まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0913 八海山

2013-09-13 17:52:33 | 小さな旅の思い出

以前、新潟の八海山に一人登り、秋の無人小屋に二泊、三日目に屏風岩の鎖場を降りた。

初日、六日町の駅を未だ暗いうちに歩き出す。上の「千本桧小屋」は、小屋の管理人が下山して小屋を開放してあり、そこに2泊した。ここは標高は1700m程度だろう。
夜、10数人のパーティーが暗くなってから到着した。食事の準備から後片付け迄はよいとして、終わったあともヘッドランプをつけ、遅くまで談笑して一向に終わらない。ほかの何人もの登山者が既にシュラフで横になって静かに寝ている。山では「早着・早発ち」が原則。とうとう私が怒鳴ることになって、ようやく就寝の気配になった。

次の朝、私は朝の山を写真に収めたり、スケッチしていた。あとは翌日の下降だけなので岩の上に腰掛け、縦走に向かう登山者と挨拶をかわしたりしていた。人の命の儚さという、ある種の空虚感を味わうことになるとは想像する由もない。

小屋を利用した登山者が出払った後、のんびり出発していった例のパーティーは、私が座っていた場所から30mばかり進んだあたりで騒ぎ始めた。そこは登山道の進行方向左側が切り立った断崖だ。滑落したらしい・・・。仲間の人間は、降りられるところまで下って呼び声を上げるが応答は無い。谷底が見える距離ではなく救助要請するしか手はない。あたりは複雑な、でありながら淡々とした空気に包まれた。

そのうち、双方向から“転落”を知らない登山者が往来する。事故のことを告げると、「はぁ... 。」と残念な表情になりつつも、また今まで通りのペースで歩みを再開してゆく。自分の体調と山肌の感触とを感じ取りながら無事に歩き続けるしかないのだ。

気をつけても防ぎ切れない猛威には、嵐でも地震でも、実のところ首をすくめて通り過ぎるのを待つしかないが、普通に気をつけてさえいればこの転落は無い話だった。そんなに難しい山道でもなかった
どうしようもない事態はいつ起きるかもしれないが、そうなってからでは手の打ちようも無い。だから自分も含め、自然の声を絶えず傾聴しながら、黙々と歩く。

三日目、件(くだん)の事故の翌日、下山路は“屏風道”。通常は登りに使うことが多いコースのようだ。屏風岩の鎖はしっかりしていたが、ほぼ垂直と感じる箇所もあり慎重の上に慎重を重ねたが、手には力が要った。ザックが邪魔をし、手脂がヌル~っと滑りやすくなって少し怖かったが、ここで滑落するわけにはいかない。ゆるゆると下る。ようやく平坦地に降り立って緊張が解けた。
無事下り終えた時、丁度これから登らんとする単独の女性と挨拶を交わした。山屋っぽい肉付きで、クリッとした目に力があり菅笠を被っていた。どこかの山岳会にでも入っていそうな空気感。山との一体感を感じた。

駅を目指す私は、新潟の山里のフサフサと背丈の高い野草や、確か未だ若い薄(すすき)が美しかったような記憶そ、れもだいぶうすらいではいるが...。越後の野の豊かさを感じた。
観光土産は、菅笠と清酒“八海山”(税金対策か、この時は2級酒だったと思う)。 <1974年0921 と随分昔の話>

【/生還~水色の静寂を抜けて/】

+++++++++++++++++ 八海山+
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