよ。でも、一年を通して緊急病棟にはたくさんのインターン生がいるよ。
バカンス中のフランスについていろいろ話したけれど、これで社会のシステムが維持できているといえるのかどうか、日本の人から見るとどうなんだろうね。最後に8月のパリのイメージがとってもよく伝わる映画を紹介しよう。タイトルは『8月のパリ(Paris au mois d'août)』。これを見れば8月のパリの魅力がよくわかると思うよ。