帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百九十六)(二百九十七)

2015-07-13 05:13:56 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言枕草子女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」と、藤原俊成古来風体躰抄「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」に学んだ。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような江戸時代以来定着してしまった解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

たびにおもひをのぶといふ心をよみ侍りける      石上おとまろ

二百九十六  あしひきの山こえくれてやどからば いもたちまちていねざらんかも

旅に寄せて思いを述べるという心を詠んだ      (石上乙麻呂・山部赤人とほぼ同時代の人)

(あしひきの山越えて、日暮れになったので宿借りれば、妻立ち待ちして出迎えないだろうか・ないなあ……あの山ば越え果てて、再び・屋門かれば、愛しい女、立つを待ちて、寝ずにいるだろうかあ)

 

言の心と言の戯れ

「あしひきの…枕詞」「山…山ば」「こえくれて…越え日が暮れて…越え果てて…小枝果てて」「やど…宿…言の心は女…屋門…おんな」「からば…借りれば…狩れば…猟すれば…めとれば…まぐあえば」「いも…妹…我が妻…愛しい女」「たちまちて…立ち待ちして…出迎えて…立つを待ちて」「いねざらんかも…出ていないだろうか・いないなあ…寝ていないだろうかあ」「かも…反語の意を表す…だろうか、いや、ない…詠嘆を表す」

 

歌の清げな姿は、妻恋しい旅人の願望・妄想・詠嘆。

心におかしきところは、おとまろは、或る女人との姦通の罪により土佐国に流されたという。その人との交情を彷彿させるところ。


 万葉集巻第六「雑歌」に、「石上乙麻呂卿配土佐国之時歌」がある。縄取り付けられ、弓矢に囲まれて行ったという。よく知られた事件だったらしい。

 

 

万葉集巻第七「羇旅作」、よみ人しらずの歌群には、次のような歌がある。

足引之 山行暮 宿借者 妹立待而 宿将借鴨

(あしひきの山行き日が暮れて宿借りれば、我が妻が立ち待ちしていて、宿借りるかも・ありえないなあ……あの山ば、逝き果てて、再び・やとかりれば、愛しい女は立つを待っていて、やと借りることだろうかあ)

 

此の本歌を、誰が上のように言葉を換えて、石上おとまろ作にしたかは、わからないが、公任の示す「優れた歌」の定義に適っている。

 

 

題不知                           赤人

二百九十七  わがせこをならしのやまのよぶこどり きみよびかへせよのふけぬまに

題しらず (山部赤人・古今集仮名序で、歌のひじり柿本人麻呂と並び称賛された人・乙麻呂と同時代の人)

(わが夫を、奈良志の山の呼子鳥、君を・彼の君を、呼び返せ、男女の仲の更けぬ間に……わが愛するおとこを、為らしの・よれよれに為らしの、や間の子を呼び泣く女、貴身、呼び返せ・もとに戻せ、夜の更けぬ間に)

 

言の心と言の戯れ

「わがせこ…我が背子…わが愛する男…わがおとこ」「ならしのやま…山の名…名は戯れる。奈良志の山、均しの山、平らな山、ならしの屋間…よれよれにした屋間」「やま…山…屋間…おんな」「よぶこどり…鳥の名…呼子鳥…名は戯れる。郭公とすると、他の鳥の巣に卵うみつけ後で子鳥探し求める鳥、且つ乞う、なおもまた乞い求める女」「鳥…言の心は女」「きみ…君…暗に乙麻呂を指すか…貴身」「よのふけぬまに…男女の仲の更けぬ間に…夜の更けない間に…暁までに、その時間のある間に」

 

歌の清げな姿は、わが子鳥、山越すなと・遠くへ行くなと、鳴き呼ぶ母鳥。彼の君も呼び返せ、男女の仲果てぬ間に。

心におかしきところは、よれよれにしたおんなの、且つ乞う有様。

 

この本歌は、万葉集巻第十春雑歌、「詠鳥」、よみ人しらずの歌群にある。

吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥  君喚変瀬 夜之不深刀尓

(吾が背子を、な越しの山の呼子鳥 彼の・君を呼び変え・返せ、夜の深まらぬ時に……愛しい・わが貴身を、山ば越す莫れと、泣き呼ぶ女、君変え・彼の君を呼び返せ、夜の深まらぬときに)

 

「吾瀬子…吾が子鳥…吾が背の君…わが貴身」「鳥…言の心は女」「山…山ば」「君…おとまろ、又は、ひとまろ」「喚変…呼び変え…わが子を、おとまろ、と呼び変え」「瀬…せ…命令形」

 

石上乙麻呂は、呼子鳥が鳴き呼び返した所為だろうかな、二年あまり後、大赦で許されて復帰した。

 


 『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。