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帯とけの枕草子〔二百八十〕雪のいとたかう降たるを
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言枕草子〔二百八十〕雪のいとたかう降たるを
文の清げな姿
雪がとっても高く降り積もっているので、いつもとちがって御格子を下ろし、炭櫃に火をおこして、物語りなどして、集まり、控えているときに、「少納言よ、かうろほうの雪いかならん(少納言よ、香爐峯の雪は、どうであろうか)」と仰せになられたので、御格子あげさせて、御簾を高くあげたところ、お笑いになられる。人々も、「そのようなことは知り、歌などにさえうたうけれども、(無言の行為で応えるとは)思いもよらなかったことよ。やはり、この宮の人としては、そうあるべきでしょう」という。
原文
雪のいとたかう降たるを、れいならずみかうしまいりて、すみびつに火をこして、ものがたりなどしてあつまりさぶらふに、少納言よ、かうろほうの雪いかならん、とおほせらるれば、みかうしあげさせて、みすをたかくあげたれば、わらはせ給。人々も、さることはしり、歌などにさへうたへど、おもひこそよざらりつれ猶此宮の人にはさべきなめり、といふ。
心におかしきところ
白ゆきが、とっても高く降り積もったので、例になく御格子を閉めてさしあげて、すみびつに火をこして、ものがたりなどして集まり控えているときに、「少納言よ、香炉峯の雪いかならん(高い山ばの白ゆき如何でしょう)」と仰せられたので、(女官に)御格子をあげさせて、(自らは)御簾(身す…おんなの身)を高く上げたところ、お笑いになられた。女房たちも「そういったことは、知っていて、歌にも詠むけれども、(無言の行為で宮を笑わせるなんて)思いもよらなかったわ、やはり、この宮の人はそうあるべきでしょう」という。
言の戯れと言の心
「雪…白ゆき…おとこの情念」「みす…御簾…身す…女の身」「す…女」「み…身…見…覯…媾…まぐあい」。
白居易の詩を、清少納言と同じように聞く耳をもてば、笑ったり感心したりできるでしょう。詩を聞きましょう。
白居易は左遷された地で草葺きの山家を建てる、香炉峯の麓、遺愛寺の近くである。この頃四十六歳、老後を此処で暮らしてもいいかと思う。小さな部屋には紙障子と葦の簾を設えて、春になって官舎より此処に妻を迎え入れる。其処で読まれた律詩。
原文
日高睡足猶慵起、小閣重衾不怕寒
遺愛寺鐘欹枕聴、香爐峯雪撥簾看
清げな読み
日高くなりて睡眠足るも、なお起きるにはものうい、小さな部屋にしとねを重ねて、寒さのおそれなし。
遺愛寺の鐘を、枕をそばだてて聴く、香炉峯の雪は、簾撥ね上げて看る。
心におかしきところ
昼になりて睡眠足るも、汝お、起き立つに、ものうし、小さな部屋に同衾重ねて、寒さのおそれなし。
遺されし愛時の声、あやしく重くうち沈む、高き山ばの頂の白ゆき、(妻は)す、はねあげて見る。
男の言葉も「聞き耳異なるもの」
「猶…ぐすぐすしたけもの…なお…おとこ」「衾…夜具…夜着…同衾…共寝」「遺愛寺鐘欹枕聴…遺愛時声奇沈重」「寺…じ…時」「鍾…しょう…声」「枕…ちん…沈」「聴…ちょう…重」「香爐峯雪撥簾看…香爐峯雪撥簾見」「簾…れん…連…伴…妻」「看…かん…みとる…観…みる…見…覯…媾…まぐあう」。
藤原公任の和漢朗詠集にも「山家」と題して掲げられてある。「心深く」、「清げな姿」をしていて、浮言綺語のような戯れの中に「心におかしきところ」が顕れる。宮、公任はもちろん、女房どもも、紫式部も、この詩の奥の意味を知っていた。
詩の清げな姿しか見えないと、みすあげた無言の行為に、「笑はせ給ふ」宮と同じ笑いを、笑うことはできない。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)
原文は、岩波書店 新日本古典文学大系枕草子による。