きっと、いいことあるよね!

母ひとり子ひとりは16年になります。

日々、感謝。

2014-07-29 | 父の記録と母の思い出
ほぼ1日中、考えるのは父の事ばかりである。

今日は帰りに弁当も買って帰った。家に帰って作る気力もなかったのだ。
それでも家に帰ると鶏肉があるので、悪くならないうちにチキンライスを作った。kekeが夜中に食べてもいいし、私の明日の弁当にしてもいい。

nanuさんが「またひざが痛い」と言って足をひきずっていて、今回注射でよくならなければ精密検査をして、場合によっては手術になると言う。ZENさんは「まだ足が腫れているのよ」と言って見せてくれた。こちらは通風。「足をかばって椅子で移動したらひっくり返って手も腫れたのよ」と言う。

会社で言ってもしょうがないやと思って黙っていたけど、父の事ばかり考えてしまうならそれとなく言ってみよう。親の死を前に誰も傷つけるような事も言うまい。それによって気持が楽になることもあるかもしれない。

それでもうれしいのは、父は最後まで私の事を気に掛けてくれたこと。
最後が裏切りや憎しみで終わる別れは写真も処分しなければならないし、後になって思い出すことも無い。父とはそうではないから、いつでも思い出の引き出しをあけて、過去に戻る事ができる。それだけでもうれしい。

買って来た弁当をkekeと食べた。

今は一緒に食べてくれる家族がいる。
食べ物を選ぶ自由もある。
食べたい物を買うだけの金もある。

これだけでも充分幸せだ。
今はそう思う。

昨日から風もあって、朝晩過しやすかった。
真夏でもこんな時間があるんだな、それにも感謝感謝。(^o^)
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過去写真

2014-07-27 | 父の記録と母の思い出
父の写真があるネガを写真屋に持っていった。

CDにするのにどのぐらい料金が掛かるかと思ったら、フィルム2本分+CD代(約300円)で1,800円ぐらい。安かったらあれもこれもCDデータにしておこうかと思ったが、それなりにお金が掛かるものだ。しかも半分以上元夫が映ってて見たくない。気が向いたらまた考えよう。

しかし子供の写真ばかりで、親の写真のないこと。子供にばかり執着して周りに目が行ってなかったのだろう。これでは元夫に愛想もつかされても仕方ないと素直に反省する。(でももう20年近く過去の事さ。)
若い娘さんに言いたいのは、子供の写真も大切だけど、親の写真、旦那の写真もちゃんと撮っておこう。周囲分けへだてなく愛情を注げているか、子供だけに執着しているかは昔の写真を見ると一目瞭然である。
そして、今になると子供の写真より親の写真の方が大切になったりする。

プロに任せればちょちょっとやってくれるのかと思ったら、3時間掛かるという。家に帰っても暑いだけだし、時間をつぶすのに苦労した。たまたま入った店が、節約モードで冷房が高めだったので、ノドが乾く。しかしまたどこかに行って車から降りて駐車場を出て・・・って言うのを繰り返せば体がおかしくなりそうなほど、暑すぎる!!!

そんなこんなで用意できた写真も10枚程度。
施設に持っていくと、看護婦さんたちがキャーと喜んで、「担当のHさんにぜひ持って行ってください」「後で拝見していいですか?」「私もいいですか?」と口々に言われ、ビックリしてしまった。
皆さん、そんなに父の事を愛してくださっているのかと。

親子でもなければ、ここに来た時は既にボケ老人である。その父の昔の写真をそこまで楽しみに見てくださるとは、なんてここのスタッフさん達は優しいのか。

「お父様のお若い頃の写真もありますか」と言われてしまったが、残念ながら無い。
それどころかkekeが生まれる前の自分の写真すらない。「度重なる引越しで・・」と言ってしまったが、親から渡された自分の昔の写真は、最初の離婚で着の身着のまま家を出た時に置いてきてしまったのだ。その時も父が「必要なものもあるだろう、一緒に取りに行こう」と言ってくれて、とりあえず必要な服などは1度引き上げてきたが、写真も卒業証書も置いてきてしまった。まったく情けないことだった。

だから、元夫が家を出る時は、自分の写真をそんな風に亡くしてしまったから、彼のアルバムはわざわざ出して荷物に一緒にしておいた。本当は腹が立って燃えないゴミで捨ててやろうかと思ったけど、自分がそれでとても残念な思いをしたものだから、彼親が大切に作ったアルバムだけは武士の情けで、他の荷物と一緒に持っていけるようにした。もちろん出て行く方は過去を捨てたいと思っているから、そういうものの存在はその時は忘れている。そういうものなのだ。
あれだけはそれで良かった。もう赤の他人となった人間の昔のアルバムを持ってても意味が無いし、復讐で(?)捨てる事も今となれば意味が無い。あるべき所に持って行ってもらって本当に良かったと思う。


「今日写真を持って行ったよ」と夜、妹に電話しようとしたが、居ない。留守のようだ。
ブログを書いたらメールでも打とうと思ったら、先ほど妹からメールが来た。

「写真をありがとう!さっそく看護師さんが貼ってくれてたよ。」どれもいい写真ばかりだね、ありがとう、と書いてあった。
昼間時間が取れなくて、こんな夜に父に会いに行っていったのか。。。。スタッフも優しい人ばかりだけど、やはり妹は父思いである。

父の歌声の入ったテープを持って行き、看護師さんと一緒に聴いたと言う。
今度行った時は父の歌声を久しぶりに聴けると思うと楽しみだ。
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病室で

2014-07-27 | 父の記録と母の思い出
父の所に行くと、CDに合わせてお父さんと歌っていましたよと看護婦さんが言う。

先生の話では小水の量が少ないと言うことだった。
わざわざ言いに来るぐらいだから良いことではないのだろうと、あとで若い看護士さんに尋ねてみると「それも1つの目安になります」と言う。父の足をさすって「だいぶ冷たいですね」等と言う。「でもまだ話しかけるとうなづく様子もあるので大丈夫」みたいなことも言う。

息遣いはいつも同じではないけれど、長距離を走っているみたいだ。苦しいのだろうと思う。

「夜顔」が流れている時、看護婦さんがたまたま見えて「この歌の歌詞すごいですよね」と笑顔で話すので、「そうなんです、これは家で(歌ってるのを)聴いたことがなかったのに、だいぶ後になっても外で歌ってて【これはイイ歌だよ】とまで言っていたことがあるんです。だから最後に入れてみたんですよ。」と、私は小学生のように喜んで、父の自慢話をした。

「妹さんから聴きましたが、お父さんは歌を録音してたそうですね。」と看護婦さんは言い、ぜひ聴いてみたいと言うので、妹に伝えてもたせますと答えると、「写真も何かありませんか、小さい頃とかご家族でうつっているとか」と言うので、それも家で探すことにした。

今日は帰るのがしのびなかった。


後で妹に電話すると、「お姉ちゃん午前中に行ったんでしょ。私午後から行ったの。」と言う話で、もうその事も聞いていたようである。ここ最近、こうして妹と同じ日に面会に行く事が多いのだが、お互い連絡を取ってないのでいつも時間がすれ違う。
でも、かえってそれでいい。父も淋しくないから。

珍しく妹が電話を切らず何が言いたげだったけど、それに気がついたのは今になってからで、うっかりいつものように切ってしまった。

スーパーでOMさんに会った。OMさんは数年前にお父様を亡くしていたので、今父の状態があまり良くないことを言ったけど、割りと淡々としてて間も無く別の話題になってしまう。過ぎてしまうとそんなものなのだろうなと私も安心する。

正直に自分の気持を書いてみると、離婚や倒産の時は「これからどうなるのだろう」と本当に不安で、子供の事はいま現在もどうなるか分からん。いずれ別れるしかないつきあいとか意識してみると結構しんどい荷物が多い中で、親の問題は、それに比べるとそうなっても今の生活が根底からひっくり返ることではないので、淋しくはあるが辛くは無い。
だからと言って親に冷たいわけではないと思ってる。

写真と言われたので、さっそく父の写真を探した。
そのまま戻ってこないのもイヤなので、焼き直しできるものを焼くことにした。
子供の写真は山ほどあるのに、親の写真が意外にないものだ。それでもCDからみんなで撮れているような写真を選ぶ。
ネガ時代のはいろんなものとダンボールに詰めて上の押入れにいれてしまったので、今の私の肩ではおろせないなぁと思いながらもダンボールの蓋を開け、上の方をあさってみると、たまたまネガブックが一番上に乗っていたので、中を見ることができた。専業主婦の頃はちゃんと写真もネガも整理してたのだ。
あまりの量で(当時はデジカメでなかったから要らない写真も消せなかったのだ。)全部をCDデータにするのは無理だが、両親が映ってる近辺のネガだけ2ページ分、明日写真屋さんでCDにしてもらえないかと思う。

写真を見ていて、母が亡くなる前より父の笑顔が淋しそうになっている気がした。
当時は気がつかなかったけど。
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似たもの笑顔

2014-07-26 | 息子keke
この所、連チャンで食事が作れるのがうれしい。

何で急に作れるまでテンションが上がってきたのかよく分からない。
自分ではホルモンバランスとか、バイオリズムとか、そんな辺りではないかと思ってる。こう言う時は気分もいいので、何かと前向きだ。

今日は帰り道、大根で「混ぜご飯」を作るのはどうだろう?と考えた。
大根ご飯は前に作ったことがある。それにオリジナリティを加えて、あさりと大根を一緒に炊き込んだらおいしいだろうな、と思う。ちょっとショウガを効かせたりして。

「でもああいうの、kekeがイヤだろうな。。」と思って、kekeには帰りにソースカツ丼を買っていく事にした。前にもらった「大盛り無料券」がまだ使えたので、それで大盛りにしてもらった。

帰ってkekeに「弁当買ってきたよ」というと、間も無く部屋から出てきた。
「この前のソース弁当だよ」と言うと、ふーんみたいな感じで袋から出すと大盛りなのに気がついた。その瞬間、kekeの顔がほころんで何とも言えない笑顔になった。

「この前の大盛無料券があったんだよ」と私は言った。

いや、自分は何か適当に作ろうと思ってね、と言うと、「それはイヤミか?」と言うので、「そうじゃないよ、アサリと大根の炊き込みご飯が食べたくて、でもkekeはそういうの嫌いだと思って買ってきたんだ」と言った。

しかし冷蔵庫を見るとまだ冷やご飯が残っていて、その時はまだアサリを買う気でいたのだけど、時間は8時を過ぎていて、スーパーでももうアサリも見かけ無かったし、自分ひとりだと面倒くさくなって、結局ネギトロ丼を作って、明日温めれば食べられるようにカレーも作った。
「また大根カレーでもいい?」とkekeに訊いたけど「イヤだ」と言われた。
「大根1本あるんだもの。」と言うと、「今度大根サラダを(自分が)作るから。」と言われた。

(のりも細かく切って下に敷くつもりが、見当たらなかった。大きいノリをそれだけのために切るのが惜しくてやめてしまった。)
あとは、レタスとチーズでつまみ。ほんとレタスとチーズがあればつまみは充分なのだ。

今日の、ソース弁当が大盛りだと分かった時のkekeの笑顔を見て、父から「sakeがニコニコするのは服買ってあげた時だけ。」といつも言われたのを思い出す。

親なんて、いつも嫌いだったからブースカブースカしてた。
でも一瞬、今日のkekeみたいにニコッとしてしまった瞬間があったんだろう、似たもの親子だからたぶんそうだろうと思う。

今週は父の好きな歌を聴きながら車に乗っている。
懐かしいので、自分用にもCDを焼いた。
父の病室に置いてきたCDと幾つか曲目が違っていて、矢沢永吉の「心花(ときめき)よ」、堀内孝雄の「遥かな轍」「恋唄綴り」も入れてみた。父が歌っていたけど、私はあまり聴いてなかった歌だ。

「遥かな轍」の出だしの
♪こうとしか生きようのない人生がある〜
と言うのを聴くたびに、「ほんとにそうだよなぁ」と思う自分がいる。

作詞は小椋佳さんだ。
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うなぎの蒲焼と大根サラダ

2014-07-25 | ぶきっちょさんの家事一般
また今日も帰り、車に乗るとスコールの雨。
最近こういうことがホント多くて、雨女なのかなぁと思ってしまう。

Aさんと電話で話しているうちに雨もあがったので、会計事務所のポストに伝票を入れに行った。
雨がすごかったさっき、接骨院がガラガラだったのが分かったのでその後寄ろうと思ったのに、もうメチャ混んでたので諦めた。

「やれやれ今晩は何を食べようかな」とkekeに言うと「冷蔵庫にウナギがあったよ」と言うので、思い出した!前の日、清水の舞台から飛び降りた感じで蒲焼を買ったのだ。もちろん中国産。980円税別である。

「どうしてウナギなんて買ったの?」とkekeが言うので、「土用の丑と言うから年に一度ぐらい食べようと思った」と私は言った。それがいつだか知らないけど、もうそろそろではないかと思ったのだ。
「それとこれで大根サラダにしよう。」と私は言い、大根サラダ用の市販調味料をkekeに見せると、kekeはケンタロウレシピの本をずっと見ていた。

kekeにお米と午後の紅茶を買ってきてもらっているうちに、大根の細切りに挑戦してみるが、なかなか細く上手に切れない。私のイメージではナナメに薄くスライスして、それを重ねてダダダダと細く切る予定だが、ナナメに薄くスライスが大根の底が安定してないので、うまくできないのだ。(今考えると、底に当たる部分を少しそいで安定させるとよかったかも。)
そんなこんなで、うまくいかんうまくいかん、と思いながら切っているうちに、「そう言えばkekeに大根の細切りの仕方を教えてくれといつか言われたなぁ。」と思い出し、あっっ!!そう言えばkekeがいつか大根サラダを作ってくれたことをやっと思い出した。(これぐらい最近、記憶を引き出すのが遅いのでイヤになる。)

だからさっき、大根サラダの本をずっと見てたのか。。。。
大根の細切りしているところを見せればよかった。。。

kekeが帰ってきてから、「そう言えば前にkekeに大根サラダを作ってもらったねぇ」と言うと、「うん、だけど、この大根サラダセットと中身は同じ」とkekeは言い、私は大根サラダセットの封を切って、大根の細切りとジャコをまぜて、かつおぶしも混ぜた。

「もう少し量が多いほうがいいな」と家にあるカツオブシも混ぜて、今度はじゃこを買ってきてその本で作ろうと言う。kekeが「ご飯は?」と言うので「あ、まだ炊いてない」と言い、ご飯が炊けるまで、大根サラダと、kekeが買ってきたたこ焼きで、結構お腹も満たされてしまった。(蒲焼もその後食べたけど)

鶏肉のスペアリブで揚げたから揚げも、今までで一番おいしくて、kekeが「これはジューシーで美味しい。今までと違う」と言うので、「つけた衣も違うんだけど、ジューシーなのは2日間衣をつけたまま冷蔵庫に入っていたからなのかなぁ?」と私は言った。今度はいつものチキチキボーンの粉で、同じようにつけてみようと思う。


ちなみにこれは「大根を焼いただけ。」
途中、大根を細切りにするのに疲れてしまって、残りは焼くことにした。
前にブログで紹介した高山なおみさんのレシピ「カブを焼いただけ」の大根バージョンである。
オリーブオイルで大根を焼き、塩コショウをふる、それだけ。(高山さんのレシピは、オリーブオイルでかぶを焼き、塩少々で味付けて最後に黒コショーをふる。)
どうかなぁと思ったけど、おいしかった。今度はもう少し厚く切って焼いてツマミにしよう。
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きっと、こんな日もあるよね!

2014-07-24 | 今の会社
電話が鳴って取ってみると秀クンからで「さっきメールを転送したんだけど。」と言うので慌てて開いて「来てますよ」と言うと、「それをプリントアウトしてどこそこへ送って。」と言う。

「その時、オレの机の上にあるA3の紙も1枚一緒に送ってほしいんだ、PDFでね。」
と言うので、分かりましたと気安く返事をする。

秀クンは細かく、それをA3で一度プリントアウトしてくれだの、メールのあて先は誰さん、CCで誰さんと誰さんにも送ってね、それからnanuさんとAさんにもCCで、みたいなことを言い、これで完璧な指示だろうと思いながら電話を切ったようである。

私は言われた通りに、来ているデータをA3で一度プリントアウトして、それを秀クンの机の上にあるA3の紙も一緒にスキャンして送ることにした。

ここでやってみて問題が発生した。
A3でカラーなので容量が大きすぎて9メガになってしまったのである。
経験上、これはメールで送れるギリギリの容量である。(たぶん無理)

そこでしょうがないので、圧縮ソフトをかけてみると7メガぐらいになった。
これなら送れるだろうと私は思い、言われた通りにメールで送った。


送ってからハテナ?となった。
秀クンは「PDFで送って」と言っていた。圧縮ソフトを掛けると厳密にはPDFではない。
これは指示にそぐわないのだろうか、と言う悩みである。

どうしようかとぼんやり佇んでいるとnanuさんが「どうしたんだ?」と言うので、PDFで送るように言われたけれど容量が大きいから圧縮したんです、それではマズイでしょうか、と言った。
「別にいいんじゃないの?」と言うが、もしかしたら送った誰々さんの中に圧縮ファイルを解凍できない人がいるのかもしれない、とかいろいろ不安がたちこめて、nanuさんが去ってから、秀クンに「例のサイディング資料はPDFではなくて圧縮ファイルで送りましたが良かったでしょうか。PDFの方が良ければ画像を荒くすれば送れます。」だから返事くださいみたいなメールを送ると超速攻、電話が掛かってきた。

(やはりそうだったのか。。)と思いながら電話を取ると、いきなり秀クンは「サイディング資料じゃなくてサンディング!!!」と言い出した。

「え??」
「サイディングは別のもの。これはサウンディングだよ。」


「そしてもう一度全員に送り直してよ」と秀クンは言い、「オレの名前で出してみっともないなぁもう」みたいな感じで電話は切れた。

(それぐらいでまたいちいち送り直すのぉ〜)と私は思いながらもう一度送付済みのメールを見ると、タイトルは「地盤資料を送ります」とちゃんと書いてあるので読めば分かるからいいのに〜と思いながらも言われた通り、訂正しました。
あーあ、またやってしもうたか。(+o+)
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最近の手作りご飯(鶏のスペアリブでおでん、キンピラゴボウでつくね)

2014-07-23 | ぶきっちょさんの家事一般
鶏肉のスペアリブって言うのでしょうか、チキチキボーンでおなじみのあの骨のついた細い部分です。
あれが、よく8時ごろになると半額になっているので、買うことがあります。

あれは使い切れずに半分唐揚げ用に残して、半分をおでんにすることが多いです。
(エッセで見たアイデアだと思います。)
この時期あまりあつあつにしないで、冷やしおでんもおいしいですよ。(ツマミにいいですね。)


こんな風にそうめんに汁ごとかぶせてしてみました。
大根1本買ってしまったので、大根ばっかり。(^_^;)
あったら七味とかふるのもいいですね。


そして昨日は久しぶりにオリジナルで料理を作ってみた。
鶏のひき肉が半額だったので買ってきて、余っていたキンピラゴボウ(作ったの1週間前(汗))少々を細かく刻んでボールに入れ、その煮汁も少々入れて、刻んだネギ、ひき肉と混ぜて(塩コショウも少なめにして)、大葉を乗せて両面焼いてみました。


ジャン!
見た目は汚いけど、味は意外においしかったです。(^_^;)
しょうがも少々入れるのもまた良いと思いますが、私はこのまろやかさが気に入りました。
本当は醤油と砂糖、みりんで照り焼きソースを作ってかけようと思ったけど、もう力尽きました。キンピラの煮汁を入れたので、味もついており、お弁当でも良い感じ。
でも色目が汚いので、大葉は最後に乗せて、さっと熱を通した方が見た目的にはよかったかもしれませんね。

久しぶりにおいしいものがオリジナルでできたので、kekeにも4回ぐらいおいしいよと声かけましたが、まだ食べてません。でもお昼におなかがすけばもしかしたら食べるかもしれません。

いつもは国産発泡酒の私ですが、安いビールがあったので、買ってみました。

TOPVALUの「バーリアル」と言うビールです。(撮る前につぶしてしまい、こんな写真ですみません。)

「あ、甘口でけっこうおいしいじゃん」と飲んでいたのですが、カロリー見てビックリ。
151カロリーですね。

いつも飲んでるビールって50カロリーぐらいじゃなかったっけ?と思って、ゴミ箱をあさってみたところ、やはりその通りで、澄みきり(キリン)は43カロリー、クリアアサヒ(アルコール6%の方)は51カロリー、アルコール5%の方も43とか45とかそのぐらいのカロリーだったはずです。

カロリー3倍?!@@
ちょっとビックリでした。なんでこんなにカロリーが違うんだろうと思った次第。

もうじき社長がお中元を分けてくれると思うので、発泡酒じゃない本当のビールが飲めて楽しみだなぁっと。(^o^)丿
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髪のひつまぶし作戦

2014-07-22 | 女だから思ったこと
3連休で出かけたのは父の病院と美容室である。

ついにショートにしてみることにした。
もしかしたら10年ぶりぐらいかもしれない。

検索して気に入った「ゆるかわショート」をプリントアウトして美容院に挑む。

・・・・が、本日はパーマをかけないことにした。


私はお楽しみを後にとっておきたい人なのである。
つまり、今ここでこの「ゆるかわショート」にしてしまったら、「ゆるかわショートにしたい」と言う楽しみがなくなってしまう。

少なくてもあと2ヶ月ぐらいその楽しみを持続させようと、今日はカットのみのショートにして、次回パーマをかけて「ゆるかわショート」を試してみることにしたのである。名付けて「ひつまぶしヘア」大作戦である。
そして美容師さんに写真を見て、「次回はこれみたいにパーマをかけたいので、それができる長さでカットしてください」と不思議なお願いをすると、「これに似せた形にして良いですか?」と言われたので、ハイと答える。


そして不安ながらにはさみで切ってもらいシャンプーを終えると、鏡の前に自分の顔が。。。

美容師さんの説明によると「パーマをかけなくてもふんわりするようにカット」したとのことで、クリームを手に取って「こういう風にくしゃくしゃとつけるとボリュームが出る」とのことである。そして実際、鏡の前のスタイルはゆるふわ風に見える。

「このクリームでないとダメですか?」と尋ねると、そうらしく同じものはドラッグストアには売ってないそうである。
うーんこういう風にしてみたいけど、これ以上追加料金を払うのは鼻からNGだったので(これからこまめに美容院に行こうと思うだけでもすごい決断なのだ)もう一度「でもこれでないとこうならないんですよね?」「だけどドラッグストアでは売ってないんですよね?」と2度も確認しつつ、たまったポイントでもらえますか?と言うと可能とのことで、そうしてもらうことにした。

そして翌朝、さっそくそのクリームで言われたようにしてみた風だが、予想通り何にも変わらない。
ゆるふわどころか、和田アキ子ヘアがモンチッチのように丸くなった風である。

で、ここで気づいたのは私は首がとても短い。
つまり襟足が短いので、ショートにするとどうしても後ろの襟元が寸詰まりになるのだ。(それもモンチッチになる要因である)

「うーん。。」と鏡の前に立ち、次パーマをかけるなんて言わずにどうせならもっとシャープにしてもらった方がスッキリしたのかなぁ、などといろんなことを考えながら、結論としては結うこともどうすることもできないで佇むしかない。「ひつまぶし」作戦は裏目に出てしまったような気がする。
(まぁそういうこともあるよね。)


でも救われることは、周りの人間は私の髪型に関心がないのだ。今までも多少切ったりパーマをかけたりしても誰一人それを口にした人間が居ない。
つまり、失敗してたとしても誰も気がつかない。それにじきに髪は伸びる。
そんなに大きな問題ではない。



・・・・と思ったが、こういう時に限って、会う人会う人「切ったね」「切ったね」と言う。
中には「半分以上切ったでしょ」と驚く人もいる。(傷口をえぐられる感がある)

今までパーマをかけても誰も言わなかったわけではなく、本当に気がつかなかったのかもしれない。
でも正直、今回の変化はあまり気づいてほしくなかった。
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kekeと早めに夕飯

2014-07-21 | 息子keke
もういい昼となっているのに、寝ているkeke。

ぶっちゃけ休日家にいるのがしんどい。
この状態が、「親としてこれでいいのか、オイ」と言う自問自答に変わっていくのはこんな時だ。

「おいkeke。」と私は言い、「就活はすすんでいるのか、今週履歴書はいくつ書いたのか」と言うと「ふたつ。」と怒りもせず言う。
ほんまかいなと思いつつ、「昨日の残りのチャーハンが少しと、肉を焼くなら3枚あるから。」勝手にやってくれと言う態度で家を出る。こう言う時は昼飯を用意するのがアホらしくなる。
自分で食事を作るなり買うなりすれば、外に出ようかと言う気になるかもしれぬ。もう自分でも何が言いたいのか分からん。

「こうなったら1人でうまいものでも食ってやるゾ」と思い、ショッピングモールのフードコーナーに勢いづけて入ったが、店を見て回ると500円から800円ぐらいのものが多い。ならたこ焼きでいいか・・・と思って、たこ焼き屋に並んでみたが、そこも500円。同じ500円だったら冷やし中華でいいか・・・と思ってラーメン屋に並んでみたが、並んでいるうちに1人で食べるのに500円も出すのが惜しくなって、結局チーズバーガー1個だけマクドナルドで注文して食べる。

父の所に行くと、長淵のCDを焼いてくれたHさんがいらしたので、「厚かましいと思ったのですが、父がよく歌ってた曲を私も作ってきたんです。」と遠慮がちに言うと、とても喜んでくれた。
それとどうしても訊いてみたかったので、「父がRUNを口ずさんでいたのはいつ頃だったんですか?」と尋ねると、Hさんがまだこちらに来る前、他の介護士さんから聞いたそうだ。

ということは、2年前ぐらいに私と一緒に歌っていた頃、私が帰った後に思い出して口ずさんでいたのかなぁ、なんてちょっと胸が痛くなるのだった。

今日は父はずっと眠っていて、CDもボリュームを下げて流れていた。
昨日は目を開けていたから聴こえていたのかなぁ、どうなんだろうと思いながら、しばらくぼんやりしながら適当に父の部屋を後にする。


4時過ぎて家に戻ると、台所に灯りがついており、kekeが肉を焼いている所である。
「ご飯はあるのか?」と言うと、「もう炊いた。」と言う。

肉3枚きりでご飯か・・と思うと、何となくすまないような気がして、何か買ってくるかと言うと、「サラダがほしい」と言うので、私も何か買って一緒に食べちゃおうと言うと、帰ってくるまで皿やフライパンを洗っていた。

最近、kekeはむやみに怒らなくなった。
ちょっと前だったら、朝の私の態度(↑この上から10行ぐらいの態度)だったらキレるか、布団をかぶってふて寝していたはずだ。もちろん肉なんて素直に焼くはずが無い。

今日はニュースを見ながら「集団自衛権ってどう思うか?」と言う話をした。「どういうことなのかよく知らない」と言うので、「アメリカが戦争に巻き込まれた時、日本も一緒に戦うってことらしいよ。」と言うと、「それができないと世界から非難されるだろうね。」と言う。

もしこの先、自分が戦争に行く事になったらどう思う?と尋ねたら、「その時は行くでしょ」とkekeは言う。

自分も今までちょっと右よりかなと思っていたが、最近思うのはそう言う時、いったい誰が戦地に行くのだろう?自衛隊の人だけで済むことなのだろうか。
そういう道筋を作るそちら方面の政治家やそういう思想の人が自ら責任を取って戦地に行くならまだしも、行かされるのは結局学歴や重要なポジションにない人間なのでは。

そう思い始めてから、最近冷めた目で見ている。
そういう思想の人から順に戦地に行く事にしたら、果たして同じようにその思想を持ち続けられるのだろうか。
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父の好きな曲

2014-07-20 | 父の記録と母の思い出
父の病室に行くと枕元のCDデッキから音楽が。。。。

聴いてみると長淵剛のようである。看護師さんが掛けてくれているのか・・・と壁と見ると、『RUN』の歌詞のコピーが貼ってあり、「このCDの1曲目がsake(父)さんが口ずさんでいる歌です」と書いてある。

これを見て私はギョッとした。
この曲は(このブログを検索すると)2年前ぐらいによくここの広間で父と二人で「賽銭箱の歌」としてよく歌っていた曲だったのだ。

いったいいつ口ずさんでいたのだろう。。。?

いつもは目を閉じてほとんど寝ている父なのに今は珍しく目をあけて聴いているようにも見える。
先生が来たので「聴こえて分かっているのでしょうか?」と尋ねると、正確にはわかりませんが、聴覚は本能に近い所にあるので一番残る感覚かもしれませんね、と言う。

この長淵のCDは妹が作ったのだろうか。
でも父はそんなに長淵の歌を歌っていなかった。もしも聴こえているのなら、よく歌ってた歌も聴かせたい、と思って、帰ってから妹に電話すると、「そのCDは看護師のHさんが作ってくれたの。」と言う。

「他によく歌ってた歌のCD、私も作りたいけど差し出がましいかしら?」と言うと、「おじいちゃんもきっと喜ぶと思うよ」と言うので、レンタル屋や図書館をあちこち探して、ジャジャジャジャン!と作り上げた。

とは言っても、ぜひ入れたいと思いながらも、見つからなかった曲もある。
三好鉄生「涙をふいて」とか森進一の「冬のリビエラ」「襟裳岬」、上田正樹の「悲しい色やね」もアレンジがあのベタなヤツじゃなかったのでやめた。梅沢富男の「夢芝居」「キャラバン」まで思いつかなかった。(・・・・って、ただ私が懐かしくて聴きたいだけなのかもしれない。)

そしてCDを作っているとG子から電話があった。
M君と二人で今日イオンに行こうと言う話になったそうである。
最初は近くのイオンだったが、だんだん遠くのもっとでかいイオンに行く事になり、「行ってもいいのか、M君の奥さんに悪いかな」と言う相談である。

「よいか悪いかで言えば悪いかもしれないけど、行きたければ行ってもいいんじゃないの?行きたくなければ止めればいいし、後で自分が後悔しなさそうな方を考えればいいんじゃないの?」と言うと、「さすが理論家だ」と言って電話は切れた。

そしてのんびり昼を食べたりしてから父の所に行っていっしょにCDを聴いた。

うーん、聴こえているのかどうか分からない。
一見目を開けて聴こえているように見えるが、よく見ているとまったく瞬きをしていない。
もしかしたら目をつぶることが既にできなくて、目が開いているだけなのだろうか。
耳元でうるさい音楽が鳴っているだけかもしれない。

これで良いのだろうか?良いのだろうか?と悩みつつ、でもあんなに好きだった歌の数々、聴こえていたらきっと懐かしいし元気も出るにちがいない・・・などと、こちらサイドで満足するしかないような気もする。

でもあまりずっと掛けてても疲れるだろうな。・・・と思い、一通り聴き終えると帰ることにした。
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