歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

小説家たち

2011年08月21日 | 本とか雑誌とか
「よく晴れた夏の一日には、日が傾いて赤い夕焼けがはじまる直前、外の空気がひととき金色に輝いて見えることがある。鋭い西陽と、深紅の夕陽との合間に、外の景色も人も車もすべて金色の光の紗でつつまれてしまったように見える時刻が訪れる。」(佐藤正午「小説家の四季」、『ありのすさび』p.139)

佐藤正午さんのエッセイ集『ありのすさび』(光文社文庫)を読んでいます。佐世保のこの人の本を読むのは、実はまだ2冊目。それで今まで知らなかったんですが、この人は人気作家なのですね。小説を途切れなく書きつづけていて、どの本もそこそこ売れているらしい。これはすごいことだと思うよ。

わたしが買った佐藤正午1冊目は岩波新書の『小説の読み書き』で、これは、年間購読している『図書』に連載が載っていて、それが連載終了後にまとめられたものでした。『小説の読み書き』から勝手に想像していたのは貧相な醜男だったのに、『ありのすさび』カバーの内側に写っている佐藤さんの写真は、まあおっさんではあるけれどべつに貧相でも醜男でもなく、意外なほどの好中年、でした。

長崎には青来有一、吉田修一あり。でも佐世保にだって、佐藤正午がいて、そしてこれもわたしは読んだことないんですが村上龍もいた。村上龍や吉田修一は長崎県を出ていったけど、佐藤正午と青来有一は県在住である。地方の県で、現役の作家がこれだけしっかりがんばっているところもめづらしいんぢゃないですかね。