帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百八十四)(二百八十五)

2015-07-06 00:21:13 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言枕草子女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」と、藤原俊成古来風体躰抄「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」に学んだ。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような江戸時代以来定着してしまった解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

(題不知)                          人丸

二百八十四 たのめつつこぬよあまたに成りぬれば またじとおもふぞまつにまされる

(題しらず)                        (柿本人麻呂・歌のひじり)

(頼みにしつつ、来ない夜、多数になってしまえば、待ちはしないわと思うことだ、待つに優るぞ……多の女、繰り返し続けて・おとこは筒、こ寝夜、多数になってしまえば、再起再見・待たないわと思うほうが、待つに優るぞ)

 

言の心と言の戯れ

「たのめ…頼め…頼む…信頼する…頼りにする…多のめ…多の女…多情な女」「め…む…意志を表す…女…おんな」「つつ…反復・継続を表す…つつ…筒…中空…空しきもの(多情の反復継続の結果、おとこの有様)」「こぬよ…来ぬ夜…来ないよ…こ寝夜…此の貴身が起きない夜」「こ…小…此れ…子…貴身…おとこ」「ぬ…寝…横になる…臥す…伏す…起立しない」「あまた…多数…度重なる…はなはだし…頻繁」「またじ…待ちはしない」「じ…打消しの意志を表す」「まされる…優れる…優る…(心の持ち方が)優れている」

 

歌の清げな姿は、もしも、我がそうなれば、諦めてくれ、その方がいい・いつまでも待つのではないぞ。

心におかしきところは、こぬ物に、愛着・執着していては苦しい、諦めが肝心だよ。

説教するひじり(高僧)のお言葉のようにも聞こえる。歌であるから「心におかしきところ」がある。

 

此の歌との関連は全く不明ながら無関係ではないだろう、「柿本朝臣人麻呂の妻依羅娘子の歌」が万葉集にある。

 

万葉集巻第二「相聞」、「柿本朝臣人麻呂が、石見国より妻と別れ(都に)上り来る時の歌」数首の後に置かれてある歌、

勿念跡 君者雖言 相時  何時跡知而加 吾不恋有牟

(恋しく・思う勿れと、君は言うけれど、相逢う時、何時と知ってか、わたしは、不恋に・君を恋せずに、耐えて・いるのでしょうか……思う勿れと、君は言うけれど、相合う時、何時と知ってか、わたしは、乞いもせず・堪え忍んで、いるのでしょうか)

 

想像するに、壬申の乱で離散した近江朝廷の文官を呼び集めるのが、新しく都を造り宮廷を作ろうとする人々の急務であっただろう。音楽の人、舞人、歌人、宮廷行事の運営進行等は、一朝にして素人の出来る事ではない。人麻呂は、召し集められた人々の中の一人だったか、ならば、任期の定まらない召し上げである。人麻呂は三十歳に満たない青年だっただろう。その時の若い妻との別れ。そして、何年後か、何十年後だろうか、依羅娘子は、人麻呂の死を知らされることになる。


 

つらゆき

二百八十五 ももはがきはねかくしぎも我がごとく あしたわびしきかずはまさらじ

(紀貫之・人麻呂は歌のひじり也、色好みに堕した歌を脱し、人麻呂・赤人の歌に帰れと古今集仮名序で主張した人)

(百羽がき羽掻く鴫も、我と同じように、朝、侘びしい思いをしている、数は、我に・勝らないだろが……百に端根掻く仕儀も・百羽掻き羽ね掻く鴫も、我と同じありさま、朝、もの足りず空しい思いをする、かすは、増さりはしないだろう)

 

言の心と言の戯れ

「もも…百…数多い…腿」「は…羽…端」「かく…掻く…(羽をしきりに動かす)…こぐ…おしわける…かきまわす」「しぎ…鴫…鳥の名…名は戯れる、仕儀、成り行きで仕出かす事、ありさま」「鳥…言の心は女」「あした…朝…吾下」「わびしき…侘びしい…心細い…もの足りずみすぼらしい…淋しく空しい」「かずはまさらじ…数は勝らないだろう…彼すは増さらじ…下すは盛り上がらずむなしい」「数…百より多い数…かす…彼のす」「す…洲…おんな」

 

歌の清げな姿は、妻と相見なかった朝のもの足りず寂しい有様。

心におかしきところは、合い見ず、かす掻く女も、我と同じく、朝、侘びしいであろう。

 

此の本歌は、古今和歌集巻第十五 恋歌五にある。よみ人しらず(女の歌として聞く)。

暁の鴫の羽ねがき百羽がき 君が来ぬ夜はわれぞかずかく

(暁の鴫のように、みもだえる百の身もだえ、君の来ない夜は、わたし、数書くよ・水に数字書く空しさよ……君去る・暁の、女のみもだえ腿端掻き、貴身がこ寝夜は、わたし、かす掻くよ)

 

「あかつき…暁…男が去る時刻」「こぬ…来ぬ…こ寝…此れ寝ている…伏したまま立たない」。

 

 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。