きっと、いいことあるよね!

母ひとり子ひとりは16年になります。

1ヶ月後、運命の出会い

2014-10-31 | 今の会社
たまに会社に来るお客のPさんが今日は生菓子を持ってきた。

社長がそれを自宅に持って帰るのか、みんなで食べていいよと言ってくれるかが興味しんしんの対象であったが、今日はそれをみんなで食べていいと言う。

さっそく冷蔵庫に入れる=生菓子が入っているこの大きなケーキ箱。。。
この箱の包み紙がどこかで見たことあるぞ・・?と思って記憶を探ると、約1ヶ月前、お客さんへの手土産を買うためにデパ地下のお菓子売り場をグルグル回った挙句にやっと選んだ洋菓子セット・・・・まぎれもなくあの菓子屋さんの包みだったのである。

パカッと開けるとシュークリームがたくさん入っていた。

あの時に迷いに迷った挙句に選んだお菓子が、こちらのお菓子だったのだ。
それと同じお菓子屋さんのシュークリームをその1ヶ月後にこうして食べることになろうとは、これも運命の糸なのだろうか。^^

そしてパクッと食べる。

おいしい・・・・。

しっかりしたシュー生地の中にはほどよい甘さのカスタードクリームがこれでもかと言うほどつまっていた。


中学時代に仲の良い友達が菓子作りが好きで、家に遊びに行ってはよく洋菓子作りを手伝ったものである。
その中で一つだけうまく行かないものがあった。
それがシュークリームだった。

本の通りに材料を練って、生クリームを絞る用の袋に入れ、クリーム用の口先から出してオーブンで焼く。
だけど、どうしてもそこから膨らまないのである。
材料も間違っていないし、練り方もたぶん合っている。

たしか2〜3回チャレンジしたがうまく行かず、うんと小さいミニシュークリームにしてようやく膨らんだような記憶がある。(いずれにしても友達が先導を切って作っていたのでよぉ分からん。)

あの経験があってから、ケーキはもとよりプリンやアイスクリームも自作でできるものだと思うが、シュークリームだけは外でなければ食べられないもの、と言う意識が私にはある。


久しぶりの有名店の生菓子。
とてもおいしゅうございました。
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約束

2014-10-30 | 女だから思ったこと
中島みゆきの『誕生』は中島みゆきの中でも1・2位を争うぐらい好きな曲である。
生まれてきた命への分けへだてない応援歌とでも言えばいいのだろうか。

その中の一節に
「すがりたい誰かを失うたびに 誰かを守りたい私になる」
と言う歌詞があって、このフレーズを時々思いだす。

「あの人がああしてくれればいいのに。」
私は相変わらず、ついついこんな風に思ってしまいがちなのだ。
いつでも自分の満足をこうして人からもらうことばかり考えてしまう。

やっぱりこれではいけないと思う。
人に頼らずに、満足は自分の中から生み出さないと。

そう思って、せめて意識だけでもそうしようと思う。
なかなかそういう風にはできないけれど、昨日よりも今日、今日よりも明日はそれに近づきたい。

独り身だから誰かそばにいてくれたらいいのに、と思うことは山ほどある。
でもそんな時は自分が何ができるかを考えよう。
人にしてもらうより、自分ができることを考えよう。

光をもらうのではなくて、自分から輝くことを考えよう。
それがこれからの約束。
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二人でカラオケ

2014-10-29 | いつか削除するかも
馴染みのカラオケ屋でスタンプラリーなるものがあり、6つスタンプがたまると次の回に無料ピザ1枚サービス(今月末まで)と言うのがあった。
私はそれをコツコツ集め6回目はkekeに手伝ってもらい、ついに無料ピザにまで届いたのである。

そしてkekeと二人でカラオケに行こうと約束したのは先週である。だから日曜はドライブにも行かずkekeが行く気になるのを待っていた。が、その気にならず、月曜もカラオケに行かないと言うので親子で大喧嘩した。しかし、私は諦めきれなかった。

なので昨日もカラオケに行きたい行きたい無料ピザが食べたい一人じゃ恥ずかしいし食べる暇がない誰かとに行きたい今月末までだからもう一緒に行くのはお前しかいない、と言い続けると、やがてkekeは「歌わないでいいなら行く」と言う。そして生意気にも「これはどちらかが大人にならないと場が収まらない。自分が大人になることにした。」等と言う。

行くなら後はどうでもいいのだ。
車でカラオケ屋に行くことにした。

取りとめもない話の流れで「知り合いで息子さんを事故で亡くした人がいるらしい」と言う話をすると、kekeは「えっ!」と驚いていた。自分と同じ年なのか?と言うので、1つ下らしいよ、と私は言い、お母さんショックだったみたいだよと言う話をした。

「きっと活発で元気な息子さんだったのだろう」と言うと、「外に出なければ事故にあわないから」とkekeは言い、私達はお互いにチロッと睨みながら、「うちらもあるうちは命は大切にしないといけないのぉ・・」と言った。

kekeは黙っていた。

結局、カラオケ屋に行けばkekeも歌い、ピザも食べた。
やはり外食のピザはうまい。

私は定番の中森明菜や中島みゆき、タッチ、桃色吐息、くちばしにチェリーとか歌った。
kekeは前回と同様のロックバンド系の曲。

私は「時代」を入れ、「これはいい歌だぞっ」と言う。
kekeは「回る回るだね。」と言う。

kekeはグレイの「ハゥエバー」「誘惑」を歌った。
これは私へのリップサービス(誰もが知る有名曲)だったようである。

「いつかお前が貸してくれたジャンヌダルクのCDから1曲覚えた。」と私は言い「飢えた太陽」を歌ったが、これはあまりkekeは知らなかったようである。(残念)

父が亡くなってから谷村新司や矢沢永吉の歌で癒されているので、同じように明菜や中島みゆきの歌を残しておこうと思うが、やはり予想通りまったく関心がないようである。

やがて2時間が過ぎる。

ピザだけでは足りず帰ってからラーメンを作って食べる。
家に着いたのは11時であった。
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クラス会

2014-10-28 | 女だから思ったこと
ひょんなことから、高校時代のクラスメートと連絡が取れるようになった。(音信不通だったのは言うまでもなく私の方である。)
その事情は話が長くなるのでまた別の機会にするとして、話によると去年クラス会があったという。

あぁそうなのか、それはよかったなぁと他人事のように思っていたら、春になったらクラス会がまた計画されているという。

このブログを読んでいる皆さんは薄々気づかれていると思うが、私はこういう集まりがヒジョーに苦手なのである。理由は?と言われればあれもこれも思い浮かぶが、一言で言うと「生理的にダメ」なのである。生まれた時から大勢の集まりに行くのが苦手、いやもう怖いと言う表現の方が合っていると思う。それぐらい苦手なのである。

まず、人と会話するのが苦手である。
なので、そのような場所に行ったとしても左隣の人はその左の人と、右隣の人はそのまた右隣りの人と話すようになり、私はすることがなく目の前にあるものをパクパク食べるしか術がない。その上これはこのブログで何回か白状してきたが、私は「外食障害」のケがあるのである。簡単に言うと、緊張した状態で物を食べると気持ち悪くなるのである。よって、話すこともできず、食べることもままならず(そういうツボに入った時は大好きな酒も飲めなくなる)、まるで幽霊のようにボォ〜っとその場にたたずんでいる影のような女になるのだ。

もう想像するだけで、行くのが億劫であるのが分かるだろう。
しかもこう言っては何だかそういう催しは金も掛かる。この前もドンキホーテでバジルやオレガノみたいな調味料、バニラエッセンス、そんなものを1,300円も買い込んでしまって「あぁ、ついついこんなに買ってしまった。」と思っているような人間が、居酒屋で4〜5,000円も払ってひたすら影武者として過ごすのである。

そもそも私の高校時代そのものが「影武者」のようなものだった。
例え行ったとしても誰も私の事を覚えていないのではないだろうか。
(そういう事実もできれば目の当たりにしたくない。)

そんな思いが交差するも、幹事の人の気持も思うと、冷たい断り方もしたくない。
仕事柄、毎年新年会や忘年会の案内状をいろんな会社に送っているが、戻りが欠席の返事を見るとやはりどことなく淋しいものがある。選択項目には「クラス会に行きたくないし、今後連絡もほしくない」と言う項目があり、心情的にかなりそれに近い気持がありながらも、そんな所に○をつけるほど冷酷な人間にもなりきれぬ。

と言うわけで、恐怖心に近いものを持ちながらも、一度はどうにか参加してみようと思う。年金生活になったら本当にそんなことしてられないから、これがあの世に行く前の彼らとの最後の縁となるかもしれない。そう思って笑顔を続け、その結果「やっぱり苦手だな」と思ったら、次回から幹事の人にどうも生理的に合わなくてニガテなんです、ということを「あなた方のせいではありません。全て私の性格ゆえであります。」と言葉を選びつつ失礼のないように伝えよう。(一度も行かず失敬するより、クラスメートも幾分か気持が和らぐであろう。)

そして出世した上流階級の人々の暮らしを垣間見たり、そういう人々が私のような下の人間にどういう態度を取るのかじっくり観察するのも人生勉強の一つとなるだろう。
はぁー。
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ゴキの謎

2014-10-27 | 今の会社
久しぶりに事務所で掃除機をかける。

たまにはそういう日もあるのだ、と言うぐらい珍しいことである。
ついでにトイレも掃除して、手拭タオルも新しいのに変えた。

応接室や玄関も掃除機をかけて、あとは社長室だけである。社長がいるので、居なくなってからかけようと掃除機を自分のイスの後ろに立てかける。

そして社長が出て行き、やれ掃除機をかけることにする。
そして掃除機をかけながら、社長のイスを引くと、なんと!ゴキブリがひっくり返っているのである。

一体いつからゴキはここでひっくり返っていたのだろうか。
死んでいるならこのままにしておいてもいいか・・・と思ってイスを元に戻そうかと思ったが、これを社長が知っていて放置しているとなると、まるで「社長室だけ掃除しない女」だと思われそうである。

いや。
でもこんな足元にゴキが死んでて、知っていたら片付けるよなぁ、普通は・・・。
それとも、こんないかにも足元にゴキがひっくり返っていて、人は気づかないものなのだろうか。

掃除機で吸い取ることも考えたが、こんな大きなゴキブリが万が一生き返って掃除機から出てくるかもと思うと恐ろしいものがある。
最終的に意を決め、ティッシュ何枚も重ねでゴキをすくいあげ、大きなポリ袋の中に入れた。(この時裏表が変わり、ポリ袋の中で黒光りの背中がキラリと光った。)そしてポリ袋の口をこれでもかと言うほどきつくしばり、外のコンテナ(大きなゴミ箱)にポイッと投げた。(どうにか一件落着。)


でもふと気づくと、今年はこれが初ゴキブリである。
それぐらいゴキブリを見なくなった。この時期ゴキブリが何匹も死んでたり出てきたりしたし、去年は水槽でプカプカ浮かんでいたように思うのだが。。。

実は私は1年前ぐらいから、クモを殺さなくなったのである。
クモはこの事務所の中でよく見かけ、最初はつまんではポリ袋に捨てていたが、もう最近は放置してした。昔母親が「朝見るクモは殺さない方がいい」「クモは益虫」と言っていたことがあった。
一番は、あまりに年中クモを見るので、いちいち取るのが面倒臭くなったのだろうと思う。そこでついでに「そう言えば益虫だったっけ」と思い出したような気がする。
いずれにしても、もう1年近くクモは放置していたと思う。

もしかしたらゴキブリが出なくなったのは、知らない所でクモに食べられているからかもしれない。そう信じたい。それならクモを生かしておく理由がつく。

このペースでもう1年様子を見ることとする。
しかし社長室のみ、ゴキが出たのは何故なのだろうか。
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今日の晩ご飯(さんまご飯)

2014-10-26 | ぶきっちょさんの家事一般
今日は3度目の正直でまたチョコレートケーキを焼く。


前回、酒を入れすぎたので(ケーキを食べた後運転しようとしたら、kekeにヤメロと言われたぐらい酒がプンプンしていたケーキだった。)、今回はハケでひと塗りしただけにした。そのあと生焼けが心配になってちょっと焼いたせいか今回はアルコールが全部飛んでしまったようだ。でも型に入れて焼いたので形はきれいに決まる。


ケーキを焼いている間にきんぴらごぼうを煮る。
このぐらいで1度火を止め、あとは食べる直前に火を入れて煮詰めるつもり。


そして今日の初めての試みは「さんまご飯」である。
午前中に美容院で見たオレンジページ(料理雑誌)に載っていた。それを見たらおいしそうだったのだ。

kekeに「今晩はサンマご飯にしたい。」と宣言すると、「え!さんまごはん〜?@@」とすっとんきょうな声を出していたが、「雑誌で見ておいしそうだったから、どーしても作りたい。」と言い、雑誌には塩と酒の味付けで土鍋で炊くようになっていたけど、醤油も入れてゴボウも入れて面倒くさいから炊飯器で炊くと言うとまた、えぇ〜〜〜、またいい加減な味付けなのぉ?とブーブー言う。

でもそれでも、サンマご飯を作ってみたかったので、私はする。
さっそく買って来たサンマを(雑誌では焼き網だったが)フライパンで焦げ目をつけて、米・こんぶ・しょうが・ゴボウ(少々)を入れて、味付けは家にある本の「鯛めし」を参考に酒・塩・うす口しょうゆを足す。
(サンマに塩を降ってしまったので、塩と醤油は控えめにした。)

このまま炊飯器のスイッチを入れる。
(雑誌では頭つきのサンマだったが、後でゴミが臭うので頭がないものを買ってしまった。)

※土鍋でご飯を炊くとおいしいとたびたび耳にしていて1度やってみたいと思うが、放っておけるのと、自分があまり味覚に神経質でないのでついつい炊飯器にしてしまう。

そして炊飯器が炊けると、サンマを取り出し、骨や尾っぽを取り除いてまた戻してまぜる。その時に多めにあさつき(小ねぎ)を切ったものを混ぜこむ。


できあがり。(^o^)

辛すぎるとどうしようもならないと思って塩・醤油を控えめにしてしまったが、もう少し塩を入れてよかった。しょう油より塩メインでいいようである。しょうがは決め手になるのでしっかり入れてよかった。
ゴボウは洗いゴボウだから?水にさらしたのが長すぎた?量が少なすぎ?ほとんど味がしなかった。(不要だった?)

オレンジページでは「ひつまぶし」のように、このあとゴマを混ぜて食べ、とろろをかけて食べ、最後にお茶漬けで食べる方法が紹介されていた。
kekeも食べていたので、近いうちにまた作ってみよう。
いつか焼き網でサンマを焼いてから土鍋で炊いてみたい。


きんぴらごぼうも自分ではおいしいと思うのだが、味覚に自信が無い。kekeはまずい時はまずいというのに、おいしいと言う事はほとんど無いので、分からない。
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最近の料理(ピザと坦々鍋)

2014-10-25 | ぶきっちょさんの家事一般
久しぶりにピザを焼いた。

毎回いつもきれいな丸に作れない。
生地を伸ばしているのが細長いまな板だからかもしれない。
もう少し広い台で伸ばせばもっときれいな形になるのだろうか。

ピザソースはピザーラから出ているソースを使い、生地はホームベーカリーでこねただけ。一番の大仕事が生地を伸ばすことなのだが、それがこの不恰好な形になってしまった。


これは坦々鍋。モランボン「もやし坦々鍋用スープ」と言うのがおいしそうなので買ってしまった。
期待通りおいしかった。^^今日(翌日)も1人晩ご飯なのでこの残りを食べようと思う。

昼に一昨日買った生鮭があり、今日は食べないとならないと思い、kekeに「鮭があるんだけどフライにする?チャンチャン焼きにする?」と訊いたところ、「両方ともいらない」と言うので、「それじゃこの鮭どうすればいいの?」と言うと、普通に塩で焼いてほしいと言われる。

鮭を焼きながら「バター醤油味にしてみる〜?」と訊いてみたけれど、「塩がいいって言ったでしょ」と言われ、そのまま塩をふりかけて焼く。

そんなに私の味付けは信頼できないのかね?^^;


上の二つは両方とも市販のソースなのでよく食べてた。^^;
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解説

2014-10-24 | 女だから思ったこと
お友達のブログのコメントを書いているうちに、前の夫の事を思い出した。

正確には元夫が駆け落ち同然で家を出ていき、その彼女と暮らした街のことを思い出したのである。
当然、私はとても傷ついた。
元夫を憎み、その女を憎み、その街には一生行くことはないだろうと思った。

あれから16年だか17年だかの月日が流れ(もう指折り数えないと何年経ったのかさえ分からなくなった)、ふと気がついたら私は地図を見ながら平気でその街に車を走らせ、パチパチ観光写真を撮っているのである。

心の傷は時間が洗い流すというが、本当にその通りだ。
10年前、まだ養育費の催促をしていた頃、ここまで無関心に忘れ去ることができると誰が予測してただろうか。


あれから私の心境も大幅に変わった。
好きな人もできた。
家庭がある人だから一緒になることもないだろう。
泣いたことも恨んだこともいっぱいある。

でも、そばにいる間は味方でいようと思うようになった。
それだけでいいや、って。
今、こうしている時間を大切にしようって。


時々、元夫達の事を思い出す。
負けた、と思った。
恥かしかった。
それでとても傷ついた。

あの頃、私は何を愛していたのだろう。
元夫ではなく、元夫から愛されている自分ではなかったのか。
あの心の傷はエゴだったのではないだろうか。


今の私がこうあるのは、これら全ての経験があったからこそだと思う。
そう思えば無駄なことなんてなかった。

世間は悲しむことや苦しむことを嫌うけれど、その中にも大切なことはあるのではないか。
そうでなければ分からないこともあるのではないか。

そう思うようになってから、こんな自分の過去も一緒に大切にしよう。
そんな過去を持つ自分を好きでいようと思うようになった。

これが私なりのはじまりかもしれません。

100人の人間がいれば、100通りの考え方があるでしょう。
100通りも生き様もあるでしょう。

でも、それに優劣をつけることはできないのかも。
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G子からの電話

2014-10-23 | M→G←T
G子から電話がきた。

転職先の会社では社長から一目おかれていて、仕事もたくさん積まれている。資格の勉強も今は土日学校に通っていて、コーラスサークルも忙しいらしい。T男とも昨日会ったよ、いつもの行きつけの店で、だんだん顔見知りが増えてね・・・とG子は言う。

前に店で勤めていた女の子に偶然会って訊かれたの「お二人はどういう関係なんですか?」って、そしたらT男何て言ったと思う?

「何だって?」
「フリン関係に決まってるだろ!って大きな声で言うんだよ。」

恥かしいったらありゃしないとG子が言うので、私は「ついに認めたね。」アハハと笑った。
「sakeちゃんは元気?」
「うん、相変わらずだよ、元気だよ。」
「肩はどうした?」
「あぁ五十肩ね、父が亡くなってからだんだん良くなってきてね、まだ腕はちゃんと伸ばせないけど良い方向に向かってるのは間違いないよ。」
「お父さんが見守ってくれているんだよ。」
「うん。」

G子は「今はT男も怒らなくなった。」と言うので、「G子もヤキモチ焼いて怒ったりしなくなったからなんじゃないの?」と言うと、そうだと言い、「sakeちゃんが前に言ったんだよ。何年も経つとそのうち何とも思わなくなるってね。」

「そんなこと言ったっけ?」
「うん、本当にその通りだった。あんなに辛かったのにね。家に帰っちゃイヤとも言わなくなった。私も他にやることがいろいろあるし。」
「それはよかった。」
「T男、前は私の事【ただの飲み友達】って言ってたんだよ。」
「へぇー」
「なのに、フリン関係だって。」
「それがいつの間にか既成事実として浸透したんだね。」

私はまたアハハと笑った。
(ちなみに彼らは大人の関係ではないので厳密には不倫という関係とは言えない。)

G子は忙しい忙しい大変とそればかり言うので、「資格もサークルも好きでやっているんでしょ」と言うと、「T男も同じことを言う。だったら辞めればいいって言うんだよ」と言い、「本当にその通りだもの。」と私は言う。

でもG子はとても楽しそうだった。新しい職場の社長にも一目置かれているようである。
「私がこんなに頑張ってるのに、娘が隣でゲームしているから怒った」と言うので、またそういうことを根詰めてギロンすると私たちはケンカになると思うので、「まあまあ」と言った。

「まあまあ、親子で仲良しなんだし、もうそれはいいじゃないの。」
「来年は社会人なのに会社から送られてくる資料も読まないんだよ。何してるんだか。」
「それはそのうち本人が気がつくよ。親に言われて分かる年じゃないもの。」

気がつくと1時間も話していた。
G子は「今は土日両方とも忙しい。今度会えるのは正月ぐらいになりそう」と言うので、「うん、その時会おうね。」と約束して電話を切った。
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夜にさまよう

2014-10-22 | 車の練習
私はどうしようもないほどマニュアル人間なので説明書に書かれてないと何も動けない。普段していないことをするとあちこちで恥をかく。

まず車の移動は到着時間が読めない。
家と会社間は読める。しかしそれ以外は時間と関係なく走らせているのでいつ着くのか読めない。距離は分かっても渋滞が読めない。

そこに行くのに20分あればいいのは分かっていた。でも途中1キロぐらい渋滞箇所がある。それを案じているうちに心配になり1時間前に出発してしまった。途中でAさんから「電話したら社長にもうお通夜に行ったよと言われたよ。」と言うので「ちょっと出るの早すぎですかねぇ」と言うと、「全開早いよ」と言う。途中黄色信号でしっかり停止したり、横から入りたがる車をちゃんと入れてあげて、余裕を持ちながらゆっくり安全運転で進むもほんとに30分も早く着いてしまった。なるべく入口から離れた駐車場に車を止め亡き人との思い出の場面を偲んでみる。

「やっと15分前か・・この後トイレに行ってから受付に行けばそろそろいいか・・」と思っていくと見るや否や、入口に見慣れた顔ぶれがあり秀クンが「受付あっち」と言うので受付を済ませるとみんながサッサと中に入ってしまうのでトイレに行く間がなかった。
事の次第が終わってからもみんなサッサと解散して「また明日ね」みたいになっていったん車に戻るも、「やっぱりトイレに行きたい・・」と思い、1人戻って用を済ませることにした。そして車に乗り込むが、その後、私が帰り道を想定していた方向には車を出せないことが判明する。

「試しに前の車についていけばいいか・・」と思ってついていくと、見知らぬ住宅地みたいな所に迷い込み、行けども行けども住宅しか見えない小道ばかり。とうに前の車は見失っており、突き当たっても右に行けば良いのか左に行けば良いのかわからない。途中で地図を広げるも、今いるこの場所が分からないからどうしたらいいか分からない。しかも家の灯がポツポツ灯る暗闇。

(なんてこった・・・)とグルグル走らせながら、これより広めの道に出ることを祈る。こう言う時はより広い道広い道に出れれば、いつかは有名道路につながるからである。
トイレに行かずに皆についていけばこうならなかったのか・・・でもトイレに行かずにこの状態になったら更にパニックは大きくなっていただろう、いつかは出られる、やがて朝は来るから・・・・と樹海をさまよう。(その住宅地にお住まいの方、樹海に例えてしまい申し訳ありません)

少し広い道路に出ながらもまた進むと道が細くなるのが何とも心細くさせる。でもこのままでは出られない。小道でもかまわず進んでいくと、やっと見慣れた通りに出ることができた。運転歴5年目にしてこの様である。それらしき灯が見えるとホッとした。

こうして書くとおちゃらけているように思われるかもしれないが、ご冥福をお祈りしている。

父と言い母と言い、その方も思い出すのは笑顔ばかりである。
先行く人はそうやってあの世に近づいて行ったのだろうか。

もう一度会いたいけど、私はまだしばらくこの世で修業が必要なのだろうか。


(寒くなってドライブも面倒な季節になったらこの近辺の道の練習もしておきたい。)
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