[物語り:縁起―1] その2
その時のリンは小さな世界だった。だが人々はやはり一族が集まる地を国と呼びたがった。実際には、それはまだ本当の国ではなかったのだが。
知恵を持ち始めた者たちが石と木の棒と縄を使って家畜としての馬と野の馬とを分けた時、他の世界はすでに蒙昧な世界を抜け出てからかなりの年月が経っていた。
そのような世界では哲人が多くの弟子を教え諭しながら奥深く抽象的な思考をしていた。彼らは何種類もの植物の種を育て、銀、銅、鉄、そして、軽い水銀と重い鉛を精錬していた。
それらの世界はすべて本当の意味での国になっていた。
低い所から高い所へ、上から下へ、彼らは人を細かい等級とふさわしい規範に分けた。彼らは彫像を建て、麻と絹を織った。彼らはすでに外部の魔物をすべて消滅させていた。つまり、もう一つの世界の国では、もし魔物がいたとしても、それは人の心の中に潜伏してしまっていたのである。
魔物は人間を自分自身と戦わせた。
その時、魔物たちは人間の血液の中を走り回り、けらけらと笑い声を上げるのだった。
だが、リンガでは人、神、魔の戦いの幕は切って落とされたばかりだった。
またある人は言う。
世界にはもともと魔物はいなかった。魔物の群れが乱舞する時、その魔物は人の心の中から飛び出してきたものなのである、と。
古代、もともと魔物はいなかった。
人々は一つの国を持とうと願った。そこで、首領が現れ、首領の強い権力のもと、更に小さな権力者へと分かれていった。こうして人々の間に尊卑の別が生まれた。
人々は満ち足りた日々を送りたいと願った。そこで、富への追求が起こり、田畑、牧場、宮殿、金、珍宝を求めた。男は多くの美女を求め、争いが生まれた。さらに、争いの勝敗によって貴賎の別が生まれた。
これらはすべて心の魔が生み出したものなのである。
リンガの状況も同じだった。
河は本来の河からあふれ出ようとし、泥や岩の混じる河岸を打ち、その結果自分自身を濁らせてしまった。これは一つの例えである。リンガの人々の心が欲望で燃え上がる時、彼らの明るい瞳は怪しい影に覆われてしまうことの。
人々は、一陣の風が悪魔をどこかの片隅から人間界に吹き寄せたと考えた。この怪しい風がリンガの平和を破壊したと考えた。
それなら怪しい風は誰が起こしのだろうか。もし誰かがこの問題を問いかけたら、人々は不思議に思うだろう。人はそれほどたくさんの問いを問うことは出来ない。もし何時もこのように問いかけていたら、どんなに知恵にあふれた聖賢も頭がおかしくなってしまうだろう。
『魔物はどこから来るのか』と問うのはかまわない。怪しい風が吹き寄せたのだ、と答えればいい。だが、怪しい風を誰が起したのかを問うてはならない。
つまり、はっきりと「結果」が出ていたら、「結果」の「原因」を尋ねてもかまわない。だが、そのために、止め処なくなってはいけないのである。
どちらにしろ、妖風が起これば晴れ渡った空は黒雲に覆われ、牧場の草は風の中で枯れていく。
更に恐ろしいのは、善良な人々に邪悪な表情が現れて再び平和で睦まじくなれなくなることだ。
そこで、兵が至る所で立ち上がり、戦いと死を呼びかけるラッパの音が草原と雪山に響き渡る。