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7人に1人が貧困の制約
日本が米国流の企業重視、金融利益重視の政策に傾く中で、金融緩和が長期化し、これによる株高、円安が所得分配に大きな偏りをもたらしました。
労働者の4割近くが非正規雇用となり、国税庁のデータによると彼らの年収は200万円前後で、そこから家賃と社会保険料を引かれると、食費の確保が精いっぱいで、結婚や子育てどころではなくなります。
その一方で企業は最高益を更新し続け、資産価格の上昇で資産家、富裕層がますます富むことになります。その結果、米国と同様に日本でも所得格差が拡大。日本財団の調査によると、日本の相対貧困率は1985年の10.9%から2019年には13.5%と、7人に1人が「貧困」状態となりました。
2010年のOECDのfactbookによると、日本の相対貧困率は15%で、これは加盟国のうち、メキシコ、トルコ、米国に次いで4番目に高い数字となっています。デンマークの5%とは大違いです。中間層が消滅し、富裕層と貧困層に二分される中で、日本の個人消費は低迷し、最近ではこれに物価高が重なって、格差と物価高が消費や経済を圧迫するようになっています。
大学改革にも失敗しました。2004年に大学の自主性を高めるという名目で大学の法人化を進めました。国の補助金は減り、大学教授は研究費の捻出のためにアルバイトを余儀なくされ、若手研究員が減りました。国の補助が減ったので大学は授業料を引き上げたので、貧しい学生には大学が遠くなりました。富裕家庭でないと東大を目指せなくなりました。
特に基礎物理の研究が敬遠され、日本の物理化学の根幹が弱ってきました。世界の大学ランキングに日本の大学が上位に入れなくなって久しくなりました。
過ちを正すに遅すぎることはなし
ノーベル賞経済学者のダロン・アフセモグル氏の著書に「なぜ国家は衰退するのか」があります。
これによると、国家の制度には、国家の権力と富が社会に広く分配される「包摂的な制度」と、一部のエリートに権力と富が集中する「収奪的制度」の2つがあり、前者では国家が繁栄し、後者では衰退する、と述べています。
日本では長年この「包摂的な制度」のもとで繁栄してきましたが、90年代になって米国帰りの学者、エコノミストの働きかけで、次第に「収奪的な制度」に変わり、日本経済は長期低迷に入りました。かつて8割を占めた「中間層」が消え、一握りの富裕層と多数の貧困層に二極化し、消費の低迷、経済の縮小が続いています。若者が結婚も子育てもできない社会に明日はありません。
企業は株主だけのものではありません。資本、労働、顧客の三位一体型のバランスの取れた経営がかつての日本を成功に導きました。労働者からの収奪には限度があります。雇用制度の見直しと、貧困でも学べる教育環境、ポピュリズムに走らないよう、小選挙区制の見直しなど、これまでの「改革失敗」をリセットする時期に来ています。
間違いを正すに遅すぎることはありません。
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