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帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百八十〕雪のいとたかう降たるを

2012-01-17 00:08:48 | 古典

  



                    帯とけの枕草子〔二百八十〕雪のいとたかう降たるを



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言枕草子〔二百八十〕雪のいとたかう降たるを


 文の清げな姿

 雪がとっても高く降り積もっているので、いつもとちがって御格子を下ろし、炭櫃に火をおこして、物語りなどして、集まり、控えているときに、「少納言よ、かうろほうの雪いかならん(少納言よ、香爐峯の雪は、どうであろうか)」と仰せになられたので、御格子あげさせて、御簾を高くあげたところ、お笑いになられる。人々も、「そのようなことは知り、歌などにさえうたうけれども、(無言の行為で応えるとは)思いもよらなかったことよ。やはり、この宮の人としては、そうあるべきでしょう」という。


 原文

 雪のいとたかう降たるを、れいならずみかうしまいりて、すみびつに火をこして、ものがたりなどしてあつまりさぶらふに、少納言よ、かうろほうの雪いかならん、とおほせらるれば、みかうしあげさせて、みすをたかくあげたれば、わらはせ給。人々も、さることはしり、歌などにさへうたへど、おもひこそよざらりつれ猶此宮の人にはさべきなめり、といふ。


 心におかしきところ

 白ゆきが、とっても高く降り積もったので、例になく御格子を閉めてさしあげて、すみびつに火をこして、ものがたりなどして集まり控えているときに、「少納言よ、香炉峯の雪いかならん(高い山ばの白ゆき如何でしょう)」と仰せられたので、(女官に)御格子をあげさせて、(自らは)御簾(身す…おんなの身)を高く上げたところ、お笑いになられた。女房たちも「そういったことは、知っていて、歌にも詠むけれども、(無言の行為で宮を笑わせるなんて)思いもよらなかったわ、やはり、この宮の人はそうあるべきでしょう」という。


 言の戯れと言の心

  「雪…白ゆき…おとこの情念」「みす…御簾…身す…女の身」「す…女」「み…身…見…覯…媾…まぐあい」。

 

 白居易の詩を、清少納言と同じように聞く耳をもてば、笑ったり感心したりできるでしょう。詩を聞きましょう。

 白居易は左遷された地で草葺きの山家を建てる、香炉峯の麓、遺愛寺の近くである。この頃四十六歳、老後を此処で暮らしてもいいかと思う。小さな部屋には紙障子と葦の簾を設えて、春になって官舎より此処に妻を迎え入れる。其処で読まれた律詩。


 原文

 日高睡足猶慵起、小閣重衾不怕寒

 遺愛寺鐘欹枕聴、香爐峯雪撥簾看


 清げな読み

 日高くなりて睡眠足るも、なお起きるにはものうい、小さな部屋にしとねを重ねて、寒さのおそれなし。

 遺愛寺の鐘を、枕をそばだてて聴く、香炉峯の雪は、簾撥ね上げて看る。


 心におかしきところ

 昼になりて睡眠足るも、汝お、起き立つに、ものうし、小さな部屋に同衾重ねて、寒さのおそれなし。

 遺されし愛時の声、あやしく重くうち沈む、高き山ばの頂の白ゆき、(妻は)す、はねあげて見る。


 男の言葉も「聞き耳異なるもの」

 「猶…ぐすぐすしたけもの…なお…おとこ」「衾…夜具…夜着…同衾…共寝」「遺愛寺鐘欹枕聴…遺愛時声奇沈重」「寺…じ…時」「鍾…しょう…声」「枕…ちん…沈」「聴…ちょう…重」「香爐峯雪撥簾看…香爐峯雪撥簾見」「簾…れん…連…伴…妻」「看…かん…みとる…観…みる…見…覯…媾…まぐあう」。

 
 藤原公任の和漢朗詠集にも「山家」と題して掲げられてある。「心深く」、「清げな姿」をしていて、浮言綺語のような戯れの中に「心におかしきところ」が顕れる。宮、公任はもちろん、女房どもも、紫式部も、この詩の奥の意味を知っていた。

詩の清げな姿しか見えないと、みすあげた無言の行為に、「笑はせ給ふ」宮と同じ笑いを、笑うことはできない。


 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新日本古典文学大系枕草子による。