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●《死刑を忠実に実行している》のはニッポンだけ…飯塚事件でも、《十三人の死刑執行》でも揺るがず…

2019年05月01日 00時00分30秒 | Weblog


東京新聞の社説【週のはじめに考える 断頭台を捨てるまで】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018122402000149.html)。
東京新聞のシリーズ記事【<死刑を考える>(上) ~オウム事件より~】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122702000137.html)と、
【<死刑を考える>(中) ~囚人とその家族~】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122802000173.html)と、
【<死刑を考える>(下)~飯塚事件より~】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122902000121.html)。

 《二〇一八年は、十三人の死刑執行でオウム真理教の一連の事件に幕が引かれた年と記憶されることになるでしょう。死刑を見つめ直す時が来たのでは。…果たして死刑は何を守るのか。》
 《今年七月、オウム真理教の死刑囚十三人全員の刑が執行された。世界で死刑廃止の流れが進む中、大量執行は国内外に大きな衝撃を与えた。だが、国内ではその後、死刑制度の存廃を巡る大きな議論にはつながっていないこのままでいいのか。関係者を訪ね歩き、考えた》。

   『●死刑存置賛成派と飯塚事件
    「死刑存置がこんなに多い国って他にあるのか? 
     「死刑容認85%って本当?」 フランスかどこかでは1件の無実者の死刑で、
     死刑廃止を決断した、と聞いた。我国は、飯塚事件の久間三千年さんに
     どう責任を?」

   『●青木理さん「供述が立証の柱…もっと物証が欲しい。
        「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と…」
    《共謀罪を導入しても、テロが起きる可能性はある。そのときが怖い。
     社会がファナチック(狂信的)になり、メディアや社会も一緒になって
     「もっと捕まえろ」「もっと取り締まれ」と暴走するのではないか。
     オウム事件を取材していた時を思い出す。警察はあらゆる法令を
     駆使して信者を根こそぎ捕まえた。当時、幹部が「非常時だから、
     国民の皆様も納得してくれる」と話していた》

   『●「このまま死刑執行されてオウム事件は終わり、 
      ということにされていいの」? 真相・全貌は解明されたか?
   『●「7人に死刑を執行する前日に乾杯する総理大臣と法務大臣…
                     これがこの国のグロテスクな現状なのだ」
    《そもそも、「死刑があればそれを恐れて凶悪犯罪が減少する」という
     “抑止効果論”も、「根拠がない」というのが世界の共通認識だ。たとえば、
     1981年に死刑を廃止したフランスの統計でも廃止前後で殺人発生率に
     大きな変化はなく、1997年12月に1日で23人が処刑された韓国に
     おいてもやはりその前後で殺人発生率に違いはなかったという調査報告が
     なされている。他方、人口構成比などの点でよく似た社会といわれる
     アメリカとカナダを比較すると、死刑制度を廃止して40年が経つカナダの
     方が殺人率は低いというデータが現れている》

   『●オウム死刑囚十三人を処刑…《死刑を忠実に
       実行しているのは日本だけ》という野蛮さぶりを世界に喧伝
   『●オウム死刑囚大量執行…アベ様や上川陽子法相は
         「前夜祭」を催し、死刑さへも「サーカス」に使う悪辣さ

 《赤坂自民亭》の酔いちくれぶりや、一部マスコミの異常なハシャギぶり、思い出すだけでも気分が悪い。《死刑を忠実に実行しているのは日本だけ》、本当に何もかも嫌になるニッポン。さらには、飯塚事件久間三千年さんにどう責任をとるつもりなのか?

   『●飯塚事件の闇…2008年10月16日足利事件の
       再鑑定で死刑停止されるべきが、10月28日に死刑執行

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018122402000149.html

【社説】
週のはじめに考える 断頭台を捨てるまで
2018年12月24日

 二〇一八年は、十三人の死刑執行でオウム真理教の一連の事件に幕が引かれた年と記憶されることになるでしょう。死刑を見つめ直す時が来たのでは

 時計の針を戻してみます。

 人権宣言の国であることを思えば意外な気もしますが、フランスは一九七〇年代、西ヨーロッパでは唯一、昔ながらの死刑制度を残す国になっていました

 民主主義国家では例外的な死刑存置国となっている今の日本と似たような状況にあったといえるかもしれません。では、何がフランスを変えたのでしょう。


◆革命とともに生まれ

 人権宣言と同じように、その死刑制度は一七八九年に始まるフランス革命と深い関係があります。

 革命までは、フランスの死刑は平民には絞首刑、貴族階級に限って斬首刑が適用されていたようです。身分や貧富に関係なく、無用の苦痛を与えず名誉ある斬首刑を執行できるという断頭台、つまりギロチンが提案されたのは革命勃発後の議会でした。一七九二年以降、死刑はギロチンで執行されることになります。

 国王ルイ十六世も王妃マリー・アントワネットも、革命の指導者だったロベスピエールもダントンも、あるいは市井の犯罪者も、同じようにギロチンで首をはねられました。革命とともに生まれたギロチンは、結局、一九七七年まで使われ続けます。

 他方、死刑廃止を求める動きも革命勃発直後から現れています。議会に初めて死刑廃止の要求が出されたのは一七九一年のことでした。その後、数えきれぬほどの政治指導者や文化人が死刑廃止を求めて声を上げてきました。

 例えば「レ・ミゼラブル」のビクトル・ユゴー。あるいは「異邦人」のアルベール・カミュ。

 百九十年に及ぶ存廃論議に終止符を打って死刑が廃止されたのは一九八一年のことでした。


◆世論の過半は死刑賛成

 時の法相だったロベール・バダンテール弁護士の回想録「そして、死刑は廃止された」(藤田真利子訳、作品社)が、その経緯を教えてくれます。

 第二次大戦後、西欧諸国が相次いで死刑を廃止し、死刑廃止と犯罪発生率には関係がないことが明らかになってきました。それでもフランスでは、特に子どもが犠牲になる凶悪犯罪が起きるたびに死刑を求める世論が強まる、という状況が続いていました。

 つまり死刑廃止は、選挙に勝たねばならぬ政治家にとって、触れたくない課題だったわけです。

 八一年の大統領選は、最終的には中道右派の現職ジスカールデスタン氏に左派のミッテラン氏が挑む構図となりました。候補者は死刑への姿勢も問われることになります。直近の世論調査では、63%が死刑賛成でした。

 私的な場では死刑に嫌悪感を示していたジスカールデスタン氏でしたが、テレビ番組では「フランス国民を代表して統治するわけですから、国民の気持ちに逆らう権利はないものと考えます」。つまり、動くつもりはない、と。

 逆に、ミッテラン氏は「世論の過半は死刑に賛成ですが私は良心に基づいて死刑に反対します」と、姿勢を鮮明にしたのです。

 当選したのはミッテラン氏でした。新大統領は、死刑廃止の論客として知られたバダンテール氏を法相に起用し、死刑廃止法案をまとめさせました。法案は大統領与党の左派議員のみならず、野党となった右派からも相当数の議員が賛成に回って可決された。こうしてフランスはギロチンを引退させたのです。

 日本では、一九八九年からしばらく死刑執行が途絶えた時期がありました。死刑をめぐる議論が深まる兆しも見えたのですが、九三年に執行が再開され、さらに、オウム真理教の一連の事件が起きて死刑廃止の機運は吹き飛んでしまいました

 内閣府の世論調査で「死刑やむなし」は、九四年の74%からオウム事件後の九九年には79%に。直近の二〇一四年調査では80%でした。さて、今後はどう動くのか。

 国会に今月、死刑制度の是非を議論する超党派の議員連盟「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」が誕生しました。休眠状態だった旧死刑廃止議連の再出発で、約五十人が参加するそうです。


◆政治的勇気が動かす

 かつてのフランスと事情は同じでしょう。世論調査の数字を見れば、決して選挙向きの課題ではありません。それでも、良心に基づいて死刑廃止を考えようというのであれば、その志を大いにたたえたいと思います。果たして死刑は何を守るのか。議論が深まることを期待します。

 「事態を動かしたものは政治的勇気だった」。バダンテール氏の言葉です。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122702000137.html

<死刑を考える>(上) ~オウム事件より~
2018年12月27日 朝刊

     (オウム真理教の麻原彰晃元死刑囚と東京拘置所の刑場=コラージュ)

 今年七月、オウム真理教の死刑囚十三人全員の刑が執行された。世界で死刑廃止の流れが進む中、大量執行は国内外に大きな衝撃を与えた。だが、国内ではその後、死刑制度の存廃を巡る大きな議論にはつながっていない。このままでいいのか。関係者を訪ね歩き、考えた。

 数十年前の冬の朝、静まり返った東京拘置所の刑場。刑務官が、目隠しされた男の首に太いロープをかけた。幹部職員が手を上げたのを合図に、別室の刑務官三人が三つのレバーを同時に引く。「バーンッ」。男の体重を支えていた一メートル四方の踏み板がはじけるように開き、体が床下に消えた。

 落下の反動で、ロープが振り子のように大きく揺れる。執行に立ち会っていた元刑務官の野口善国弁護士は、両手でロープを固く握り、動きを止めた。床下をのぞくと、医務官が男の胸に聴診器を当てていた。

 野口弁護士は「心臓がドクン、ドクンと動いていた。今ならまだ助かると思った」と振り返る。人の命を奪った強盗殺人犯の最期。「正義の実現とはいえ、人が人を殺す現場だった」。その音と光景は、今も脳裏に焼き付いて離れない。

 「この日、この時が来ました。長い道のりだったけれど…」。オウム真理教元代表の麻原彰晃元死刑囚=執行時(63)、本名・松本智津夫=の刑が執行された今年七月六日、静岡県掛川市の小林房枝さん(76)が日記にこう記した。一九九四年六月の松本サリン事件で次男豊さん=当時(23)=を奪われた。

 一貫して求めてきた死刑。「何の罪もない息子が殺された。死刑で責任を取らせたいと願うのは、遺族として当然です。できることなら、刑場で執行のボタンを押したいくらいだった」と死刑存続を強く願う。

 同事件で長男の友視さん=当時(26)=を亡くした千葉県南房総市の伊藤洋子さん(78)も、早期の執行を望んできた。執行後は報道各社の取材に「一つの区切りがついた。ほっとした」と繰り返した。

 だが、月日が過ぎ、自分にそう言い聞かせたかっただけなのかもしれない、と思うようにもなった。「死刑で息子が生き返るわけではなく、悲しみや苦しみも全く消えなかった」と、別の思いも交錯する。

 八九年十一月の弁護士一家殺人事件で、同僚の坂本堤さん=当時(33)=を殺害された岡田尚弁護士はもともと、死刑反対の立場だった。しかし事件後、安易に反対と言うのが正しいのかと自問自答を繰り返すようになった

 当時、検事から被害者側の関係者として取り調べを受けたことがある。供述調書に押印する段階で、「当然、(求めるのは)極刑でよろしいか」と問われ、返答に詰まった。考えた末、「厳罰で」と逃げた。

 「自分が人権派弁護士のファッションとして、死刑反対を唱えていただけだと感じ、ショックだった」。その後、死刑についての議論を避けるようになった。

 死刑制度への態度が固まるきっかけは、皮肉にも、同僚をあやめたオウム元幹部たちの大量執行だった。岡田弁護士は「国家が十三人もの命を奪い去った。目が覚めた。執行後も心は晴れない。やはり死刑は野蛮な行為だ」と語り、こう続ける。

 「事件で被害者の命が奪われたが、死刑も命を取るという意味では全く同じ。違うのは、その主体が国家だということです」

 (この連載は、奥村圭吾、蜘手美鶴が担当します)



http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122802000173.html

<死刑を考える>(中) ~囚人とその家族~
2018年12月28日 朝刊

     (高橋和利死刑囚との写真を手にする妻の京子さん=横浜市戸塚区で)

 十月二日発足の第四次安倍改造内閣の法相ポストに、オウム真理教元幹部十三人の死刑執行を命じた上川陽子氏の名前はなかった。後任の法相となったのが元検察官の山下貴司氏。就任後の記者会見で「死刑もやむを得ない」と述べていた。

 東京拘置所に収監中の伊藤玲雄(れお)死刑囚(44)は翌三日、こんな手紙をしたためている。<根っからの検事畑の人種で、どうにもならないのか。逆に、エリートとしての法や権力への節度が期待できるのか><死刑行政にどの程度影響があるのかも判断がつかない>-。

 あいさつもそこそこに、新法相の死刑へのスタンスを探る文言が並んでいた。手紙を受け取った大河内秀明弁護士(76)は「なんとか死刑を回避したい」という強い焦りを感じ取った。

 伊藤死刑囚は二〇〇四年に東京都内で起きた架空請求詐欺グループの仲間割れ事件で、四人を殺害したとして殺人罪などに問われ、一三年に死刑が確定した。

 度重なる手紙からは<一刻も早い再審請求を><危機感をもって捉えていかないと、取り返しがつかないことになる>と刑執行を何とか回避したい思いが透ける。一五年一月、請求していた恩赦も「不相当」に。今は、明日が最期かも、とおびえる生活を送る。

 大河内弁護士は「本人は『自分の意志が弱く及んでしまった犯行。筆舌に尽くせないような悔恨が残り、つぐなっても、つぐないきれない』と深く反省している。それでも生きたいという思いは消せないのだろう」と心情をおもんぱかる。

 だが、事件で息子を殺された東京都杉並区の無職山口斌郎(しげお)さん(75)は「命で罪を償うのは当然。生きているうちに執行してもらい、息子に報告したい」と切り捨てた

 東京拘置所には、大河内弁護士が弁護人を務める死刑囚がもう一人いる。一九八八年、横浜市鶴見区で金融業の夫婦を殺害し、現金を奪ったとされる高橋和利死刑囚(84)。「死ぬのは怖くない。でも汚名を着せられたまま死ぬのは無念」が、支援者の岩生美鈴さん(58)らへの口癖だ。

 捜査段階で「ここで仮に認めても、やってないのなら裁判で無罪になる」と迫られ自白。公判では否認に転じ、今は再審請求審で争う。

 <面会ありがとう。遠かったでしょう><足や緑内障の具合はどう>。妻の京子さん(84)に宛てた手紙には、相手の身を案じる言葉ばかりが並ぶ。

 三十代で結婚。訳があって、京子さんのおい二人を家族同然に育て上げた。捨て犬を動物病院に連れて行ったこともあった。京子さんは「生き物の命を大切にする人。人を殺すような人間ではない」と信じる。

 事件後、京子さんの周りからは人がいなくなった。同じ趣味の友だちも、お金を貸してあげた知人も。隣家から「のぞいたでしょ」と言いがかりをつけられたこともあった。

 長年連れ添った夫と離れ離れになって三十年余り。「いつ執行があってもおかしくない」と覚悟しつつ、ふいに不安が強まることもある。「もしかしたら明日かも」と。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018122902000121.html

<死刑を考える>(下)~飯塚事件より~
2018年12月29日 朝刊

     (久間三千年元死刑囚、関係者提供=が妻に宛てた無罪を訴える手紙)

 「私はまだ死刑確定の新参者。時間はあるから、慌てなくてもいいですよ」

 二〇〇八年九月、暑さが残る福岡拘置所。その日の死刑囚はいつもより明るかった。面会室のアクリル板越しに、弁護人らに見せたA4判の紙。確定順に死刑囚の名前が並ぶ中、自身の名前は後ろの方に記されていた。

 再審請求の準備を焦る弁護人をなだめるように、「私はやってないから、必ず罪は晴れます」。しかし、この面会から三十九日後、久間三千年(くまみちとし)死刑囚の刑は想定外の早さで執行された。七十歳だった。

 一九九二年二月、福岡県飯塚市で登校中の女児二人=いずれも当時(7つ)=が誘拐され、殺害された通称「飯塚事件」。直接的な証拠がない中、久間元死刑囚は事件から二年七カ月後に逮捕された。「一切やっていない」。ただの一度も自白しなかった

 だが、被害者の遺留品が見つかった山間部では、車で通りがかった男性が路肩に止まった車と男を目撃していた。タイヤのホイールキャップのラインや、窓ガラスの色つきフィルム、後輪のダブルタイヤ…。すれ違ったわずか数秒で十数個の特徴を言い当てた。証言はいずれも久間元死刑囚の車を指していた。

 一審福岡地裁は「犯人であることは合理的な疑いを超えて認定できる」と死刑を言い渡した。当時は画期的とされたものの、精度が低く、後に足利事件などの冤罪(えんざい)につながった旧式のDNA型鑑定も判決を支えた。〇六年十月、刑は最高裁で確定した。

 飯塚市から約二十キロ離れた現場の山間部は、狭い国道が山を縫うように走る。記者が車で現場を通ったが、カーブに次ぐカーブで前方から目が離せない。仮に不審な車が止まっていたとしても、細かく観察できる自信はなかった。

 「取り返しがつかんなと思った」。一審から弁護人を務める岩田務弁護士(73)が、執行の日を振り返る。

 当時、死刑は確定から執行まで五、六年かかるのが一般的で、約二年で執行されるのは予想外だった。DNA型鑑定に誤りがあることを示そうと、再審請求に必要な新証拠を探している最中だった。

 結局、再審請求は刑の執行から一年後の〇九年に申し立てた。福岡地裁、福岡高裁とも再審開始を認めず、弁護団は今年二月、最高裁に特別抗告している。

 久間元死刑囚の刑が執行されてから今年で十年。女児たちの通った小学校は今春、廃校になった。女児の捜索に加わった近所の男性(82)は「結局、何があったのかは誰にも分からん」。久間元死刑囚の妻は事件後も引っ越すことなく、今も当時の家で暮らす。

 <真実有れば、自信を持って闘えるのが強み><冤罪を雪そそ)ぐことができずに残りの生涯を屈辱に苦しんで生きることになったら、その方が辛(つら)いのです

 久間元死刑囚が妻に宛てた手紙からは、自身の疑いを晴らしたい思いがにじむ。久間元死刑囚がこの言葉を妻に直接伝える機会は、もう訪れない

 (この連載は、奥村圭吾、蜘手美鶴が担当しました)
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●『誘蛾灯 二つの連続不審死事件』(青木理著)読了…マスコミの《愚にもつかない〝情報〟の大洪水》の中…

2019年01月20日 00時00分00秒 | Weblog

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51BkZRUDQlL._SX350_BO1,204,203,200_.jpg



『誘蛾灯 二つの連続不審死事件』(青木理著)読了(2019年1月3日)。講談社+α文庫、2016年1月20日第1刷発行。



https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51BkZRUDQlL._SX350_BO1,204,203,200_.jpg


 不謹慎ながら、爆笑した青木理さん〝メイン〟の『大竹まこと ゴールデンラジオ』での本書についての爆笑話。お相手は、室井佑月さん。


『大竹まこと ゴールデンラジオ! 2018年10月26日』
https://youtu.be/9TuWVrAx1TQ
http://radio-life.blog.jp/archives/29240779.html


   『●『日本の公安警察』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●青木理さん「供述が立証の柱…もっと物証が欲しい。
         「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と…」
   『●《日本の刑事司法はおそろしいほどに後進的…代用監獄…人質司法》
                          …さらに、司法取引まで投げ渡す大愚
   『●青木理さん「特定のメディア組織に属してはいても、
      記者が本来奉仕すべきは、広い意味での読者や視聴者」
   『●青木理さん『情報隠蔽国家』…「客観的な事実すら隠蔽し…
                ねじ曲げて恥じない為政者たちの姿」を報じも…
   『●青木理さん「テロは確かに怖いかもしれないけれど、
      国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い」
   『●「紛争地での取材やメディア、ジャーナリズムの原則論」…
               「政府高官が建前でも原則論を口にできぬ国」

 《彼女たちに騙されていたのは》…、青木理さんも、そうだったのかも。自省も含め、マスコミ報道の在り方への批判…〝ファッションチェック〟など、《かわりに伝えられるのは、愚にもつかない〝情報〟の大洪水だった》(p.489)。
 随所に青木さんらしい視点。裁判員裁判への懐疑。黙秘権の理由(p.344)…《検察や警察には強力な捜査権限が付与され、膨大な人員とカネを投じて証拠等を収集し、…一個人にすぎない被疑者、被告人=被訴追者の立場はあまりに弱く、その力の差は圧倒的である。…証明する責任は全面的に訴追機関の側が負い、…立証することが求められる。それができなければ無罪。…疑わしきは被告人の利益にの原則である》。その意味で、和歌山毒カレー事件の和歌山地裁判決への疑問(p.346)。林眞須美氏の有罪にも疑問。
 黙秘権を批判する裁判員…《黙秘権の意味と重要性…この程度の認識の者たちが裁判員を務め、一段高い法壇から判決を宣告…私は暗澹たる気持ちになってしまう。その発言に適切な疑義を突きつけず、あたかも真っ当なことを言っているかのように垂れ流したメディアも批判されてしかるべきだろう》。素人裁判員に死刑を宣告させる愚策。死刑のスイッチを押させる国策。
 死刑制度への疑問など。

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誘蛾灯 二つの連続不審死事件 (講談社+α文庫)
文庫 – 2016/1/21
青木理  (著)

内容紹介
上田美由紀、35歳。小柄で肥満、鳥取のスナックのホステス。彼女の周りで6人の男が死んだ。この事件の背景には、木嶋佳苗事件とは別の深い闇がある。
――美由紀に騙されていたのは、あなただったかもしれない。

2009年秋、30代の太った女二人が、それぞれ男と関係を持ち、カネを貢がせ、死に追いやっていた――。木嶋佳苗事件との共通項の多さから、世間の話題を集めた鳥取連続不審死事件。筆者は鳥取に通い、上田美由紀と面会し、彼女に騙された男たちに取材を重ね、二つの事件は似て非なるものだと確信する。
鳥取の事件の背景にあったのは、日本の地方をじわじわと覆う闇――人が減り、町が廃れ、仕事を失い、生活が立ちゆかなくなった田舎で生まれる、弱者が弱者を食い物にする状況――だった。

木嶋佳苗が獄中ブログを始めるきっかけとなり、「私の事件を取材してくれていたら…と思い続けたジャーナリスト」と言わしめた一冊が、大幅加筆のうえ、文庫化!

2009年秋、当時35歳の木嶋佳苗の周囲で、複数の男性が不審死した事件が話題を集めていた。同時期、別の連続不審死事件が浮上する。現場は鳥取、主役は上田美由紀、スナックのホステスだった。
二つの事件には驚くほど共通点があった。主役はどちらも30代半ばの小柄な肥満体型の女で、亡くなった男たちと肉体関係を持ち、多額のカネを貢がせていた。美由紀に惚れ込んだ男たちのなかには、刑事や新聞記者もいた。
しかし、二つの事件の背景はまったく異なるものだった。佳苗が高級マンションに住み、外車を乗り回し、セレブ相手の料理教室に通い、婚活サイトを利用して男を物色していたのに対し、美由紀は過疎の進む鳥取で5人の子どもとボロ家に住み、場末のスナックでターゲットを探していたのだ。
筆者は、事件現場、スナックに通い、裁判を傍聴する。美由紀に惚れ、貢ぎ、騙された男たちをみつけ、話を聞く。そして、拘置所にいる美由紀とも面会を重ねる。
そうして、木嶋佳苗事件からは決して見えてこない、この事件の深層――地方の貧困との関係があらわになっていく。人が減り、町が廃れ、仕事を失い、生活が立ちゆかなくなる。そこで生まれる、弱者が弱者を食い物にする犯罪。それは、いまの日本社会に覆いかぶさろうとしている闇だ


内容(「BOOK」データベースより)
上田美由紀、35歳。小柄で肥満、子ども5人を抱える鳥取のスナックのホステス。彼女の周りで6人の男が死んだ。この事件の背景には、木嶋佳苗事件とは別の深い闇がある―。なぜ男たちは騙され、カネを貢ぎ、それでも彼女を愛したのか?美由紀と面会し、取材を続ける筆者のもとに木嶋佳苗からのラブコールが届き、事態は新たな展開を見せる!鳥取連続不審死事件と、首都圏連続不審死事件―彼女たちに騙されていたのは、あなただったかもしれない


著者について
青木理
1966年、長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクションライター。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。警視庁公安担当、ソウル特派員などを務めた後、2006年に退社、フリーに。2000年に発表した『日本の公安警察』(講談社現代新書)は公安警察の内実を赤裸々に描き、ベストセラーとなった。主な著書に『絞首刑』(講談社文庫)、『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館文庫)、『増補版 国策捜査 暴走する特捜検察と餌食にされた人たち』(角川文庫)、、『青木理の抵抗の視線』『ルポ 国家権力』(ともにトランスビュー)、『抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心』(講談社)など。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活動している。


著者略歴 (BOOK著者紹介情報」より)
青木理
1966年、長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクションライター。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。警視庁公安担当、ソウル特派員などを務めた後、2006年に退社、フリーに。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活動している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000208043

目次
序章
第1章 太ったホステス
第2章 一人目の男
第3章 二人目の男
第4章 三人目の男
第5章 県警の蹉跌、男たちの蹉跌
第6章 なぜ溺れたのか
第7章 ウソツキだけど可愛い女
第8章 「真犯人」は誰なのか
第9章 「真犯人」の証言
第10章 美由紀との対話
第11章 「みちづれ」
第12章 ラブ・レター
第13章 松江にて―美由紀との対話2
第14章 男のウソと女のウソ
終章 美由紀と佳苗―二つの連続不審死事件
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●青木理さん『情報隠蔽国家』…「客観的な事実すら隠蔽し…ねじ曲げて恥じない為政者たちの姿」を報じも…

2018年05月13日 00時00分33秒 | Weblog

【↑(https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51JcZRoa2mL._SX336_BO1,204,203,200_.jpg)】



AERAの田沢竜次氏による記事【さすらいのジャーナリスト、安倍政権の「隠蔽の構造」暴く】(https://dot.asahi.com/aera/2018042700005.html)。

 《『情報隠蔽国家』は、安倍政権による「隠蔽の構造」を暴き、警察権力と政権中枢が結びつく恐るべき社会に警鐘を鳴らす時評コラム、ルポ、インタビューだ。著書に『日本の公安警察』『国策捜査』などがある著者の青木理さんに、同著に寄せる思いを聞いた》。

   『●「「トカゲのシッポ切り」ではなく、「頭の切り離し」」(森裕子さん)。
                          佐川事件でなくアベ様御夫妻案件
   『●菅義偉・最低の官房長官は、今なぜ、アベ様に向かって 
           「地位に恋々としがみつく」とは言わないのですか?
   『●すべては「2017年2月17日はアベ様のタンカ記念日」に始まった
                  …五日後の「秘密会議」に太田充氏も

   『●「新聞をお読みにはならない」財務相: 切り離し不可の「頭」…
                     「責任」なんて言葉はそのオツムには無し
   『●壊憲への暴走: シビリアンが暴走し、
      アベ様の「我が軍」も既に暴走を始めているようだ…戦慄を覚える
   『●「真相解明は大切。だが、ウソをつくのは認めて」
        →「首相…のためなら、自民党はどうなっても」(筆洗)
   『●「なぜ面会したのか。首相はどう関与しているのか。
        まさか、そこのところはどうも思い出せぬでは」ネェ?
   『●斎藤貴男さん「家柄だけのボンボン爺さんの
      チョイ悪ぶりっ子ほどみっともないものはない。恥を知ろう…」
   『●「謝罪会見の場に、被害女性を散々おとしめた
      麻生氏の姿はなかった」…ウルトラ差別者の責任は有耶無耶?

 最悪の官房長官らが沖縄ではやりたい放題に「森」や「美ら海」を殺し続け、市民を分断し、反対派を乱暴に「檻」に閉じ込め、ときに、(山城博治さん、目取真俊さんら)不法拘束しようがどうしようが「本土」ではほとんど問題視しない、《前川スキャンダル》をマスコミが垂れ流す、行政府の長やウルトラ差別主義者を放置して何の責任も問わない、野党のせいで国会が不正常であるかような言説で囃し立て、行政府の長らや与党のおかげで1年以上も空転していたことには触れもしない、等々々々々…腐りきった政権や与党を放置…《政治の劣化に言論で対峙するのはジャーナリズムの役割》ではないのか? 《客観的な事実すら隠蔽し、時にねじ曲げて恥じない為政者たちの姿》を報じず、報道やジャーナリストの意味はあるのか?

 「大竹メインディッシュ」ゲストが青木理さん(01:08:00辺り)のこの「大竹まこと ゴールデンラジオ」も必聴もの。室井佑月さんも含めての、金曜恒例「大竹紳士交遊録」の金子勝さん(1:47:00辺り)の部分も、是非。


【大竹まこと ゴールデンラジオ 2018年05月11日
 (https://www.youtube.com/watch?v=HgF99trtUg0)】

   『●青木理さん「冤罪」「マイナンバー」
     「監視・管理されたがり社会」、金子勝さん「もんじゅ「廃炉」?」
   『●『超・反知性主義入門』の小田嶋隆さんインタビュー、
            「そういう政権を選んだ国民にも危険な兆候」
   『●最後っ屁に期待する: 古舘伊知郎さん、
      この際ですから全部ぶちまけてから降板を! 矜持を示して!
   『●失われる「メディアの作法、矜持」…
      「権力を監視する機能が失われ」、しかも、アベ様の「思う壺」
    「青木理さん、「権力と距離を置かなくちゃいけないなんていうのは、
     かつてはごく当たり前の作法としてメディア内で共有されていた」」

   『●「検察・警察も冤罪防止のために“前向き”」?…
      刑事訴訟法の「改正案が成立すれば、新たな冤罪を生む」
   『●古舘伊知郎・岸井成格・国谷裕子・青木理さん… 
      アベ様に「厳しい立場だった人」達は偶然の一致なのか?
   『●スガ殿が「粛々」とジャーナリズムを破壊していく
            ~「安倍政権の圧力、狡猾なやり口」~
   『●自己責任であり、「公共の迷惑」なのか?: 
      青木理さん「「知る権利」を保障し、「公共の利益」である」
   『●異常過ぎる非情な自己責任論者達…
      安田純平さんの「罪は、人々が『お上』と呼ぶ政府に反抗したこと」?
   『●「あとの祭り」: 「自民党きっての極右議員」「極右思想」大臣
                    …こんな防衛相が誕生しちゃいました
   『●青木理さん『日本会議の正体』…「民主主義体制を
        死滅に追い込みかねない悪性ウィルスのようなもの」
   『●アベ様、稲田・高市氏「この国の政権の重要閣僚が
       ヘイト団体と仲良し」…どの辺が「インテリジェンス」?
   『●青木理さん「供述が立証の柱…もっと物証が欲しい。
         「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と…」
   『●ソレは既に彼らの手中…「大量監視の始まり。
      日本にこれまで存在していなかった監視文化が日常のものに」
   『●2017年都議会議員選挙: 「「安倍政治」を許さない」
      →自民党亜種・トファや公明に投票? 理解不能
   『●青木理さん、逃れられない歴史的責任…
      「朝鮮半島が平和になるために日本は努力をしなくてはいけない」
   ●アベ様は、「政治への強い志も知の蓄積の
      気配すらも見られなかった」(青木理さん)…原点回帰な9条壊憲
   『●「竹やりで…」「特攻艇・震洋」「人間機雷・伏龍」…
        「最も戦争に接近した八月」に「愚かな戦争に学ぶ」
   ●内田樹さん「泥靴でふみにじられた戦後立憲政治の常識」…
             国権の最高機関という素朴な願望も打ち砕かれる
    「青木理さん、前川喜平・前文科事務次官インタビューについて。
     「特定秘密保護法もそう、通信傍受法も強化された。そして、ついに
     共謀罪。…思い出したいのは、前川さんが出会い系のバーに行っていた、
     なんてことをなぜ官邸がつかめたのか? …警察である可能性が高い。…」
     (『サンデーモーニング』2017年6月25日)」

   『●「自衛隊、防衛出動か。射殺ですか」=
      「聴衆の問題意識を喚起する趣旨」…等々の「ト」な閣議決定を乱発
   『●国会審議形骸化: 与・(癒党込み)野党の国会質問時間の配分は
                        実質「9.5時間対4.5時間」なのね?
   『●「2017年2月17日はアベ様のタンカ記念日」からの
      この1年間の無駄…泥縄で有耶無耶にするつもり?
   『●「2大ファシスト」「独裁者」のための憲法違反の
       「ト」な「デモ封じ条例」=東京都迷惑防止条例壊悪案
   『●「新聞をお読みにはならない」財務相:
      切り離し不可の「頭」…「責任」なんて言葉はそのオツムには無し
   『●青木理さん「特定のメディア組織に属してはいても、
       記者が本来奉仕すべきは、広い意味での読者や視聴者」

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https://dot.asahi.com/aera/2018042700005.html

さすらいのジャーナリスト、安倍政権の「隠蔽の構造」暴く
田沢竜次
2018.5.5 11:30 AERA #安倍政権 #読書

あおき・おさむ/1966年生まれ。共同通信記者を経てフリージャーナリスト、ノンフィクション作家。著書に『日本の公安警察』『国策捜査』『絞首刑』『日本会議の正体』『安倍三代』など(撮影/写真部・青木理


【↑(https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51JcZRoa2mL._SX336_BO1,204,203,200_.jpg)】
(情報隠蔽国家 青木理 著)

 『情報隠蔽国家』は、安倍政権による「隠蔽の構造」を暴き、警察権力と政権中枢が結びつく恐るべき社会に警鐘を鳴らす時評コラム、ルポ、インタビューだ。著書に『日本の公安警察』『国策捜査』などがある著者の青木理さんに、同著に寄せる思いを聞いた。

*  *  *

   〈すべての事象に共通するのは、政権の都合や行政の自己保身を
    優先するあまり、客観的な事実すら隠蔽し、時にねじ曲げて
    恥じない為政者たちの姿である〉
    (第1章「日米同盟の暗部と葬り去られた国家機密」から)

 本書が世に出て以降の現在進行形の事態、暴かれつつある事実の数々は、まさに「情報隠蔽国家」というタイトルをダイレクトに体現しているようだ。本書は「サンデー毎日」誌上で発表したルポや連載コラムをベースに、加筆・修正や書き下ろしを加えた「さすらいのジャーナリスト」(TBSラジオから)青木理さんの時評&インタビュー、状況への発言などを一冊にまとめたもので、出るべくして出た必読の書といえる。

   「安倍政権の特徴は、官邸中枢を占める人脈を経済産業省人脈
    警察人脈で固めているところ。特に警備・公安警察の人脈が
    政権のど真ん中に突き刺さっているのは、政治への警察の位相が
    ものすごく上がっていることを意味します」

 青木さんは1990年代、共同通信記者時代に公安警察の暗躍を追い続け、『日本の公安警察』を上梓した。以降、特定秘密保護法改正通信傍受法共謀罪法などが次々と成立し、「安全・安心」のための監視カメラの増加など、治安当局の権限は増すばかりだ。「共謀罪と公安警察と前川スキャンダル」の章でも、官邸と結びついた公安警察の一部門が政治家や官僚などの「身辺調査」に動き回る衝撃的な実態が描かれている。

 〈従順に屈服する者は優遇して褒美を与える一方、従わない者は容赦なく切り捨て、踏みつけ、果ては個人攻撃を加える現政権の薄暗い横暴と独善は一種の恐怖政治であり、民主主義とは最も遠い地平にある〉との指摘は、本書に収められた現役自衛官や元・公安調査官の実名告発、北海道警の組織犯罪にも通底する。

   「治安維持に法律が必要だというのであれば、どこかで歯止めを
    かけるシステムを確立しておかないとまずい。本来そうした議論を
    するのが政権の側であるはずです。何の歯止めもなく警察に武器を
    与えている今の政治はすごく劣化していると思いますよ」

 政治の劣化に言論で対峙するのはジャーナリズムの役割である。〈私たちはまさに暗闇の中に立たされていないか〉という青木さんの警鐘は、読後ますます深刻に響く。試されているのは一人一人が事実を見極める力だ。本書はそのための一助となり得るだろう。(ライター・田沢竜次)

※AERA 2018年4月30日-5月7日合併号
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●「死刑という刑罰」: 飯塚事件では「冤罪被害者」を死刑…「冤罪被害者」の命を、最早、償いようもない

2018年05月04日 00時00分02秒 | Weblog


レイバーネットのコラム【●木下昌明の映画の部屋 第239回/死刑映画週間『獄友』『白と黒』など8本を上映〜「死刑という刑罰」を考える】(http://www.labornetjp.org/news/2018/0216eiga)。

 《金聖雄(キム・ソンウン)監督の『獄友(ごくとも)』は、日本で起きた狭山袴田布川足利といったよく知られた殺人事件で長期拘束された5人の「冤罪(えんざい)被害者」に焦点を当てたドキュメンタリー。彼らはなぜウソの自白をしたのか、獄中で何があったのか? 互いに「獄友」と励まし合ってきたことなどが描かれる》。

   『●氷見事件(富山冤罪事件)の冤罪被害者のいま
                 ・・・「人生の歯車は狂ったまま」
   『●「人生の歯車は狂ったまま」:
       東京新聞・桐山桂一さん「冤罪とは犯罪よりも罪深い刑罰」

   『●名張毒ぶどう酒事件という冤罪
   『●「疑わしきは罰する」名張毒ぶどう酒事件、あ~っため息が・・・
   『●司法権力の〝執念〟:
           映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』

   『●血の通わぬ冷たい国の冷たい司法: 「奥西勝死刑囚(87)
                     ・・・・・・死刑囚の心の叫び」は届かず

   『●名張毒ぶどう酒事件第八次再審請求審:  
         検証もせずに、今度は新証拠ではないとは!
   『●「触らぬ神にたたりなし、ということなのか」?  
      訴えることが出来なくなるのを待つ司法の残酷さ!
   『●司法権力の〝執念〟: 映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』
   『●奥西勝冤罪死刑囚が亡くなる: 
        訴えることが出来なくなるのを待った司法の残酷さ!
   『●血の通わぬ冷たい国の冷たい司法: 「奥西勝死刑囚(87)
                     ・・・・・・死刑囚の心の叫び」は届かず

 例えば、氷見事件では、今も「人生の歯車は狂ったまま」だそうだ。
 例えば、名張毒ぶどう酒事件奥西勝さんは、訴えることが出来なくなるのを…冷酷。
 例えば、飯塚事件では、冤罪者・久間三千年さんを死刑・殺人・私刑。「冤罪被害者」の命を、最早、償いようもない。
 《安倍政権下での死刑執行は31》…だそうだ。

   『●NNNドキュメント’13: 
      『死刑執行は正しかったのか 飯塚事件 “切りとられた証拠”』
   『●①飯塚事件冤罪者を死刑執行:「死刑存置か? 
         廃止か?」…話題にも上らない、死刑賛成派8割なニッポン
   『●②飯塚事件冤罪者を死刑執行:「死刑存置か? 
         廃止か?」…話題にも上らない、死刑賛成派8割なニッポン
   『●飯塚事件冤罪者を国家が死刑執行、
       「この重すぎる現実」: 無惨…「死刑執行で冤罪を隠蔽」

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http://www.labornetjp.org/news/2018/0216eiga

木下昌明の映画の部屋 : 死刑映画週間『獄友』『白と黒』など8本を上映


木下昌明の映画の部屋 第239回
死刑映画週間『獄友』『白と黒』など8本を上映〜「死刑という刑罰」を考える

 死刑って何だろう。なぜ廃止にならないのか。これまで映画でも絞首刑をはじめ、ガス室、銃殺、首に金輪をはめてネジで絞めあげるなどの数々の処刑を見てきたが、そんな残酷シーンに衝撃を受けても、いつしか忘れてしまう。

 死刑は世界的にみれば廃止に向かっている。隣国の韓国では20年間も執行されていない。が、日本をはじめ中国や北朝鮮はいまだに続いている。これでいいのか?

 「死刑という刑罰」を考える映画週間と銘打ち、8本の映画と8人の「語る人」によるイベントを2月17日に開催する。

 新作の金聖雄(キム・ソンウン)監督の『獄友(ごくとも)』は、日本で起きた狭山袴田布川足利といったよく知られた殺人事件で長期拘束された5人の「冤罪(えんざい)被害者」に焦点を当てたドキュメンタリー。彼らはなぜウソの自白をしたのか、獄中で何があったのか? 互いに「獄友」と励まし合ってきたことなどが描かれる。

 イスラエルの『スペシャリスト~自覚なき殺戮(さつりく)者』は、ユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチスの親衛隊中佐アイヒマンの裁判記録。ここから哲学者ハンナ・アーレントが追究した‟凡庸”な悪の本質もあぶり出されてくる。

 中山節夫監督の『新・あつい壁』は、ルポライターの主人公が、無実なのに死刑にされた男の事件を追った劇映画。

 堀川弘道監督の『白と黒』は1963年と旧作ながら面白い。死刑廃止論者の弁護士が妻を殺されたのに犯人の弁護を買ってでる――犯人像が二転三転するミステリー。そこから何がみえてくるのか?

 その他『プリズン・エクスペリメント』『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』『弁護人』『ヒトラーへの285枚の葉書』など。『ヒトラー……』にはギロチンがちらりと出てくるが、胸にぐさり――。これらの作品を素材に金聖雄、鵜飼哲(さとし)、黄英治(ファン・ヨンチ)、坂上香、森達也、佐藤慶紀、太田昌国氏らが語る。

 ちなみに安倍政権下での死刑執行は31人。(『サンデー毎日』2018年2月25号)

※2月17日~23日東京・渋谷ユーロスペースにて。問い合わせ03-3461-0211

〔追記〕『ヒトラーへの285枚の葉書』についてわたしが語ることになりました。改めて見直すと、死刑がどうのの問題を超えて、なかなか奥行の深い作品で、考えさせられました。
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●素人に《人を裁くという経験を通じ、死刑と向き合い、是非を考え》させたいらしいという『朝日』と大違い?

2016年11月13日 00時00分57秒 | Weblog


東京新聞の社説【死刑廃止宣言 日弁連はどう説得する】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016100802000182.html

 《死刑廃止を求める宣言を日弁連がした。冤罪(えんざい)なら取り返しがつかない刑罰だ。厳罰を望む犯罪被害者の声や80%を超す死刑存置の世論も無視はできない。日弁連はどう説得するか試される。…英政府は過ちを認め、六五年から死刑執行をやめ、六九年に制度そのものを廃止した。注目すべきは、当時の英国の世論の80%超が死刑を支持していたのだ》。

 『朝日新聞』では、素人に《人を裁くという経験を通じ、死刑と向き合い、是非を考え》させたいらしい…それと比較すると、『東京新聞』のこの社説は趣が随分と違う。冤罪という大問題に加えて、素人裁判官に「死刑のスイッチ」を押させる残酷さ。訓練を受けたであろうプロの裁判官でさえが、どう感じておられるのだろう? 例えば、熊本典道さん…。

   『●無残!……『朝日』は、素人に《人を裁くという経験を通じ、
               死刑と向き合い、是非を考え》させたいらしい
   『●シロウト裁判官の地獄…: 「裁判員の経験を
      話した親しい友人にこう問われた。「人を殺したのか?」」

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016100802000182.html

【社説】
死刑廃止宣言 日弁連はどう説得する
2016年10月8日

 死刑廃止を求める宣言を日弁連がした。冤罪(えんざい)なら取り返しがつかない刑罰だ。厳罰を望む犯罪被害者の声や80%を超す死刑存置の世論無視はできない。日弁連はどう説得するか試される。

 英国で無実の人を絞首刑にしたことがある。一九四九年のエバンス事件だ。運転手のエバンスが妻と娘を殺したとされたが、死刑執行後に真犯人はアパートの階下の住人だったことが判明した。

 英政府は過ちを認め、六五年から死刑執行をやめ、六九年に制度そのものを廃止した。注目すべきは、当時の英国の世論の80%超が死刑を支持していたのだ

 英国ばかりでなく、どの国も世論は「死刑支持」が多数派だったが次々と政治が廃止へと導いていった

 二〇一五年末時点で、死刑を廃止・停止している国は百四十カ国にのぼる。世界の三分の二以上を占める。制度があっても、執行した国は二十五カ国しかない。アムネスティ・インターナショナルによれば、米国の五十州のうち十八州は廃止、存置州でも三州は停止している。執行されたのは一五年では六州だけだ。韓国は制度はあるが、十八年以上停止している。OECD(経済協力開発機構)加盟国で国家として統一して死刑執行するのは日本だけなのだ。

 その日本で八〇年代に四件の再審無罪があった。「死刑台からの帰還」である。一四年には袴田事件で再審決定があり、死刑確定者が四十八年ぶりに釈放された。もし彼らが絞首刑になっていたら…。裁判も人間が行う限り、誤りが起こる。それでも取り返しのつかない刑罰を持つべきだろうか

 死刑は犯罪を抑止するという考え方があるが、国内外の研究ではその効果を実証できてはいない。むしろ抑止効果を疑問視している。しかも、日本の刑事司法冤罪を生みやすい構造を持つ長期の身柄拘束自白偏重の取り調べが続いているし、証拠の全面開示もない欠陥だらけなのだ。

 米国では死刑確定後も、手続きが公正であったか、州と連邦レベルでそれぞれチェックされる。日本では決定的な新証拠がなければ、再審がほとんど認められない無実か、量刑を誤った死刑囚が存在することはないのか。再審の新たな仕組みが必要でないか。

 犯罪被害者が厳罰感情を持つのは当然であるし、理解できる。その一方で、誤判を心配する。死刑廃止という世界的な潮流に逆らえるか、悩ましさが募る。
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●「耐え難いほど正義に反する状況」を認めれない仙台地裁 ~筋弛緩剤混入事件守大助さん~

2014年04月01日 00時00分03秒 | Weblog


付記(140521): ブログ主にとっては意外な結果になりました・・・・・・●PC遠隔操作”冤罪”事件: 意外な結果に・・・・・・ブログ主自身の無能さを痛感』]

大変に残念で無念な飯塚事件の再審棄却について、書く気力がわかない。後日、感想を書くことにするが、冤罪にもかかわらず死刑を執行された久間三千年さんご自身、そして親族や関係者の皆様の悔しさを思うと怒りがわいてくる。

asahi.comの記事【筋弛緩剤混入事件、受刑者の再審請求棄却 仙台地裁】(http://www.asahi.com/articles/ASG3V3PT5G3VUNHB006.html?iref=comtop_list_nat_n05)と、
東京新聞の【【コラム】筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014032802000124.html)。

   『●〝犬〟になれなかった裁判官
   『●『冤罪ファイル(2010年10月号)』読了


 検察や警察、裁判所自身の誤りを否定できないのでは裁判所の存在の意義はない。「ヒラメひらめ)」裁判官や「」裁判官では存在意義がない。仙台地裁の河村俊哉裁判長のことである・・・・・・「仙台市のクリニックで起きた筋弛緩(しかん)剤混入事件で・・・・・・守大助受刑者(42)の再審請求について、仙台地裁は25日付で棄却した」・・・・・・目は節穴である。

   『●『冤罪File No.2 (6月号)』読了
   『●『紙の爆弾(2010年9月号)』読了
   『●『冤罪File(No.10)』読了
   『●冤罪: 筋弛緩剤事件の守大助氏
   『●冤罪(その1/2): どんな力学が働いているのか?


 袴田事件に一区切りついた今、北陵クリニック事件=「筋弛緩剤混入事件」にも注視し、一日でも早く冤罪を晴らさないと大変な問題。和歌山毒カレー事件PC遠隔操作事件、等々・・・・・・「ヒラメ(ひらめ)」裁判官や「犬」裁判官に当たらないことを祈るしかない現状が悲しい。

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http://www.asahi.com/articles/ASG3V3PT5G3VUNHB006.html?iref=comtop_list_nat_n05

筋弛緩剤混入事件、受刑者の再審請求棄却 仙台地裁
2014年3月26日12時17分

 仙台市のクリニックで起きた筋弛緩(しかん)剤混入事件で、患者5人に対する殺人と殺人未遂の罪で無期懲役が確定した守大助受刑者(42)の再審請求について、仙台地裁は25日付で棄却した。弁護側は仙台高裁に即時抗告する。弁護側は、鑑定の方法や結果に誤りがあり、患者の症状も筋弛緩剤による中毒症状と矛盾するなどと主張。検察側は「恣意(しい)的で非科学的だ」と反論し、請求の棄却を求めていた。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014032802000124.html

【コラム】
筆洗
2014年3月28日

 一九五〇年の春、英国で一人の青年が絞首刑に処せられた。幼い娘を殺したというのが、その罪状だった。彼の名チモシー・エバンスは、死刑廃止の一つの契機をつくった人の名として、英司法史に刻まれることになる処刑後、真犯人が捕まったのだ▼この悲劇を受け、司法のありように疑問の声がわき起こった。内務省は調査に乗り出したが、出てきた報告書は捜査機関をかばう内容。国会で議員らは、こう追及したという▼「我々がこの報告書を問題にしているのは、真実を明らかにせぬからではない。真実を隠蔽(いんぺい)しているからだ。我々がこれを問題にしているのは、そこに過失があるからでもない。そこに不実があるからだ」▼きのう静岡地裁は袴田事件の再審開始と、無実を訴えてきた袴田巌さんの釈放を決めた。その決定要旨にある裁判所の指摘は驚くべきものだ。死刑判決の拠(よ)り所となった証拠は「捜査機関によって捏造(ねつぞう)された疑いがある」というのだ▼捜査も人のやること。真実にたどり着けず、過ちを犯すこともある。だが袴田さんに罪を着せるため、当局が証拠をでっち上げたとしたら、真実の隠蔽や不実どころではない。犯罪である▼司法当局が自らこの疑惑の解明にあたらないのならば、国会がその権限で追及すべきだ。それもできぬとしたら、それこそ地裁が言う「耐え難いほど正義に反する状況」だ
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●森達也さん『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』書評

2014年01月03日 00時00分45秒 | Weblog


レイバーネットTVhttp://www.labornetjp.org/tvのコラム(http://www.labornetjp.org/Columnに出ていた記事【松本昌次のいま、言わねばならないこと・第7回(2013.10.1) 松本昌次(編集者・影書房) 「非国民」の光栄に輝く一冊】(http://www.labornetjp.org/Column/20131001)。

 森達也さん『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』の書評。松本昌次氏の結論、「「非国民と罵倒した人たちよ、この声を聞け、といいたい」。

   『●「日本の恥と呼ぶべき存在」
   『●『追われゆく坑夫たち』読了(2/3)
  
   『●『「反日」とは何か ~中国人活動家は語る~』読了(3/3)
     (※「平和なアジアという井戸を掘る意思があるのかどうか、疑わしい」)
  
   『●隣国と一体どんな関係を築きたいの?
   『●「平和なアジアという井戸を掘る意思があるのかどうか、疑わしい」

 靖国神社参拝時に見られるような安倍晋三首相や石原慎太郎元「ト」知事橋下徹前「ト」知事河村たかし氏など「愛国者」らしき人たちよりも、「非国民」と呼ばれる人たちの森達也さんや斎藤貴男さん(『「非国民」のすすめ』)らの方がよほど真の意味で「愛国」的だと思う。

   『●『「非国民」のすすめ』読了(1/6)
   『●『「非国民」のすすめ』読了(2/6)
   『●『「非国民」のすすめ』読了(3/6)
   『●『「非国民」のすすめ』読了(4/6)
   『●『「非国民」のすすめ』読了(5/6)
   『●『「非国民」のすすめ』読了(6/6)
   『●「不安と闘いながら世界に理念を示し続けたこの国に生まれたことを
                                         僕は何よりも誇りに思う」
   『●森達也さん「組織全体の病理と民意の後押し」
   『●森達也さん『国民を騙し続けたこの国には秘密保護法など不要』
   『●秘密隠蔽法: 「もっと絶望した方がいい」・・・
             「絶望」させられたのは自公・翼賛野党非支持者ばかり

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http://www.labornetjp.org/Column/20131001

松本昌次のいま、言わねばならないこと・第7
7回(2013.10.1 松本昌次(編集者・影書房)
「非国民」の光栄に輝く一冊

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい――これは、何かのスローガンではない。本の書名である。さらにサブタイトルもある――正義という共同幻想がもたらす本当の危機。著者は森達也氏。8月22日、ダイヤモンド社刊。四六判並製380ページ、定価1600円+税。この本は、2007年10月から、版元のPR誌「経」に連載された「リアル共同幻想論」をベースに、加筆・修正・編纂されたものである。連載が始まってしばらくあと、同社のウェブサイトに転載するようになったが、途端に、ネット上で「鬼畜」とか「非国民」とか「死ね」などの罵声を浴びせかけられる光栄を担った一冊でもある。

森達也氏といえば、オウム真理教を扱ったドキュメンタリー映画『A』 『A2』の監督として、国内外で各種の賞を獲得、一躍名を馳せ、『A3』『死刑』など、作家としてもめざましい仕事をつづけている方だが、わたしは、その「めざましさ」ゆえに敬遠して映画も著書もほとんど知らず、せいぜい、月刊誌「自然と人間」の表紙裏に連載しているコラム「誰が誰に何を言ってんの?」を愛読してきたに過ぎない。(ちなみに「自然と人間」は、毎号すぐれた内容である。)森氏がこれほどの「非国民」とはつゆ知らず、不明をお詫びするほかない。

さて、一読、わたしに「非国民」であることへの限りない勇気を与えてくれたこの本の内容とはどんなものか。目次をそのまま列記すればいいようなものだが、冒頭の、森氏の二、三篇の主張をカッコなしで引用しつつ、適宜、わたしのコメントをつけ加えて、紹介したい。

まず、書名になっている死刑の問題からはじまるが、先進国ではいまやアメリカと日本のみとなった死刑、しかも絞首刑という残酷な方法を今なおつづける日本の死刑制度は、まるで被害者遺族のためにあるかのごとくだと森氏はいう。同感である。わたしに言わせれば、遺族のために国家が昔ながらの仇討ちをしてあげているようなものである。死刑廃止は日本人の心情にそぐわないと、一時的に国家を支配している連中は言いつづけているが、70年ほど前、戦争にひたすら心情を捧げた日本人は、敗戦を告げるツルの一声で、あっさり平和の心情に転換した。誤った心情などは、正しい制度で改まるものなのだ。

つぎに森氏は、北方領土・竹島・尖閣諸島などの領土問題にふれ、無用な諍いや争いを回避するためならば、少しばかり領土や領海が小さくなったっていいじゃないかという。同感である。わたしも自国と他国の人たちの命を大事にしたいからである。共有・共存の道だってある。尖閣諸島いきり立つ石原慎太郎氏は、『俺は、君のためにこそ死にに行く』などという映画を2007年に作ったとのこと。どんな映画か知らないが、勝手にあんた一人で死にに行って欲しいものである

あとは一瀉千里、主要な森氏の主張やテーマを摘記する。肉は食べていいが、動物の殺され方を知ろう。タイガーマスクは薄気味悪い善意。ハンセン氏病に対する無知と偏見は過去形ではない。3・11以後、メディアに広がる「がんばれ」や「絆」はグロテスクだ。メディアによって戦争が矮小化されている。原子力神話に加担したことを詫びる。監視社会の蔓延。解明されないオウム真理教事件。互いに忖度し合いながら暴走する集団。「テロと戦う」とは何か。暴走する資本主義と民主主義。拉致問題の解決は日朝の国交正常化しかない。中国における戦争犯罪の証言。北朝鮮のロケット発射を「事実上のミサイル」と断定する不思議。過去の過ちを認めない日本――etc。

最後に森氏は、戦後、憲法九条を守り抜いてきたことを「誇り高き痩せ我慢」といい、次の文章で本書を閉じている。――「誇ることはひとつだけ。不安や恐怖に震えながらも、歯を食いしばって世界に理念を示し続けたこの国に生まれたことを、僕は何よりも誇りに思う。」

「非国民」と罵倒した人たちよ、この声を聞け、といいたい。
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●御笑い「合憲」 ~裁判員制度を違憲に出来る訳が無い!~

2011年11月20日 01時53分53秒 | Weblog


asahi.comの記事(http://www.asahi.com/national/update/1116/TKY201111160267.html)。関連した東京新聞の社説(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011111702000072.html)とasahi.comの社説(http://www.asahi.com/paper/editorial20111119.html)。

 御笑いだ。あ~やっぱり、というのが第一の感想。期待は全くしていなかったものの、やはり司法もダメですね。法曹界トップがこれでは。
 両社説も煮え切らない。そんな高尚な話ではないのに。だって、両社はどうだったかわからないけれども、幾つかのマスコミはやらせで儲けさせてもらったこと(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/s/%A5%BF%A5%A6%A5%F3%A5%DF%A1%BC%A5%C6%A5%A3%A5%F3%A5%B0)が影響しているのでしょう。以下の二つの当ブログ記事をどうぞ。

     ●『つぶせ! 裁判員制度』読了
     ●『官僚とメディア』読了(3/3)

 それにしても、

    「「違憲論」の議論は、これで一応の決着をみたといえよう。
     最高裁の裁判員経験者へのアンケート調査でも95%以上が
     「よい経験」と回答し、制度は定着してきたと評価


とは・・・・・・。また、

    「司法は、世の多数にあらがっても人権や正義を守る使命を担う。
     そのために、国会が定めた法律をおかしいといったり、行政の決定を
     取り消したりする権限を与えられている。しかし国民との結びつきは
     国会などに比べて弱く、責任をまっとうしていけるのか心配がぬぐえない」

ことがどうして、『死刑のスイッチ』を含むような刑事裁判への参加であるのか、さっぱり分からない。

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http://www.asahi.com/national/update/1116/TKY201111160267.html

201111161511
裁判員制度は「合憲」 最高裁大法廷が初判断

 裁判員制度は憲法に違反していないかどうかが争点となった刑事裁判の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允〈ひろのぶ〉長官)は16日、「合憲」との初めての判断を示した。その上で、無罪を訴えていた被告側の上告を棄却した。

 審理の対象は、覚醒剤を密輸したとして一、二審で実刑とされたフィリピン国籍の女性被告(45)。一審から無罪を主張し、弁護側は控訴審から「裁判員制度は違憲だ」と訴えた。

 「(地裁や高裁など)下級裁判所の裁判官は最高裁が指名した者の名簿によって、内閣が任命する」と定めた憲法80条などが、裁判員制度が適合するかが争点となっていた。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011111702000072.html

裁判員制度 合憲でも課題は残る
20111117

 裁判員制度は憲法違反かどうかが争点の裁判で、最高裁は「合憲」と判断した。二年半を経過した新制度は定着しつつある一方で、死刑の在り方や厳しい守秘義務など克服すべき課題は残る。
 大日本帝国憲法では「裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権」と書かれたが、日本国憲法第三七条では「裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」となった。「裁判官」ではなく「裁判所」と変わったのだ。
 新憲法と同時に施行された裁判所法第三条は「陪審の制度を設けることを妨げない」とも明記した。新憲法は刑事裁判を市民参加で行うことを想定していたと考えるのが自然だろう。陪審制とは形は異なるが、裁判員制度は新憲法の理念に沿っているともいえる。
 今回の裁判は覚せい剤密輸の事件だが、同制度自体の違憲性を争った。弁護側は「くじで選ばれた裁判官以外の者が、裁判官と対等の権利を持って裁判に関与するのは違憲」などと主張したのだ。
 最高裁は新憲法制定時の状況を踏まえつつ、「国民の司法参加が禁じられていると解すべき理由はない」と合憲判断をした。同制度では法令の解釈などは裁判官が行う。評決も単なる多数決ではなく、多数意見の中に必ず裁判官が加わっていることが必要だ。
 それらを根拠に「被告人の権利保護の配慮もされている」「刑事裁判の諸原則の保障は裁判官の判断に委ねられている」などと合憲理由を説明した。
 立法段階から一部の学者や弁護士などで根強かった「違憲論」の議論は、これで一応の決着をみたといえよう。最高裁の裁判員経験者へのアンケート調査でも95%以上が「よい経験」と回答し、制度は定着してきたと評価できる。
 裁判員制度では一般市民も死刑問題と向き合う。絞首刑が残虐な刑罰にあたるかがテーマとなった裁判では、執行に立ち会った元検事が「むごいと思った」と証言した。死刑の在り方の議論に一石を投じることになるだろう。
 同一の被告が複数の事件を起こした場合、事件ごとに裁判員が選ばれる「区分審理」になることがある。量刑は最後に判決を出す法廷で決まる。審理に加わらなかった裁判員が量刑を判断する仕組みは、矛盾をはらんでいる。
 過重な守秘義務なども問題だ。もっと裁判員の経験を社会で共有できるように改善したらどうか。市民感覚を生かした刑事裁判がさらに成熟するのを期待する。
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http://www.asahi.com/paper/editorial.htmlの11月19日付、
          おそらく、http://www.asahi.com/paper/editorial20111119.html

20111119日(土)付
裁判員は合憲―市民が司法を強くする

 「裁判員制度は憲法に違反しない」。そんな判決が最高裁大法廷で言い渡された。
 国民の司法参加の話が本格化した90年代末からの「合憲か違憲か」の争いに決着がついた。
 裁判官でない一般の人に裁かれるのは被告の権利を侵す。参加の義務づけは憲法が禁ずる苦役にあたる……。違憲の主張はさまざまだが、そうした指摘を踏まえ、憲法に適合するよう工夫して制度はつくられた。
 じつは憲法と司法参加の関係は、ここにきて急に語られるようになったわけではない。
 憲法を制定する段階から議論があり、将来、参加に道を開くときの妨げにならぬようにと条文が練られた。先人の見識と知恵にあらためて敬服する。
 国民が裁判に加わる意味あいを、いま一度考えてみたい。
 裁判員の負担は軽くない。プロに任せておけばいいではないか、との声は根強くある。
 だが国民から縁遠く、専門の世界に閉じこもる裁判所が、私たちにとって本当に頼りになる存在であり得るだろうか。
 司法は、世の多数にあらがっても人権や正義を守る使命を担う。そのために、国会が定めた法律をおかしいといったり、行政の決定を取り消したりする権限を与えられている。しかし国民との結びつきは国会などに比べて弱く、責任をまっとうしていけるのか心配がぬぐえない。
 そんな司法の世界に主権者である国民が入っていくことで、よって立つ基盤を強化し、本来の役割をしっかり果たさせる。司法参加の意義はここにある。
 裁判員と裁判官がともに悩み考える営みを通じて、裁判の質が高まり、司法の機能が向上することは、結果として人々に豊かな果実をもたらす。
 みんなで一定の負担を引き受けながら、より良い社会をつくる。それが民主主義であり、今回の判決の背景にも同じ思想が流れているように思う。
 制度が始まって2年半。「罪を犯した人の社会復帰や治安について考える機会になった」と参加の経験を前向きにとらえる裁判員が多い。国民がそばにいるという緊張感は裁判官、検察官、弁護士をきたえ、長すぎる裁判の見直しをはじめ、これまで進んでこなかった改革を後押しする力にもなった。
 もちろん課題はまだ多いし、思わぬ障害が立ちはだかるかもしれない。だがそれを乗り越えることで、制度はより確かなものになってゆく。
 この国の主人公は一人一人の国民である。判決は、その思いを新たにする契機になった。
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●「裁判員制度」の下での「死刑制度」存置支持

2011年11月09日 00時08分40秒 | Weblog


11月4日付朝日新聞社説(
http://www.asahi.com/paper/editorial.html)と、asahi.comの記事(http://www.asahi.com/national/update/1020/TKY201110200652.html?ref=reca)から。

 「裁判員制度」・「死刑制度」のどちらの制度についても、議論がほとんど盛り上がることがない我国。
 今回の裁判員の方々、「死刑のスイッチ」を押させられ、しかも、死刑制度存置に加担させられてしまった訳で、誠にお気の毒というしかない。私にはとても出来ないし、裁判員を引き受けるつもりもない (← その種明かしはこの本に)。
 どのように裁判員と裁判官の間で話し合いが持たれたのだろうか。裁判官によってどのように「死刑のスイッチ」に〝誘導〟され、死刑制度存置に〝導かれ〟て行ったのか、うかがいしれない。裁判員には語れないから。国が死刑存置なのだから、従えと言わんばかりに。

 どちらの制度も、この国のいつものごとく、淡々と続いていく。最高裁が、裁判員制度を違憲とすることなんてありえないでしょうやらせは、電力会社の特許ではない(こんなやらせや癒着をやっていて違憲なんて出せる訳がいないだろう、天に唾する行為だから)。3.11東京電力福島原発人災後も、政治も含めた全てが何も変わらず、全てこれまで通りに淡々と。そこに少しは何らかの躊躇いや煩悩があっても良いのではないか。

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http://www.asahi.com/paper/editorial.html

2011年11月4日(金)付
裁判員と死刑―情報公開し広く議論を

 パチンコ店で5人が犠牲になった放火殺人事件で、大阪地裁は被告に死刑を言い渡した。
 弁護側が「絞首刑は憲法が禁じる残虐な刑罰にあたる」と主張したことから、裁判員裁判で初めて死刑の違憲性が争われた結論は「合憲」だった
 裁判員法は、憲法判断などの法令解釈は裁判官が担当すると定めている。今回は裁判長が「裁判員の意見を聴きたい」と審理への参加を求めた。
 最高裁は1955年、絞首刑について「他の方法に比べてとくに残虐という理由は認められない」と、合憲の判断をした。
 それから半世紀がたち、情勢は大きく変わった。欧州諸国は死刑を廃止し、続ける国でも絞首刑は減っている。
 今回、オーストリアの法医学者が法廷に立ち、「首が切断されるおそれがある」と話した。元最高検検事は死刑執行に立ち会った体験から「正視に堪えず、残虐な刑罰に限りなく近い」と証言した。
 裁判員の意見を踏まえた判決は「絞首刑には前近代的なところがある」と指摘したうえで、「死刑にある程度のむごたらしさを伴うことは避けがたい」と、合憲の結論を導いた。
 判決後、記者会見した裁判員は、議論に必要な情報が少なかった、と語った。
 裁判長は、受刑者の身体に損傷が生じた事例などについて国に照会したが、法務省は「回答できない」と突っぱねた。
 法務省は以前から、死刑に関する情報開示には極めて消極的だ。刑の執行状況などについても明らかにしてこなかった。
 しかし裁判員制度が始まり、市民は直接、死刑と向き合うことになった。実態をつまびらかにしないまま、究極の刑罰について判断を求めることがあってはならない。法務省は、死刑やその執行をめぐる情報を積極的に公開するべきだ。
 昨夏、当時の千葉景子法相が刑場を公開し、死刑の是非を考える勉強会を省内に立ち上げた。だが相次ぐ法相の交代などで議論は進んでおらず、情報の開示も不十分なままだ。
 個別の事件の法廷は、死刑制度の是非や、執行の合違憲を論じる場としては限界がある。
 ある裁判員は「死刑の存廃を含め、国民的な議論の場が必要と感じた」と話した。「死刑問題への取り組みも職責」という平岡秀夫法相は、議論の場を広げる努力を怠ってはならない。
 判決は「どの執行方法を選択するかは立法裁量の問題」とも指摘した。議論を深めるため、国会も手を尽くす必要がある。
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http://www.asahi.com/national/update/1020/TKY201110200652.html?ref=reca

201110202256
裁判員制度は合憲か違憲か 最高裁、11月16日に判決

 裁判員制度が憲法に違反しないかが争われた刑事裁判の上告審で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允〈ひろのぶ〉長官)は来月16日に判決を言い渡すことを決め、関係者に通知した。裁判員制度について、最高裁が初めての憲法判断を示す。
 主な争点は、裁判員制度が「(地裁や高裁など)下級裁判所の裁判官は最高裁が指名した者の名簿によって、内閣で任命する」と定めた憲法80条に適合するかどうか。弁護側は「くじで偶然選ばれた裁判官以外の者が、裁判官と対等の権利を持って裁判に関与するのは違憲だ」と主張。検察側は「憲法には、裁判官以外の者の関与を禁じる規定はない」と反論している。
 審理の対象は、覚醒剤を密輸したとして一、二審で実刑とされたフィリピン国籍の女性被告(45)。一審から無罪を主張し、弁護側は控訴審から「裁判員制度は違憲だ」と訴えている。
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●『A3(エー・スリー)』読了

2011年01月16日 01時24分48秒 | Weblog

森達也『A3』(エ―・スリー)を、1月に読了。冬休みの〝休み時間〟にせっせと読学。集英社インターナショナル、2010年11月第1刷発行。

 本の帯の表、「なぜ「あの事件から」目をそむけるのか?/歴史は上書きされ、改ざんされる。無自覚に。誰も気づかないままに・・・・・・。ドキュメンタリー 『A』 『A2』の作者が放つ第3弾。新しい視座で「オウム」と「麻原彰晃」、そして「日本人」の本質に迫る!」。
 裏は、「何か変だよな。おそらく誰もがそう思っている。でも抗えない。多くの謎と副作用ばかりをこの社会に残しながら、急激に風化されつつある一連の「オウム事件」。何も解明されないまま、教祖と幹部信者たちの死刑は確定した―――。麻原彰晃の足跡を、新しい視点からもう一度迫る。浮かび上がるのは現代日本の深層」。

 『A』・『A2』に続く今回の「A」は、麻原彰晃氏の「A」。「吊るせ」、「殺せ」、というマスコミの作り上げたものではなく、麻原彰晃氏を別の視点から見たルポルタージュ。「詐病」と喧伝し、もはや真相の解明などに全く興味の無いマスコミ騙されていることに気づかない、気づこうとしない人々。

 プロローグ、「1 傍聴」、「2 封印」、「3 面会」、・・・「16 父親」、「17 詐病」、・・・「24 死刑」、「25 視力」、・・・「31 受容」、「32 特異」、エピローグ。

 誰がどう見ても被告席の麻原氏は「壊れていた」はずなのに、誰ひとりマスコミは報じようとしない。マスコミが煽る「民意」に引きづられ、裁判官の目も「フシアナ」。「・・・精神鑑定はただの一度も為されていない。/・・・一切の接見や面会を、麻原は一九九七年から拒絶している。・・・家族とは・・・、会話は一切交わしていない。・・・七年間、彼はだれとも口をきいていないのだ。もしもこれが演技でできるのなら、その精神力の強靭さは並ではない。まさしく怪物としか思えない」(p.15)。
 「・・・裁判官たちは本気で考えたのだろうか。・・・。/何かの冗談を聞いているかのようだ。・・・。/・・・ちゃんと仕事をしてほしい。大小便は垂れ流しで会話どころか意思の疎通すらできなくなっている男を被告席に座らせて、一体何を裁こうとするつもりなのか。どんな事実を明らかにするつもりなのか。そもそも刑事裁判の存在意義を、あなたたちはどのように考えているのだろうか」(p.56)。
 安田好弘弁護士が逮捕されるという嫌がらせ、異常事態。その後、わずか二人の弁護態勢。そのうちの一人は、「まさしく壮年です。それがいきなり車椅子で、しかもオムツをしていて、その理由は分からないって、これは普通のことですか。これを異常と感じないならば、いったい何が異常なんですか」(p.189)。

 都市伝説・陰謀論と放置していいのか? 「・・・岡崎の見解は、・・・拘置所内で投与された向精神薬が、麻原の人格破壊の原因ではないかと・・・。/拘置所内で看守たちが薬物を頻繁に使うとの噂は、確かによく耳にする。・・・常識をはるかに超えた量が投与されたということらしい」(p.63)。

 死刑存置国中の稀有な存置国。「・・・絞首刑・・・死刑囚に余計な苦しみを与えないということらし。・・・。実際に絞首刑がどの程度の苦痛を与えているのか、それは誰にも分からない。なぜならこれを体験してから語った人はまだいない。/ちなみに二〇〇八年に絞首刑を実施した国は、イランとイラク、パキスタンとバングラデシュ、エジプトにマレーシアとスーダン、ボツワナとセントクリストファー・ネーヴィスと日本だけだ。他にはない。そもそも死刑存置国は少数だけど、最後の最後に死刑囚に耐え難い苦痛を与えているとの見方が強い絞首刑を採用する国はさらに少ない」(pp.66-67)。

 腐ったジャーナリズムの典型。「「現在の麻原は訴訟能力を失っている可能性がある」との僕の主張を、ジャーナリストの青沼陽一郎が、『諸君!』(文藝春秋社)二〇〇五年三月号で「思考停止しているのは世界ではなくあなたの方だ」とのタイトルで、四頁にわたって批判している。/・・・いわばオウムを包囲する世論形成に大きな役割を果たしたジャーナリストのひとりだ。・・・。/ただし論争ならば論理的であることが前提だ」(p.67)。それは無理な相談でしょうね、この雑誌、この出版社、かつ、これらが御贔屓の作家センセでは。

 公安調査庁生き残りのための破防法。佐高信さん、浅野健一さん(p.76)。「オウム新法・・・。つまり多重に憲法を逸脱している。破防法とほぼ同様に(あるいは破防法以上に)問題点が多くある法律だ。/でも団体規制法は成立した。・・・住民票不受理や、オウムの子供たちの就学拒否などが、当たり前のように行われるようになった。つまり「オウムを排除するためなら何でもあり」的な意識が、事件直後の1995年より明らかに強くなっている」(p.77)。青木理さん、「・・・「組織の生き残り」に向け、なり振り構わぬ数々の試みに取り組んでいた。・・・次のような公安庁の内部文章を入手して唖然とさせられたことがある。/・・・公安庁にとってはオウムは、やはり〝天佑〟だったのだ」(p.67)。
 「・・・力強い何ものかにしっかりと管理や統治をしてもらいたいとの社会の思いが、強く反映されているということだ。つまりオウムによる後遺症が顕在化した。/・・・ほとんどの日本人はメディアによって、「オウムの信者は普通ではない」と刷り込まれていたということになる」(p.80)。

 安田好弘弁護士(p.87、188、358)の嫌がらせ逮捕のもう一つの背景。「・・・麻原彰晃の主任弁護人として一審弁護団を牽引していた安田好弘を逮捕した。・・・。多くのメディアは「麻原主任弁護人を逮捕」と大きく報じ、「人権弁護士にもうひとつの仮面」と見出しをつけた週刊誌もある。・・・。/・・・特に麻原法廷の主任弁護人として、また死刑廃止運動のリーダーとして、そして弁護士は在野にあるべきとして公権力への接近に明確な疑義を示していた安田の存在は、公権力と足並みを揃えつつあった中坊にとって、極めて目障りであったことは容易に想像がつく」(pp.87-88)。
 麻原氏に検察が死刑を求刑した同年、安田さんは「一審で無罪判決を勝ち取った」(p.89)。判決言い渡しの経緯は、安田さんの『死刑弁護人 ~生きるという権利~』の解説に詳しい。しかしながら、〝犬〟の裁判官により、控訴審判決では逆転有罪が言い渡され、現在は上告中。
 近代司法の破壊。民意だから仕方ない、で良いのか? 「・・・安田は低くつぶやいた。/「近代司法の重要な原理である無罪推定や検察の立証責任などの概念は、今やもうお題目に等しい。・・・」/・・・「・・・つまり弁護人が知らないうちに裁判官が被告に会っていた。・・・」/・・・。/「人権派って?」/「いろいろ。例えば市民団体とか」/「あの人たちはね、基本的には、良い人とかわいそうな人の人権じゃないとダメなの」/「・・・・・・悪くて憎らしい人の人権はダメなのかな」/「ダメだねえ」」(pp.90-91)。
 思い込み。思い込まされ過ぎ。「被害者や起訴された事件の数を考えれば、長いどころか異例なほどに短い」死刑判決までの道のり(p.91)。

 不合理、不正義。「・・・彼の子供たちは教育を受ける権利を、この社会から現在進行形で奪われ続けている」(p.142)。入学拒否した、とある大学教員の言葉、「・・・「良心的」な教員集団がした決定がこれだ、という点である。こんな近代の原則にも徹しきれない人々が考えている「平和」や「学問」とは何だろう? むしろここに恐怖を感じる」(p.151)。住民票の不受理など、「明確な憲法違反」(p.152)。
 棒タワシを使っての体の「洗浄」など、「とにかく彼は被告が本来持つべき権利をほとんど有していないのです」(p.262)。
 「・・・中学の措置に対して、問題視する世論はほとんどない。そして教育機関に義務教育すら拒絶される彼らの父親である男は、精神が崩壊したまま、門外漢の僕にすら不備や破綻をいくらでも指摘できる鑑定書を根拠に、今まさに死刑が確定しようとしている」(p.263)。

 鈴木邦男さん(p.161)、大泉実成さん(p.164)。河野義行さん(p.229)。大西巨人さん(p.230)。
 浅見定雄さんにはちょっと落胆(p.231)。
 本件では、どうも変な江川昭子氏(p.270)。

 サイキックハンター。「・・・多くの知識人や科学者たちがオカルト超能力に興味を持ち、降霊術なども頻繁に行われていた。これらのトリックを精力的に暴き続けたのは、奇術師ハリー・フーディーニだった。ところが・・・、亡き母親との交信を望み続け、さらには霊界空の交信を試みるとの遺言を妻に残して死んでいる。/でもその死後、ついに一度たりとも、妻に霊界からの交信はなかったという」(p.166)。妻との交信の経緯については興味深い話があり、ぜひ、本城達也さんのWP超常現象の謎解き』(http://www.nazotoki.com/)を参照(「フーディニの暗号」、http://www.nazotoki.com/houdini_code.html)して下さい。

 囃したて嘲笑する外野。その気味悪さに気づかない不気味さ。「転び公妨」、実際は「転ばせ公妨」(pp.227-228)。「ところがこのとき、警察官のこの違法行為に抗議の声をあげる人はいなかった。それどころか群衆は、警察官が信者を道路に押し倒したとき、歓声を上げながら拍手した。カメラを回す僕のすぐ後ろにいた初老の男性は、「・・・本望だよな」と大声で言い、多くの人が笑いながら「そうだそうだ」と同意した」(p.228)。

 読まねば。『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』(現代人文社)(p.417)。
 光市母子殺害事件(p.417)。
 メディアの暴走。麻原氏とその取り巻きの関係と、メディアと民意との関係の相似形。「・・・麻原がほとんど盲目で、・・・側近たちは張りきった。危機を訴えれば訴えるほど麻原に重用されるのだ。要するにオウム以降のメディアと民意の関係だ。危機を訴えれば訴えるほど、視聴率や部数は上昇する」(p.472)。

 途中から、宗教用語とその難解な論理についていけず。考えてみると、事件と同時進行では、メディアの情報で洗脳されていないためもあるのか?

 ゴタゴタ言うな、とにかく死刑にしてしまえ!、という民意。それも今や誰も思い出しもしなくなるほどに風化か? 「・・・朝日新聞社界面に降幡賢一・・・。/・・・。/戦後最大級といわれる事件なのに、「犯行計画の詳細を一体誰が決めたのか」すら、いまだに明らかにされていないことを、降幡は指摘している。あらためて考えれば、いやあらためて考えるまでもなく、とても異常な事態だ。でもおそらく多くの人は降幡のこの重要な指摘を読みながら、とても異常だとは思わない。さっさと読み飛ばしてしまうのだろう」(p.504)。
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●『創(2009年11月号)』読了

2009年12月06日 14時07分28秒 | Weblog

『創』(2009年11月号)、11月に読了。

 対談「蓮池透×鈴木邦男 拉致問題をタブーのままにしていいのか!」(pp.40-49)。

 佐高さんの「筆頭両断!/「公明党を支配するドン」池田大作」(pp.60-61)。

 
鈴木邦男さんの「言論の覚悟」(pp.62-65)。大杉栄、竹中労。

 
香山リカさんの「「こころの時代」解体新書/なぜ〈右傾化〉は回避されたのか」(pp.66-69)。「つまり、すべてはこの3年以内に起きたことだ。安倍氏の登場、国民投票法案の成立、そして田母神旋風が巻き起こる中、誰が「来年にはすべてがひっくり返っているだろう」などと予測しえただろうか」。

 
森達也さん「極私的メディア論 第47回/目玉オヤジの叫び」(pp.70-73)。「ならば言う。当たり前だ。僕は非当事者だ」。
 「この事件の真相については、主任弁護人である安田好弘からも、以前に聞いたことがある。大谷と安田の情報は同じではない。でもカレー鍋にヒ素を入れた犯人が林真須美さんではないということは共通している」。「・・・無罪推定原則は、まずは検察側の犯罪立証を要求している。被告人の犯罪事実を検察側が明確に立証できないならばその段階で・・・被告人は無罪と推定されなければならないのだ。/でも今のこの国の刑事司法には、そんな精神はもう残滓すらない」。「世界的なこの厳罰化の流れに逆行する国の代表が北欧だ。・・・現在はとても良好な治安を実現している」。「8月中旬にはNHK-BSの番組「未来への提言」のロケで、ノルウエーにしばらく滞在した」。

 
清水潔氏(日本テレビ社会部記者)「もうひとつの足利事件報道/「追跡・足利事件」――2年に及んだ調査報道」(pp.102-112)。「被害者の母親からの菅家さん釈放の情報」。被害者のお母さんは「・・・もし菅家さんが無罪であるなら、早く軌道修正をして欲しい。捜査が間違っていたんであれば、ちゃんと謝るべきです。(捜査は)だれが考えたっておかしいでしょう。ごめんなさいが言えなくてどうするの・・・」。

 
対談「安田好弘×青木理 民主党政権下で死刑問題はどうなるのか!?」(pp.112-125)。青木さんの新刊『絞首刑』(講談社)。
 
「飯塚事件で死刑執行した法務省の劣化」について、「1992年に福岡で起きた飯塚事件のケースもそうです。2人の女児を殺害したとされた久間三千年(くまみちとし)死刑囚は」無罪を主張し続けたが、足利事件と全く同じDNA型鑑定による極めて杜撰な鑑定にも関わらず、昨年、死刑が執行。「もし冤罪だったとするなら、無辜の人間を処刑してしまったことになる。恐るべきことですが、その可能性は十分にある」。

 
永六輔[放送タレント]×矢崎泰久[元『話の特集』編集長]ぢぢ放談/第6回 民主党なんていらない」(p.126-133)。政治家は「言葉を学ぶ」が重要なテーマ。政治家向け「ごんべん漢字・熟語」。

 
雨宮処凛さん「ドキュメント雨宮革命/第23回 私の会った「大臣」たち」(pp.138-141)。亀井静香氏、福島みずほ氏。
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●『石原莞爾/その虚飾』読了 (2/2)

2009年04月13日 07時55分41秒 | Weblog

『石原莞爾/その虚飾』、佐高信著】
 「 手と足をもいだ丸太にしてかへし
     万歳とあげて行った手を大陸へおいてきた
/・・・鶴彬は、こうした刺し貫くような反戦川柳をつくって逮捕され、赤痢にかかって、手錠をかけられたまま、二十九歳で病死した」(p.78)

 「のちに筑豊の炭鉱に入った記録文学作家の上野英信 (本名、鋭之進) も建大に学んだ一人・・・/・・・上野の小伝を書いている川原一之は、・・・/上野は建大時代のことを黙して語らなかった。・・・/・・・石原は「・・・、さっさと満州を去った」・・・。残された力なき若者たちは・・・、その精神に手ひどい傷を負った」(pp.153-155)

 退官してもどこへも天下らなかった」〝異色官僚〟佐橋滋さん (pp.188-191)

 
「留学生の父」と慕われた穂積五一さん (p.261)

 
「尋問を受けたほとんど全員が「自分は戦争に反対だった」と言って責任をの免れようとする中で・・・」、ただ一人「・・・他人の戦争責任を語らず、尋ねられても「私は知らない」と詳述を拒んだ」広田弘毅、その広田の絞首刑の判決に下された時、首席検察官キーナンは「何と馬鹿げた判決か。広田の絞首刑は不当だ」 (p.305)

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