goo blog サービス終了のお知らせ 

ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

安倍さんのしたこと・しなかったこと

2013-12-27 12:20:41 | 新聞を読んで
安倍首相が靖国参拝したことで新聞が賑わっている。

安倍さんは何をして、何をしなかったのか・・・考える・・

靖国参拝をすることは彼の自由だ。

それを行為する自由を選んだ。

それを行為しない自由を選ばなかった。

彼がしたいことをしたこと自体は悪いことじゃない。

したくてした、ただそれだけのことかと思う。

彼が自分で望んでいたことがその行為、行動では得られなかった、

という意味では悪いことだったのかもしれない。

不戦の誓いをした、とあった。

平和を祈願して平和でなくなった、といえるのかもしれない。

どうしても参拝をしたかった・・・んだろう。

何故彼はそんなに靖国参拝にこだわったのか、考えると・・

亡くなった人に祈りをささげるのが何故悪いのかという正しさを

どうしても主張したかった・・・というものなのか・・

もしそうなら、

自分の気持ちや考えをわかってもらう前にすることがあったのかと思う。

相手である中国や韓国はまだ傷ついたままで居る。

傷が十分に癒されていない。何故なら、

自分たちを傷つけた日本からの誠意を十分に感じられずにいるから。

いや、こちらは反省し、賠償もし、不戦の誓いをし、

やることはやっている、と思っているとしても、

伝わらないものは伝わらない。


真実の思いは必ず伝わるものだ。

人と人とが顔と顔を付き合わせ、心から真実の思いを吐露するとき、

それは必ず必ず伝わる。

今回の行動は傷口に塩をなすりつけるようなものだったのかと思う。

相手の気持ちを十二分に聴かないうちに、

自分の気持ちや考えを主張しても、相手の心には届かない。


「赦すことを知らない人を私は憎み嫌う」とニーチェが書いたようだけど、

赦すことを知らないうちは赦せない。

赦せないのは深い深い傷がまだ癒えてないから。

傷が癒えるのは傷をつけた相手が自分と共に泣いてくれること、

相手が自分と一つになってくれる、ことだ。


中国や韓国が日本を赦せないのは、

一つになる、その思いに日本人の多くがまだ至ってないから・・・と思う。

天皇の立場

2013-12-23 16:49:21 | 新聞を読んで
今日は天皇誕生日。

新聞に「天皇の立場 孤独とも思える」という言葉が見出しで出ていた。

彼がそう語ったそう。

本当にそうなんだろうなぁと思う。

痛々しい感じする。

天皇という立場は彼一人しかこの世に居ない。

部長とか課長とか社長、平社員、母親、父親、子供、といろんな立場がこの世にある。

どれも立場としては同じ立場の人は多い。

そりゃ人それぞれだけど、立場ということから考えると、

同じ立場の人はたくさん居る。

で、共感し合えることはこの世で多い。

それに比べ、天皇という立場はたった一人だ。

前の天皇が居たとき、彼は天皇ではなかったしね。

それに不自由な立場だ。勝手にものが言えない。

言う自由はあるけど、そのような機能は持っているのに、

使わずじまいだ。

自分のいろんな経験でその機能を使わなくなった、というんじゃなくて、

天皇になった時から、『立場上そうなっています』。

それを自分の意志で受け容れて来たのだと思う。

ある種のことは言わないということを、

常に自覚している暮らしというのは

とても自省的になるのかもしれない。

石破さん発言後撤回という話し

2013-12-12 20:01:33 | 新聞を読んで
特定秘密保護法巡って石破さんが日本記者クラブで記者会見をしたそう。

特定秘密保護法に基づき指定された特定秘密を

報道機関が報じた場合について、

「常識的に考えて何らかの方法で抑制されることになる」と言って、

記者が処罰される可能性を示唆したけれども、

その後、特定秘密を漏洩した公務員は罰せられるが、

報道した側は処罰の対象にならないと撤回したという。

「報道には何の処罰もない。

(死者が出たり国益を損ねたと批判されたりする)リスクを承知で

報道するのは、報道機関の責任でなされることだ」と強調し、

発言を撤回した・・というのが今朝の毎日新聞に載っていた。


上に引用したような不幸な事態になるかもしれないとわかっても、

報道の自由なんだからと報道する人もいるかもしれない。

法律に触れないなら何をしてもいいという考えを生むのが、

『法律』が生む罪と罰だ。


「秘密の入手は罰せられないが、

発表(報道)は罰せられるのはおかしいと言われると、少し違う」

・・と彼が言ったという。

この発言はどういうニュアンスなのかわからないけれども、

秘密を報道機関が得る、ということは

誰かが漏洩したということで、

公務員が特定秘密を漏らしたとしても、それをどういう人に漏らすかで

事態は変わると思う。

それに、何の目的で漏洩するのか・・・もある。

多くの人が不幸な目に遭わないように、誰かに知らせる=漏洩する、

というのもあるかもしれない

また、それを報道機関が入手しても、

それを報道することで多くの人間が不幸な目に遭うことが予想されるなら

報道しないという選択肢をとる人もいるかもしれないし、

してしまう人もいるかもしれない。


人と人、国と国とが何の隠し事も無く、互いに仲良く暮らしていけるなら、

それに越したことはないし、

そういう世界になることを何より望んでいる私だけど、

現状にある秘密を暴露して報道することで、

多くの人の命が失われるようなことだって

残念ながら、今の世界だったらあり得ると思う。

そういう意味で、今のこの世で悪意か、単なる不注意で、

何かをしてしまう人が居る以上、

それを防ぎたいという主旨で法律というものがあるのかと思う。

人がもっと意識的精神的に成長したら、

法律は自然になくなるものだけど、

無理になくすのは無謀だ。


そうすることによって、

何が実現するのか???という視点を忘れないでほしい、

ということを石破さんは言いたかったのだと思うのだけど・・・


今度の『法律』成立を強行採決してまで頑張ってやった。

そして報道の自由という『法律』に縛られてる、とも言える。

『法律』というものは必ず、罪と罰 が発生する。

それを報道することによって、何が起こるか?

それを想像して、良くないことが起こらないように、

これは言わんとこ・・というのは、

本来、それを言うと罪になるから・・・という理由じゃないと思う。

人間のそれは法律ゆえではなく、

幸福を願う自由によるものだと思う。


皇太子がマンデラ元大統領の追悼式に参列するそうだ

2013-12-10 09:57:48 | 新聞を読んで
皇太子がマンデラ元大統領の追悼式に参列するそうだ。

天皇や皇族が王室関係者以外の葬儀に参列するため

外国を訪問するのは初めてだという。

菅義偉官房長官は記者会見で

「マンデラ氏の功績に敬意を表し、

皇太子殿下に追悼式へのご参列を願うことにした」と言ったそう。

ということは皇太子が最初に行きたいといったのではなく、

国が願った、ようだ。

勿論皇室がそれに賛同したことによってそうなった。


秘密保護法案成立のことで、戦前のようだ、このままでは危ない、という論調が多い。

確かに強行採決とか、数による暴力とかは讃えるようなもんじゃない。

そんなことするから、そう思われるのかと思うし。

けれど、観測者効果から言うと、

安倍首相は戦前と同じように日本を軍国主義の国にするつもりだ、と観るより、

国民みんなが安倍首相は絶対そんなことをする人じゃないと観ることの方が、

うまいこと行くんじゃないかと思ってしまう。

平和な日本になるんじゃないかと思ってしまう。

どの人も皆がそんなふうに信頼しまくれればいいと思う。

危ないと観るひとは戦争を経験した世代や中高年が多い。

私も昔はこういう見方をしてたと思う。

どっちかというと左寄りの考えだったから。

今は左でもなければ右でもない。


新聞やテレビで危ない危ないと言っているのを見ても、

そうだ、危ない、にどうしてもなれないこの頃の私だ。

マンデラ氏の追悼式に皇太子を送りたいと国が願ったからって、

それと国の危なさは関係ないよ、

と言う人もあるだろうけど。







石破茂幹事長の言葉

2013-12-03 16:14:43 | 新聞を読んで
今朝の新聞で「石破氏発言 7野党が抗議声明」との見出しで

石破さんのブログの文章についての記事が載っていた。

社説にもいろいろと出ていた。

憲法改正が背景にある秘密保護法案が参院で審議されていることでの

事件というか、問題だと。

そうなのかなぁと思うけど、実際にどうなのかは私にはわからない。


石破さんのブログの文章・・

「左右どのような主張であってもただひたすら己の主張を絶叫し

多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。

主義主張に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきで

単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように

思われます」・・・・が問題となったよう。


国会で他党が話しているときにされる、自党の野次なんかも

ただひたすら己の主張を正しいとばかりに

するもんなんだろうけど、

そういうときには石破さんはこういうことはブログに書かないんだろうと思う。

野党時代だったら、同じようなことがあっても、

書かなかったかもしれない。


己の主張を正しいと絶叫するのは、

テロ行為とその本質においてあまり変わらない、というのも、

原理主義というふうに見て、そのことだけをとったらわかる気はするけど、

それをブログという場でこの時期にそんなふうに発言することが、

なんやら下心があるのだろうと思われても仕方のないことなのかもしれない。

こういうことに野党も己の主張が唯一絶対正しいとばかりに、

わぁわぁ抗議するんじゃなくて、

石破さんみたいにとうとうと冷静に論理的に話すことが出来たらいいのになぁ・・

日本人の数的思考力・読解力 

2013-11-25 16:04:06 | 新聞を読んで
今日の毎日新聞の「くらしナビ」欄に

日米欧などの先進国でつくる経済協力開発機構(OECD)が

24カ国・地域の成人(16~65歳)を対象に、

読解力、数的思考力などの調査をして、その結果、

イタリア人の学力が最低で、その背景について書かれてあった。

そしてその2分野とも1位が日本だった。

数的思考力とはどういう思考力なのか・・・

計算力ではなく、思考力というからには・・??

数学的思考だとして、だとしたらそれは読解力と繋がるものがあると思った。

数学的思考力とは(無い)が在ると、わかっている思考力かと思う。

「生きることは素晴らしい」という言葉を多く世に見るということは、

暗黙のうちに「死ぬのは素晴らしくない」と言っているようなもんだ・・

というような思考が数学的思考と言われるもののようだから。

言わないことで言っている、というもの。

それが無いことで他に在るものがあるといっている、といってもいい。

その言葉の奥にあるものを見る思考力なのかもしれない。

読解力というのは言葉を理解する、読む力だと思うけど、

表れた言葉の奥に在るものを読み取る力もそのうちに入るのかと思う。

空気を読むというのも入るかもしれないと思った。

行間を読むという表現もそれに入るかもしれない。

その認識が表現されてないことで、見えない認識が在ることを示している。

そのような思考力が日本人に高いのは、

日本語という言葉を使っていることでそうなるのではないだろうか・・・

という仮説を持っているんだけどなぁ。







「体を緩めて視点を変える」より

2013-11-19 10:33:57 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞日曜版の海原純子さんの『新・心のサプリ』

仕事で何かについてずっと集中して考えている状態の後に

水泳をしている時とか、歌ったり、散歩したりしている時に、

ふとその何かの事でアイディアが浮かんだり、

何かに気づくことがある、というもの。

それを体を緩めることで視点が変わると彼女は言っている。

「普段使ってない脳や体を活性化すると

困難をのり切る新たな視点が生まれる」とも表現している。

何故そういうことになるのか明確にはわかってないんだと思うけど、

自分でもそういう経験は結構ある。

アイディアが浮かぶにはその前に、

とことん集中して考えるということを経ないと、

そうはならない、ということを実感してる。

緩みっぱなしではならない。

考えるということは理性がやることだけど、

ひらめきとかアイディアが生まれるのは

理性が意識にいっぱい状態だったのが、

急にその理性がなくなって・・いわば、意識が理性から解放された状態になって・・

でも、考えるということをしないでは、それは起こらない。

それは電波みたいなもので、

集中して考えた後の意識の状態の何かが、

外から来るものと共鳴現象を起こす・・

それがアイディアとかひらめき・・・こういう仮説はどんなもんでしょうか???


中学1年の時、クラスで好きな男の子が居て、

その子も私が好きだったみたいで、

からかわれたりしたことがあった。

その時私は赤ちゃんが生まれるようになったらどうしよう??

と真面目に心配したのだった。

初潮も迎えていず、セックスなんて何にも知らなかった時だ。

その前年、小学6年生の時、夏の臨海学校がある前に、

女の子だけ教室に残され、性教育みたいなのを

担任の若い男の教師から受けた。

先生は黒板に精子と卵子とか書き、

それがくっつくと赤ちゃんが生まれる・・

男と女が愛し合うとそうなるというようなことを言ったように記憶してる。

先生のその話を私はこんなふうに解釈したのだった。

・・・空気中にその男の子が私を好きな気持ちがぷかぷか浮いていて、

私がその子を好きな気持ちもぷかぷか浮いていて、

それが相思相愛だと空中でくっついて女のお腹に赤ちゃんが発生するって。

空中にはたくさんの気持ちがぷかぷか浮いている。

精子とか卵子という名前から何故かタンポポの種を連想し、

気持ちがひも付き風船みたいにぷかぷか。でも凄く小さいから人には見えない。

そんなふうに本気で思っていた。

だから本気で心配した。

でも勿論妊娠しなかった。

今考えると、気持ちぷかぷか説はあながち荒唐無稽でもないようにも思う。

気風とか雰囲気とか空気とかね。

・・・ずいぶん長い脱線だった。

「おとなの背中」の書評から・・・

2013-11-17 10:14:35 | 新聞を読んで
今日の毎日新聞の書評欄に鷲田清一さんのこの本が載っていた。

その人の本は一冊読んだことがある。

ちょっと関心を持って読み始めんだけど、

私には難し過ぎた本だったなぁ。

本のタイトルも憶えてない。

難しい本を読むと、もっと頭がよかったらなぁと思わずに居られない。

内容を知りたいのに読めないということがよくある。

まぁ、これは余談であります。

以下この書評からの抜粋です・・・

「・・・かつては場数を踏み、痛い目に遭う経験を通して

生きていくのに不可欠な『見極め』がつく大人になった。

今は失敗する可能性があらかじめ排除され・・・。

思い通りにならない現実への耐性が必要・・・」


本当にそうだなぁと思う。

痛い目に遭う前に、それを物理的に解決してしまうこともそういうことかと。

子供に親がすぐ手を出すとか口を出すとかもそうだ。

便利な世の中と云うのも、

便利は不便よりいい、というだけで、突っ走って来たのかなと思う。

そうすることで、ひとはどうなるか、という深い推察をしよう、

という頭がない人が多かったということだろうと思う。

だからこうなってきたのだろうから、

それはなるべくしてなったという当たり前の現象なので、

済んだことは仕方がない。

これからどうするかだけが大事かと思う。

不便とか、大変とか、嫌だとかの出来事を通してしか、

人間は成長することが出来ない。

そう言い切ったら無謀だろうか・・・

大変な思いをすることを通して、ひとは成長する。

痛い目に遭うことでしか人は成長しない。

地球人類全員が物理的にも心理的にも何の悩みも苦しみも無く、

希望に満ちて生きられるようになるまでは、

大変だ、嫌だ、イライラする、と思うことを物理的だけでなく、

心理的にも解決する術を体得しなければならないと思う。

大変な目、痛い目に遭うことが必要不可欠。

どんなことも分かり合える家族の中だけで過ごしてハッピーでも、

外に出たら7人の敵がいて、その場ではその幸福感が消えてしまうようなら、

7人の敵はあり難い存在ということで。

(いつでも何処でも誰とでも仲良し)という絵空事みたいと思われる、

超難しいことを実現したいと思うエネルギーがどれだけ在るか・・・

それを自分に問われるのかなぁと思うよ。

(いつでも何処でも誰とでも仲良し)が

可能だと思ってなければ出来ないことだけれども。

そんなの無理と思っていたらそれは無理なことになる。

大層なこと書いてるみたいだけど、

洗濯ハンガーの洗濯バサミがこんがらがってイライラする、

たったそんなことでも、その材料になる。

自分が経験できることしか材料は無いからね。

けど、その小さなイライラが心理的に解決されることは、

他のイライラも解決することに繋がる。

イライラする仕組みやそれが解決する仕組みは一緒だからね。


物理的解決ばかりを急ぐと、そのせいで心理面の解決が遅れる、

という状況が今の状況なのかと思う。

痛い目に遭わずに事柄が滞りなく済んでしまう、というのは

心理的解決を経験出来るチャンスを失うことだもんね。

物理的解決を一生懸命やる人が居て勿論いいけど、

物理的に解決していても、今回のフィリピンの台風とか、

東北の大地震とかのなかでは、質的に高い物理的状況など吹っ飛んでしまう。

そういうことも人にとっては心理面の解決に思いが行って、

いいこともあるのかもしれない。







「事実ならあってはならぬ」

2013-10-29 09:59:45 | 新聞を読んで
今朝の毎日川柳の舞蹴釈尊さん作。

「事実ならあってはならぬ」空々し・・というもの。

政治家がそういう言葉遣いをするのを聞いたことがある。

まぁ、なんとなく言いたいことはわかる気はする。

悪いことはいけないのに・・みたいな。

けど、事実って、あるから・在ったから、事実と云うのだろうし、

なので、言葉からすれば、あってはならぬ・・という表現は

これからのことについての思いということになるけど、

事実なら・・が最初にあるということは、それは既にあるということだよね~

・・言葉尻を捕まえてうるさいね~と思う自分も居る。


事実ならあってはならぬ・・という表現を空々しいと感じたので、

この句になったのだと思うし、それを選者が選んだということは、

この、空々しいという感覚が共感を呼ぶと判断したからだろうと思う。

事実を事実として受け止めることから始まるのに、

ナントナク、他人事みたいに云ってる感じを、

マイケルジャクソンさんはつかまえたのかなぁ。

(菅首相のことを)もう少し分かっていれば

2013-10-09 14:36:31 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞の5面に元総理の谷垣さんの発言が載っていた。

以下引用です。

「・・昨年の消費税を巡る3党合意について、

「野田佳彦(前首相)さんを信頼できたのが大きかった」と振り返った。

東日本震災直後に菅首相からの大連立の打診を断ったことに関しては、

菅氏が退任後「もっとよく知り合っておけばよかった」と

谷垣氏に悔いを語っていたと明かした。

谷垣氏は「菅氏とはお互い約30年衆院にいるが、

飯を食ったことも酒を飲んだこともなく、

私も反省している。もう少し分かっていれば、

別の展開もあったかもしれない」と吐露。

当時の与野党対立が復興を遅らせたとの批判を踏まえ、

「党派は違っても、これはと思う人とはきちんと付き合うべきだ」と訴えた。」

・・・以上。

安倍首相がこの前何かの用で外国に行き(なんだっけ??)

韓国と中国のトップと握手した・・とかをテレビニュースで観た。

今朝の新聞にもAPEC夕食会で彼女と隣席になり、

社交上の会話を交わしたと記者団に明らかにした、とあった。

国と国の問題と言っても、話すのは人と人だ、なんてこと書いたことあるけど、

よく知っている人同士なら、同じ事が問題になっても、

どうしてそういうことになったのだろう?とかの思いが湧く枠んだと思う。

とにかく、一緒にご飯食べたり、政治じゃない話をしたり、

共にゲームを楽しんだり、カラオケで歌を歌ったり、

スポーツを楽しんだり、映画を観たり、絵を見たり、して、

一緒に楽しく過ごすというのをやったら、

それほどおかしな展開にはならないように思う。

信頼がベースにあれば、話し合えるんじゃないかな、と思うよ。

スポーツや食事や芸術もそれをやるのを専任者に任せず、

政治家自らが政治家同士で楽しめばいいのになぁ。

一度そういう機会があると親密度は増すよね~

そういうことを共に何度もやってから話し合いをしたらいいだろうにね~

それですべてがうまく行くとは限らないかもしれないけど、

やらないよりきっといいよね~








さかさま人間学

2013-09-12 16:43:35 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞、こうして時々養老先生の文章が載る。

「今日の見出しは「痛み」「身体を守る大切な信号」

痛みを感じるのは大切なこと。

痛みは痛む場所で何か具合のわるいことが起きていることを

知らせてくれる信号である」と。

身体と心は同じものなんだなぁと思う。

こころ的痛みは肉体的痛みと同じで、

意識の何処で何か具合のわるいことが起きていることを

知らせてくれる信号。

怒り、貪り、蔑み、小さな心の波立ちまで・・

快適に感じない気持ちはみんなこころ的痛み。

こころと身体を守る大事な信号。








正常化の偏見 心の惰性化

2013-08-29 10:42:11 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞の余禄欄に、こんなことが書かれてあった。

人は異常な状態に直面しても、

「大変だ、これは非常事態だ」という心のスイッチがなかなか入らない。

災害の専門家が『正常化の偏見』と呼ぶ心理だそうだ。

たいしたことはない、と考えてしまう平常時の心の惰性。

東北の大震災で多くの人が亡くなったのもこの心理が働いたからではないかと。

刺激臭のある煙を徐々に部屋に充満させても、

7割の人がそこにとどまり続けたという。

ううん・・・なんか実に覚えがある。

その煙の実験なんかでは「徐々に」というのがクセモノかもしれない。

一気に刺激臭が部屋に入ってきたら、違う対応をするかもしれない。

この前麻生財務大臣がわからないうちにささっとやってしまえ・・みたいな発言をしたけど、

あの真意は知らないけど、わからないうちにやる、というのは

この、徐々に煙が充満・・みたいな感じなんだろうな。

ちょっとずつちょっとずつ進むと進んでいることがわからない。

一緒に暮らしている親は子供の背が伸びてることがわからないけど、

久しぶりに会った叔母さんがすぐに「大きくなった!」と言うことも一緒かも。

いいことも悪いこともちょっとずつだとわからない。

軍国主義がいつのまにか忍び足で・・・なんていうのも

そういうことなのかもしれない。

いつも「正常」という軸を自覚してないといけないね。

脱線したかな。

この欄で言ってるのはもうちょっと違うことか。

『正常化の偏見』

『たいしたことはない、と考えてしまう平常時の心の惰性。』

大変なことはそうそう起こらない・・・

そういうふうに私たちはなっているのかもしれない。

実際大変なことはそうそう起こらない、とは言える。

毎日暴風雨じゃないし、毎日家族が死ぬほどの目に遭ってることもない。

だから、「大変なことはそうそう起こらない」と潜在意識で固定しちゃってる。

でも大変なことは常に起こりうる。

可能性はある。無いなんていえない。

天候の警報が出るとき、狼が来たという嘘を聞き続けた大人みたいに、

又、空振りだろうと瞬時に決めてしまう心。

この子供向けの話は、だから嘘をつくのは止めましょう、ということらしいけど、

空振りを出すのは止めましょう、というのは言えない。

空振りか空振りでないかはその時点でわからない。

そうそう、これは出す側の問題じゃない。

聞く側が平常時の心の惰性化状態になってることが問題なわけだ。

さてさて、非常時異常時であるかもしれない、のとき、どうしたらいいか・・・

どうしたらいいか、じゃなくて、

やっぱりどう在ったらいいか・・ということになるんじゃないか・・

これは異常じゃないか!?というふうに頭が働けばいいんだが・・・

「いつ何があるかわからない」・・・これかな、

これをいつも頭におくこと・・・・・

本当にいつ何が起こるか今の私たちにはわからない。

そういう、わからない私たちなんだという自覚を持つことなのかな・・

それと、

パッと、「あれ、なんか変だぞ?」と感知したら、

それを流さないで、その感知を大事にするというか、

感知を信じ、感知通りに行動する、というのも有効かも・・?

感知の後に(たいしたことはない、と考えてしまう平常時の心の惰性)という理性が

働き出す前に行動すること・・とか。




小泉純一郎さん

2013-08-27 10:25:32 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞の「風知草」という欄は「小泉純一郎の『原発ゼロ』」

小泉さんは今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察して、

その感想は「脱原発、行って納得、見て確信」に尽きるそう。


ゼネコン幹部の一人が「あなたは影響力がある。

考えを変えて我々の味方になってくれませんか」とささやいた。

小泉さんは「オレの今までの人生経験から言うとね、

重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、

2人は反対で、後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ。

いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、

『原発は必要』という線でまとめる自信はない。

今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。

ますますその自信が深まったよ」と言ったそう。


原発は「トイレなきマンション」であるとこの欄の筆者が紹介してた。

そうだろうな。

小泉さんはーーー今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが・・に対して、

「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと

将来ゼロにするのは難しいんだよ。

野党はみんな原発ゼロに賛成だ。

総理が決断すりゃ出来る。

あとは知恵者が知恵を出す。

『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、

そんなことないね。

昔も『満州は日本の生命線』といったけど、

満州を失ったって日本は発展したじゃないか。

必要は発明の母って言うだろ?

敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。

自然を資源にする循環型社会を、

日本がつくりゃいい。」

・・この欄の筆者の山田孝男さんは、小気味よく聞いた、とあった。

私もそう感じた。

同じ内容を他の政治家の誰かが言ったとしても、

この小泉節というこのなんともゆるい感じは出ないのかなと思った。

この人の軽さは持ってない感じ。

なんというか、原発反対論者の絶対これが正しい、みたいな

肩肘張る感じが無いと受け取るのは私だけじゃないだろうな。

毎日新聞をとってる人は朝日や読売ほど多くないだろうから、

ちょっと紹介したくて書いちゃったよ。


渋谷駅前

2013-08-27 09:39:34 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞の社説欄「日本のファンをもっと」と見出し。

日本への観光客を増やそうみたいな奴だったんだけど。

アメリカのタイム誌で「東京観光トップ10」が挙げられたことがあって、

その中の一つに「渋谷駅前のスクランブル交差点」というのがあったそう。

そのわけは「整然としたカオス」だから・・

以下はネットでスクランブル交差点を検索したものからです・・・

・・・もちろん斜めに横断することも可能なので、

交差点を渡ろうとする人の流れは大変複雑で、

前から来る人ばかりではなく横からも、斜めからも

やって来る歩行者を巧みに避けつつ渡らなければなりません。

外国人観光客がここぞとばかりに、

出来るだけ多くの人々を写真に収めようと懸命にシャッターを切っている。

日本人にとっては単に交差点を横断する人々でしかありませんが、

彼らの目にはこれこそが「日本人」、

そして「東京」を象徴する実にユニークな光景として映っているようです。

海外のガイドブックでも、「渋谷駅前の交差点」は

「ハチ公の像」と並んで、

れっきとした東京の観光名所になっています。

信号が変わるたびに一定のリズムで移動を繰り返す人の流れを見て、

外国人観光客は、しばしばこんな感想をもらします。

こんな多くの人が一度に道路を渡っているのを見たことがないなあ。

まるで打ち寄せては返す波のようだね。

どうやったらあんなふうにお互いぶつからずに歩けるんだろう。

・・・引用以上。

へぇ、そうなのかと思った。

新宿東口のスクランブル交差点は何度か通ったことがあるけど、

そこを通る度、私も海外からの旅行者みたいに、

誰も指図する人なんていないのに、多くの人が実にスムーズに、

ぶつかりもしないでそれぞれが行きたいところに向かっているんだなぁと

感心してた。

海外からの旅行者が驚くのは、

自国ではそんなふうな光景にあってないんだろうか・・・

スクランブル交差点は元々アメリカやカナダで始まったらしい。

そこを歩く人たちはみんながうまくいくように

・・なんて思ってるわけじゃないと思う。

それぞれの自分が行きたい所へと脚を運んでいるだけだ。

ひとのことなんか考えちゃ居ない。

それなのにそこに歩いて居るひとたち全員がうまいこといってる。

こっちへ行きたいんじゃないよ~なんて流れに逆らう人は見たことがなかった。

顕在意識でうまくいってるんじゃないね、これは。

日本人の潜在意識のプログラムにそうなる(もの)があるんだろうね。

日本では自動販売機が壊されないということなんかもそうだろうな。

これって、願う前から叶えられている、って感じだね。

仲畑川柳欄

2013-07-30 10:35:06 | 新聞を読んで
毎朝の楽しみ、川柳欄。

思わず笑ってしまう、というのがいい。

川柳は客観視してないと書けないと前に書いた気がする。

それと、まなざしが皮肉っぽいのも多いけど、温かいのも多い。

それに何と言っても、物事を違う立場から捉え書いてるものが多い。

もしもし、それは一方的な見方じゃないですか・・って。

今日のこの句「無駄吠えと言うが犬にも事情あり」安堵の日さん作。

ホント、犬には犬の事情あり、だね~

「『お前には俺がついてる』からやばい」風の又やんさん作。

「ルアーとは魚から見れば詐欺である」別人28号さん作。

ハウスを重油で暖めて、植物に季節を勘違いさせるなんてのも詐欺かな。

それに、よくぞ別人28号なんて考え付いた。

「夫婦って必ず片っぽ現実家」摘んでご卵さん作。

この句は人と人の相互作用をよく表してるなぁと思う。

自然とバランスをとろうとしてしまう、のかと思う。

「痩せてから頻繁に乗る体重計」石井理江さん作。

うんうん、わかるわかる。

こう云う句が生まれるからにはそれ以前に、

太っているこんな自分がある。・・・

痩せたいと思っていながら、食べたいだけ食べてると、

体重計に乗るのが怖い。増えているだろうと思うんだけど・・

はっきりとそれを示されるとショックを受けそうなので、

乗らない、見ないことにする。

自分の重さを受け入れがたいとわかってる。

現実逃避って奴なんだ。でも、

そういう自分(自分じゃないかもしれないけど)を、

温かいまなざしで観てる感じがする。

そういう自分だからこそ、反対のこの句がある。

これも面白い。

「買おうかな言いそなチラシ抜いておく」はにわゆうさん作。

これを創ったのが、夫なのか妻なのか親なのか、わからないけど、

なんでもすぐに欲しがる夫だから、そっとチラシを抜いておく。

そんなに買って欲しくないけど、買うなとも言えない、

優しさを感じる句。