09.2/14 298回
【野分(のわき)の巻】 その(9)
紫の上は、お顔を赤らめられて、
「いかでかさはあらむ。渡殿の方に、人の音もせざりしものを」
――そのようなことはないでしょう。渡殿の方に、人の気配はしませんでしたもの――
「なほあやし」
――それでも、やはりおかしい――
と、源氏は独り言をおっしゃりながら、お出掛になりました。お伴をして夕霧も中宮の御殿へ行かれますが、雲井の雁や、紫の上をお考えになるせいか、いつもより沈んでおられます。
源氏は、中宮へのお見舞いから直接北の御殿へ抜けて、明石の御方のお住居に行かれます。
明石の御方は突然のお越しに、急いで小袿をひき掛けて源氏にご挨拶をされますご様子はご立派でしたが、源氏は、
「端の方につい居給ひて、風の騒ぎばかりをとぶらひ給ひて、つれなく立ち帰り給ふ、心やましげなり」
――お部屋の端にちょっと膝をつかれて、暴風のお見舞いだけを素っ気なくおっしゃって、立ち帰られるのが、明石の御方にはご不満のようでした――
明石の御方は、ひとりごとのように、(歌)
「おほかたに荻の葉すぐる風の音もうき身ひとつにしむ心地して」
――風はすべての荻の葉を吹き過ぎていくのですが、特に私の身にだけ沁みるようで寂しいことよ――
西の対の玉鬘は、昨夜の暴風の恐ろしさに、まんじりともせずに夜を明かされましたので、すっかり寝過ごしてしまい、今やっと鏡などをご覧になっておられますところに、先払いなどおさせにならず源氏が音もさせないでお入りになります。玉鬘のご様子は、
「日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと、もの清げなるさまして居給へり」
――朝の日がさっと差し出たところに、玉鬘があざやかに照らし出されて、美しくお見えになります――
源氏は暴風のお見舞いにかこつけて、玉鬘の側近くに寄られて、恋心をご冗談めかしておっしゃるので、玉鬘はたまらなく困ったことと思われます。そのご様子に源氏は、
「やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。道理や」
――段々私から離れようとのお気持ちのようですね。それももっともでしょうが――
と、お笑いになりながら、それでも側ににじり寄っていらっしゃる。
ではまた。
【野分(のわき)の巻】 その(9)
紫の上は、お顔を赤らめられて、
「いかでかさはあらむ。渡殿の方に、人の音もせざりしものを」
――そのようなことはないでしょう。渡殿の方に、人の気配はしませんでしたもの――
「なほあやし」
――それでも、やはりおかしい――
と、源氏は独り言をおっしゃりながら、お出掛になりました。お伴をして夕霧も中宮の御殿へ行かれますが、雲井の雁や、紫の上をお考えになるせいか、いつもより沈んでおられます。
源氏は、中宮へのお見舞いから直接北の御殿へ抜けて、明石の御方のお住居に行かれます。
明石の御方は突然のお越しに、急いで小袿をひき掛けて源氏にご挨拶をされますご様子はご立派でしたが、源氏は、
「端の方につい居給ひて、風の騒ぎばかりをとぶらひ給ひて、つれなく立ち帰り給ふ、心やましげなり」
――お部屋の端にちょっと膝をつかれて、暴風のお見舞いだけを素っ気なくおっしゃって、立ち帰られるのが、明石の御方にはご不満のようでした――
明石の御方は、ひとりごとのように、(歌)
「おほかたに荻の葉すぐる風の音もうき身ひとつにしむ心地して」
――風はすべての荻の葉を吹き過ぎていくのですが、特に私の身にだけ沁みるようで寂しいことよ――
西の対の玉鬘は、昨夜の暴風の恐ろしさに、まんじりともせずに夜を明かされましたので、すっかり寝過ごしてしまい、今やっと鏡などをご覧になっておられますところに、先払いなどおさせにならず源氏が音もさせないでお入りになります。玉鬘のご様子は、
「日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと、もの清げなるさまして居給へり」
――朝の日がさっと差し出たところに、玉鬘があざやかに照らし出されて、美しくお見えになります――
源氏は暴風のお見舞いにかこつけて、玉鬘の側近くに寄られて、恋心をご冗談めかしておっしゃるので、玉鬘はたまらなく困ったことと思われます。そのご様子に源氏は、
「やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。道理や」
――段々私から離れようとのお気持ちのようですね。それももっともでしょうが――
と、お笑いになりながら、それでも側ににじり寄っていらっしゃる。
ではまた。