永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(853)

2010年11月17日 | Weblog
2010.11/17  853

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(30)

 「風につきて吹き来る匂ひの、いとしるくうち薫るに、ふとそれとおどろかれて、御直衣をたてまつり、みだれぬさまに引きつくろひて、出で給ふ」
――風のまにまに漂ってくる香りが、まさしく薫のそれなので、匂宮はすぐに気付かれて、御直衣をお召しになると、身だしなみを整えてお部屋をお出になります――

 薫が階を昇りきれぬうちに膝まづかれると、匂宮はそのまま高欄にもたれてお迎えになり、打ち解けてよもやま話などをなさいます。

「かのわたりの事をも、物のついでにおぼし出でて、よろづにうらみ給ふもわりなしや。みづからの心にだにかなひ難きを、と思ふ思ふ、さもおはせなむ、と思ひなるやうのあれば、例よりはまめやかに、あるべきさまなど申し給ふ」
――匂宮が何かにつけてあの山里に思いを馳せて、この私の取り持ちの足りないことを、お恨みなるのは無理なことよ。この自分の恋さえ成就できないのに、と、薫は思い思いするものの、匂宮の思いが実れば、こちらの首尾も自然に運ぶであろうとの下心もあって、いつになく身を入れて、あれこれと手段をお教えになります――

 折からの景色は、まだ明けやらぬ空にあいにく霧が立ち込め、あたりは冷え冷えと月も影を潜め、木の下も小暗く、何となく恋のあはれさを感じさせます。匂宮はあの宇治の山里をおもいだされたのでしょうか、「近いうちに、必ず連れて行ってくださいよ」と、お頼みになりますが、薫はそれでも億劫そうにためらっていますので、

(匂宮の歌)「女郎花さけるおほ野をふせぎつつ心せばくやしめを結ふらむ」
――女郎花(おみなえし)の咲いている野に立ち入らせまいと、あなたは心狭くも縄を張るのでしょう。(姫君たちを自分だけ独占して、私に見せない気でしょう)

 と、戯れておっしゃるので、薫は、

(薫の歌)「霧ふかきあしたのはらの女郎花こころをよせて見る人ぞみる」
――霧深いあしたの原の女郎花のように、宇治の姫君たちは篤い志を寄せる人だけにしかお逢いにならないのです。(ひととおりのことではとても、とても)――

 などと匂宮をいらいらおさせになりますので、

「『あなかしがまし』とはてはては腹立ち給ひぬ」
――「ああ、うるさい」と終いには腹を立てておしまいになりました。

◆女郎花(おみなえし)=女性に譬えることが多い。
◆はてはては=終いには、その挙句には、

では11/19に。