帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第八 恋下 (三百三)(三百四)

2015-07-17 00:23:42 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任撰「拾遺抄」を、公任の教示した「優れた歌の定義」に従って紐解いている。新撰髄脳に「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」とある。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

清少納言は枕草子で、女の言葉(和歌など言葉)も聞き耳(聞く耳によって意味の)異なるものであるという。藤原俊成古来風躰抄に「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」とある。この言語観に従った。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような、今では定着してしまった国文学的解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。和歌は「秘伝」となって埋もれて、その真髄は朽ち果てている。蘇らせるのは、平安時代の歌論と言語観に帰ることである。


 

拾遺抄 巻第八 恋下 七十四首

 

をんなの許につかわしける               藤原惟成

三百三 人しれずおつるなみだのつもりつつ  かずかくばかりなりにけるかな

女の許に遣わした                  (藤原惟成・花山天皇の側近で、院の出家の後を追って出家、三十八歳で亡くなった人)

(人知れず落ちる涙が積り続けて、流れる水に空しく・数印すほどになってしまったことよ……人知れず、おつる汝身唾のつもりつつ、数しるす・流れる水、程になってしまったなあ)

 

言の心と言の戯れ

「おつる…落つる…おに連なる」「なみだ…目よりこぼれる涙…身よりおつる汝身唾」「な…汝…親しきもの…おとこ」「つつ…継続・反復を表す…筒…空しきおとこを思わせる」「かずかく…数書く…流水に数を記す…空しい…数斯く…数これ程に」「なりにけるかな…なってしまったなあ…なってしまった・気付き・詠嘆・感動・感嘆」

 

歌の清げな姿は、(数々恋文を書き遣ったが、無しのつぶてとなる)片想いのはかなさ。

心におかしきところは、おとこなみだをむなしさを訴える乞い歌。


 女の許に仕える女房たちを、先ず「あはれ」と思わせれば、「物越しでもよければ、逢わせましょう」となるだろう。

 

 

古今和歌集 巻第十一 恋歌一 題知らず、よみ人知らずの歌が、作者にも相手にも女房たちにも、知識としてあるだろう。我々も聞いてみよう。

ゆく水に数かくよりもはかなきは 思はぬ人を思ふなりけり

(流れる水に、数を記すよりも、はかないのは、我を・思わない人を思うことだなあ……ゆく女に、数を記すより、はかないのは、もの思はない女を思ったことよ)

 

言の心と言の戯れ

「ゆく…行く…逝く」「みづ…水…言の心は女」「数かく…数の印を入れる…数を記録する」「はかなき…果敢ない…何にもならない…むなしい」「おもはぬ…思わない…こちらを恋しない…もの思わない…何とも感じない」

 

歌の清げな姿は、片思いのはかなさ。

心におかしきところは、感の極みに・山ばの絶頂に、女を送り届けられない空しさ。

 

同じ片思いの歌のようで、「心におかしきところ」は異なる世界である。

 

 

題不知                         読人も

三百四 君こふるなみだのかかる冬の夜は こころとけたるいやはねらるる

題しらず          (よみ人も知らず・女の歌として聞く)

(君を恋する涙の、かかる・このような、冬の夜は、独り・心うちとけて寝られるものか寝られやしない……貴身を乞う汝身唾の、このような冬の夜は、ここらのゆるんだ井は、寝られるものか寝られやしない)

 

言の心と言の戯れ

「君…愛しい男…貴身…おとこ」「こふる…恋う…乞う…求める」「なみだ…目の涙…ものの汝身唾」「かかる…掛かる…このような」「こころとけたる…心うちとけた…安心した…此処ら解けた…もの締りのない」「こころ…心…ここら…此処ら」「ろ…ら…接尾語…親しむものに付く」「とけたる…解けたる…締まらない…拾遺集では・こほる…氷る…凝固する」「いやはねらるる…寝やは寝られる…井やは寝られる」「い…寝…井…おんな」「やは…反語の意を表す…(寝られるものか寝られやしない)」

 

歌の清げな姿は、君を恋いつつ、涙にくれて寝る冬の夜のありさま。

心におかしきところは、なみだも氷る冬の夜、此処ら、斯かるまま・熱く解けたまま、寝られるかと言う女。


 詠み人を知って居ても匿名にすべき歌だろう。言葉の綾に包んで、ほんとうの心根を表すのが歌である。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。