訪問日 令和6年9月26日
崇福山 安楽寺
曹洞宗の寺院 開山は樵谷惟仙(しょうこくいせん)
*伝承では天平年間(729 - 749年)「行基」の建立、平安時代の天長年間(824 - 834年)の創立いうが、鎌倉時代以前の歴史は判然としない

境内図

山門

禅寺の境内は常に整備されていて気持ちがいい

鐘楼


本堂

扁額には寺号の「安楽禅寺」

堂内の様子

本尊:釈迦如来


扁額の文字「護聖(ごしょう)」は大切なものを守るという意味

庫裡

ここから有料となる 拝観料:300円
経堂(上田市指定文化財)
寛政6年(1794年)宇治の黄檗山萬福寺から購入した鉄眼の一切経を保管するために建てられた

「傅大師」によって考案されたといわれる廻転式書棚のような輪蔵
輪蔵には古来から必ず傅大師をまつる習慣がある

八角輪蔵(上田市指定文化財)

天井画も美しい


空穂(うつぼ)歌碑
「老いの眼に 観る日のありぬ 別所なる 唐風八角三重塔」

六地蔵


島木赤彦歌碑
「山かげに 松の花粉ぞ こぼれける ここに古りにし み佛の像」

傳芳堂
上記歌碑の「み佛の像」とは、傳芳堂に安置されている二つの像を指す

安楽寺前開山 樵谷惟仙和尚像(重要文化財)
鎌倉時代の中期、宋に渡って修学し、寛元4年(1246年 鎌倉時代)鎌倉建長寺開山「蘭渓道隆」と同船帰朝して後、安楽寺を開いた

安楽寺前二世 幼牛恵仁和尚像(重要文化財)
恵仁は幼牛と号し、惟仙にしたがって来朝して、安楽寺二代となった中国僧
墨書銘により、嘉暦4年(1329年 鎌倉時代)に造られた


八角三重塔(国宝)
階段を上がっていくと塔の姿が見えてくる

建立年代は平成16年の年代調査によって三重塔用材の伐採年代は正應2年(1289年)ということが判明
少なくとも1290年代(鎌倉時代末期)には建立されたことが明らかになり、わが国最古の禅宗様建築である

建築様式は禅宗様「八角三重塔」で、初重に裳階(もこし)をつけた珍しい形式


中国の塔を観ているような感じがする




参拝者も少なくゆっくり拝観することができた



撮影 令和6年9月26日
崇福山 安楽寺
曹洞宗の寺院 開山は樵谷惟仙(しょうこくいせん)
*伝承では天平年間(729 - 749年)「行基」の建立、平安時代の天長年間(824 - 834年)の創立いうが、鎌倉時代以前の歴史は判然としない

境内図

山門

禅寺の境内は常に整備されていて気持ちがいい

鐘楼


本堂

扁額には寺号の「安楽禅寺」

堂内の様子

本尊:釈迦如来


扁額の文字「護聖(ごしょう)」は大切なものを守るという意味

庫裡

ここから有料となる 拝観料:300円
経堂(上田市指定文化財)
寛政6年(1794年)宇治の黄檗山萬福寺から購入した鉄眼の一切経を保管するために建てられた

「傅大師」によって考案されたといわれる廻転式書棚のような輪蔵
輪蔵には古来から必ず傅大師をまつる習慣がある

八角輪蔵(上田市指定文化財)

天井画も美しい


空穂(うつぼ)歌碑
「老いの眼に 観る日のありぬ 別所なる 唐風八角三重塔」

六地蔵


島木赤彦歌碑
「山かげに 松の花粉ぞ こぼれける ここに古りにし み佛の像」

傳芳堂
上記歌碑の「み佛の像」とは、傳芳堂に安置されている二つの像を指す

安楽寺前開山 樵谷惟仙和尚像(重要文化財)
鎌倉時代の中期、宋に渡って修学し、寛元4年(1246年 鎌倉時代)鎌倉建長寺開山「蘭渓道隆」と同船帰朝して後、安楽寺を開いた

安楽寺前二世 幼牛恵仁和尚像(重要文化財)
恵仁は幼牛と号し、惟仙にしたがって来朝して、安楽寺二代となった中国僧
墨書銘により、嘉暦4年(1329年 鎌倉時代)に造られた


八角三重塔(国宝)
階段を上がっていくと塔の姿が見えてくる

建立年代は平成16年の年代調査によって三重塔用材の伐採年代は正應2年(1289年)ということが判明
少なくとも1290年代(鎌倉時代末期)には建立されたことが明らかになり、わが国最古の禅宗様建築である

建築様式は禅宗様「八角三重塔」で、初重に裳階(もこし)をつけた珍しい形式


中国の塔を観ているような感じがする




参拝者も少なくゆっくり拝観することができた



撮影 令和6年9月26日
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