豊後ピートのブログ

元北アルプス槍ヶ岳の小屋番&白馬岳周辺の夏山パトロールを13シーズン。今はただのおっさん

雷に当たらないように

2005年11月01日 | 山について、いい加減に語る
槍ヶ岳は天下の避雷針みたいなもので、ここで働いていると雷とよく出会う。 

私が山小屋に入る前の年には、槍の穂先で落雷による死亡事故が発生している。雷雲が通過した後で山頂に行った登山者が、遺体を発見したそうだ。頭と足の裏に黒い穴が開いていたという。 

人生2回目のレスキューも、やはり落雷によるものだ。遭難者は中年の女性。雷雲が接近してきたので穂先から待避しようとしたが間に合わず、落雷の衝撃ではしご場から転落、かろうじて途中の岩場に引っ掛かった。この時は小屋から5人出動して、ロープを使って下ろす羽目になった。時々「どーん」となる雷の音を聞きながらのレスキューは、腰が落ち着かないものだ。 

5月のまだ雪深い頃、ゴミ焼き場の除雪をしていると、あられが降り出した。構わずスコップをふるっていると、誰かが背後からフラッシュを焚いたような光が見えた。その途端「ずどーん!」と至近距離での落雷があり、びっくりした私は、しばらく身動きができなかった。情けない話だが、その後雪の中を四つんばいになって小屋へ待避した。この時以来、私は雷恐怖症(重度)である。近くにいた同僚の話によれば、おそらく20~30mぐらいの距離だったという。 

上記の落雷を経験した年は、春の落雷が非常に多かった。5月に北鎌尾根を縦走してきたとあるパーティが、最後の穂先の登りで雷雲につかまってしまい、「ロープを伝って電流が流れてきた」という経験をした。「右足がしびれている」だけで済んだのは、信じられないほど幸運だからだと思う。 

槍岳山荘には「落雷警報装置」がある。商品名は確か「コロナーム」だったと思う。昔はこれにサイレンと回転灯が連動していて、雷雲が接近してくると自動的に穂先に登っている登山者に対して警告するようになっていた。私が小屋番になった時には壊れていたので、新品が設置されることになった。

これはかなり正確な警報装置だった。1次注意報が出たら、50%ぐらいの確率で至近距離への落雷があったと。2次注意報や落雷警報が出たら、これはもう雷雲の中にいるのと同様で、危険な状態である。落雷警報の「びー!」という音が鳴ると、直後に「バキバキバキ!!」と落雷が起こった。 

槍の穂先には、落雷の痕跡がたくさん残っている。山頂の祠の周りに落ちているコインの中には、落雷によって溶けてしまい、くっついているものがある。最近起きた現象だが、鎖が全部くっついてしまい、1本の棒のようになってしまった。 

髪の毛が逆立つと雷が近い、というのはよく言われることだが、私のかなり豊富な山での雷体験の中でも、こういう経験は意外にないものだ。一度だけだが、小屋の外に出たら私の短い髪の毛が「さわさわ」した感じになり、違和感を覚えたことがある。この時は快晴だったが、30分ほどで激しい落雷が発生した。
 
小屋番を辞めて一般人になってからも、雷との付き合いは免れなかった。 

北アルプス北部でパトロールを始めてからは、行動中に捕まった。ある程度予想は立てて行動するのだが、意外に早く雷が発生したりする。パトロール中に雷が接近してきたら、ハイマツ帯や樹林帯に逃げ込んで1時間から1時間半ぐらい「体育座り」で待つことになる。こんな時にむき出しの稜線をのんびり歩くのは自殺行為であり、雷が去るのをじっくり待つしかない。しかし一般の登山者はそう考えないようで、私が必死になって避難している横を平気で歩く人が多い。で、「何やってんの?」みたいな視線を投げかけてくる。 

ガイドの仕事を始めた2003年も、お客さんを連れている時に2回、雷がやってきた。土砂降りの中で1時間も待機するのはお客さんにとって不満らしく、「早く行きましょうよ~」と催促が来る。だが、落雷でお客さんを殺すのはガイドの仕事の中でも一番の恥である(何も危険のない場所でのけがや転落はしかたない面もある)。ここは腹を決めて待つしかない。
 
では、雷をうまいこと避けるにはどうしたらいいのか。私が実践している方法を書きましょう。

1、天気予報で「上空の大気が不安定」と予報があったら、雷が来るのは間違いない、と思って行動する。たとえ朝から快晴でも、午後には天候が急変する。こういう時には昼までに山小屋に逃げ込むなり、樹林帯へ移動するなりして、雷が発生しやすい午後の時間帯に稜線にいないように行動を調整する。 

2、「雷3日」はだいたい当たる、と考えておく。前日に雷が来たという情報をつかんだら要注意だ。北アルプス南部だと、前日の夕方に雷が発生した場合、次の日には早めに雷がやってくるパターンが多い。稜線を縦走する場合には昼前にどこかの山小屋で待避しておいて、雷が去ってから再び行動したほうがいいだろう。 

3、春の場合、ひょうやあられが降ってきたら要注意。1時間以内に雷が来る。 

4、高い稜線ならば、遠くから聞こえる落雷の音が聞こえるもの。常に注意しておいて、遠くで雷が聞こえたら「必ず来る!」と思って行動する。かすかに音が聞こえただけでも、私ならかなり警戒する。

で、運悪く雷が接近してしまった場合にはどうすりゃいいのか? 

1、稜線は絶対避ける。山頂はもちろんだ。槍の穂先にいるのは論外。また地質的に落雷が発生しやすい場所がある。鹿島槍の赤岩尾根は落雷が多いことで関係者に知られているが、赤っぽい岩の稜線は落雷しやすいようだ。岩に鉄分が多いからだと思われる。 

2、逃げる場所は樹林帯、ハイマツ帯、稜線や山頂を巻く道など。巻き道に逃げる場合は、なるべく姿勢を低くしておく。もっとも、これらの場所が絶対安全だという保証はない。樹林帯に落雷した例は、いくらでもある。 

3、金属を体から離した方がいいという意見と、身につけておいた方がいい、という意見の両方があるけれど、自分の体で実験したいとは思わないのでストックやピッケルは離れた所に置いている。ザックにストックやピッケルをくくりつけているのは、避雷針を設置しているようなもの。 

4、普通は1時間~1時間半も待てば雷は遠くに去る。充分に時間をかけて状況を見ること。30分程度だと、まだまだ脅威が去ったとは言えない。
 
※この文章は他サイトに掲載していたものを転載したものです。