★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:伽国で妖魔を滅ぼす その3
まばゆい光に目を覆った伽国の皇帝にケサルの声が響いた。
「自らの国から光を無くしたのは何故だ」
「地上に影が無くなるからだ」
ケサルは何も答えなかった。
ケサルは伽国の君臣と民が目を覆っている隙に、金色の鵬に変化して、チンエンとミチオンを乗せ伽国の宮城へと入った。そこには、黒い幕で幾重にも覆われた宮殿があった。宮殿の中は深く入り組み、十八番目の庭の中央にある密室の中で妖皇后の亡骸を見つけた。
ケサルは命じた。
「皇后の亡骸を鉄の箱に入れて、ある場所に着くまで絶対に開けてはならぬ」
チンエンとミチオンが亡骸を鉄の箱に入れようとした時、妖皇后は「ぎゃあ、ぎゃあ」と身の毛もよだつ叫び声を上げた。
二人はアサイ羅刹から手に入れたトルコ石の紐を取り出し、亡骸に三重に巻き付けると、亡骸はそのまま凍ったように鎮まった。
ケサルは彼らを乗せて天と地の接する地へと飛んで行き、世界の果てにある最も狭い三角形の空間に鉄の箱を置き、そのまま火を起こして妖皇后の亡骸を火葬にした。
妖皇后が焼かれるその時、伽国にいる皇帝と民は風が起こる音を聞いた。
風は草と樹を揺るがし、鎮まっていた湖の水を揺るがし、彼らの衣服を震わせた。
人々が目を開くと、鳥は再び空を飛び、花は太陽の方角へと向きを変え、湿った土地からは良い香りが立ち昇っていた。
人々は再び互いの姿を目にし、急いで家に戻り、顔を洗い髪を結い、色鮮やかな衣装に着替えた。
皇帝は遥かに遠い地から伝わって来る凄烈な叫び声を聴いたような気がした。慄いた皇帝は一言「皇后よ」と叫んだ。
その時一羽の鵬が彼の前で翼を閉じ、ケサルがにこやかに現れた。
「皇后は妖怪なのです。私は天の命を受け、妖皇后をこの世から消し去り、伽国に再び光を取り戻そうと参ったのです」
皇帝は意識を失った。
皇帝が目覚めたのは黄昏だった。宮殿の寝台に横たわっていたが、すぐに命令を発した。
ケサルを捉え、八つ裂きにしろ」
目を開けると、ケサルが笑いながら見下ろしていた。
「私をどうなさるおつもりかな。抵抗するつもりはありません。皇帝に天の御心を信じて欲しいのです。目を覚まし、民を思いやる優れた皇帝となりなさい」
「奴を吊るせ」
ケサルは王城の物見櫓に高々と吊るされた。
三日後、大臣が報告した。奇妙な鳥が日夜ケサルに美酒を与え、三日経っても顔色は変わらず、力が漲っています、と。
国王は再び命を下し、ケサルをサソリだらけの牢に投げ込ませた。ところが、サソリはケサルを刺さないばかりか、足元にひれ伏し拝んだ。
国王はケサルを高い崖から突き落とさせた。すると、大海から飛んで来た鳥の群れがケサルを空中で受け止め、再び王宮へと送り届けた。
焼こうとすると、火は七日七晩燃え盛り、火に焼かれた場所は美しい湖に変わった。湖の中央には如意宝樹が現われ、ケサルは雲のように高く伸びた樹冠に座り、天の楽の音を聞いた。
こうして、伽国の皇帝はついに自らの非を悟り、大臣を引き連れて罪を詫びた。
酒宴の席でケサルは言った。
「伽国の妖気はすでに消え去りました。民と共に平安を楽しまれるように」
妖皇后の魔力が解け、伽国の皇帝は心から目覚め、ケサルに言った。
「そなたの国は高く開けた地にあり寒さが厳しい。我が国は産物に恵まれ豊かだ。ワシは年を取り、跡を継ぐ者が無い。公主はか弱く国の政を執り行うことは叶わぬ。ここに留まって共に国を治めてはくれまいか」
ケサルはその言葉を遮って言った。
公主はなよやかな中に強さを持ち、知恵もあり謀にも長けている。何よりも社稷を重んじ民を思っている。女人とはいえ、良い皇帝になられるだろう、と。
皇帝は仕方なく断念し、ケサルに臣下と供にしばらくの間伽国の明媚な風光を楽しむようにと引き留めた。
こうして次の正月十五日となった。
ケサルは皇帝に、リン国を発つ時、王子と大臣に三年の内に必ず帰ると約束した、明日は立たなくてはならない、と告げた。
伽国の王も臣下も恋々と別れ難く、リン国の君臣に別れの言葉を述べた後、公主が人と馬を牽き連れて伽国の国境まで見送った。
物語:伽国で妖魔を滅ぼす その3
まばゆい光に目を覆った伽国の皇帝にケサルの声が響いた。
「自らの国から光を無くしたのは何故だ」
「地上に影が無くなるからだ」
ケサルは何も答えなかった。
ケサルは伽国の君臣と民が目を覆っている隙に、金色の鵬に変化して、チンエンとミチオンを乗せ伽国の宮城へと入った。そこには、黒い幕で幾重にも覆われた宮殿があった。宮殿の中は深く入り組み、十八番目の庭の中央にある密室の中で妖皇后の亡骸を見つけた。
ケサルは命じた。
「皇后の亡骸を鉄の箱に入れて、ある場所に着くまで絶対に開けてはならぬ」
チンエンとミチオンが亡骸を鉄の箱に入れようとした時、妖皇后は「ぎゃあ、ぎゃあ」と身の毛もよだつ叫び声を上げた。
二人はアサイ羅刹から手に入れたトルコ石の紐を取り出し、亡骸に三重に巻き付けると、亡骸はそのまま凍ったように鎮まった。
ケサルは彼らを乗せて天と地の接する地へと飛んで行き、世界の果てにある最も狭い三角形の空間に鉄の箱を置き、そのまま火を起こして妖皇后の亡骸を火葬にした。
妖皇后が焼かれるその時、伽国にいる皇帝と民は風が起こる音を聞いた。
風は草と樹を揺るがし、鎮まっていた湖の水を揺るがし、彼らの衣服を震わせた。
人々が目を開くと、鳥は再び空を飛び、花は太陽の方角へと向きを変え、湿った土地からは良い香りが立ち昇っていた。
人々は再び互いの姿を目にし、急いで家に戻り、顔を洗い髪を結い、色鮮やかな衣装に着替えた。
皇帝は遥かに遠い地から伝わって来る凄烈な叫び声を聴いたような気がした。慄いた皇帝は一言「皇后よ」と叫んだ。
その時一羽の鵬が彼の前で翼を閉じ、ケサルがにこやかに現れた。
「皇后は妖怪なのです。私は天の命を受け、妖皇后をこの世から消し去り、伽国に再び光を取り戻そうと参ったのです」
皇帝は意識を失った。
皇帝が目覚めたのは黄昏だった。宮殿の寝台に横たわっていたが、すぐに命令を発した。
ケサルを捉え、八つ裂きにしろ」
目を開けると、ケサルが笑いながら見下ろしていた。
「私をどうなさるおつもりかな。抵抗するつもりはありません。皇帝に天の御心を信じて欲しいのです。目を覚まし、民を思いやる優れた皇帝となりなさい」
「奴を吊るせ」
ケサルは王城の物見櫓に高々と吊るされた。
三日後、大臣が報告した。奇妙な鳥が日夜ケサルに美酒を与え、三日経っても顔色は変わらず、力が漲っています、と。
国王は再び命を下し、ケサルをサソリだらけの牢に投げ込ませた。ところが、サソリはケサルを刺さないばかりか、足元にひれ伏し拝んだ。
国王はケサルを高い崖から突き落とさせた。すると、大海から飛んで来た鳥の群れがケサルを空中で受け止め、再び王宮へと送り届けた。
焼こうとすると、火は七日七晩燃え盛り、火に焼かれた場所は美しい湖に変わった。湖の中央には如意宝樹が現われ、ケサルは雲のように高く伸びた樹冠に座り、天の楽の音を聞いた。
こうして、伽国の皇帝はついに自らの非を悟り、大臣を引き連れて罪を詫びた。
酒宴の席でケサルは言った。
「伽国の妖気はすでに消え去りました。民と共に平安を楽しまれるように」
妖皇后の魔力が解け、伽国の皇帝は心から目覚め、ケサルに言った。
「そなたの国は高く開けた地にあり寒さが厳しい。我が国は産物に恵まれ豊かだ。ワシは年を取り、跡を継ぐ者が無い。公主はか弱く国の政を執り行うことは叶わぬ。ここに留まって共に国を治めてはくれまいか」
ケサルはその言葉を遮って言った。
公主はなよやかな中に強さを持ち、知恵もあり謀にも長けている。何よりも社稷を重んじ民を思っている。女人とはいえ、良い皇帝になられるだろう、と。
皇帝は仕方なく断念し、ケサルに臣下と供にしばらくの間伽国の明媚な風光を楽しむようにと引き留めた。
こうして次の正月十五日となった。
ケサルは皇帝に、リン国を発つ時、王子と大臣に三年の内に必ず帰ると約束した、明日は立たなくてはならない、と告げた。
伽国の王も臣下も恋々と別れ難く、リン国の君臣に別れの言葉を述べた後、公主が人と馬を牽き連れて伽国の国境まで見送った。