2010.11/21 855
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(32)
「二十六日彼岸の果てにて、よき日なりければ、人知れず心づかいひして、いみじくしのびて率て奉る。后の宮などきこしましいでては、かかる御ありきいみじく制し聞こえ給へば、いとわづらはしきを、切におぼしたる事なれば、さりげなく、と、もて扱ふもわりなくなむ」
――二十六日は彼岸明けの吉日に当たっていましたので、中納言(薫)は、人目につかぬように細心のご用意をなさって、匂宮を宇治にお連れ申します。匂宮の母宮の明石中宮などにお聞き出されては、匂宮のこうしたお忍び歩きを切にお止め申されますので、薫としては、はなはだ煩わしく思いますが、匂宮のたってのお望みなので、何気ない風に工夫しますのも、並大抵のことではありません――
「船渡りなどもところせければ、ことごとしき御宿りなども借り給はず、そのわたりいと近き御庄の人の家に、いとしのびて、宮をばおろし奉り給ひて、おはしぬ」
――(宇治川を船で)対岸に渡るのも大袈裟で、うるさそうな夕霧の別荘をお借りするのも止めて、八の宮邸に近い薫の荘園の人の家に、ひとまず目立たぬように、宮を御車からお降ろし申して、薫は一人で八の宮邸に行かれました――
匂宮をすぐお連れしても、見咎め申すような人とてもないとは思いますものの、時々見回る宿直人にもそれと知られぬ用心なのでしょう。
「例の中納言おはします、とて経営しあへり。君達なまわづらはしく聞き給へど、うつろふ方ことににほはし置きてしかば、と、姫宮はおぼす」
――いつものとおり、薫の御来訪だと皆があれこれ御接待に奔走してします。姫君たちは何となく厄介な気持ちで人々の動きをお聞きになりますが、大君は、いつぞや薫に中の君へ思い移ってくださるように仄めかして置いたことでもあるからと、安心していらっしゃる。――
一方、中の君は、
「思ふ方ことなめりしかば、さりとも、と思ひながら、心憂かりし後は、ありしやうに姉宮をも思ひ聞こえ給はず、心おかれてものし給ふ。何やかやと御消息のみきこえ通ひて、いかなるべき事にか、と、人々も心ぐるしがる」
――薫の目的は自分ではなく大君らしかったので、薫がまさかご自分のところにはお出でになるまいと思いながら、あの忌まわしいことの後は、今までのようには姉君をお信じにはなれず、用心していらっしゃいます。姉君とは何やかやとお取り次ぎばかりで、直接ご対面なさらないので、お二人の姫君たちに何があったのでしょうと、侍女たちは気が気ではありません――
◆経営(けいめい)する=(けいえい)の転化か。あれこれ設えること。駆け回って世話をすること。
◆なまわづらはしく=何となく厄介な
では11/23に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(32)
「二十六日彼岸の果てにて、よき日なりければ、人知れず心づかいひして、いみじくしのびて率て奉る。后の宮などきこしましいでては、かかる御ありきいみじく制し聞こえ給へば、いとわづらはしきを、切におぼしたる事なれば、さりげなく、と、もて扱ふもわりなくなむ」
――二十六日は彼岸明けの吉日に当たっていましたので、中納言(薫)は、人目につかぬように細心のご用意をなさって、匂宮を宇治にお連れ申します。匂宮の母宮の明石中宮などにお聞き出されては、匂宮のこうしたお忍び歩きを切にお止め申されますので、薫としては、はなはだ煩わしく思いますが、匂宮のたってのお望みなので、何気ない風に工夫しますのも、並大抵のことではありません――
「船渡りなどもところせければ、ことごとしき御宿りなども借り給はず、そのわたりいと近き御庄の人の家に、いとしのびて、宮をばおろし奉り給ひて、おはしぬ」
――(宇治川を船で)対岸に渡るのも大袈裟で、うるさそうな夕霧の別荘をお借りするのも止めて、八の宮邸に近い薫の荘園の人の家に、ひとまず目立たぬように、宮を御車からお降ろし申して、薫は一人で八の宮邸に行かれました――
匂宮をすぐお連れしても、見咎め申すような人とてもないとは思いますものの、時々見回る宿直人にもそれと知られぬ用心なのでしょう。
「例の中納言おはします、とて経営しあへり。君達なまわづらはしく聞き給へど、うつろふ方ことににほはし置きてしかば、と、姫宮はおぼす」
――いつものとおり、薫の御来訪だと皆があれこれ御接待に奔走してします。姫君たちは何となく厄介な気持ちで人々の動きをお聞きになりますが、大君は、いつぞや薫に中の君へ思い移ってくださるように仄めかして置いたことでもあるからと、安心していらっしゃる。――
一方、中の君は、
「思ふ方ことなめりしかば、さりとも、と思ひながら、心憂かりし後は、ありしやうに姉宮をも思ひ聞こえ給はず、心おかれてものし給ふ。何やかやと御消息のみきこえ通ひて、いかなるべき事にか、と、人々も心ぐるしがる」
――薫の目的は自分ではなく大君らしかったので、薫がまさかご自分のところにはお出でになるまいと思いながら、あの忌まわしいことの後は、今までのようには姉君をお信じにはなれず、用心していらっしゃいます。姉君とは何やかやとお取り次ぎばかりで、直接ご対面なさらないので、お二人の姫君たちに何があったのでしょうと、侍女たちは気が気ではありません――
◆経営(けいめい)する=(けいえい)の転化か。あれこれ設えること。駆け回って世話をすること。
◆なまわづらはしく=何となく厄介な
では11/23に。