アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

毒を盛られた小麦の旅 2

2010-08-15 08:54:33 | 思い
 まず日本向け小麦の最大の輸出元、アメリカから出発しよう。アメリカ穀物メジャーの倉庫は、ミシシッピー河口のニューオーリンズにあるという。そこから日本に輸送するには、貨物船に載せてパナマ運河を越え、湿度の高い洋上を何カ月も運ばなければならない。加えて船便を待つ間倉庫に長期間貯蔵する場合もありえる。そのために、外国向け小麦には出荷時に農薬(ポスト・ハーベスト)が使用されている。
 小麦に対するポストハーベストは、殺虫剤ならクロルピリホスメチル、フェニトロチオン、マラチオン。殺菌剤ならジフェニール(DP)、イマザリル、OPP、TBZなどがその主たるもので、いずれも米国内消費用にはこのような使用が許されていない毒性の強いものばかりである。アメリカでは21種類の農薬が小麦用ポストハーベストとして認可されている。
 それら農薬は集荷された小麦コンテナの上にどさどさと振り撒かれ、機械で均質に撹拌され、以後小麦は太陽光も雨も当たらない倉庫や船倉に格納される。仮に栽培時に撒かれた農薬なら、時とともに雨に流されたり微生物や紫外線によって分解されたりするものだが、このポストハーベストにはそのような自然作用はまったく期待できない。事実農薬は日本の港に荷揚げされた時点でもかなりの高濃度で残留している。これらコンテナにコクゾウムシを入れた実験では、3日で全滅したという。
 さて日本の厚労省は、この異常に高い残留値を示す食品を合法的に流通させるために、小麦に対しては特に他の作物に比べて百倍程度高い残留農薬基準を設定している。例えば米と比べてみて、クロルピリホスメチル100倍、フェニトロチオン50倍、マラチオン80倍といった具合に。このことは、日本政府がこれら農薬の危険性を知らないわけではなく、知った上で、アメリカを始めとする諸外国との貿易摩擦を避けるために、あえて国民の健康を犠牲に供していることを示している。
 一般的な輸入小麦については、政府が一括で買い上げ、製粉会社に配給のような形で売り渡している。だから荷揚げされた小麦はそのまま製粉会社に直行して販売用の粉にされる。その際製粉会社は、国から売り渡された小麦を種類ごとの特質(成分)によってのみ選り分けて製粉するので、完成品の詳しい生産地などは把握していないと言われている。実際市販されている小麦粉の袋には、「国産小麦」の場合以外で原産地が表示されていることはまずない。コストを下げるためには細かいことなどにこだわってはいられないのだ。もちろん小麦に残留している農薬を洗い流すなんてことには考えも及ばない。
 小麦のポストハーベストはその撒布の仕方から、特に外殻に多く残留している。よって一番外側のふすま部分には一番高濃度の農薬が含まれる。この部分は家畜の餌用に回され、牛や鶏の体内で濃縮された上でやがては人体に入る。
 次のやや外側に近い部分(二等粉)は前述したとおり、菓子用や加工パン、学校給食用パン、廉価な家庭用小麦粉、アジアへの輸出用などに使われる。この部分にはふすま部分ほどではなくても、しっかりと農薬が残留しているので、過去の検査でたびたび残留農薬が認められている。しかし先ほど言ったとおり、厚労省はわざと小麦の残留基準値を大幅に高く引き上げているので、それが違反値となることはまずない。
 そして最後の小麦の一番内側の部分(一等粉)は、比較的品質の良いパンや家庭用の小麦粉として売られている。この部分は最も農薬が少ないところなのだが、とはいえやはり農薬の残留は見つかっている。あるパン屋さんが高額の検査費をかけて調べたところ、その値はごく微量、ng(ナノグラム・10億分の1グラム)のレベルだったそうだ。しかしナノレベルで人体に有効に作用する化学物質は、今やぞくぞくと見つかっている。今まで検査機器の検出限界の問題などでそれがわからなかっただけなのだ。更に加えて薬の相互作用や人体内での蓄積を考慮すれば、「ほんの僅かの毒だから安心」などとは寝呆けても言えないはずである。
 参考までに、農民連食品分析センターが2000年から2001年にかけて行った「学校給食パン類の残留農薬分析結果」を紹介しておこう。これを見ると、学校給食に供されるパンのほとんどからポストハーベスト由来の農薬が検出されていることがわかる。東京都立衛生研究所が1988年から続けている輸入農産物の残留農薬実態調査でも、ほぼ毎年小麦や小麦粉から高率で農薬が検出されているという。食品の問題・化学物質の問題は顕れ方に個人差が大きく、えてして働き盛りの男女には障害として認知されることが少ない反面、社会的弱者である子どもたちが犠牲となりやすい。
 今でも多くの学校給食に輸入ものの、しかも農薬残留度の高い二等粉が使われている現実に変わりはない。その理由をある人に尋ねたら、「給食費を年間数百円アップしようとするだけで、父兄から猛反発が起こる」からなそうである。既に市内の給食費滞納額は100万円を超えている。この状況ではとても予算を増やすことができない。よって不本意ながら、コストを抑えた給食を出さざるをえないということらしい。
 アトピー、喘息、アレルギー・・・わが子を病気にしているのは、紛れもなく親たちなのである。彼らの多くは消費生活を謳歌するのに忙しくて、時間的にも経済的にもわが子の健康に投資する余裕などないように見える。

 これだけ小麦の流通が輸入ものに席巻されているのは、一に内外価格差。国産品は輸入品の数倍の生産コストを持つ。これは日本が麦類の栽培に条件不利地であるということと、また小麦が大規模・機械化の容易な作物だということによる。その点恵まれた環境にある米国は、日本にしたのと同じようにして、中南米を始め世界中の零細的な小麦生産基盤を壊滅させつつ、自国の市場に組み入れてきた。
 また二に品質的差異。先に触れたように、日本における小麦需要は長い間うどん・菓子などのための薄力・中力粉であった。それが第二次大戦後のパン食の爆発的普及によって、いきなり強力粉が求められている。しかし種々の品種改良は試みられながらも、未だに輸入小麦に比肩する「国産パン用小麦」は開発されていない。ましてやパスタ用のデュラム小麦に匹敵するものなど考えられないのが現状だ。
 そして三に、政府の農業分野での失策である。戦後の農地解放によって全国に多くの小規模自作農が創出された。そのこと自体はメリットデメリットあり、あながち悪いこととも言えないのだが、悪いのはその後である。国政の舞台で農林族が羽ぶりをきかせるようになるにつけ、選挙時の票稼ぎに農家に対して補助金が広く浅くばら撒かれるようになった。そうしてこれら零細農民は相変わらず小規模のまま生かさず殺さず温存され、農業の近代化や農地の集約化、生産の効率化を阻む一大要因となってしまった。
 その補助金自体が本来の役に立ったかというとそうではなく、元々がただの人気取り目的・ばら撒き以外のなにものでもなかったので、農家から自助努力をする気概をもぎ取り、農業生産の足腰を鍛えるどころかかえって弱体化させ、あまっさえ旧弊的な体制の温存した農業分野から若者を遠ざけるという、強化・近代化とは裏腹の結果を招いてしまった。日本農業は莫大な国家予算を投じられながら、保護されたのではなく、過保護によって脆弱化したのである。子どもに飴玉をしゃぶらせ続けたら、幼くして歯を失うだけなのだ。その悪しき伝統は残念ながら、今の民主党政権にもしっかりと受け継がれている。
 新大陸や豪州ほどではないにしろ、せめて欧州諸国のようにまずある程度の競争と淘汰によって農家の戸数を十分の一程度に落としてから補助金なり直接支払いなり、優遇関税や国家的食糧統制などで保護すればこんなことにはならなかったろう。しかし現実は、日本には相変わらず砂粒のように小さくてやる気のない、農家とも言えない「片足農家」が数多いて、相変わらずその時々の政府から飴玉をしゃぶらせ続けられている。政治家は真に日本の農業や農家のことなど考えなかったし、農家側にもまた、ぬるま湯を出て自分の足で立とうとする風潮は生まれなかった。
 ここに日本が国際経済に巻き込まれるにつれ、弱いところをひとつずつ切り落としていくようにして自国の農産品を失っていった原因がある。結果あれよあれよと自給率は落ち続けて、今では押しも押されもせぬ堂々最下位に甘んじている。


各国の食糧自給率(カロリーベース)の推移
日本以外のその他の国についてはFAQ"Food Balance Sheers"等を基に農林水産省で試算。
ただし、韓国については、韓国農村経済研究院"Korean Food Balance Sheet2001"による(1990,1980,1990及び1995~2001年)
「食育・食生活指針の情報センターHP」より)


 因みに、2004年の北朝鮮の食糧自給率は71.71%(「JIIA -日本国際問題研究所-国連データから見た北朝鮮の食料事情」より)である。わが国が北朝鮮よりも遥かに自給率が低い国だということを、知っている国民はいったい幾らいるだろう。
 穀物自給率となると、事態はもっと深刻である。重量ベースでの穀物自給率では、日本は28%(2002年FAO統計)、ここでいう穀物は飼料用穀物を含んでおり、主食用穀物に限ると日本の自給率は60%と高くなる。しかしいずれにしろ、日本は外国に「お金を払って食べさせてもらっている」国なのである。なんだか家で料理をしないで、外食ばかりしている家族に似ている。家庭料理が消え、おふくろの味を手放した家庭から、いったいどんな子どもが育つのだろう。
 一般的に、日本政府は食糧自給と引き換えに経済的発展を選んだと言う向きがある。それは確かにその通りではあるが、しかしそれ以前に政治家は選挙の票や利権と引き換えに農政を、農業を見放していたのだと言う方が的を射ている。こうして守ろうとしても守りきれない重荷のような農家・農村が残され、その結果自給率は下がり、国家はエネルギーのみならず食糧という生命線まで諸外国に握られてしまったのだ。


【冒頭の写真は、昭和39年当時の学校給食の復元です(ただし当時は牛乳ではなく脱脂粉乳)。「こちら小学校の給食室です!」より無断借用させていただきました。】


(つづく)

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