2005年の夏、ある霧の深い日。大雪渓の終了点から葱平に取り付く地点(土砂崩落が起きたトコ)で「落石来ますよ~、そんなとこでアイゼンはずしていないで、さっさと上に上がりましょう~~」と一日中声を掛ける仕事をしていた私は、妙な登山者を発見しました。
山慣れた雰囲気の若者が、ザックをダブルで背負っています。
「誰かバテたんか~?」と声を掛けると、「ええ」と短い答えが返ってきました。彼はそこで休憩を取り始めます。
やがて深い霧の向こうから、パートナーと思われる登山者の姿が見えてきました。かなりバテているようで、数歩登っては立ち止まり、を繰り返している状態です。
体は大きく、ちょっと太り気味。なんとか葱平にたどりついたものの、そこで座り込んでしまいました。顔色がちょっと悪いのが気になります。
「大丈夫か、おい!」と、声を掛けると、なんとか返事はします。山慣れた方の登山者も「大丈夫です」というので、パトを切り上げることにしました。
葱平を登り、小雪渓まで行くと、仲間の隊員と医大の学生さんがいます。夏の間、ここで「最終登山者」を確認するのが仕事の一部なのです。
最終登山者にバテバテなのがいるという話をしてから、山小屋に戻ろうと思いました。仲間の隊員にも「上がっていいよ」と言われました。しかし、先ほどの登山者の様子を考えると、イヤな予感がします。単なるバテバテさんではないような・・・・・
「このまま小屋に帰って、何かあったら、絶対『あいつは逃げた』と言われるから、オレ、しばらく待機しますね」
ということで、ザックを下ろしてタバコに火をつけました。
しばらくしてから、元気な方が上がってきました。様子を聞くと苦笑いしています。「まあ、なんとか上がってくるだろう」と思い、さらに待機を続けます。
かなーり待機を続けてから、ようやく最後尾の登山者が見えてきました。やはり、数歩登っては立ち止まり、の繰り返しです。小雪渓の待機ポイントまで上がってきたところで、医学生さんが彼の様子をチェックします。
足が何度かつっているとのことなので、学生さんが太ももをマッサージしています。他の学生さんが体温計で測ったところ、「体温が34度しかないですぅ」と言ってきました。
「低体温?なんで??」
あれだけ豊満な肉体だと、普通は汗をだらだらかきながら登っているはずなのですが、確かに彼は汗をかいていません。反対に寒さを訴えています。
「なんだかよくわからないけど、34度はヤバいよね」ということで、まずは濡れた服を着替えさせようとしました。が、着替えらしいものを持っていないということなので、しかたなく私のフリースと山シャツを提供しました。さらにサバイバルシートを上からかぶせます。
みんなと話し合いましたが、ここでたき火をして体を温めるわけにはいかず、また早急にヘリコプターを呼ぶほどの事態でもありません。ごく低速で山小屋まで登るしかないようです。
私が先頭にたち、ゆっくりゆっくり登り始めます。ちょっとでもペースを速めるとバテるので、じんわりと登っていきます。
しばらく歩いてから様子を見ると、まだ寒がっています。モコモコに服を着せた上で山を歩いているのに、汗もかいていません。体温を測定すると、34度のままです。
急いで山小屋の診療所に連れていかないとまずい、と思いますが、ペースをあげることができません。なるべく休ませずにじわじわ登っていき、本人の体が温まるのを待つしかないです。
1時間も行動したでしょうか。ようやく彼は「暑い」と言って立ち止まりました。額から汗が出ています。体温は依然34度のままですが、「もう大丈夫そうだ」ということで、シートとフリースを回収しました。その後ゆっくりと村営頂上宿舎へ向かって登り、診療所に登山者を引き渡して、本日の任務が終了しました。
夏山での低体温症は、貧弱な雨具で冷たい雨に打たれ続けた時に起こりますが、今回の場合は雨は降っていません。風もそれほど吹いているわけでもないです。では何が原因だったのでしょうか。
大雪渓を登っている時に大量の汗をかき、衣服を濡らしてしまったが、速乾性のない服なので汗が空気中に放出されず、べったりと濡れたまま登ったのでしょう。やがてバテが始まって立ち止まる時間が長くなると、体からの熱が濡れた衣服に奪われるようになり、それが低体温症を引き起こしたようです。場所も大雪渓ですから、濡れた衣服では寒さが増すばかりでしょう。
あのまま放置していたら、村営頂上宿舎に到着する前に動けなくなっていたかもしれません。山慣れた方の登山者も、相棒が低体温だとは気づかず、単なるバテだと思っていたみたいです。
雨が降っていない時でも、低体温症って起こるんですね。勉強になりました。
山慣れた雰囲気の若者が、ザックをダブルで背負っています。
「誰かバテたんか~?」と声を掛けると、「ええ」と短い答えが返ってきました。彼はそこで休憩を取り始めます。
やがて深い霧の向こうから、パートナーと思われる登山者の姿が見えてきました。かなりバテているようで、数歩登っては立ち止まり、を繰り返している状態です。
体は大きく、ちょっと太り気味。なんとか葱平にたどりついたものの、そこで座り込んでしまいました。顔色がちょっと悪いのが気になります。
「大丈夫か、おい!」と、声を掛けると、なんとか返事はします。山慣れた方の登山者も「大丈夫です」というので、パトを切り上げることにしました。
葱平を登り、小雪渓まで行くと、仲間の隊員と医大の学生さんがいます。夏の間、ここで「最終登山者」を確認するのが仕事の一部なのです。
最終登山者にバテバテなのがいるという話をしてから、山小屋に戻ろうと思いました。仲間の隊員にも「上がっていいよ」と言われました。しかし、先ほどの登山者の様子を考えると、イヤな予感がします。単なるバテバテさんではないような・・・・・
「このまま小屋に帰って、何かあったら、絶対『あいつは逃げた』と言われるから、オレ、しばらく待機しますね」
ということで、ザックを下ろしてタバコに火をつけました。
しばらくしてから、元気な方が上がってきました。様子を聞くと苦笑いしています。「まあ、なんとか上がってくるだろう」と思い、さらに待機を続けます。
かなーり待機を続けてから、ようやく最後尾の登山者が見えてきました。やはり、数歩登っては立ち止まり、の繰り返しです。小雪渓の待機ポイントまで上がってきたところで、医学生さんが彼の様子をチェックします。
足が何度かつっているとのことなので、学生さんが太ももをマッサージしています。他の学生さんが体温計で測ったところ、「体温が34度しかないですぅ」と言ってきました。
「低体温?なんで??」
あれだけ豊満な肉体だと、普通は汗をだらだらかきながら登っているはずなのですが、確かに彼は汗をかいていません。反対に寒さを訴えています。
「なんだかよくわからないけど、34度はヤバいよね」ということで、まずは濡れた服を着替えさせようとしました。が、着替えらしいものを持っていないということなので、しかたなく私のフリースと山シャツを提供しました。さらにサバイバルシートを上からかぶせます。
みんなと話し合いましたが、ここでたき火をして体を温めるわけにはいかず、また早急にヘリコプターを呼ぶほどの事態でもありません。ごく低速で山小屋まで登るしかないようです。
私が先頭にたち、ゆっくりゆっくり登り始めます。ちょっとでもペースを速めるとバテるので、じんわりと登っていきます。
しばらく歩いてから様子を見ると、まだ寒がっています。モコモコに服を着せた上で山を歩いているのに、汗もかいていません。体温を測定すると、34度のままです。
急いで山小屋の診療所に連れていかないとまずい、と思いますが、ペースをあげることができません。なるべく休ませずにじわじわ登っていき、本人の体が温まるのを待つしかないです。
1時間も行動したでしょうか。ようやく彼は「暑い」と言って立ち止まりました。額から汗が出ています。体温は依然34度のままですが、「もう大丈夫そうだ」ということで、シートとフリースを回収しました。その後ゆっくりと村営頂上宿舎へ向かって登り、診療所に登山者を引き渡して、本日の任務が終了しました。
夏山での低体温症は、貧弱な雨具で冷たい雨に打たれ続けた時に起こりますが、今回の場合は雨は降っていません。風もそれほど吹いているわけでもないです。では何が原因だったのでしょうか。
大雪渓を登っている時に大量の汗をかき、衣服を濡らしてしまったが、速乾性のない服なので汗が空気中に放出されず、べったりと濡れたまま登ったのでしょう。やがてバテが始まって立ち止まる時間が長くなると、体からの熱が濡れた衣服に奪われるようになり、それが低体温症を引き起こしたようです。場所も大雪渓ですから、濡れた衣服では寒さが増すばかりでしょう。
あのまま放置していたら、村営頂上宿舎に到着する前に動けなくなっていたかもしれません。山慣れた方の登山者も、相棒が低体温だとは気づかず、単なるバテだと思っていたみたいです。
雨が降っていない時でも、低体温症って起こるんですね。勉強になりました。