帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子(拾遺二十六)荒れたる家の

2012-03-08 00:11:31 | 古典

  



                                帯とけの枕草子(拾遺二十六)荒れたる家の



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで、この時代の人々と全く異なる言語感で読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」だけである。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言枕草子(拾遺二十六)あれたるいへの


 文の清げな姿

 荒れている家の蓬深く葎が這っている庭に、月が隅ずみまで明るく澄み昇っているのが見える。それに、そのような荒れている板の隙間より漏れくる月の光、荒くはない風の音。


 原文

 あれたるいへのよもぎふかく、むぐらはいたるにはに、月のくまなくあかくすみのぼりてみゆる。又さやうのあれたるいたまよりもりくる月。あらうはあらぬかぜのをと。


 心におかしきところ

 荒れている、女の・井への、よもぎ深く生い茂り葎が這っているような、そのところに、つき人をとこが、くまなく赤くてらして、す身に上って見ている。また、そのような荒れた井多間より漏れ来る壮士、荒くはない心に吹く風の声。

 
 言の戯れと言の心

 「あれたる…荒れている…騒いでいる」「いへ…家…女…井辺…おんな」「蓬…荒廃を象徴する草」「むぐら…いばら…荒廃を象徴する草」「には…庭…ものごとの行われる場…おんな」「月…月人壮士…男…おとこ」「あか…赤…元気色」「す…棲…洲…おんな」「み…見…覯…媾…まぐあい」「かぜ…風…擬人化すれば、みすのすき間から入りくる男…心に吹く風、春風、飽き風など」。



 前々章は、加持祈祷を業とした法師たちのあるべき有様を文の清けな姿として、女を宮こへ送り届ける奉仕のあるべきありさまの描写であった。

 前章は、宮仕え先の羅列を文の清げな姿として、業平とおぼしきむかし男の伊勢物語での、女の宮こ仕え相手の多様なありさまであった。

 この章は、荒れた家の「あはれ」という感情を催す景色の描写を文の清げな姿として、「言の戯れ」により顕れるのは、「あはれ」と感動する女の荒げられた声と、漏れ来る男の気配と声。

 清げな包装は、あれこれと変わるけれども、中味は、おとこの奉仕の情況で、おとなの女の読むに値する色好みなもので、一つ筋が通っている。


 
伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。