BIN山本の『映画にも程がある』

好きな古本との出会いと別れのエピソード、映画やテレビ、社会一般への痛烈なかくかくしかじか・・・

叙 景

2010年12月24日 | 映画
 新刊で平積みになっていた。アタシは躊躇なく定価で買った。読み終えるとタイ
ミングよく上映中だった。

 勿論小さな不満はある。頭から忘れた頃になんでメインタイトルが入るのかとか、
監督が〔カット!〕と云い忘れたのではと思うくらいカット尻が長いとか、全体に
役者の芝居が重た過ぎとか、どこかクスリとくる場面があってもいいのではとか、
芝居が不自然な場面のなにもそこまで原作に忠実にならなくてもとか、少し夜の
ナイトシーンはアンバートーン(暖色)がきついのでは、とかだ。
 しかし総じてこの映画は傑作になった。ラストのクレジットにも熊切和嘉監督の
誠実さがよく出ている。そしてそれは原作がなお傑作であったことが証明されこと
でもある。
 映画は静かにすすむ。極力抑えた音楽も、三脚に乗せたカメラも煩く主張しない。
どこにでもある、ほぼみんなそれだろうという市井の人々の生活がオムニバス形式
で切り取られていく。そしてそれはそれぞれに繋がっている。たとえ路面電車の中
に乗り合わせただけのでも、目の前を通り過ぎただけの人々であってもだ。映画と
観客はそこを静かに絶望と希望とで私たちの物語としてつなぐのだ。家族の絆とか
愛とか、そんな安っぱな言葉なんぞ恥ずかしくてこの映画から逃げ出しているのだ。
まさに ひとびとの〔いきる叙景〕なのだ。

 小説は1章と2章とに分れ、さらにそれが9本づつの短篇として、とくに1章で
はつながりのある物語として構成されている。予定では全4章になる構想だったと
聞くと、著者の自死があまりにも惜しい。2章の最後に「しずかな若者」が載って
いて、実に巧くて堪能した。2章のややタルミもこれで吹っ飛ばした。
 アタシはこの小説と映画を、文句無く今年のナンバーワンとする。

 映画「海炭市叙景」 監督 熊切 和嘉  音楽 ジム・オルーク
 
 「海炭市叙景」 著者 佐藤 泰志  小学館文庫 定価619円+税
  ( 2010年11月22日 第3刷発行 )
  ※1991年12月に集英社から単行本として発行された作品