物語:アク・トンバ その2
アク・トンバの物語の中の貴族とは誰か、と国王がと問い詰めるのを、王子ザラは待っていた。
だが、国王は物語に笑っただけだった。
貴族を困らせた民の知恵と機知に大笑いしたが、ザラが問い質して欲しいと望んでいたことは尋ねなかった。
この物語の中の貴族とはトトンだったのである。
そして、このようなことをするのは、これまでになく領土を広げたリン国で、トトン一人だけではなかった。
国王が笑った時、王子ザラは笑わなかった。大臣たちはそれ以上に厳しい表情のまま、だれ一人として笑みさえ見せなかった。
国王は言った。
「私はその人物に会いたい」
トトンはすぐさま忠告した。
「身分の低い民に会ってどうされるのじゃな。国王には心を砕かなくてはならない重要なことがおありではないのか」
「いや、今はすべきことが何もないのだ」
その後、北へ巡行した時、ジンバメルツの領地で、国王はアク・トンバに会った。
その痩せた人物が歩く様は、風の中の小さな木のようで、ふらふらと揺れ動いていた。
国王は驚いた。
「なぜそのように痩せているのか」
「飯を食べず、乳を飲まない訓練をしているのです」
「なぜだ」
「そうすれば、民であっても、神のように食べることに煩わされず、幸福な国で暮らしている気分になれるのでございます」
ケサルは軽妙でユーモアにあふれた人物に会えるものと思っていたが、一目で、彼が世に憤り悪世を恨んでいるのを見抜いた。
このような人物を好むかどうか自分でもわからなかった。
そこで言った。
「歩き疲れただろう。いつかまた語り合おう」
アク・トンバは特別な表情も見せず、礼をすると去って行った。
シンバメルツは、アク・トンバに宮殿に残り、国王のお召しを待つように言った。
「お前のように機知に富み、ユーモアがある者を国王は喜ばれる」
アク・トンバは言った。
「家に帰るといたしましょう。帽子をここに残しておきます。もし国王のお呼びがあればこの帽子に声をおかけくだされ。お声はすぐに私に届きます」
シンバメルツは宮殿の門まで送って行き、言った。
「お前も神の力を備えているのだな」
アク・トンバは言った。
「神の力を持つ一人でございます」
だが彼は神の力など持っていなかった。ただ、国王は頭を働かせて自分と話すのを望まず、二度と自分を呼ぶことはないと分かっていた。
その通り、国王が帰った後、廊下に掛けてあった帽子は少しずつ埃にまみれていった。
ある日、その帽子も姿を消した。ネズミが床下まで運んで行き、住処にしたのだった。
その時やっと、建物の主はアク・トンバに長いこと会っていないのを思い出した。
国王はアク・トンバが姿を消したという知らせを聞くと、すぐさま命を下した。
「アク・トンバを宮廷に迎え入れ、風刺大臣とする」
だがその時、アク・トンバは物語の中にしか存在しないものになっていて、誰も会うことは出来なかった。
だが、彼は確かに存在していた。
絶えず新しい物語を創り出し、物語の中で生きていた。
トトンと、その同調者たちは、国王に上奏した。
権力があり富があり学問がある者と対をなすこのような人物は、捕らえて審判し、牢に繋いでしまいましょう、と。
国王は言った。
「彼はすでに死なない者となった。物語の中だけで生きている者を捕らえようがない」
トトンは国王の意見に同意できず、木の鳶に乗ってアク・トンバを探し回ったが、見つけられなかった。
代わりに、伝わり始めたばかりの新しい物語を聞いた。
トトンは言った。
「憎らしいヤツめ。本当に物語の中に隠れおった」
彼は一人山の上に座り、邪魔するものを遠ざけた。
物語の中の人物を捕らえる方法を必ず見つけ出す、と公言していた。
国王は言った。
「アク・トンバを捕らえて審判しようというそなたの考えには同意しない。だが、物語の中から連れ出す方法があるというのなら、それは素晴らしい思い付きだ。山へ行ってゆっくり考えるがよい」
トトンは一つ一つ山を探したが、すべてふさわしくなかった。
一つの考えが浮かんだと思うと、ヒューという風の音と共に吹き去られた。
彼はまた宮殿に戻り、国王に要求した。
「国王の神の力で、考え事のできる環境を、風のない山を与えてくだされ」
国王はすでにこのような戯れに飽きていた。考えれば分かることだ。
「物語は一人一人の口と頭の中にある。ならば、アク・トンバも物語を語る者の口と頭の中にある。そのような者は捕らえようがないだろう」
国王は一言付け加えた。
「無駄に力を使うことはない」
国王はこの言葉でトトンに対する嫌悪感を表わした。
アク・トンバという、金持ち、貴族、僧に対して尊敬の念を持たない者を捕らえることで国王に近づくことが出来る、とトトンは企んでいた。
だが、このずるがしこいアク・トンバは物語という便利な隠れ場所を見つけ出し、自分の脚を使わずに世界中を歩き回っている。
誰にも彼を捕まえる方法などない。
そこで、トトンは仕方なくこの企みを諦め、自分の領地へ帰って行った。
アク・トンバの物語の中の貴族とは誰か、と国王がと問い詰めるのを、王子ザラは待っていた。
だが、国王は物語に笑っただけだった。
貴族を困らせた民の知恵と機知に大笑いしたが、ザラが問い質して欲しいと望んでいたことは尋ねなかった。
この物語の中の貴族とはトトンだったのである。
そして、このようなことをするのは、これまでになく領土を広げたリン国で、トトン一人だけではなかった。
国王が笑った時、王子ザラは笑わなかった。大臣たちはそれ以上に厳しい表情のまま、だれ一人として笑みさえ見せなかった。
国王は言った。
「私はその人物に会いたい」
トトンはすぐさま忠告した。
「身分の低い民に会ってどうされるのじゃな。国王には心を砕かなくてはならない重要なことがおありではないのか」
「いや、今はすべきことが何もないのだ」
その後、北へ巡行した時、ジンバメルツの領地で、国王はアク・トンバに会った。
その痩せた人物が歩く様は、風の中の小さな木のようで、ふらふらと揺れ動いていた。
国王は驚いた。
「なぜそのように痩せているのか」
「飯を食べず、乳を飲まない訓練をしているのです」
「なぜだ」
「そうすれば、民であっても、神のように食べることに煩わされず、幸福な国で暮らしている気分になれるのでございます」
ケサルは軽妙でユーモアにあふれた人物に会えるものと思っていたが、一目で、彼が世に憤り悪世を恨んでいるのを見抜いた。
このような人物を好むかどうか自分でもわからなかった。
そこで言った。
「歩き疲れただろう。いつかまた語り合おう」
アク・トンバは特別な表情も見せず、礼をすると去って行った。
シンバメルツは、アク・トンバに宮殿に残り、国王のお召しを待つように言った。
「お前のように機知に富み、ユーモアがある者を国王は喜ばれる」
アク・トンバは言った。
「家に帰るといたしましょう。帽子をここに残しておきます。もし国王のお呼びがあればこの帽子に声をおかけくだされ。お声はすぐに私に届きます」
シンバメルツは宮殿の門まで送って行き、言った。
「お前も神の力を備えているのだな」
アク・トンバは言った。
「神の力を持つ一人でございます」
だが彼は神の力など持っていなかった。ただ、国王は頭を働かせて自分と話すのを望まず、二度と自分を呼ぶことはないと分かっていた。
その通り、国王が帰った後、廊下に掛けてあった帽子は少しずつ埃にまみれていった。
ある日、その帽子も姿を消した。ネズミが床下まで運んで行き、住処にしたのだった。
その時やっと、建物の主はアク・トンバに長いこと会っていないのを思い出した。
国王はアク・トンバが姿を消したという知らせを聞くと、すぐさま命を下した。
「アク・トンバを宮廷に迎え入れ、風刺大臣とする」
だがその時、アク・トンバは物語の中にしか存在しないものになっていて、誰も会うことは出来なかった。
だが、彼は確かに存在していた。
絶えず新しい物語を創り出し、物語の中で生きていた。
トトンと、その同調者たちは、国王に上奏した。
権力があり富があり学問がある者と対をなすこのような人物は、捕らえて審判し、牢に繋いでしまいましょう、と。
国王は言った。
「彼はすでに死なない者となった。物語の中だけで生きている者を捕らえようがない」
トトンは国王の意見に同意できず、木の鳶に乗ってアク・トンバを探し回ったが、見つけられなかった。
代わりに、伝わり始めたばかりの新しい物語を聞いた。
トトンは言った。
「憎らしいヤツめ。本当に物語の中に隠れおった」
彼は一人山の上に座り、邪魔するものを遠ざけた。
物語の中の人物を捕らえる方法を必ず見つけ出す、と公言していた。
国王は言った。
「アク・トンバを捕らえて審判しようというそなたの考えには同意しない。だが、物語の中から連れ出す方法があるというのなら、それは素晴らしい思い付きだ。山へ行ってゆっくり考えるがよい」
トトンは一つ一つ山を探したが、すべてふさわしくなかった。
一つの考えが浮かんだと思うと、ヒューという風の音と共に吹き去られた。
彼はまた宮殿に戻り、国王に要求した。
「国王の神の力で、考え事のできる環境を、風のない山を与えてくだされ」
国王はすでにこのような戯れに飽きていた。考えれば分かることだ。
「物語は一人一人の口と頭の中にある。ならば、アク・トンバも物語を語る者の口と頭の中にある。そのような者は捕らえようがないだろう」
国王は一言付け加えた。
「無駄に力を使うことはない」
国王はこの言葉でトトンに対する嫌悪感を表わした。
アク・トンバという、金持ち、貴族、僧に対して尊敬の念を持たない者を捕らえることで国王に近づくことが出来る、とトトンは企んでいた。
だが、このずるがしこいアク・トンバは物語という便利な隠れ場所を見つけ出し、自分の脚を使わずに世界中を歩き回っている。
誰にも彼を捕まえる方法などない。
そこで、トトンは仕方なくこの企みを諦め、自分の領地へ帰って行った。