永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(285)

2009年02月01日 | Weblog
09.2/1   285回

【常夏(とこなつ)】の巻】  その(10)

 女御のお部屋に伺う前に、先ず、近江の君は御文を差し上げます。

「葦垣のま近き程には侍りながら、今まで影ふむばかりのしるしも侍らぬは、勿来の関をやすゑさせたまへらむとなむ。知らねども、武蔵野といへばかしこけれども、あなかしこや あなかしこや」
――「葦垣の間近」なところに置いていただいておりながら、今までは「影踏むばかり」お近づき申し上げることも出来ず、「勿来の関」をお据えあそばして、お隔てなさるかと悲しゅうございました。「知らねども武蔵野といえば」妹でございますと申し上げるのも畏れ多いことでございますが、あなかしこや、あなかしこや――

と、ところきらわず、繰り返しや、引き歌を混ぜたお文で、その紙の裏には、

「まことや、暮れにも参りこむと思う給へ立つは、厭ふにはゆるにや。いでやいでや、あやしきはみなせ川にを」
――そうそう、今晩にも参上いたしたいと思い立ちましたのは、「厭うに生ゆる」と申しましょうか、厭われるほど思いは「ます田の池」で……なにとぞ乱筆は、密にお慕いしております「水無瀬川下に通いて恋しきものを」の底の真心でお許しを――

と、又その他にも何やらを、青い紙の一重ねに書いてありますのは、

 「いと草がちに、いかれる手の、その筋とも見えずただよひたる、書き様も下長に、理なくゆゑばめり。行の程端様にすじかひて、倒れぬべく見ゆるを、うちゑみつつ見て、さすがにいと細くちひさく巻き結びて、なでしこの花につけたり」
――たいそう草体の仮名が多く、角ばった字で、誰の書風ともつかぬふらついた書き方で、「し」の字など、下を長く引いて無暗に気取っています。行の具合が端の方へゆがんで倒れそうに見えるのを、書いた当人は得意になって眺め、それでもさすがに女らしく細く小さく巻いて、結び文にして、なでしこの花につけたのでした。――

ではまた。