夕方出かけて成城のエルヴェという洋食屋さんでポークの香草焼きとハウスワインとライスを満喫した。
雑貨屋さんや山野楽器のCDを見てから、洋菓子店でショートケーキを買ってきて食べた。
夜はニキタ・マガロフのショパン独奏曲全集からノクターンを聞いて憩っている。
昨日は実家から映画「フリーダ(カーロ)」のパンフ、ボガトイリョフの民俗の本、田川水泡の紙芝居、カレル・チャッペックの「ダーシェンカ」の文庫、武満徹の全集のおまけのCD、古代ギリシアの音楽という真偽不明な再現古楽のCDを持ち帰ってきた。名残は尽きない。
最近まで神様メールという映画が上映していて、面白くて結構人気だという。
神様は普通のベルギーに住むちょっと性格の悪い小父さんで、パソコンで世界中の人の運命を管理している。けれども父親である神様と喧嘩して逆切れした娘が、全世界の人の余命を一斉に送信してしまったからさぁ大変…という興味津々の映画である。
私も人生いろいろで、雲の上の母親に電話で人生相談したい昨今なので、どこかに住む神様とメールでやり取りという奇想天外な映画とちょっと似ていなくもない。
6月は誕生月なので生んでくれた母親と心のなかで交信している。
ムーンライダーズに気球と通信という曲があり、遠く離れた友人か恋人が気球やガラスの小舟を通じて、秘かに何度も自分に通信していたらしいけど自分は不覚にも気づいてあげられなかったという切ない歌である。
そう言えば明恵上人も夢日記をつけて仏さまと通信を試みていたという話もある。遠く離れた誰かと通信してみたいという願いは万国共通のようだ。
今年は母の誕生日に昔一緒に行った神戸屋レストランで食事をして、母と交信しようと思っている。梅雨の誕生月にさくらんぼなどを食べながら、生んでくれた母親のことを考えて自分の過去と現在を見つめている。
有りし日の明るい顔ともう一度語らいたくてあの曲を聞く
夏目漱石の「心」を読んでいる。
主人公は夏休みに友人に呼ばれて鎌倉へ泊って
由比ヶ浜で海水浴をしていたら「先生」と知り合った。
東京に戻ってから先生の複雑な心理に触れるようになる。
先生は時折顔を曇らせる。そこに何があるのか「私」には計りかねた。
私はこの「こころ」を岩波書店の復刻装丁版で読んでいる。
大正時代の重厚な装飾と旧字体の活字が趣きがある。
私は学生時代から漱石が好きであった。
松田優作、小林薫、藤谷美和子の三角関係を描いた80年代の映画、
森田芳光監督の「それから」は随分と感心して観た記憶がある。
「それから」も愛読していた。
最近になって青空文庫で「それから」を見つけ、ネットで「それから」をちょくちょく開いて読んでいる。
岩波書店の復刻本で心、道草、明暗の三巻セットを実家で見つけ、自宅へ持ち帰って読んでいる。
私は文豪ではいちばん漱石が気に入っている。
余りに捻りのない選択で申し訳ないが、旧字体の漱石を味わって読むのが楽しみである。
最近では漱石も現代語訳というのが出ていると聞く。
だが、昔の言葉を咀嚼し、想像して、こう読むのだろうと
当たりをつけて読むのがいいのである。
年月を越えて漱石の当て字をそのまま読むのが楽しいのである。
江戸川乱歩、夢野久作、稲垣足穂なども読むと楽しいが、
先生の美意識と憂鬱を追体験する漱石が宜しい。
先生の複雑な心象に屈託のない若者だった私が徐々に触れてゆく所が何とも面白い。
岩波の復刻装丁版と言う所が何とも心魅かれる。
大人になった私の初心に帰れる愉しみである。
ふと見ると時折顔を曇らせるその複雑な心象に揺れる
宇野功芳氏がなくなった。ショックである。
「わが魂のクラシック」とかクラシックのエッセイや推薦盤を熟読した思い出があるのに。
その宇野功芳氏も好きだった、カール・シューリヒトに本格的にはまっている。
カール・シューリヒト・コレクション第1集と第2集を揃えた。
これでシュトゥットガルト放送響の演奏でベートーヴェンの1・3・4・5・6・7・9番が聞ける。
ブラームスの1-4番がシュトゥットガルト放送響で聞ける。
ブルックナーの4・5・7・8・9番がシュトゥットガルト放送響で聞ける。
マーラーの復活と3番も聞ける。モーツァルト後期交響曲も聞ける。
さらにダメ押しでコンサートホール・ソサエティ録音集も買ってしまった。
ハーグフィルとのブルックナー7番が聞ける。
シュトゥットガルト放送響のグレイトが聞ける。
バッハのブランデンブルク協奏曲集がシューリヒトの指揮で聞ける。
今月はミヒャエル・ギーレンやバリリ四重奏団の芸術も予約しているので、
懐がひじょうにピンチである。
あとはウィーンコンツェルトハウス四重奏団の芸術が出るまで大人しく買い控えたい。
宇野功芳氏はネットの書き込みでは評判が良くないが、
結構いい評論家だった。ブルーノ・ワルターやフルトヴェングラーを語ると
いかにも大好きそうな断定の多い決め台詞で読者の心をつかんだ。
私は年末年始には宇野功芳氏の本を山積みにして耽読したものだ。
好みをはっきり言うひとで場合によっては賛成できない意見もあったが
おもろいおっさんだった。ブルーノ・ワルターと文通していた強者である。
最後に買ったのは宇野功芳クラシック人生の100枚だっただろうか。
「名指揮者ブルーノ・ワルターの名盤駄盤」とか「フルトヴェングラーの
全名演名盤」とか今後も愛読して行くつもりである。
人生の名盤駄盤を聞き尽くし語り伝えた巨星遥かに
ベルナルド・ハイティンクのマーラー・クリスマスマチネ・コンサートがボックスとして再発売される。
これは私はフィリップス盤を肌身離さず持っているが最高の名盤揃いである。
長い間入手困難でネットでは2万・3万で売られ、中古でも高値で品薄だった希少盤。
タワレコも粋な企画を実現したものだ。
ヨーロッパのクリスマスの昼間に人々が息をひそめて聖なる響きに聞き入っている、その臨場感。
何ものにも代えがたい、暖かい聖なる雰囲気がこのハイティンクのクリスマスマチネにはあった。
今度は海外のクラシックファンが、日本ではクリスマスマチネ盤が買えるぞと殺到しそうだ。
何にしてもいい企画である。
巨人、復活、感動の臨場感である。6番8番がないが、ヘボウの通常盤がある。
タワレコもこれを機にDVDのクリスマスマチネも日本で売り出したらどうだろう。
今回のボックスはフィリップス盤に装丁をそっくりに作り込んである。
そういうのもオールド・ファンにはうれしい。
タワレコはコリン・デイヴィスとクラウディオ・アラウの協奏曲全集などいい復刻版を連発している。
ベルリン・フィルとのハイティンクのマーラー選集がけっこう売れたのだろう。
今回のクリスマスマチネの復刻に結びついた。
タワレコ独自の復刻企画、ナイスなお仕事である。
私は違う方向を向いていてカール・シューリヒト・コレクション第2集を取り寄せたり、ミヒャエル・ギーレンのブルックナー全集を指をくわえて眺めていたが、あっという間にクリスマスマチネが予約トップセラーである。
廃盤になって高値で取り引きされている商品も多いので良心的なクラシックファンのために、今後も
タワレコは入手困難盤の復刻に励んで頂きたい。
配って歩きたい名盤の復刻に他人事ながら喜んでいる。
神さまが生まれたその日鳴っていたあの音源が津々浦々に
カール・シューリヒト・コレクション(20CD+1DVD)を聞いている。
ベートーヴェンの7番や第九やブラームスのドイツレクイエムもいい。
マーラー復活と3番もよい。
何といってもブルックナーの放送録音4・5・7・8・9番が素晴らしい。
今は入手困難らしいが頑張って探す価値のある音源である。
カール・シューリヒト・コレクションはインナースリーブも一枚ずつ違う印刷の厚紙なので買うときは
その点もチェックした方がいい。
第2集は組数も少ないせいかなぜか魅かれない。
何といっても第1集20CD+1DVDである。
ハイドンやマーラーなど初出音源が多数入っている。
オークションでは高いので地味に探して回ろう。
モーツァルト後期交響曲集も入っているのがいい。
モーツァルト後期交響曲集はデンオンで出ているのと演奏が違う。
このカール・シューリヒト・コレクションとEМI(現ワーナー)のベートーヴェン全集とブルックナー3・8・9番の入ったICONシリーズのEМI録音集があると尚良い。
デンオンで出ているハーグフィルとのブルックナー7番も名演奏だ。
最近SACDハイブリッドでベートーヴェン全集その他が出ている。
モノラル録音のSACDって高額だし、人気も高いけどホントに音が良いのか疑問だ。
私はカール・シューリヒト・コレクション(20CD+1DVD)を探して聞くべきだと思う。
ヘンスラー社も廃盤になって久しいので再発売をしてほしい。
良い物はいつでも手軽に買える状態であってほしいのだ。
市場で見飽きるほど出回っていると安心する。皆に幸せを共有したいのだ。
私が権利を買って激安で販売したいぐらいである。
カール・シューリヒト・コレクション、愛聴している。
至福の名盤揃いである。
素晴らしい名音源が目白押し至福の箱を繰り返し聞く