30人の長老の話を集めた「ホピ・宇宙からの聖書」によると,
1848年にメキシコ、スペイン、アメリカ合衆国、ホピ国の間に初めて協定が結ばれたということです。
以下に載せてみます。
*****
長老たちの伝承によれば、ホピとアメリカ合衆国は次のことに同意したとされる。
一、合衆国はホピ族の宗教上および土地に係る権利を尊重し、常にホピの領土を守らなければならない。
二、ホピ領を侵す者は合衆国であれどの部族であれ、死によって処罰される。
三、ホピが宗教的権利によって主張している土地の一部を合衆国が奪うなり、分割するなり、相客するなりした場合には、創造主によって処罰されることに同意するものとする。
「この協定がホピの代表団によって署名調印されたのか?」との問いに、彼らは
「聖なる絆である言葉により、またエーテルへの署名となる煙吹きの儀式により調印した」と語った。
「いかなる物質的な紙も合意文書も、焼かれたり、破られたり、盗まれたりする場合がある。
だが煙吹きによる約束または署名は、地上の人間と創造主、または大霊との間の聖なる誓いなのだ。
滅亡について語ろう。
ホピは合衆国に対して次のような警告を与えた。
それは、力ある精神的国家としてのアメリカ合衆国がこの煙吹きの儀式による聖なる署名を無視するようなことがあれば、はじめからあった創造主の聖約に背いたことによってこの国に滅亡がふりかかるだろう。
すでにスペインはメキシコに敗北し、もはや西半球での勢力を維持していない。
そして今メキシコも合衆国に敗北した。
同様にして、合衆国も聖なる煙吹きの儀式による約束を尊ぶことなく無視するならば、この国もまた偽りの神を仰いでいることになる。
裁きはかならず来る。」
ホピにとって、土地の領有は根本的に宗教的な事柄だった。
出現の際に(神により)約束され、移動後に(神により)彼らのものとして宣言され、聖なる石板にも定められたこの土地は、西はコロラド河から東はリオ・グランデ川まで広がっていた。
遺跡や土器、絵文字、線刻文字がホピこそこの土地の永遠の所有者であることを証言していた。
*****
ところが、その後アメリカ合衆国はホピの土地を四方から取り囲む地域を手に入れ、“その所有権に基づき主権を行使する”ということをするようになります。
つまりホピの代表団は“聖なる絆である、煙とことばによる約束”をしたと言っているのですが、アメリカ合衆国から見たらこの協定は“単なる口約束”にすぎなかった、ということです。
両者の考え方は平行線をたどり、白人はインディアンを徹底的に迫害する、ということになります。
今の精神世界なら言霊、音魂といったことが尊重されて一目おかれていますけれど、それでもビジネスや政治では話し言葉では契約はできません。
なぜ、文字は力を持ち、文字がないことは不利なのでしょう?
なぜ、すべてのことが、書き文字によって行われているのでしょう?
合衆国の役人に語りおくホピの言葉は、時を超えていぶし銀のような重みを感じさせます。
文化人類学者なら、「未開社会というものはない、無文字社会があるのだ。」と言うのでしょう。
無文字社会はなぜ、文字をつくらなかったのでしょうか、、おそらく文字をつくる必要がなかったからではないでしょうか?
彼らにとっては、神や世界との聖なる絆を守ることがなにより大切で、また意義のあることで、そのために文字はなにも役に立たないということを、彼らは知っていたのではないかと思います。
そのような文明は、語り伝える人が途絶えたところで、姿が見えなくなり、消滅したとみなされるのではないでしょうか。
多弁な文明の向こう側には、ひっそりとした文明が、同じくらいたくさんひしめいているのではないかと思うのです。
1848年にメキシコ、スペイン、アメリカ合衆国、ホピ国の間に初めて協定が結ばれたということです。
以下に載せてみます。
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長老たちの伝承によれば、ホピとアメリカ合衆国は次のことに同意したとされる。
一、合衆国はホピ族の宗教上および土地に係る権利を尊重し、常にホピの領土を守らなければならない。
二、ホピ領を侵す者は合衆国であれどの部族であれ、死によって処罰される。
三、ホピが宗教的権利によって主張している土地の一部を合衆国が奪うなり、分割するなり、相客するなりした場合には、創造主によって処罰されることに同意するものとする。
「この協定がホピの代表団によって署名調印されたのか?」との問いに、彼らは
「聖なる絆である言葉により、またエーテルへの署名となる煙吹きの儀式により調印した」と語った。
「いかなる物質的な紙も合意文書も、焼かれたり、破られたり、盗まれたりする場合がある。
だが煙吹きによる約束または署名は、地上の人間と創造主、または大霊との間の聖なる誓いなのだ。
滅亡について語ろう。
ホピは合衆国に対して次のような警告を与えた。
それは、力ある精神的国家としてのアメリカ合衆国がこの煙吹きの儀式による聖なる署名を無視するようなことがあれば、はじめからあった創造主の聖約に背いたことによってこの国に滅亡がふりかかるだろう。
すでにスペインはメキシコに敗北し、もはや西半球での勢力を維持していない。
そして今メキシコも合衆国に敗北した。
同様にして、合衆国も聖なる煙吹きの儀式による約束を尊ぶことなく無視するならば、この国もまた偽りの神を仰いでいることになる。
裁きはかならず来る。」
ホピにとって、土地の領有は根本的に宗教的な事柄だった。
出現の際に(神により)約束され、移動後に(神により)彼らのものとして宣言され、聖なる石板にも定められたこの土地は、西はコロラド河から東はリオ・グランデ川まで広がっていた。
遺跡や土器、絵文字、線刻文字がホピこそこの土地の永遠の所有者であることを証言していた。
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ところが、その後アメリカ合衆国はホピの土地を四方から取り囲む地域を手に入れ、“その所有権に基づき主権を行使する”ということをするようになります。
つまりホピの代表団は“聖なる絆である、煙とことばによる約束”をしたと言っているのですが、アメリカ合衆国から見たらこの協定は“単なる口約束”にすぎなかった、ということです。
両者の考え方は平行線をたどり、白人はインディアンを徹底的に迫害する、ということになります。
今の精神世界なら言霊、音魂といったことが尊重されて一目おかれていますけれど、それでもビジネスや政治では話し言葉では契約はできません。
なぜ、文字は力を持ち、文字がないことは不利なのでしょう?
なぜ、すべてのことが、書き文字によって行われているのでしょう?
合衆国の役人に語りおくホピの言葉は、時を超えていぶし銀のような重みを感じさせます。
文化人類学者なら、「未開社会というものはない、無文字社会があるのだ。」と言うのでしょう。
無文字社会はなぜ、文字をつくらなかったのでしょうか、、おそらく文字をつくる必要がなかったからではないでしょうか?
彼らにとっては、神や世界との聖なる絆を守ることがなにより大切で、また意義のあることで、そのために文字はなにも役に立たないということを、彼らは知っていたのではないかと思います。
そのような文明は、語り伝える人が途絶えたところで、姿が見えなくなり、消滅したとみなされるのではないでしょうか。
多弁な文明の向こう側には、ひっそりとした文明が、同じくらいたくさんひしめいているのではないかと思うのです。