哲学としては、スピノザに引かれる。
スピノザは、存在するために自分以外を必要としないもの
を実体と呼ぶ。
この実体は、神そのものである。
人間も自然も、神の様態で、神は万物として生きている。
宇宙全体が、神の様態であり、神は無限に場所を占め、
永遠に存在している。
心と体は、神の属性で、同じものの分岐であり、
共存している。
万物には自存力(コナトゥス)があり、これが人では
欲望、喜び、悲しみとして作用する。
欲望や感情に振り回されず、理知的に自分や自然を観察し、
そこに神の必然と摂理を見出して、
永遠の相のもとに神を愛することが、人の至福である。
神は自己愛の一部として、人間を愛している。
神にとっては地上に起きることの全ては神の必然である。
一見理不尽なことも、永遠の相のもとでは、神の帰結である。
このようなことが書かれている、スピノザの「エチカ」に
心惹かれる。ノヴァーリスが神に酔える人と呼んだスピノザである。
永遠の相では神が生きているこの万物を知れば知るほど
スピノザは、存在するために自分以外を必要としないもの
を実体と呼ぶ。
この実体は、神そのものである。
人間も自然も、神の様態で、神は万物として生きている。
宇宙全体が、神の様態であり、神は無限に場所を占め、
永遠に存在している。
心と体は、神の属性で、同じものの分岐であり、
共存している。
万物には自存力(コナトゥス)があり、これが人では
欲望、喜び、悲しみとして作用する。
欲望や感情に振り回されず、理知的に自分や自然を観察し、
そこに神の必然と摂理を見出して、
永遠の相のもとに神を愛することが、人の至福である。
神は自己愛の一部として、人間を愛している。
神にとっては地上に起きることの全ては神の必然である。
一見理不尽なことも、永遠の相のもとでは、神の帰結である。
このようなことが書かれている、スピノザの「エチカ」に
心惹かれる。ノヴァーリスが神に酔える人と呼んだスピノザである。
永遠の相では神が生きているこの万物を知れば知るほど
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