09.2/16 300回
【野分(のわき)の巻】 その(11)
夕霧は、
「いであなうたて、いかなる事にかあらむ、思ひよらぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見慣れおほしたて給はぬは、かかる御思ひ添ひ給へるなめり、宣なりけりや、あなうとまし」
――さても酷いことだ、一体どうしたことであろう、女のことにかけては抜け目のない御父のこととは言え、実の娘でもお小さい時からお育てにならなかった人には、このようなお気持ちが生じるものであろうか。なるほど、そうとも思えますが、でも何とまあ厭なこと――
こうお思いになるさえ、恥ずかしい。たしかに夕霧としては、姉弟という肉親でなければ、自分とて間違いを起こさぬとも限らないが、昨日、隙見しました紫の上のご様子に比べれば、玉鬘はやや劣ってはいらっしゃるものの、やはりお美しい方だ。そんなことを思っていますと、源氏が、
「如何あらむ、まめだちてぞ立ち給ふ」
――(玉鬘とねんごろに小声でお話しておられましたが)どうしたことか、真面目なお顔で立ち上がられました――
玉鬘の歌
「吹き乱る風のけしきに女郎花しをれしぬべきここちこそすれ」
――昨日の野分ではありませんが、お乱れのご態度には死にたいほどです――
夕霧には、玉鬘のお声は聞きとれませんが、源氏がそれを口ずさんでいらっしゃるのをお聞きになりますと、憎らしく、立ち去りがたかったのですが、さすがに立ち聞きを身咎められそうですので、急いでそこを去ります。
源氏の歌
「したつゆに靡かましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし」
――なよ竹は風に靡いて居ればこそ折れないのですよ。わたしの言う通りになされば――
「など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。」
――こんなお歌のようでしたが、よく聞き取れず、聞き違いかもしれません。なにしろ聞き良いお歌ではありませんから――
ではまた。
【野分(のわき)の巻】 その(11)
夕霧は、
「いであなうたて、いかなる事にかあらむ、思ひよらぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見慣れおほしたて給はぬは、かかる御思ひ添ひ給へるなめり、宣なりけりや、あなうとまし」
――さても酷いことだ、一体どうしたことであろう、女のことにかけては抜け目のない御父のこととは言え、実の娘でもお小さい時からお育てにならなかった人には、このようなお気持ちが生じるものであろうか。なるほど、そうとも思えますが、でも何とまあ厭なこと――
こうお思いになるさえ、恥ずかしい。たしかに夕霧としては、姉弟という肉親でなければ、自分とて間違いを起こさぬとも限らないが、昨日、隙見しました紫の上のご様子に比べれば、玉鬘はやや劣ってはいらっしゃるものの、やはりお美しい方だ。そんなことを思っていますと、源氏が、
「如何あらむ、まめだちてぞ立ち給ふ」
――(玉鬘とねんごろに小声でお話しておられましたが)どうしたことか、真面目なお顔で立ち上がられました――
玉鬘の歌
「吹き乱る風のけしきに女郎花しをれしぬべきここちこそすれ」
――昨日の野分ではありませんが、お乱れのご態度には死にたいほどです――
夕霧には、玉鬘のお声は聞きとれませんが、源氏がそれを口ずさんでいらっしゃるのをお聞きになりますと、憎らしく、立ち去りがたかったのですが、さすがに立ち聞きを身咎められそうですので、急いでそこを去ります。
源氏の歌
「したつゆに靡かましかば女郎花あらき風にはしをれざらまし」
――なよ竹は風に靡いて居ればこそ折れないのですよ。わたしの言う通りになされば――
「など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。」
――こんなお歌のようでしたが、よく聞き取れず、聞き違いかもしれません。なにしろ聞き良いお歌ではありませんから――
ではまた。